寛大化傾向
寛大化傾向とは人事評価を行う際に高評価ばかり付けてしまう心理的偏向のことです。正常な組織運営を妨害する寛大化傾向にいち早く気付き適切な対応を取ることができるよう、評価者が寛大化傾向に陥ってしまう要因や事例、改善策について解説致します。
寛大化傾向とは
寛大化傾向とは様々な理由により厳しい評価付けを避けた結果、評価対象者全員が一律に高い評価となってしまう状態のことを指す心理学用語です。
1(低)~5(高)の5段階評価において全員が4~5に固まっている場合や、記述式評価において今後の課題や反省点といった否定的内容には一切触れず、肯定的内容だけを取り上げることが常態化している場合、高い確率で評価者は寛大化傾向に陥っています。
英語訳から読み取れる寛大化傾向の概念
寛大化傾向は英語でLenient Tendencyですが、Lenientには『寛大な』の他にも『慈悲深い』や『情け深い』、『優しい』、『甘い』といった意味が含まれています。このことから優しさや思いやり、度量の広さによる肯定的評価だけではなく、評価対象者や評価者自身に対する甘さから生まれた評価の偏りも寛大化傾向と呼べることが分かるでしょう。
特別扱いや優遇とは違う
一般的に、寛大化傾向は評価対象全員に対して過大評価を行ってしまう心理状態のことを指しますが、心理的偏向という観点から考えると個人や特定部署、プロジェクトチームなどに限定した過大評価であっても寛大化傾向を適用することができます。
ただし、寛大化傾向における過大評価は、周りとの差別化を目的としているわけではないため、特別扱いや優遇など意図的に行う過大評価と混同することのないように注意しなければなりません。
寛大化傾向が及ぼす悪影響
評価者(考課者、評価評定者)が寛大化傾向に陥ることにより、組織は数多くの損失を被ることになってしまいます。寛大化傾向が組織に及ぼす悪影響には次のようなものがあります。
評価対象者の成長を妨げてしまう
人は肯定的な評価を受けることによってモチベーションを高め、更に努力を積み重ねていくことができます。しかし、達成するべき課題や反省点の意図的な見過ごしは貴重な成長機会を奪うことになりかねません。
受けた高評価が正当なものではないと分かった時のショックは計り知れず、自信を喪失するだけではなく評価者との関係も悪化させてしまいます。また、評価の不当性に気付かず自分の磨くべきスキルや改善点を客観的に指摘してもらえなかった評価対象者の成長速度は著しく低下することになるでしょう。
チーム力や組織力を低下させる
人並み外れた努力により評価期間内に大きな成果を上げることができた従業員にとって、寛大化傾向による一律的な高評価は到底納得できるものではありません。他の従業員との優位性を認められないだけではなく、自分の功績を経営者や人事部に向けてアピールする貴重なチャンスを奪われた好成績者は、就業意欲を失い、評価者からの高評価を真に受けて現状に満足している同僚に対して不満を感じるようになってしまいます。
職場やプロジェクトチーム内で蔓延した不穏な空気は、少しずつ連帯感やチームワークを蝕み、長期間に渡って放置された寛大化傾向は「とりあえず高評価を付けておけば問題ないだろう」という誤った共通認識として組織風土化され、適切な対応を取るまで組織力を下げ続けていくでしょう。
人事戦略に支障を与える
人事戦略は緻密に組み上げられた計画を的確に実行していくことによって組織の利益を最大化させることができる重要戦略の1つです。しかし、寛大化傾向に陥った評価者のまとめた評価レポートからは従業員一人ひとりのスキルや業績、今後の成長予測などの情報を正しく得ることができません。
経営者や人事担当者に誤った認識を与えないためにも、全ての評価担当者が正確な人事評価を実施できる環境を構築しなければならないのです。
寛大化傾向に陥る要因と実例、改善策
評価者が寛大化傾向に陥ってしまう最大の理由は『低評価を付けることに対して負い目を感じてしまう』からです。しかし、評価対象者の情報をより多く収集することができる立場にいる一次評価者の発信する情報は、組織成長に大きな影響を与える重要な要素であるため、誤った評価結果を生み出してもらうわけにはいきません。
寛大化傾向に陥る要因と改善策を学び、適切に対処することによって組織内の人材評価環境の正常化を目指しましょう。
人間関係が悪化することを恐れている
【口癖や思考】
- 低評価を付けることで評価対象者から嫌われたくない
- みんな高い評価を付けておけば無難だろう
- コミュニケーションをスムーズにするために好印象を与えたい
【原因となる感情や性格、環境】
- 自己保身
- 平和主義
- 事なかれ主義
- 組織の現場へのフォロー不足
- 僅かなことで容易に崩れる連帯感
人間関係は作業速度や作業効率だけでなくモチベーションにも影響を与える要素です。それだけに評価結果に致命的影響を与えてしまう原因も多く存在します。低評価すらも活力へと変えていける強い組織風土の構築や、二次評価者による適切なフォローアップを実施することによって、評価者の意識改革を図ることで改善していくことができるでしょう。
人事評価に私情を持ち込んでしまう
【口癖や思考】
- 自分が担当している従業員たちに少しでも良いイメージを付けてあげたい
- あれだけ頑張っているのにこんな成果しか出せていないことに納得がいかない
- 次回こそは結果を残してくれると信じている
- 低評価をつけることによってモチベーションを下げさせたくない
【原因となる感情や性格、環境】
- 公私混同
- 感情的評価
- 一方的期待
- 希望的観測
- ロジカルシンキングの放棄
- 馴れ合いを許してしまう企業風土
馴れ合いと連帯感を混同してしまっている組織では、私的感情により評価が歪められてしまうことが少なくありません。馴れ合っているだけでは組織もチームも成長することは出来ず、正しい分析評価が長期に渡って輝き続ける人材を生み出すことを伝えることにより、評価時点の情報を客観的評価として整理する重要性を理解してもらうことができるでしょう。
自信を持って評価することができない
【口癖や思考】
- 自分なんかが評価を行うなんて申し訳ない
- 自分は評価者という器ではない
- もっと評価者に適している人物が他にいると思う
- 能力の低い人物に評価されたらきっと不快に感じるだろう
- できることなら評価なんてしたくない
【原因となる感情や性格、環境】
- 自信過小
- 役割放棄
- 現実逃避
- 逃げ癖
- 評価者育成に対する理解不足
- 全項目において自発的成長を求める組織風土
評価者が自分の業績や能力を低く評価している場合にも寛大化傾向は発生します。組織は自身を失っている原因が評価者の性格と評価スキルの不足のどちらによるものであるのかをしっかりと見極め、精神的フォローアップや評価者トレーニング(評価者訓練、評価者研修)など適切なサポートを実施する必要があるでしょう。
人事評価の重要性や実施目的への理解不足
【口癖や思考】
- 誰だって褒められた方が嬉しいし、やる気を出すはずだ
- 高評価の従業員が多い方が経営者としても嬉しいのではないか
- 自分の指導力や人材育成スキルを高く見せたい
- 経営者や人事評価者、管理者などに向けて部下をアピールするチャンスだと考えている
【原因となる感情や性格、環境】
- 思い込みや決め付けによる暴走
- 目的がボンヤリしたまま実行に移す
- 曖昧な内容に対する確認不足
- 使命感や責任感の欠如
- 評価者の理解度や行動傾向を把握していない組織
評価者の安易な自己判断は人事評価制度だけではなく組織活動全体にも大きな影響を及ぼします。組織が求めている人材像の共有や評価者意識の獲得、誤った評価判定が与える自身の評価者スキルへのマイナス評価など基本的な部分をしっかりと伝えることで考えを改めてもらいましょう。
評価対象者が担当する業務内容に対する理解が浅い
【口癖や思考】
- 低評価を付けた理由を細かく突っ込まれると面倒
- 技術レベルが正しく見極められないために低評価を付けづらい
- 個人目標や課題を把握していないため、努力内容と目指す方向に大きな差異が発生していたとしても、主観的に頑張っていると感じれば高評価の対象となる
【原因となる感情や性格、環境】
- 責任放棄
- 質問力やコミュニケーション力の不足
- 他人の行動や活動内容に興味を持てない
- ギクシャクした人間関係
- 必要最小限の確認しか許されないような重苦しい空気
評価対象者の業務内容に対する興味や知識が不足してしまった状態では、正しい評価を行うことはできません。また、職場の人間関係やコミュニケーションスキルも情報収集不足を招く原因となってしまいます。
評価者に対する基本的な意識改革を実施しつつ、現在行っている作業内容や自己目標などを記載する項目を設けた自己評価シート(人事考課シート、人事考課表)の導入や、上司と部下の垣根を越えて本音で語り合える職場環境の構築を行うことで、より深いレベルでの評価判定が行えるようになるでしょう。
評価項目や評価基準が明確ではない
【口癖や思考】
- 曖昧な評価制度自体に問題がある
- 正しく評価することができないのは自分のせいではない
- 他の評価者もきっと同じように不満をもっているだろう
- とりあえず高めに評価しておく方が無難だ
【原因となる感情や性格、環境】
- 責任転嫁
- 行動力不足による現状維持
- 決め付けによる現実逃避
- 事なかれ主義
- 上層部と現場のコミュニケーションが図りにくい環境
評価者ごとに異なる解釈が生まれてしまう曖昧な評価制度では正しい評価を得ることはできません。評価項目と評価点を分かりやすくまとめた評価スケールや評価ツールを用意し、評価者研修でツールの使用方法や評価目的を学んでもらうことにより、誰もが同じ基準を持って評価することができる評価制度へと変えていくことができるでしょう。
二次評価者が評価内容を精査していない
【口癖や思考】
- どうせ自分の付けた評価は活用されていないから時間をかけるだけ無駄だ
- 自分は評価者として期待されていないのではないか
- 細かく確認されないのであれば厳しくチェックすることはリスクしか生み出さない
- ばれる事は無いから査定アップのためにも高評価を付けておこう
【原因となる感情や性格、環境】
- 評価者としての意欲喪失
- 投げやり
- 極端なリスク回避思考
- 要領が良い、ずる賢い
- 世渡り上手
- 信頼と放任を履き違えた人事方針
精査されることの無いまま自分の評価データが吸い上げられていることを知った一次評価者の中には、評価行為に対する意識を変えてしまう人もいます。 一次評価者だけに評価を押し付けるのではなく、管理職や人事業務担当者も積極的に関与することによって、現場全体に程よい緊張感を与え、士気を高めながら一次評価者の評価スキル向上を目指せます。
心理的偏向による評価エラーの種類
評価者自身の性格や周辺環境から生まれる不安や迷い、遠慮といった感情は心理的偏向となり、数々の評価エラー(評価誤差)を発生させます。価値のある現場評価を吸い上げるためにも、それぞれの心理的偏向が引き起こしやすい評価エラーの特徴を学んでおきましょう。
- 寛大化傾向
甘い評価により上位評価に集中してしまう - 厳格化傾向(酷評化傾向)
厳しい評価により下位評価に集中してしまう - 中心化傾向(中央化傾向)
5段階評価において3ばかり付けるなど、評価が真ん中に集中してしまう - 逆算化傾向
先に総合的評価を脳内で作り上げ、その評価に矛盾しないように個別評価を調整していく - ハロー効果(後光効果)
評価対象者の持つイメージが評価に強い影響を及ぼしてしまう - 期末効果(期末誤差、近隣誤差、近接誤差)
直近の言動や成果だけに着目し、あたかも評価期間全体のことのように扱ってしまう - 対比効果(対比誤差)
自分自身や一部の極端に優れた(劣った)人物を無意識に基準化してしまい、不適切な基準によって他の人を評価してしまう - 論理誤差(ステレオタイプ)
「AならばBだろう」など、Aという事実からBを勝手に導き出して事実のように扱ってしまう
【関連】中心化傾向が人事考課や人事評価で発生する心理的要因と対策例を紹介 / BizHint HR
正しい人事評価が組織を強くすることを再認識させる
心理的傾向は企業内人材の評価だけではなく、面接官(面接者)として応募者を評価する際にも悪影響を及ぼしてしまいます。 人材採用や人材育成の質向上と安定した人事管理が行える強い組織を実現させるため、現場評価が正当なものであるか定期的にチェックし、必要に応じて適切な対応を取る必要があるでしょう。
まとめ
- 寛大化傾向とは心理的偏向の1つであり、意識的または無意識に高評価ばかり選んでしまう状態を指す
- 寛大化傾向によって歪められた評価データは人事戦略や組織運営に多くの悪影響を及ぼしてしまう
- 寛大化傾向に陥ってしまう要因は数多く存在するが、正しく見極めて適切な対応を取ることで改善できる
- 評価者一人ひとりの評価傾向やクセに興味を示すことが強い組織作りの第一歩となる
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