連載:第7回 IT・SaaSとの付き合い方
日本企業がクラウドを徹底活用する為に、いま欠けているものとは? ベンダーとコンサルが提案する新たな取り組み
ビジネスの様々な分野で、クラウド型サービスの市場が拡がりつつありますが、まだまだ紙やExcelでの業務に追われる企業も多いようです。そんな状況を打開しようとする新たな取り組みについてお話を伺いました。
ビジネスの様々な分野で、クラウド型サービスの市場が拡がりつつあります。会計や人事、営業支援などB2B領域向けのクラウドを提供する事業者への投資は右肩上がりで伸びており、freeeやSansanなど、大型の上場も増えてきました。
その一方、紙とExcelを中心とした業務に追われている企業も、中小企業を中心として日本にはまだまだ多いようです。人口減少やコロナウィルスへの対応で日本企業の働き方が変化を迫られる中、クラウドの活用によってデータ入力や管理の手間を減らし、より生産性の高い働き方を実現するには、いま何が欠けているのか?
多くの企業へのクラウド導入を支援してきた株式会社ストラテジット代表の立原圭さんと、freeeでアプリストアやAPIなど外部パートナーとの連携を推進してきた水野谷将吾さん。今回、より多くの企業へのクラウド普及に向けて、パートナーとして新たな取り組みを始めたお二人にお話を伺いました。
薄れてきたクラウドへの抵抗感。2020年は本格的な普及にむけた重要な段階に
BizHint : B2Bのクラウド事業者数はかなりの勢いで増えており、CMを目にする機会も増えました。「製品の名前は聞いたことがある」という方は増えていると思います。
一方、それらのクラウドを実際の業務に使っている、我が社では十分に使いこなせているという経営者はまだまだ少ないようです。
まず最初にお聞きしたいのですが、お二人から見て2019年はクラウドの本格普及に向け、どういう段階だったとお考えですか?
立原圭さん(以下、立原): 2019年を振り返ると、クラウドが「一部の人達だけが使う特別なもの」ではなく「ふつうの人や企業が使うサービス」として認知された年だったと思います。
立原圭さん
それまでクラウド活用というと「自社のデータを外に預けて大丈夫なのか?」といった議論がされていたのが、いまや大企業や官公庁といった、どちらかといえば保守的な組織ですら「クラウドの活用」それ自体は、当然のこととして捉えられるようになって来たのではないでしょうか?
水野谷将吾さん(以下、水野谷): 利用者も、これまでは個人事業主や新設法人など、比較的、新しいものに対して抵抗がない企業が中心でした。それが徐々に、社歴の長い企業やIPO/上場企業などにもクラウド活用がひろがりつつあるのを感じますし、いままでとは少し違った属性の方が使い始めているのを感じますね。
BizHint : いよいよクラウドを利用し始めた企業が、うまく活用してビジネスでの成果につなげるためには、なにが大切なのでしょうか?
「クラウドを導入したのに効率化しない企業」では何が起きているのか?
立原: クラウドをいざ自社で使おうとしてみたものの「どうして良いのか分からない」という人が増えていると感じます。ITに詳しい人ではない「ふつうの人」が使ってみたからこそ分かる、さまざまな問題点が表に出てきたのではないでしょうか?
また、元々クラウドを使っていた人も、特定のクラウド製品だけを使っていた状態から、平均5個から10個程度の製品を使い分けて、より広い範囲の業務をカバーするようになってきていると思います。
こうした企業を見ると、大体は同じようなデータを、それぞれのクラウドに入れているんですね。そうすると、クラウドを活用する上で大切な「データの正しさ」が怪しくなってくる。
クラウドの本当の価値は、一度入力したデータを他の人が再入力することなく、自動でデータが処理されて適切なところに格納されるからこそ発揮されるんです。これは複数のクラウドを組み合わせて使う場合は特に大切です。
別々の部署で自分たちの業務に合わせてクラウドを選定した場合、部署間では結局ExcelやCSVでデータをやり取りしていたり、おなじ情報でも定義や表記が違い、そのままでは連携できず、結局手作業が残ってしまったりということが起きます。
これだとクラウドの導入で本来なら期待できる生産性向上のごく一部しか実現できませんし、経営者が欲しい数値をリアルタイムで可視化する、ということも難しくなってきます。
クラウド同士を連携させるためにも、欲しいときに欲しいデータを取り出すためにも大切なのが「データの正確性」なんですが、そこに問題を抱えているケースが多いんです。
「クラウドを色々と使っているのに、なんとなく業務が効率化した感じがしない」
実際に使ってみて、そんな感想を持つ方は多いのではないでしょうか?
データの正確性を保つためには、社員の名前や取引先の名称などが正確に入力されたリスト、いわゆる「マスタ」と呼ばれるデータの表を整備して、誰でも自由に入力できてしまうことによる表記の揺れをなくすことが大切です。
全社にわたって業務を効率化するためには、マスタは部署の壁をまたいで管理し、同じデータを各部署がバラバラに管理しないようにすることが大切ですが、これは各部署の目線から個別に取り組むのではなく、実際の業務プロセスを再設計しながら、そこで必要になるデータのマスタを全社横断で整備していかなくてはいけません。
これには経営者をはじめとしたリーダーの力が必要です。
単にクラウドを導入することが目的ではダメで、「全社の業務効率、生産性を上げる」「経営者に必要な情報をリアルタイムで可視化する」といった目的を大切にしながら、部署の壁を越えて取り組むことが求められていると思います。
なぜfreeeはパートナーを重視するのか? 導入企業とベンダーの間で欠けていたもの
BizHint : 次に水野谷さんにお聞きします。クラウドを提供する企業側として、本格普及に向けて何に力を入れようとしているのか? また今回、立原さんのような外部のパートナーと組むことで何を実現しようとしているのか、お聞かせいただけますか?
水野谷: クラウドを提供する側としては、導入企業の方々によりfreeeのサービスを活用していただくため、いわゆる「カスタマーサクセス」の観点で改善していくべき点が2つあると思います。
水野谷将吾さん
まず1点は「プロダクトとして誰でも使いこなせるようにする」こと。
いままで私達のユーザーの多くは、新しいもの好きの人達、イノベーター層でした。 この人達は、自分たちで工夫しながら積極的に使いこなしてくれる層です。ですから、多少の機能不足や分かりづらさは許容されていたわけです。
これから先は、世の中のより多くの人にfreeeのサービスを使いこなしてもらう事が重要です。そのために、プロダクトとしての分かりやすさには今まで以上に力を入れたいと考えています。
途中であきらめずにプロダクトを使いこなしてもらうためには、触りはじめてから最初に「これは凄いプロダクトだ!」と思ってもらえる瞬間がとても重要です。
この瞬間を私達は「1st Wow!」と呼んでいますが、そう思って貰えるユーザー体験を、データを分析しながら見つけようとしているところです。
もう1点は、既にfreeeを使いこなしている人ですら、複数のクラウド製品を組み合わせて業務最適化を行う「ポストモダンERP」の考え方を実現しようとすると難易度が高く、またfreeeのサービスだけで実現を目指す世界観ではないという点です。
この課題を解決するには、パートナーの方々と協力しながら、freeeの周辺にエコシステムを整備していくことが必要だと考えています。
先ほどの立原さんのお話にあったように、クラウドを全社横断できちんと活用する為には、実際の業務プロセスの再設計を行い、マスタを整備しながらクラウドを導入していくことが非常に重要です。
その為には色々な現場の業務や各業界ごとの慣習に対し、クラウドをどのように導入するのが良いのか?という課題にパートナーの方々と取り組み、得られた知見を各分野向けのアプリや周辺サービスに落とし込んでもらい、freee単体では価値を提供できない部分もカバーしていってもらうことが必要になるでしょう。
ですから、私達のようなクラウド事業者と比べ、「ユーザーのより近くにいる人」を巻き込み、彼らにプロダクトと思想(カルチャー)まで含めた会社としてのfreeeのファンになってもらいながら、一緒に価値を届けることが大事だと考えています。
現状でも税理士の方々や地方銀行など多くのパートナーに助けていただいていますが、これまでのパートナーとの関わり方ももっと増やしつつ、ITコンサルやSIerなど、これまでと違う属性の方の巻き込みをしていくことが重要だと感じています。
ユーザーのもっと近くに「クラウド導入に寄り添える人」「相談できる人」がいる状況にしていきたいですね。
注目を集めるクラウド連携サービス「iPaaS」だけでは足りない3つのポイント
BizHint : クラウド間の連携に関しては、「クラウド同士を繋ぐためのサービス」、いわゆる「iPaaS」にも注目が集まりつつあり、日本で新たにサービスを開始する企業も複数あるようです。
そんな中、freeeとストラテジットが新たに始められたサービスは、どんな課題を解決しようとするものなのでしょうか?
立原: クラウドとクラウドの間のデータの受け渡しを、エンジニアの手を借りなくても実現できるようにするのが「iPaaS」ですが、日本企業にクラウドが本格的に普及するためには、iPaaSだけでは3つの課題があると思っています。
1つめはお金の問題です。
多くの中小・中堅企業にとって、いままで紙やExcelで処理していた業務にクラウドを導入しようとした際に必要な月額利用料などのコストには、まだまだ抵抗があるようです。 そこにiPaaSが入ってくると、それ自体で何かができる訳ではない、クラウドとクラウドを連携させるためだけのサービスに対し、さらにコストがかかる訳ですから、ますます抵抗感が大きくなりますよね。これがお金の問題です。
iPaaSのような連携サービスにお金がかかること、それ自体が問題なのではなく、「連携することで何が可能か?」「何に対してお金を払っているのか?」が、買い手にとって分かりやすくなければ普及しないと考えています。
2つめは「使い方」の問題。
これからクラウドを活用しようというユーザーにとっては、個別のクラウドですら、「これを使うとどの業務が楽になるのか?」理解するのは難しいものです。
まして複数のクラウドをiPaaSでつなぎ合わせることで何が実現するのか?どんな業務が効率化するのか考えるのはさらに難しい。
企業側から「このクラウドとこれは繋がるの?」と聞かれることがよく有りますが、「繋いで何をしたいのですか?」と聞くと、相手もはっきりとは分からないケースが多いのです。
ですから複数のクラウドと実際の業務の両方を知るパートナーが間に入り、複数のクラウドを組み合わせることで、いかに業務を効率化するか?を設計していく必要があると考えています。
最後に「API」の問題です。
多くのクラウドは「API」という他のクラウドと自社製品を繋ぐインターフェースを提供しており、iPaaSもこのAPIを使ってクラウド同士を繋いでいます。
クラウドの普及が進んだアメリカでは、どのクラウドも豊富なAPIを提供しており、クラウド同士の連携もスムーズに行くことが多いのですが、日本ではまだまだです。
意思を持って、十分なAPIを整備できているクラウド事業者は少なく、仮にAPIが存在しても、きちんとドキュメントが公開されていないケースも多々有ります。
クラウド事業者側の目線に立ってみると、APIやそのドキュメントを整備しても、使いこなしてくれる人がいるのか分からない状態では開発にリソースを割きづらいという事情がありますし、クラウドの開発者自身が、実際にクラウドが活用される現場の業務についてそこまで詳しくないことから、「このAPIが欲しいのに」というものが提供されないケースもあります。
ですから実際にAPIを使いたおして、足りない部分は「もっとこういうAPIが欲しい」とフィードバックを返す存在が重要だと思います。
実現したいのは「ファミコンのカセット」。クラウドをより身近にする新たな取り組み
BizHint: どれも「クラウドを実際の業務にどう組み合わせれば価値を届けられるのか?」、クラウドと業務の両方を熟知する人が間に入り、ギャップを埋めていく必要がありそうです。
立原: 実現したいのは「ファミコンのカセット」です。ファミコンは買ってきてもそれ自体で楽しめるものではないですが、カセットをカチャッと差し込めば、子供でも十分に楽しめますよね?
クラウドもそうなって行ったら良いと思うし、クラウドを提供する企業だけでは実現しづらい価値を、協力しながら提供できる存在になれたらと思い、会社を立ち上げました。
まず最初に公開したのは、カンバン方式のタスク管理クラウド「Trello」とfreeeを連携し、請求書の消し込み業務を効率化するアプリです。このアプリはfreee側の依頼を受け、私が実際にクラウド導入の現場で得た知見を盛り込んで開発しています。
このように特定の業務を前提として、あらかじめ複数のクラウドを組み合わせた形で企業側に提案することで、ユーザーが戸惑うこと無く業務効率化のメリットを得やすくなりますし、先程お話しした「データの正確性」も確保しやすくなると考えています。
もちろん、エンジニアがいる企業や、ITに詳しい個人であれば、こういったアプリを自分で開発することは可能です。しかし、日本中の企業に存在するタスクであれば、こうやってクラウド事業者の支援も受けながら開発して公開することで、多くの企業に使ってもらえたらと思っています。
中小・中堅企業へのクラウド導入は、個人の気合いとか力量でどうにかなる規模でも無く、かといって一件一件の案件は、SIerがガッツリ手伝う規模でもありません。
今回の取り組みは、日本中の膨大な数の企業に、クラウドをどう広めていくかの切り札になり得ると思っています。
水野谷: freeeでは創業期から、ユーザーにとって本質的に価値が あると自信を持って言えることをする「マジ価値」という考え方を大切にしてきました。
しかし会計の分野では、建設業界などをはじめ業界特有の会計処理が必要なケースも多く、手形などクラウド化されず、根強く残っている業務も多々あります。
クラウドが普及し、多様なユーザーに活用頂く中で、こうした様々なニーズをfreee単独で満たし「マジ価値」を実現していくことは難しく、様々な企業にfreeeのエコシステムに参画してもらう「オープンプラットフォーム」という考え方を重視しています。
ユーザーがfreeeと組み合わせて活用できるアプリを探して導入できるアプリストアを用意して、パートナー企業に参画を呼びかけることはこれまでも行ってきましたが、今年はストラテジットのようなパートナーとの連携をより強化し、様々な業務上のシチュエーションに合ったアプリを積極的に提供する取り組みもさらに強化したいと考えています。
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