ポーターの基本戦略
マイケル・ポーターの基本戦略とは、企業が所属する業界(市場)の中で、どのようなポジションを取っていくかを検討する競争戦略であり、「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」の3つに分けられます。現在でも導入している企業は多く、競争が激しい国内市場において、有効な戦略とされています。今回はマイケル・ポーター氏が提唱する、各基本戦略の定義やメリット・デメリット、活用方法をご紹介します。
マイケル・ポーターの基本戦略とは
米経営学の権威であるマイケル・ポーター氏が提唱する基本戦略は、今も尚、多くの企業が採用する戦略です。マイケル・ポーターの基本戦略とは何か、広く知られているファイブフォース分析との関連性を知ることで、理解を深められます。
ポーターの基本戦略とは何か
マイケル・ポーターの基本戦略とは、市場で競争優位性を確立するためには、「 競合他社よりもコストを下げる 」か、「 製品(商品)・サービスの品質やデザイン面で差別化する 」かという、2つの視点から考案された戦略です。
その結果、事業コストを低く押さえることで競争優位性を確立する「 コストリーダーシップ戦略 」、市場における自社の製品・サービスの価値向上を目的とした「 差別化戦略 」、この2つが競争優位性を確立するために重要な戦略であると結論付けています。
さらに2つの戦略の中間として、特定の分野(ターゲットや地域、製品)に集中することで低コストと差別化を実現する「 集中戦略 」も基本戦略のひとつとされています。集中戦略はコスト、差別化のいずれかに集中する戦略でもあり、「コスト集中戦略」と「差別化集中戦略」のいずれかに分けられます。
ファイブフォース分析との関連性
コストリーダーシップ戦略や差別戦略、集中戦略は、市場の中での自社と競合他社のパワーバランスによって、取るべきポジショニングが変わってきます。これらを見極めるには、「ファイブフォース分析」が有効です。
ファイブフォース分析とは、マイケル・ポーター氏が提唱したマーケティングフレームワークで、自社が所属する市場の5つの競争要因(新規参入企業の脅威、売り手の交渉力、買い手の交渉力、代替品の脅威、既存企業同士の競争)を分析します。
市場構造そのものを分析することで、最適なポジショニングを導き出せるため、ポーターの基本戦略を選択する際は、ファイブフォース分析とセットで考える必要があります。
【関連】ファイブフォース分析とは?意味や目的、進め方から業界事例をご紹介/BizHint
それでは、3つの基本戦略それぞれの詳細について解説していきます。
コストリーダーシップ戦略とは
大企業や市場シェア率が高い企業といったマーケットリーダーが選択しやすいのが「コス トリーダーシップ戦略」です。現在でも効果的な戦略として知られています。
コストリーダーシップ戦略の定義やメリット、デメリット、バリュー・チェーンとの関連性、規模の経済・経験曲線効果、技術力の活用から企業事例までをご紹介いたします。
コストリーダーシップ戦略の定義
コストリーダーシップ戦略とは、市場内における競合他社より生産に関わるコスト水準を下げることで、価格による競争優位性を確立するための戦略です。
規模の経済と経験曲線効果、そして技術力の高さを活用することで、低コストを実現できる戦略のため、資産規模が大きい、財務基盤が磐石である大企業に適しています。また、バリュー・チェーンを活用することで、相乗効果が得られます。
コストリーダーシップ戦略のメリット・デメリット
コストリーダー戦略では、以下のメリットが享受できます。
- 低価格の製品を安定的に供給できる
- 価格競争に強い
- 原価(材料費や労働力)の低下
一方で、コストリーダー戦略では、以下のデメリットも存在します。
- 競争対象の商品となりやすい
- 経済の規模・経験曲線効果を活かすには、大きな設備投資(もしくは時間)が必要
- 長期的な組織・業務改革が必要
規模の経済、経験曲線(学習曲線)、独自の技術力の活用
コストリーダーシップ戦略では、規模の経済、経験曲線(学習曲線)、そして自社が持つ独自の技術力の活用が欠かせません。
規模の経済
規模の経済とは、生産量の増大に伴い、原材料や労働力の総コストを抑え、利益率を高める企業活動を指します。規模の経済では、固定費の削減や従業員の専門化による作業効率の向上(システム化)、そして間接部門のコスト低減の実施が一般的です。
経験曲線(学習曲線)
経験曲線(学習曲線)とは、過去の累積生産量に応じて、生産コスト(労働力や工程の効率化)を下げるビジネスモデルを指します。主に大量生産を手掛ける製造業において、有効なビジネスモデルであり、コストリーダーシップ戦略にも欠かせない手段となっています。
自社独自の技術力
規模の経済や経験曲線(学習曲線)効果は、設備投資や組織改革といった大きなコストが必要となりますが、自社独自の技術力(生産性を高める技術や製品・サービスそのものの品質)は、企業の規模と関係なく、コストリーダーシップ戦略を実施できる重要な要因です。日本企業の99%以上を占める中小企業や零細企業においても、高い技術力を生かしたコストリーダーシップ戦略の実施が可能となります。
バリュー・チェーンとの関連性
バリュー・チェーンとは、原材料の調達から生産(製造・加工)、物流、マーケティング、顧客販売、アフターサービスといった一連の事業活動の流れを、「価値連鎖」として考える考え方です。このバリュー・チェーンもマイケル・ポーター氏が提唱した考え方であり、コストリーダーシップ戦略に活用することで、高い相乗効果が得られると結論付けています。
バリュー・チェーン分析で客観的に自社の事業を評価し、各工程のコストと付加価値量のバランスを見極めることで、比較的品質が高いにも関わらず、低価格である商品を実現できます。その結果、プライスリーダー企業としての地位を確立するだけでなく、品質においても、顧客から高い満足度を得ることが可能です。
【関連】バリュー・チェーンとは?意味やメリット、分析方法、事例まで徹底解説/BizHint
コストリーダーシップ戦略の事例
コストリーダーシップ戦略を実践している企業は、日本にも多く存在しています。今回はその中でもコストリーダーシップ戦略を実践する上で高い成果を出している企業をご紹介いたします。
※ご紹介する事例はBizHint独自の見解となります。該当企業が公式に発表しているものではございません。
アマゾンジャパン合同会社による流通システム
通販サイト大手「amazon.com」を運営するアマゾンジャパン合同会社(以下、アマゾン)は、郊外に巨大な物流センターを設立し、一元管理を行うことで、圧倒的なコストリーダーシップ戦略を実施する企業として知られています。
アマゾンでは「送料無料」対象商品の展開を初めとした、さまざまなサービスを受けられる「アマゾンプライム」で会員を獲得し、莫大な投資によって、実現した物流システムにおいて、圧倒的な通販市場を築き上げました。また、コストリーダーシップ戦略を成功させるために、市場開発戦略(通販プラットフォームの利便性の向上など)や多角化(書籍以外の分野への進出)戦略を積極的に取り入れることで、巨大なプラットフォームを築いたと考えられます。
【参考】アマゾン: Amazon / 本, ファッション, 家電から食品まで
株式会社ニトリ
インテリア小売業大手の株式会社ニトリ(以下、ニトリ)は、デザイン・生産・販売・アフターサービスまでのバリュー・チェーンを活かしたコストリーダー戦略を実践している企業です。
インテリアの低価格化を期待する顧客ニーズと徹底した内製化(バリュー・チェーン)を結びつけ、低価格にも関わらず、インテリア・家具の高品質・高級化を実現した、コストリーダーシップ戦略の成功企業といえます。
【参考】ニトリ公式企業サイト
差別化戦略とは
顧客ニーズの多様化とプロダクトライフサイクルの短期化に伴い、製品(商品)・サービスの差別化は、企業にとって顧客の獲得と維持するための重要な戦略となっています。
本章では、差別化戦略の定義、メリット・デメリット、差別化戦略に必要な7つの要素から企業事例までご紹介いたします。
差別化戦略の定義
差別化戦略とは、市場における自社の製品・サービスの価値が、競合企業の製品・サービスの価値とは異なるということを顧客(消費者)に認知させ、差別化による競争優位性を確立する戦略です。
差別化戦略では、製品・サービス自体に関わる品質やデザインの向上だけでなく、顧客目線、価値目線での「顧客の認知」を高めていくことが重要です。そのためには、「顧客が自社の製品・サービスが競合企業のそれよりも価値がある」と認知できるポイントを提示しなければいけません。
要素としては、製品・サービスの品質やデザイン、利便性、コストなどが挙げられます。その他にも、製品・サービスのブランド力やアフターサービスも、差別化戦略において重要な要素となります。
ポーター氏が掲げる差別化は、顧客が「他社の製品・サービスよりも価値がある」と認知できる差別化であり、「自社の製品・サービスは競合企業の製品・サービスとの違い」という点ではないことも、注意したいポイントです。
差別化戦略のメリット・デメリット
差別化戦略では、以下のメリットが享受できます。
- 競合企業との価格競争の回避
- 新規参入企業の抑制
- 認知度向上による優良顧客・リピーターの獲得
- コスト以外(多機能化やブランド力、アフターサービスなど)での価値向上
一方で、差別化戦略では、以下のデメリットも存在します。
- 大企業によるミート戦略(商品の同質化戦略)に弱い
- 価格向上による顧客離れ
- 差別化された製品・サービスの創造的活動への多大な投資
差別化戦略に必要な7つの要素
ポーター氏は、製品(商品)・サービスの差別化における重要な7つの要素を挙げています。
- 製品・サービスの特徴
- 企業、もしく製品・サービスのブランド力
- 顧客ニーズの高まりなどのタイミング
- 地理的ロケーション
- 品揃え
- 機能間の連携(部門の横断など)
- 他企業との関係性
その他にも、差別化戦略を実施する上では、企業内の組織改革が必要です。具体的には、以下のような組織・人材開発を行っていくことが有効となります。
- 横断的な部門同士の連携や経営判断の柔軟性
- 新商品の開発力
- 挑戦が評価される企業風土・評価制度
- 多種多様な価値観を持つ人材育成 など
差別化戦略の企業事例
差別化戦略を実践している企業は、日本にも多く存在しています。今回はその中でも差別化戦略を実践する上で高い成果を出している企業をご紹介いたします。
※ご紹介する事例はBizHint独自の見解となります。該当企業が公式に発表しているものではございません。
スターバックス コーヒー ジャパン株式会社の差別化戦略
コーヒーチェーン大手のスターバックス コーヒー ジャパン株式会社(以下、スターバックス)の差別化戦略において、最も力を発揮している要素がブランド力(イメージ)です。
顧客満足度の高い、高級感溢れる落ち着いた雰囲気を楽しめる店内と、社員教育が徹底された従業員のサービス力は、顧客認知を向上させる重要な要素です。また、コーヒーの専門家であるバリスタが常駐することで、高品質のコーヒーが楽しめるのもスターバックスが手掛ける商品の大きな差別化といえます。
店舗レイアウト、社員サービス、そして高品質コーヒーの提供により、手軽さを軸とする価格競争に巻き込まれることなく、リポーターや優良顧客を継続的に獲得しています。
【参考】スターバックス コーヒー ジャパン: Starbucks Coffee Japan
Appleによる差別化戦略
インターネット関連製品の開発・販売を手掛けるグローバル企業Apple(以下、アップル)では、iMacやiPhoneといった革新的な製品の生み出し、新たなユーザー体験を提供することで、爆発的なシェアを拡大してきた企業です。
シンプルかつデザイン性に優れたアップル製品は圧倒的な差別化要素を持っており、顧客に優越感を与えてくれます。また、最先端機能が施された機能面にも高い信頼性を受けており、他社の追随を許さない強固なブランドイメージを構築した企業といえます。
【参考】Apple(日本)
集中戦略とは
ポーターの基本戦略のひとつである集中戦略は、特定分野に集中する戦略です。
集中戦略の定義やメリット・デメリット、集中戦略を実践している企業事例をご紹介いたします。
集中戦略の定義
集中戦略とは、ターゲットや地域など特定の分野(市場セグメント)に集中することで、コストの削減、または差別化を実現し、少ない経営資源の投入でも大きな利益を見込める戦略です。
一方で、近年では集中戦略自体が形骸化しているとの指摘もあります。コストリーダーシップ戦略も差別化戦略も理論的には「集中」が求められるため、現在ではポーターの基本戦略は3つではなく、2つのみを押えておくべきとの意見も出てきています。
集中戦略のメリット・デメリット
集中戦略では、以下のメリットが享受できます。
- 少ない経営資源の投入で大きな利益を見込める
- 事業失敗による撤退が容易
- 競合他社との競争において、効率よく戦える
一方で、集中戦略では、以下のデメリットも存在します。
- ターゲット市場の成長の縮小、消滅による事業撤退のリスク
- 全体市場とターゲット市場との顧客ニーズの差が小さい(市場占有率の低下)場合、集中効果が低下する
集中戦略の企業事例
そもそもの必要性が疑問視されている集中戦略でも、上手く活用している日本企業が存在しています。今回は集中戦略をうまく取り入れた企業をご紹介いたします。
※ご紹介する事例はBizHint独自の見解となります。該当企業が公式に発表しているものではございません。
楽天株式会社のカスタマーソリューション
通販プラットフォーム「楽天市場」を展開する楽天株式会社(以下、楽天)では、出店者を対象としたカスタマーソリューションに特化することで、出店数を増やしてきた企業です。
通販プラットフォーム市場への参入が後発だったにも関わらず、わかりやすい料金プランの設定と、コンサルタントによるサポートを手厚くする集中戦略を実施したことで、競合他社との差別化を実現。また、コンサルタントにはサイト構築をサポートするITサポートと、出店後のマーケティングを担当するサポートが存在しており、手厚いカスタマーサポートに注力しました。
このように、カスタマーソリューションに集中した結果、後発にも関わらず、国内通販プラットフォーム市場において、大きなシェアの獲得に成功しました。
【参考】楽天株式会社コーポレートサイト
株式会社セブン‐イレブン・ジャパンによるドミナント戦略
コンビニエンスストア大手の株式会社セブン‐イレブン・ジャパン(以下、セブンイレブン)は、特定の地域に一気に店舗を集中するドミナント戦略(集中戦略)を実施し、成功した企業です。特定地域に店舗を集中させることで、地域顧客への認知度の向上、物流コストの削減に成功しています。
この集中戦略を日本全国各地に展開することで、コンビニエンスストア業化の市場シェアを大幅に拡大できた、まさに集中戦略のお手本となる企業事例といえます。
【参考】セブン‐イレブン~近くて便利~
まとめ
- ポーターの基本戦略は、競争の範囲とコスト・差別化という2つの視点から自社の業界におけるポジションを確認し、それぞれ3つの適した戦略(コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略)を選択するべきとしています。
- コストリーダーシップ戦略では、経済の規模・経験曲線効果、技術力に加え、バリュー・チェーンの活用により、大きなコスト削減を前提とした競争優位性の確立が可能です。
- 差別化戦略では、顧客に「自社の製品・サービスの価値が、他社のそれを上回っている」と認知させることが重要であり、その要素として、顧客目線・価値目線での製品の特徴やブランド力、機能間の連携などが求められます。
- 集中戦略は特定の分野において、コスト、差別化のいずれかに集中することで、少ない経営資源でも高い収益が見込める戦略である。しかし、概念として、コストリーダーシップ戦略も差別化戦略も「集中すること」が求められるため、集中戦略そのものを重要視しない認識が広がっています。
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