役職定年制
日本社会全体としてはもちろんのこと、企業内においても高齢者の増加に対する対策が求められる時代となりました。経営戦略としては社員年齢分布のバランスをとりたいのに、それが難しい状況が多くの企業で生まれています。その対策の1つになるのが役職定年制ですが、それはどのような制度で、どんなメリットやデメリットがあるのでしょうか。
役職定年制とは?
まず、役職定年制とは何かを解説します。
役職定年制
役職定年制とは、部長や課長といった役職についている社員に設けられる人事制度です。設定された年齢に達すると役職を外れることになるもので、基本的にはある年齢以上の人が管理職でいることがなくなります。組織内の人事において新陳代謝を促すことを主な目的としており、管理職定年制度とも呼ばれます。平成22年度の人事院調査によれば、従業員が500人以上の企業のうち35.4%がこの制度を導入しているとのことです。
なお、これと似た制度で役職任期制というものがありますが、これは1つの役職に就いていられる期間を定めるというもので、直接的には年齢に関係ありません。
役職定年年齢って何歳?
役職定年を何歳にするのかは、企業によって違います。しかし、おおむね50代の後半に設定されており、60歳定年制の会社では、その少し前の55歳から57歳くらいになっています。部長や課長になっていた人も、定年前の数年間は、無役となって勤務するわけです。
役職定年後の仕事って?
役職定年を迎えた後は、もちろん管理職ではなくなります。では、どのような仕事内容になるのでしょうか。ただ単に役職から外れて平社員になるケースもあります。しかし、例えば、得意分野のスキルを評価されて専門職になるケースなど、複線型人事制度と連携した運用をしている会社もあるようです。
チームを管理する立場ではなくなりますが、これまでの仕事の実績があります。単なる平社員にしておくよりも後進の指導などもしやすくなります。会社としても、役職経験者を引き続き活用できる場があればメリットは小さくありません。
役職定年後は給与減額?
役職から外れることによって役職手当が無くなります。その分、給与は減額です。ただし、専門職として用意されたポストに就いた場合などにはそれによる手当がある場合もあり、結果として大きな変化がないケースも存在します。もっとも、これはどちらかといえば割合が少なく、やはり減額となる会社が多いようです。
役職定年制のメリット
そもそも目的があって導入が進んだ役職定年制です。その目的の中にこそ制度のメリットが存在します。ここではそれを大きく3つに分けて解説していきます。
人事の新陳代謝の促し
社会における変化の激しさは時代とともに加速度的に増しています。当然、組織はそれに対応できる体制をとらねばならず、人事の新陳代謝が求められるようになりました。一方、ピラミッド型の組織構造では管理職ポストは数に限りがあります。優秀な人材ほど早く管理職に就くことが多いですが、そうすると、そのポストは長くその人が独占することになってしまいます。
たとえその人が優秀であっても、長く同じポストにいることで社会変化への対応が遅れる可能性が出てきます。少しずつであっても組織の若返りをしていくことは、会社の事業を継続していくために必要なことだといえるでしょう。固定化した組織にならないようにするためにこの制度が考えられます。
若手の育成
役職に定年を設ければ、比較的に早い段階で次の世代にバトンタッチすることになります。早い段階でバトンを受けた次の役職者にとっては成長の機会を得ることになります。若手といっても管理職候補として評価されているわけですから40代から場合によっては50代です。この制度が無ければ定年間近になってようやく役職に就くということも考えられ、それでは成長の機会を逸しているということです。
次世代の幹部社員を育成しようと考えるならば、適切な年齢のときに相応しいポストに就かせるべきです。タイミングを逃していけません。期待をかけるべき優秀な若手の育成につながるのもこの制度のメリットです。
総額人件費管理
年功序列賃金は日本的経営の特徴の1つであり、簡単にいえば年齢が上がるほど給料が上がる仕組みです。年代が上である層の賃金が高く、一般的には役職者になればさらに手当も付きます。役職定年制によって期待されるメリットの1つには、総額人件費の抑制が期待できるということがありますが、それはこの年功序列賃金制度を変えることによって生まれます。
役職定年制を導入すると、賃金情報カーブの頂点が、定年間近ではなくなります。年齢の設定によりますが、定年より少し前の50代なかばにピークが移動します。これはキャリア最終版にあった山を削ることになるので、単に頂上が移動するのではなく、全体として人件費を減少させる効果があり、総額人件費管理の面から見たメリットです。
役職定年制のデメリット
役職定年制にはデメリットもあり、それは管理職から外れた人の意欲が低下することです。導入時の課題となる事柄を2つの要因に分類して解説します。
役割変更後の意欲低下
役職定年を迎えた社員は、良くて専門職などへの転換となり、悪い場合は単純に役職が外れた平社員に戻ります。管理職にはそれなりの苦労がありますから、定年前にそこから開放されて喜ぶ人もいるかもしれません。しかし、それまでしっかりと働いてきたプライドがあれば、それは意欲を低下させる大きな要因となるでしょう。
専門家として認められての配置転換となった場合でも必ずしもモチベーションを保てるかといえばそうではありません。やはり仕事における責任の大きさが小さくなることが多いですから、自分自身を小さく扱われているような錯覚に陥ることも考えられます。責任が軽くなってしまうことによって低下する意欲を、どう高揚させるのかが課題になります。
賃金低下による意欲低下
働く意欲が低下するのは仕事上の役割から外れることだけによるわけではありません。これまでと同じような時間数を働いても給料が低くなるのですから、これも意欲低下の原因となります。老後への不安が大きくなるということもあるでしょう。
役職定年制によって給料が減ることは、当然、事前に分かっています。しかし、知ってはいても、実際に給料明細をもらって数字が小さくなっているのを見ると、あらためて気持ちに変化が起きるかもしれません。それは好ましくない変化です。自分の価値が下がったことをはっきりと見せつけられたように考えて、意欲を低下させてしまうことが懸念されます。
デメリットに対する改善策
制度の導入におけるデメリットには改善策があります。これによってメリットをより活かすことが出来るので、こちらもしっかり考えておきましょう。
定年前のキャリア啓発
役職から外れたからといって、社員としての価値が無くなるわけではありません。むしろ、これまでの経験を活かした働き方には大きな意義があるはずです。管理職ではなくても組織に貢献する方法はあるはずなので、それを啓発していかなくてはいけません。エキスパートとしての活躍、後進の指導など、次のキャリアを示していくことが必要です。
企業におけるキャリア開発や支援は、社員の活躍の場を社内に限定することなく行われることもあります。これまで持っていなかった新しい能力を身につけ転職することを応援する企業も存在します。能力開発のための休暇制度を設けたり、資格取得のための費用を支援したりすることも、定年前キャリア啓発の有効な手法です。
処遇への納得性の確保
別の有意義な職務へと転換するとはいえ、管理職待遇ではなくなるので、給与面における処遇が下がってしまうことが多いです。会社は、このことについてしっかりと説明して納得感を持ってもらうよう努めます。もちろん、説明以前の問題として、役職定年の後の役割と賃金とが合理的に説明できるものでなければなりません。不満を感じた社員はモチベーションを下げますから、制度設計の段階から納得性の確保を考えておくべきです。
役職定年制を導入している企業の多くで、導入したあとも定期的あるいは不定期に制度の見直しを行っています。ここにはもちろん処遇の再設定も含まれており、不断の改善が必要だということの現れなのかもしれません。できるだけ多くの社員が納得して制度を受け入れてくれるよう、経営者側の努力と工夫が求められます。
活躍の場の確保
そもそも、長く働いてきた社員にとって、活躍できる場所が無くなることは辛いでしょう。それに、活躍できる場であると考えていたポジションから外される事は意欲を削ぎます。高齢者である従業員が活躍できる場を管理職というステージしか用意できないのは、これからの企業のマネジメントとしては残念なことです。意欲をもって活躍できる場を確保しておくことが、制度をより活かしていくための有効な手段となってきます。
管理職以外で高齢期の社員に期待される事柄は、それまでに培ってきた専門知識を活かしたエキスパートとしての活躍や、若手に対する技術の継承などです。企業活動が長く続いていくためにはいずれも不可欠だといえるもので、役職を退いた人がそこで活躍することは労使双方に価値のあることだといえるでしょう。
役職定年制度導入事例
役職定年制度は既に大手企業を中心として導入されているものです。実際に制度が運用されている事例について、その内容や成果をご紹介します。
富士通株式会社
富士通では、社会変化にともなう事業展開が急務である中で、社員の高齢化という経営上の問題が目立つようになっていました。そこで、役職定年制を導入するわけですが、単に管理職を外れさせるだけでは制度への納得感が得られません。上役を冷たく切り捨てるような会社に見えてしまえば、若い層の働く意欲も奪うことになり、それでは本末転倒です。そうならないようにと、富士通が役職定年制とセットにして取り組んでいるのが、幹部社員向けの手厚いキャリア支援です。
早い時期から中高齢期のキャリアを考えていく場を設け、社内に限らず社外においても活躍する機会を求めるマインドを醸成しています。その中では、セミナー型の座学もあれば、キャリアカウンセラーによる面談なども行われます。カウンセラーが所属するのはキャリア開発室という部署であり、ここが中心となって、役職退任後のキャリア形成を支援しています。この取り組みがしだいに社内でも浸透していき、50代前半で積極的な転身や転職をする人が増加しているとのことです。
【参考】経団連 ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み
日本電気株式会社(NEC)
高年齢者雇用安定法(高齢法)の改正によって、定年後の再雇用を望むサラリーマンが増加しており、日本電気でも同様の状況となっています。このため日本電気では、60歳以降になっても社員が活躍できるようにと、キャリア支援策を運用しています。その中では、継続的に能力を発揮して会社に貢献するようとする施策とともに、役職定年によって別のキャリアを選択できるようにする制度があります。
原則として56歳で役職を離れることとする制度の中で、55歳の管理職を対象とした「役職定年前研修」を実施しています。自らの能力や社内外における人材ニーズを知ることで、自分にマッチした高齢期キャリアを考えさせる取り組みです。次の活躍のステージを社外に求める社員に対しては「セカンドキャリア支援制度」を設けており、これは45歳以上の社員が対象です。有給の能力開発休暇や研修費の補助など、金銭面で心配せずに転職を考えられるように制度設計されています。
【参考】経団連 ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み
まとめ
- 役職定年制の導入は、会社の新陳代謝を促し、変化に対応できる組織であるために有効な手段であるといえます。管理職スタッフの滞留は若年層スタッフのモチベーション維持を妨げる可能性も大きいと考えられます。
- 一方で、そこから外れることとなる社員に対してのフォローを考えておかなければ、かえって働く意欲を削ぐことになりかねません。企業風土にふさわしいキャリア支援策が求められます。これがうまく運用されていく会社が、役職定年制のメリットを最大限に活かしていくものとなるのではないでしょうか。
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