経営ビジョン
「経営ビジョン」とは、企業における将来のあるべき姿や将来像を明文化したもの。企業が掲げる「経営理念」を実現するために、より具体的な方針を指し示すもので、組織の一体感を醸成したり、時には従業員の行動規範や判断基準にもなる、重要な役割があります。今回は、この経営ビジョンについて、混同されがちな「経営理念」等との違い、策定するメリットや具体的な作り方、さらに実際の企業の事例まで幅広くご紹介します。
経営ビジョンとは
そもそも「ビジョン」とは、「将来のあるべき姿を描いたもの/将来の見通し/構想/未来図/未来像」という意味を持つ言葉。これを企業の経営目線で策定したのが「経営ビジョン」です。
具体的には、企業理念や企業の目的を実現するため、長期的なスパンで企業が将来「どうあるべきか」を示すもの。経営理念と並行して恒常的に掲げられるものや、「2020年までの長期経営ビジョン」など期間を限定して描かれるものなど、企業によりそのスタイルは様々です。
経営ビジョンを策定する目的は、経営理念実現のためだけでなく、これを従業員に浸透させ将来像を明確化する事により、求心力を保つこと。そして、顧客や株主、社会に向けて将来像を公表する事により、信頼感を醸成するなどの目的があります。
ビジョンの策定や、それを社内外に浸透させる等の一連の工程を「ビジョンマネジメント」と呼ぶ事もあります。
経営理念との違い
「経営理念」とは、その企業の経営に関する基本的な「考え方」や「価値観」のこと。その企業の存在意義や、経営の目的などを言葉で表したものです。この指針がある事により、従業員の行動の判断基準となったり、対外的にも企業の姿勢を表す重要な役割を果たします。
例えば、これまで創業者 稲盛和夫氏の経営手腕などについても注目されてきた、自動車部品・半導体大手「京セラ」では、経営理念を「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。」としています。同社で働く人材の幸福と、社会貢献のために企業を運営している事が誰にでも理解できるものであり、社内外共に信頼感を醸成できる内容となっています。
一方「経営ビジョン」は、その経営理念に基づいて、より具体的な今後の方針を描きます。つまり、「経営理念」は「経営ビジョン」の母体となるものです。そして、そのビジョンを実現するため、さらに経営計画や戦略、目標などの具体策が立案・実行される事により、企業の経済活動は営まれています。
また、一般的に、経営理念は創業者などが一度策定すると、永続的に掲げられます。一方、経営ビジョンは、その時の経営課題や社会情勢など様々な側面から、定期的に刷新されるケースも多くあります。
【出典】社是·経営理念/京セラ
【関連】経営理念とは?意味や目的、メリットから作り方、企業事例までご紹介/BizHint
経営ビジョンを設定するメリット
それでは、経営ビジョンを策定するメリットについて見てみましょう。
従業員が同じ方向を目指し、一体感を醸成できる
もっとも大きいのは、企業の方向性を明文化できるという点です。これにより、従業員は自分が目指すべきところが明確になり、一人ひとりが目標を持って業務に取り組めるようになります。
さらに、全社一丸となって同じ方向性を目指す事で、一体感を醸成する事も可能となります。
従業員の行動の判断基準となる
ビジョンが明確になることにより、「そのビジョンを実現するには、どう動けば良いか」を従業員一人ひとりが意識し、考えて動けるようになります。それぞれの行動の判断基準や行動指針となり、従業員の迷いや悩みも軽減。
結果的に、業務の効率化だけでなく、ポジティブな企業風土を養う事にも繋がります。
経営方針が安定する
ビジョンを確立することにより、経営陣の考え方にもブレがなくなり、経営方針に一貫性が出てきます。
それにより経営が安定し、業績の向上が望めるだけでなく、従業員や社会に対しても不安を与えることなく、安定感を醸成することができます。
対外的な信頼感を醸成する
経営ビジョンは、社内で周知するだけでなく、ホームページや株主総会、経営発表会などで対外的に発表されることも多くあります。企業を支える株主だけでなく、顧客にも企業の指針や将来性を周知でき、信頼を得ることができるでしょう。
結果的に、企業価値の向上にもつながります。
従業員が将来像を描く事ができる
ビジョンが明確になる事で、従業員は会社の将来と自身の将来像を描く事ができるようになると、自ずと自分たちが今何をすべきかが見えてきます。さらに、個々が抱えている漠然とした不安を払拭でき、従業員とのエンゲージメントを強化することもできるでしょう。
また近年、新卒・転職ともに、「会社の将来性」を基準に会社選びをする人材が増加しています。つまり、ビジョンを明確に策定し、対外的にも周知する事で、将来性を重視した優秀な人材の獲得にも寄与します。
経営ビジョンの作り方
それでは、経営ビジョンはどのように策定すれば良いのでしょうか。
適正な経営理念を策定する
先ほどもご紹介したように、経営ビジョンを作るには、土台となる明確な「経営理念」が必要です。
まだ理念自体を掲げていない場合には、調査などを用いて現状を正しく把握した上で原点に立ち返り、柔軟な発想で議論する必要があります。そして、経営陣だけでなく従業員が十分に納得、共鳴できるものを策定する必要があります。
企業の現状を正しく把握する
「経営ビジョン」とは言え、経営者だけの考えで決定するのは危険です。
単純なトップダウンでは、従業員に受け入れられません。「経営理念の策定」の部分でもご紹介しましたが、まず企業が抱えている課題や従業員の思いを抽出します。さらに、業界や競合他社、社会情勢など、自社を取り巻く経営環境なども正しく理解し、様々な側面から検討の材料を集めていきましょう。
具体的な目標を立てる
様々な検討材料を用いて、今後の「あるべき姿」を探ります。
特に、経営資源であるヒト・モノ・カネ・情報などが将来どのような状態になる事が望ましいのかを、具体的に数値化するなどして戦略的に検討します。特に「ヒト」の場合は、採用面だけでなく人材育成の側面からも考察が必要でしょう。
シミュレーションする
経営ビジョンを策定したら、すぐに周知するのではなく、まず経営陣や各部門のトップなど現場の従業員も交えてシミュレーションしましょう。
このビジョンが適正なのか、周知した場合にどのような影響があるのか、従業員目線、顧客目線、生活者目線、そして経営環境などの側面も踏まえて検討します。
PDCAサイクルを回し、常に適した経営ビジョンに刷新する
経営ビジョンは経営理念のように永続的に掲げられるものではなく、企業の状況や時代背景により変化するものです。
後ほどご紹介しますが、企業によっては「長期経営ビジョン」として具体的な年数を区切ってビジョンを掲げているケースも多くあります。このように、常にPDCAサイクルを回しながら、適した経営ビジョンを社内外に発信し続ける必要があります。
経営ビジョンの事例
それでは、実際に各企業の経営ビジョンの事例を見てみましょう。
経営ビジョンには、期限を設けずに恒常的に掲げられているものと、具体的な期限を設定した「長期経営ビジョン」と呼ばれるものがあります。
恒常的経営ビジョン
まずは、期限を明記せず、恒常的に掲げられている経営ビジョンです。
ファーストリテイリング
「UNIQLO」「GU」などを世界展開するファーストリテイリングでは、ビジョンとして「服のチカラを、社会のチカラに。」を掲げています。
これは、上質で長く使える服作りにより、人の暮らしを豊かにすること。そして、地球に負担をかけない事。服を作る人がいきいきと働ける環境づくりなど、様々な側面から、「服のビジネスを通して、社会の持続的な発展に寄与」するなど社会的責任を達成するため努力する事を宣言しています。
【出典】ビジョン/FAST RETAILING CO., LTD.
イオンモール
イオンモールは、経営ビジョンとして「アジア50億人の心を動かす企業へ」をスローガンに掲げています。
さらに、「地域の魅力を磨くこと」「従業員一人ひとりが新たな”暮らし”を創造するため成長すること」「永続的に発展し、強い事業基盤などを構築すること」「プロフェッショナル集団として革新を続けること」「お客様に寄り添い、最良の体験を共有する事」の五つを、行動指針としています。
ANA
航空大手のANAでは、「安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します」を経営ビジョンとして掲げています。
特に「安心と信頼」は顧客との「約束」として重視。また、「心の翼」とは、挑戦し続ける・強く生まれ変わる・いつもお客様に寄り添うという「気持ち」を表したもの。それにより、社会の未来の発展に貢献する事を目指しています。
長期的経営ビジョン
年数を区切り、より具体的な経営ビジョンを策定している企業をご紹介します。
野村総合研究所
コンサルティング大手、野村総合研究所では、2022年までの同社のストーリーを「Vision2022」として掲げています。
営業利益・営業利益率・グローバル事業売上高・ROE(自己資本利益率)を具体的な数値目標を用いて明文化。また、それを実現するための「中期経営計画2022」という事業戦略も策定され、社内だけでなく、ホームページなどで社外にも広く周知しています。
TORAY
繊維・機械化成品大手の「TORAY」では、2011年に長期経営ビジョンである「AP-Growth TORAY 2020(ビジョン2020)」を掲げています。
さらに、3年周期で3つのステージに細分化。現在実践されている第3ステージ「プロジェクトAP-G2019」では、「ビジョン2020」の達成のために、これまでの集大成となる取り組み、および新たな収益源の創出などが強化されています。
キリンホールディングス
飲料大手キリングループでは、長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」として、「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業となる」という明確なビジョンを掲げています。
「酒類メーカーの責任」を背景に「健康」「地域社会・コミュニティ」「環境」など、世の中へ向けた取り組みの強化を軸としたものとなっています。
【出典】「長期経営構想”キリングループ・ビジョン2027」「キリングループ2019年-2021年中期経営計画」を策定/キリンホールディングス
まとめ
- 経営ビジョンとは、経営理念を実行するための具体的な方向性や将来像のことで、恒常的に掲げられるものや、具体的な期限を区切って策定されるものです。
- 経営ビジョンを策定することにより、社内の一体感を醸成したり、社員とのエンージメントを強化するだけでなく、社外的な信頼関係の構築にも役立ちます。
- 経営ビジョンを策定するには、企業の現状の課題や社員の思いだけでなく、自社を取り巻く外部環境や社会情勢など、様々な側面から材料を集め、検討する必要があります。
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