経験学習
経験学習とは、実際に経験したことから学びを得ることを指します。人材育成において「経験学習」の考え方は必要不可です。今回は経験学習の概要から具体的な活かし方まで幅広くご紹介いたします。
経験学習とは?
経験学習とは、自分が実際に経験した事柄から学びを得ることを指します。単に経験するだけでなく、経験を次に活かすためのプロセスが重要であるとされており、そのプロセスを理論化したものが「経験学習モデル」です。
経験学習理論は、デイビット・コルブによって提唱されました。コルブはレヴィンやピアジェなどの経験主義者らの研究を発展させ、この理論をまとめました。
社会人の能力開発には、研修やトレーニングが大切であることはいうまでもありません。 しかし、能力開発の大半は、現場での経験によるものだといわれています。
マイケル・ロンバルドとロバート・アイチンガーは「人はおよそ70%を経験から学び、20%は観察学習や他者からのアドバイスによって学び、残りの10%は研修や書籍などから学ぶ」としています。
経験を通じた学習プロセス「経験学習モデル」
【出典】同時にやるシクミづくりとヒトづくり。やっと気づいた改革の本質
それでは、「経験学習」について、具体的にご説明します。経験学習サイクルは「経験→省察→概念化→実践」という4段階により構成され、このサイクルを繰り返すことによって、人は学び、成長していくとされています。 それぞれのプロセスごとに、その内容と陥りがちな誤りとその対処法についてみていきましょう。
1.具体的な経験をする(経験)
実際に具体的な経験をすることです。自分で考えて自分で動き、自分でその結果を受け入れることにより、多くの「気づき」が生まれます。 とくに自分では予測しきれなかった結果(成功・失敗)をもたらしたエピソード(経験)に注目することが、成長につながります。
陥りがちな誤り:経験しない
体験していないのに、分かったつもりになって机上の理論を展開してしまう。
例:工場などの生産現場で不具合が見つかった時、責任者が担当者から状況のみを聞いて不具合の状態を実際に見ることをせず、自分の知識やマニュアル等に頼った判断を下すと、間違った指示を現場の作業者に与える場合があります。
対処
「三現主義」で考えてみると物事の本質をとらえることができます。
- 「現場」に足を運び、その場を確認する
- 「現物」を手に取り、その物を確認する
- 「現実」を直視して、事実を知る
2.何が起こったかを多様な視点から振り返る(省察)
経験をさまざまな観点から振り返ることです。予測しなかった結果(成功・失敗)の理由や背景について、いろいろな角度から考えてみます。
陥りがちな誤り:振り返らない
経験に向き合うことを苦痛に感じたり、仕事が忙しいなどの理由によって、振り返る時間を設けられていないケースです。 とくに不本意な結果となった経験の場合、見たくないものを見ないようにすると毎回同じ行動(失敗)を繰り返すことになります。また振り返るときに、毎回同じ視点や価値観で物事をとらえると、新しい気づきは生まれません。
【例】
商談が不成立に終わった時「たまたま運がなかった。いつまでも引きずらないで次に行こう」と、失敗した原因の振り返りをせず、次の商談に向けて準備を始めてしまう
「うじうじ考えても時間の無駄」と失敗の理由を深く考えるのを避けたり、「そんな(振り返りの)余裕はない」と忙しさを理由にして、振り返りを避けていると、似たような顧客と遭遇した際、同様に失注してしまう可能性があります。
対処
ひとつの経験に対して、多様な観点で振り返ることが重要です。 日々のルーチンワークや業務に追われると、なかなか振り返りの時間を設けるのは難しいものです。しかし、自分自身を客観的に眺めるために休暇などを利用して、ここ数か月の自分の「予測しきれなかった結果(成功・失敗)をもたらしたエピソード(経験)」をいくつかピックアップし、振り返りの機会を作るとよいでしょう。
そのとき有効なのは、自分自身に「質問」すること。質問には自分の脳を活発に働かせる作用があり、その答えを考えることで、経験を直視して向き合うことができます。
自問自答以上に有効なのが、他者のサポートを利用することです。 最近注目されている「アクション・ラーニング」は省察にふさわしい場です。現実の問題を提示し、グループでの振り返りを通じて解決策を立案・実施するアクション・ラーニングにおいて、予測しきれなかった結果をもたらした自分のエピソードを挙げるのです。このセッションでは、他者は質問するだけで具体的なアドバイスはしません。一方、本人は質問に答えるのみでそれ以外を語らないのがルールですから、振り返りに最適の環境といえるでしょう。
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3.他の場面でも応用できるように経験を概念化する(概念化)
自分の経験から省察した内容を、他の場面でも使えるように概念化し、将来自分や他の人が使えるように教訓(持論)化することです。
陥りがちな誤り:概念化しない
振り返りは行うものの、概念化にまではいたっていないため、新たな事態に生かせず、応用がきかないままで終わってしまうケースです。
【例】
アルバイトのスケジュール(休暇など)を確認し忘れてシフトを組んでしまい、人員不足で現場の運営がスムーズに回らない失敗を経験。 失敗をもとに、アルバイトのスケジュールは日々アップデートしてチェックするようになった。しかし、社員の研修等の予定(現場に出られない日時)を確認することまでは思い至らなかったため、結局、現場は人員不足となり、前回同様に現場は混乱。
「アルバイトのスケジュールをしっかり確認する」という限定的なルール作りではなく「現場に出るスタッフ全員のスケジュールをしっかり確認する」という広い教訓にしなかった(概念化しなかった)ことが、似たような失敗の原因を引き起こした例です。
対処
経験をうまく概念化するには、先人の知恵を参考にするのが一番です。 組織理論学者のミンツバーグは「優れた理論は、自分の経験を理解するのに役立つ」と述べています。 体系的に整理された既存理論と、経験から気づいた自分の考えを照らし合わせます。
自分の経験に近い既存理論を探したら、その既存理論を自分の状況に当てはめて、個別具体的に解釈し、発展させ、新しい理論を構築するのです。 ここでいう「理論」とは、広く世界的に適用できるものでなくてもかまいません。自分自身やその周辺に有効な「理論」(持論、マイセオリー、教訓)を生み出すことこそ重要です。
4.新たな場面で実際に試してみる(試行・実践)
概念化によって生み出した「理論」は、まだ仮説の段階です。これを本格導入する前に、実践して検証、手直しする作業が必要です。
陥りがちな誤り:試行しない
以前から信じている「勝ちパターン」にとらわれすぎて、失敗などの経験からつかみ取った新しい理論を意図的に実践することを避けてしまう失敗です。
【例】
これまでの経験から「プレゼンでは最新のデータを積み上げて相手を納得させることが重要」という新たな教訓を得たものの、以前、先輩がやって派手な業績を上げたことからずっと自分も真似てきた「まずは相手が驚くような数字を提示して、説き伏せる」やり方を捨てきれなかった。
それによって、次の顧客からの納得が得られずプレゼンは失敗……。というようなケースです。
対処
まずは勇気をもって、新たな理論を実践してみることが重要です。 もちろん、理論は100%完全ではありませんが、不具合の手直しを行って成長させるためにも、試してみる以外ありません。松下電器産業の創業者・松下幸之助氏は「6割いけると思ったら決定した」といいます。 サントリー創業者である鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」という有名な言葉からも同じような心持がくみ取れます。持論が正しいかどうかを検証することにとらわれるあまり、なかなか行動に反映できないのでは時間の無駄です。
反省的実践の概念を提唱したドナルド・ショーンも現場における理論構築では「有効性のない厳密さ」よりも「有効性のあるあいまいさ」が優先されると主張しています。自分自身が「腑に落ちるかどうか」をポイントに、まずは実践してみて仮説検証のサイクルを速く回し、次の経験に活かしていくことが大です。
他者の経験学習を促進するためのポイント
経験学習を人材開発の施策として実施する場合、どのようなポイントが必要なのかを考えていきましょう。 ひとつは、良質な経験をする場を作ること、そしてもうひとつは振り返り(省察)のための対話の機会を作ることです。
「経験の場」を意図的に作る
経験学習モデルのサイクルの第一段階である「経験」の段階でのサポートです。本人が「予測していなかった結果(失敗・成功)」となる、経験学習にとって良質な経験を数多く積むには、手慣れた作業や仕事、長年馴染んだ職場環境では生まれにくいものです。人事ローテーションなどをうまく活用して、経験の場を意図的に作り出す工夫が大切です。
対話を通じ、経験を振り返る機会を作る
これは経験学習サイクルの第二段階「省察」におけるサポートになります。 客観的に経験をあらゆる角度から振り返り「気づき」を促すとき「質問」が有効であることは前述しましたが、自問自答のスタイルでは視点が偏りがちです。
「気づき」には、コミュニケーションやコーチングが非常に重要なのです。 周囲と対話して自分では思いつかなかった視点から経験を眺めることにより、多くの「気づき」を得られます。経験学習促進のためには、職場で自分の経験について他者と対話し、経験を振り返る機会を積極的に作り出すことが重要です。
経験の場を意図的に作り出す方法
では「経験の場」を創り出すには、どのような方法があるでしょうか。主なものは以下の3つです。
ジョブローテーション(人事ローテーション)による「経験の場」の創出
経験学習の機会を人事ローテーション制度に埋め込む方法は、マッコールが提案しています。
通常の人事ローテーションでは、そのポストの適任者(ポストに求められる能力が備わっている人)を配置しますが、経験学習を狙ったローテーションの場合は「そのポストに就くことで、多くのことを学習できる人」という観点から人選を行います。
実は、日本的経営が世界的に脚光を浴びていた時代の日本企業は、経験学習を狙ったローテーションによる人事スタイルが多く取られていました。視野を広く持つために畑違いの部門に異動させたり、若手を子会社のトップに据えて修行させるなどの「社内で育てる」人事です。株主重視、職務・役割主義的人事制度が主流の今、なかなかこうした人事は難しくなってきていますが、経験学習の効果を再認識すれば、適材適所型の通常人事の一部分に「育てる人事」を組み込むするマネジメントが重要です。
また、経験学習を意図した人事でポストに就いた人が、適切に省察や概念化ができ、経験学習モデルのサイクルがうまく働くように、支援を行うことも必要です。
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研修プログラムによる「経験の場」の創出
現場経験と集合研修を組み合わせた形で、経験から学ぶことを目的とする研修プログラムを提供することができます。 それぞれの学習目標につながるような経験を実践させ、集合研修の中で他社からの意見やフィードバッグを得ます。それと同時に経験学習に関連した理論を学び、その中で自分がこの研修でした経験を振り返り、自分なりの「概念」「時節」を生み出すまでを経験します。 学習すべきことに関連した実践活動をさせ、関連した理論を提供し、それらを統合して省察させるという手順は、経験学習が目的の研修プログラムには欠かせません。
すでにプロジェクト形式の研修を取り入れている企業は多いと思いますが、その目的は課題解決力や協調性の向上であることがほとんどです。 これに経験学習を身に着ける要素をプラスするには、いくつかの注意点が出てきます。ひとつめは、どのような学習目標に対して、どのような課題を経験させるかを整理・選定することです。その人にとっての「良質な経験(自分が予測しなかった結果が得られる経験)」が提供できるようにすることが大切です。もうひとつは、経験から振り返って「概念化」を行うとき、その手助けをすることです。 対話するなかで、様々な領域、角度から、理論や知識を提供する必要があります。多くの引き出しを持つ人をファシリテーターとしてたてるか、経験のタイプに紐づけされた理論をライブラリー化したマニュアル的なものを作成する必要があります。
経験学習研修のファシリテーターとして適任な「経験学習トレーナー」を養成する講座等もあるので、人事担当者自身がこれを受講したり、経験学習の知識が豊富な専門家を研修に招聘するのもよいでしょう。
OJTを通じた「経験の場」の創出
経験学習サイクルの第一段階となる「具体的な経験」は、仕事の現場で発生します。 ですから、その現場で、上司や先輩がOJTを通じて、経験学習を支援するスタイルは、もっとも現実的であるといえます。ただし経験学習をサポートするという目的があるとき、OJTの手法には工夫が必要です。 たんに失敗した・成功した部下の指導という形では意味がありません。本人が、その具体的な経験を振り返るきっかけを提供することが必要です。
サポートする立場の上司・先輩に求められるのは「問いかけ」と「忍耐」です。 適切な問いかけがあってこそ、本人が経験を振り返り深く考えることができます。そして本人の自問自答の様子をよく観察し、まだ気づいていない重要な視点に気づくような「問いかけ」を再度行います。このとき、もっとも重要なのは自らの「気づき」なので、そのものズバリの正解を口に出すことなく上手に「気づき」に導くテクニック(問いかけのタイミングや質問の方法)と部下・後輩の気づきをじっくりと待ってやる忍耐力が重要なのです。
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対話において行うべきこと
自己完結した経験への内省は、単なる内観を助長するだけに終わってしまう危険性があります。 それを乗り越えるには「他者に拓かれた内省」「他者との対話の中に埋め込まれた内省」が重要であるといわれています。お互いの成長を意識した「対話」を行うことで得られる利点は3つあります。
- 自分の考えを言葉にして相手に伝えようとすることで、自分自身の考えを整理したり再確認する作業ができます
- 他者の考えを受け入れ、自らの考えと照らし合わせることで、新しい視点から物事を捉えることができます
- 他者からフィードバックを受けることで、自分の考えを客観的に振り返ることができます
このように経験した本人に「省察」「気づき」を与えるために、重要な役割を果たす対話ですが、対話を行うとき、どのような点に留意すればよいのかそのポイントをまとめました。
相手の考えを受け止める
自分の主観や固定観念にとらわれることなく、相手の考え方とその背景にある価値観・世界観を、雑感なしに受け止めることが大切です。
考えと合わせ、背景に存在する価値観を伝える
自分の考えを伝えるときは、考え方だけでなく、その背景にある価値観を伝えることが重要です。 背景となる価値観や世界観を伝えることにより「なぜ自分は、このように考えるのか」が、よりリアリティをもち、聞き手の納得感を高めることができます。
フィードバックを行う
相手の考えを理解したら、それを自分なりの言葉で置き換えたり、「こういうことだよね」とまとめて言葉にすることで、お互いにフィードバックしあうことで、気づきを与え合う重要な関係性が生まれます。「この人に話してよかった」と実感しあうことで、より多くの気づきが得られ、気づきを確認でき、さらに振り返り自体も促進されます。
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対話の質を上げるための質問
対話の質を上げるために、以下の質問例が参考になります。
【出典】「対話を通した経験のリフレクションー株式会社日本能率協会マネジメントセンターの事例―」北海道大学大学院経済学研究科 松尾睦氏(2016年12月)
対話を通じた、若手社員の育成
若手社員の育成は、教える側(上司・先輩)から教わる側(若手社員)へ、上から下への一方通行な縦の関係性で行われるケースがほとんどでした。しかし「対話」を活用すると、教わる側が学ぶだけでなく、教える側も対話を通じて学ぶことができる双方向の横の関係性を築くことが可能になります。これまで「教える」だけだった上司・先輩も若手社員の育成を通じて学び、成長できるチャンスが生まれるというわけです。
対話を活用した育成を意識すると、対話中は相手(若手)の考えや価値観をしっかりと受け止め、本人に気づきを与える「問いかけ」や「フィードバック」の内容を真剣に考えることが必要になります。これをおこなうことで、気づきを促す側の上司・先輩側にも気づきが生まれ、学び、成長が期待できるのです。
また対話は、若手社員の気づきを促すだけでなく、話をしっかり聞いてくれる上司・先輩の存在を再確認させ、信頼感の増大にもつながります。対話によるフィードバックは「私はあなたをしっかりと見ていますよ」という先輩からの意思表示。これが若手社員のやる気ややりがいを引き出す大きな誘因にもなるのです。
経験学習が促進され、人が育つ職場風土とは
経験学習を行う場の中心は、職場です。職場内の雰囲気や人間関係は、経験学習の成果に大きな影響を与えます。
職場風土とは
職場には、その職場独特の雰囲気や暗黙のルール・基準があり、職場に属するメンバーは無意識のうちにそれに適した「当たり前な」行動をとっています。このように職場に根差した気風や、見えない掟(価値観・行動規範)のことを「職場風土」と呼びます。
職場風土はマネージャー次第
もしも職場風土に問題がみられる場合は、その改善を主体的に行う役割にあるのはマネージャーです。マネージャーが業績目標を達成することだけに注力していると、効果的な人材育成はできません。目先の目標だけを追うのではなく、将来に向けた人材の成長を考えるならば、マネージャー自身が意識を改めて、職場風土の良化に尽力しなくてはなりません。
では、人を育てる職場風土を創出するために、マネージャーはどのようなポイントに着目すべきかを考えていきましょう。
職場風土の作り方
職場には、さまざまな価値観や動機を持つメンバーが集まっています。各自がそれぞれの「ありたい姿」や「目的」を追求したのでは、職場としてまとまって力を発揮することは難しくなります。
メンバー全員が目指すべき方向をそろえ、全員の力を集めるために、行動や判断のよりどころとなる基準を共有する(よい職場風土を整える)ことは、非常に重要です。 職場内における目的やゴール・価値規範を共有するには次の3点に留意する必要があります。
- 職場全体が直面している状況や課題の認識を統一する
- 達成したい具体的な状況・目標を明らかにする
- 職場全体が担う役割を明確にし、メンバーに共通の目的意識を持たせて、行動を方向付ける
職場風土を改善、創出するためには、マネージャー自身が「今後、人を育てていくことに注力する」と明言し、達成したい具体的な状態のイメージの中に、メンバーそれぞれが成長している姿を織り込んで提示することが大切です。
現場のトップとなるマネージャーが、こうした前向きのイメージ・目標とともに各人への期待を表明することにより、それぞれのメンバーは自分の存在意義を再確認し、自身の成長に励む気力を新たにしたり、職場のメンバーとの一体感をより感じられるようになります。
マネージャーによる働きかけの具体例
職場風土の変革、創出は、一朝一夕ではできません。しかし、マネージャーとして今日からできること、変えられることもあります。 メンバーとの関係性を向上させる、マネージャーからの働きかけの具体例をいくつか見ていきましょう。
メンバー間の交流を促進する
まずはメンバーがお互いに興味・関心を示すようにならなくては、関係性自体が生まれません。それには、相手に関心を持つきっかけづくりとしてお互いの交わるポイントをできるだけ多く持つことです。どんなことに興味があって、趣味は何で、こだわる部分はどこにあるのか。今の仕事に就いた動機は何か、など雑談の中から交わるポイントを拾い上げていく作業が必要です。
そのためにも、マネージャー自身が発案して、ランチ会や飲み会、旅行・スポーツなどを理由に集まり、お互いのことを知る機会を作ることから始めます。今はプライベートライフを重視し「飲みにケーション」を嫌う若手も少なくないので、できれば就業中にできるミニイベントから始めるのがよいでしょう。
イベントを設定するときも、育児中の女性社員や介護中の社員の事情も考慮に入れ、できるだけ負担が少ない形で、全員参加が可能そうなものから提案するのがポイントです。そして集まりの場では、マネージャー自らが率先して、自己開示し「自分について」語り、かつ「メンバーについて」聞く姿勢が大切です。
ときには交わることに消極的な社員のために、マネージャーがそれぞれにリサーチして拾い上げた共通のポイントを仲介する形(「〇〇さんも、学生時代サッカーやっていたらしいよ」など)で、メンバー同士の交流を支援するのもよいでしょう。
メンバーが持つ感情を開放する
職場が常に緊張感でピリピリしていたり、息詰まるような雰囲気が漂っているとき、マネージャーは、それぞれのメンバーとのコミュニケーションを通じて、その原因を考えてみます。感情を思い通りに表現するのがはばかられる。体や心に緊張やこわばりを感じる、自分らしさを出せない……。その原因はいろいろです。
実際に、メンバーそれぞれとコミュニケーションをとって、必要以上に緊張したり、息詰まる環境を改善する方法を、一緒に考えます。原因そのものが解決できるのが一番ですが、それが難しくても、悩みを聞く、一緒に体を動かす、ストレス解消に付き合うなどをする過程で、抑制していたメンバーの感情を開放する手助けができれば、それだけでも職場風土は改善していきます。
ポジティブフィードバックを行う
できていないことやマイナス面に照準を合わせる評価的なフィードバックは、日常的に行われているはずです。それによって問題点や不具合に着目させることは可能ですが、一方でマイナス面ばかりのフィードバックはメンバーの視野を狭めることになったり、仕事や周囲に対してネガティブな感情を生み出す要因にもなります。大人になるとあまり評価される機会のない、プラスの面や良い面に光を当てるのが、ポジティブフィードバックです。メンバーがしてくれたことに感謝の言葉を返したり、熱心な仕事ぶりを言葉に出して認める、などという小さな積み重ねがメンバーとマネージャーの関係性を向上させます。
また上に立つマネージャーが、ポジティブフィードバックを心がけることで、職場全体も影響され、メンバー同士の間でも互いを認め合い、小さなことにも感謝しあう雰囲気が醸成されます。職場で働くことが楽しいと感じさせるマネージャーからの前向きな働きかけは、メンバー間の関係性を向上させ、職場風土をいい方向にかえる大きなきっかけになります。
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経験学習が滞る職場風土
では反対に、どのような職場風土だと、経験学習のサイクルがうまくまわらず、人材が育たないのかも考えてみましょう。その例をいくつか挙げてみます。
- 挨拶・会話がない(相手の存在を認めていない)
- 自分の意見が言えない(若手が発言すると、上司が頭ごなしに却下、もしくはさえぎる、猛烈に批判・反論する。聞く耳を持たない)
- 組織内で助け合う文化がない(同僚はみなライバル、自分の成績だけを上げればいい、自分が疲れたり損をすることはやりたくない、というムード)
- お互い無関心(メンバー同士の体調を気遣ったり、他のメンバーの仕事の状況を思いやる姿勢がない。長年同じ職場にいても、お互いのことをほとんど知らない・知ろうとしない)
- 情報発信をしても反応がない(他のメンバーに役立つ情報を伝えても、活用する姿勢が見られない)
- 人材育成について関心がない(同期同士で一緒に成長していこうとする姿勢、部下・後輩を育てていこうとする姿勢がない。叱らない、関わらない、教えない)
リーダーが共通して有する「経験」と、経験の強化要因
CCL(Center for Creative Leadership)のモーガン・マッコール氏らは、成功している大企業の経営幹部に対する大規模なインタビュー調査を実施しました。 その分析の結果、成功した上級管理職に共通する経験を「課題」「上司」「修羅場」という3つのカテゴリーに分類しています。そして、好業績を上げた上級管理者は、他者である「上司」から価値観や社内政治の行い方を学び、さまざまな挑戦的な「課題」を遂行していくことを通じて自信や独立新、知識、他者との関係性と配慮、タフネスなどを身につけ、「修羅場」の経験を通じて内省することで謙虚さやモノの見方を学んでいたということを明らかにしました。
これを踏まえ、金井嘉宏・古野庸一氏は、日本でも同様の調査を実施。マッコール氏の質問項目に追加して「過去の仕事経験において自分が一皮むけたと思う経験を3つ以上抽出」してもらい、それぞれの経験で何を学んだかをインタビューしました。
リーダーとしての発達に欠かせない経験とは
ふたつの調査の中で浮かび上がってきた、リーダーとして成長するうえで欠かせない経験とはどのようなものでしょうか。 マッコール氏、金井氏、それぞれがまとめた経験は以下の通りです。
マッコール氏
- プロジェクトチームへの参画
- 悲惨な部門・業務の事態改善・再構築
- 新規事業・新市場開発などゼロベースからの立ち上げ
金井氏
- 入社初期段階の配属・異動
- 初めての管理職
- 新規事業・新市場など、ゼロベースからの立ち上げ
- 悲惨な部門・業務の事態改善と再構築
- ラインからスタッフ部門・業務への配属
- プロジェクトチームへの参画
【参考】「経験」を学びと成長に変える人材育成 / WORK MILL
これらの経験によって得られる能力
経験学習の実証研究が専門の北海道大学の松尾教授は、500名以上の日本の大企業の管理職への調査を核に「成長を促した経験」と「そこから得た能力」との関係を分析しています。それによると「部門を超えた連携」「変革への参加」「部下育成」という3つの経験が、複合的に「情報分析力」「目標共有力」「事業実行力」という3つの能力を高めると結論付けました。
3つの能力
松尾教授のいう3つの「能力」とは以下のようなものです。
情報分析力
市場・業界・他者動向などの情報、業務についての知識をベースとして多角的、論理的に考え、物事の原因を見定め、今後起こることを事前に想定する力
目標共有力
部門や組織での理念や目標を示し、率先して実行しつつ、部門内でそれを共有、浸透させながら、メンバー全員を巻き込んでいく力
事業実行力
自社の経営指標や市場の動きを読み解き、その現状からビジネスチャンスを見極めて、リスクを恐れず事業を実行・推進していく力
【参考】優れたマネジャーになる・育てる(第1回)「連携」「変革」「育成」の経験が人を伸ばす――北海道大学大学院教授 松尾 睦/ダイヤモンド・オンライン
強化要因
これらの分析結果を生かし、人事・人材開発部門は、次世代リーダーの「仕事の経験」をどのように支援していくことができるでしょうか。
有益な経験をするチャンスを積極的に支援するメンタリング機会の創出
次世代リーダーやその候補者には、意図的にストレッチな異動や、新規プロジェクト参加などの機会を、比較的早い時期・サイクルで提供し、チャレンジの機会や経験を振り返る内省の機会を与えることが大切です。経験学習のサイクルで早く回すことで、成功のために重要な3つの経験を積むことができ、その後も同様の経験が積みやすくなる「経験の好循環」が起こりやすくなります。
ある部門で安定して高い業績を上げられるリーダー(もしくはリーダー候補者)を、その所属部門だけで囲い込んでしまうと、それ以上には学習が進まず本人の成長が止まってしまうというリスクがあります。「かわいい子には旅をさせよ」という格言通り、ある部門で業績を収めた有望な人材には、あえて他の部門を経験させる配慮が必要なのです。
【関連】次世代リーダーとは?どんな課題や育成研修があるのかご紹介 / BizHint
ライン部門を人材育成に巻き込む
前述のとおり、上司や先輩らが、次世代リーダーやその候補者の経験学習支援に果たす役割は重要です。 人事・人材開発部門は、将来の幹部候補者と、そのような彼らにふさわしい上司や先輩を引き合わせる役割を担っています。さらに、ライン部門を人材育成に積極的に参加させることによって、仕事の経験を通じてリーダーを育成できる上司や先輩を広く養成できます。
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評価フレームを見直す
マッコール氏らのいう「修羅場経験」の経験は、失敗を通じた試行錯誤と軌道修正は重要な学習機会であると位置づけられており、この経験が飛躍的に個人の成長を促すと結論付けています。しかし組織は失敗に非寛容な傾向があります。そのため、次世代リーダーやその候補者は、失敗によって自分のキャリアを損なうことを恐れてチャレンジを渋り、貴重な学習機会を逃してしまうことも少なくありません。
組織全体で、失敗に寛容になり、失敗から積極的に学び、活かしていくという組織文化を根付かせることこそ、経験学習を活かした人材育成の大きなポイントです。失敗の数を数えて評価をする減点法式をやめ、困難に立ち向かう意欲や、そのときの行動や軌道修正、その後失敗をどのように総括したかに着目して、自ら困難に立ち向かった経験をプラス方向に評価する加点方式の評価フレームに改革していくことが重要です。
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まとめ
- 経験学習とはデイビット・コルブ氏が提唱した「人は経験から学ぶ」という理論
- 「経験」→「省察」→「概念化」→「試行」というサイクルの繰り返しにより、人は学習し成長していく
- 他者の経験学習を促進するためには、経験の場を意図的に作り、有益な対話によって経験を振り返る機会を作ることが望ましい
- ジョブローテーション、研修、OJTなどを活用して、意図的に「経験の場」を創り出すことができる
- 経験学習が促進され、人が育つ職業風土を築くのはマネージャーの大切な仕事
- 失敗から学ぶ経験学習の重要性を活かすためにも、失敗に非寛容な評価フレームを全社的に見直すことが大切
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