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連載:第65回 成長企業 社長が考えていること

従業員の想いを封印していたのは自分。稲盛和夫氏の教えで目覚めたリーダー、人が辞めない組織への軌跡

BizHint 編集部 2025年8月8日(金)掲載
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どうすれば若手が定着し、いきいきと働ける職場になるのか――。この問いを紐解くヒントとなる企業が、小型補聴器専門店「ヒヤリングストア」を展開する株式会社リードビジョンです。かつて、社内の雰囲気はギスギスしており、人の入れ替わりも激しかった同社。しかし現在は、離職率7%という低水準を実現しています。「従業員同士の仲が良く、一人ひとりが本来の力を発揮できることが当社の強み」と語るのは、代表取締役 清水大輔さん。近年では「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」受賞や、東京商工リサーチ「全国上位8%の優良企業」にも3年連続で選出されています。同社はなぜ、人が辞めず、いきいきと働ける組織へ生まれ変わったのか。そこには、清水さんが貫いた「一つの指針」がありました。詳しく伺います。

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離職率の高い不安定な組織を変えた「たった一つの指針」

――貴社は昨年度の離職率が7%と、まさに「人が辞めない組織」を実現されています。

清水大輔さん(以下、清水): ありがとうございます。会社のことを少しお話しすると、当社は小型補聴器専門店「ヒヤリングストア」を展開する企業です。私自身が27歳のとき、耳の病気がきっかけで補聴器ユーザーとなり、業界に課題を感じて創業しました。まだ小さな会社ではありますが、従業員数は60名、売上高は11.2億円(2024年度)で創業以来21年連続増収となっています。

おかげさまで、近年は 転居などやむをえない事情以外で離職する人はほとんどいません。従業員同士の関係性も良く、「ここではみんなが助けてくれる」と思えるような、心理的安全性の高い風土があります。 安心感を持って働けることで、一人ひとりが本来の力を発揮できているのだと思います。新卒の入社理由は、毎年「従業員同士の仲が良さそうだから」がダントツの1位です。 結果として、お客様に集中できることでより良いサービスを提供できる。これが、当社の大きな強みだと考えています。

ただ、最初から現在のような組織ではありませんでした。 以前の社内はギスギスしていて、ミーティングのたびに口論が絶えませんでした。当然、人の入れ代わりも激しかったです。 振り返ってみると、すべて私の責任でした。判断がブレブレでしたし、従業員の気持ちを一つにするリーダーシップや人間性も持ち合わせていませんでした。当時はどうすれば良いのか分からず、非常に悩んでいました。

そんなとき、藁にもすがる思いで手に取ったのが、京セラの創業者である稲盛和夫氏の著書「こうして会社を強くする」でした。そこに記載されている経営問答に感銘を受け、稲盛氏が主宰する経営塾「盛和塾」に入塾させていただきました。2012年のことです。

そこでの学びから13年間。以前の苦い経験を経て、こだわってきた一つの「指針」があります。それによって、着実に組織は変化しました。結果、現在のような人が辞めない組織に生まれ変わることができたのだと思います。

――こだわってきた指針。それは、何だったのでしょうか?

清水:「組織のベクトルを合わせる」ということです。組織運営において最も重要なのは、従業員全員が同じ目標に向かって力を合わせること。 なぜなら、個々の能力がどれほど優秀でも、それぞれが異なる方向を向いて行動していては、組織として真の力を発揮できないからです。

稲盛さんもおっしゃっていましたが、例えばサッカーでも全員が同じ目標に向かって努力しているチームと、個人が「自身の活躍」だけに集中しているチームでは、その成果の差は歴然です。これは、企業経営も同じ。 従業員一人ひとりが同じ方向に向かって努力したとき、個人の力の総和を遥かに超える成果を生み出すことができるのです。これが、ベクトルを合わせた組織の持つ力だと教わりました。

――具体的には、どのようなことに取り組まれたのでしょうか?

清水: 最初は手探りでしたので、 まずは先輩経営者に教えていただいた、稲盛さんの著書「働き方」の輪読会をスタートしました。 短い時間でしたが、全員が揃う朝礼の時間を使いました。この本は、「人はなぜ働くのか」「いかに仕事に取り組むか」など、働くことの目的や意義を学ぶ本で、ぜひ従業員にもこの考え方を知ってほしいと思ったのです。

――当時、社内の雰囲気は良くなかったそうですが、輪読会はうまくいったのでしょうか?

清水: いえ、当然反発に遭いました。「やる意味が分からない」と言われ、朝礼をボイコットする従業員が出るなど10名のうち3名が退職していきました。

ただ、ある従業員が「この学びは良いと思う。でも、時間をかけて学ぶべきではないですか。」とアドバイスをくれたんです。 それで、売上も厳しい状況でしたが勉強会のため定休日を1日増やし、全員がじっくり学習する機会を設けました。朝礼では読むだけで終わっていましたが、勉強会ではそれぞれの想いを引き出すことができたのです。

従業員たちは「お客様に喜ばれる接客をしたい」「お客様の役に立てるような会社にしたい」など素直な想いを出してくれました。一方で、純粋な気持ちで仕事に向き合ってくれていた従業員の想いを引き出せていなかったことに対し、自責の念に駆られました……。

その後、回を追うごとに、組織はだんだんとポジティブな空気に変化してきました。

――なぜそのように変化したのでしょうか?

清水: 大きくは、 勉強会でそれぞれの想いを聞くうちに、お互いが同じ気持ちで仕事に向き合っていることを確認できたからだと思います。それによって、一体感が生まれたのでしょう。

そんななか、以前から私の経営方針と合わなかった一人の従業員が会社を去っていきました。大きな売上を上げていましたから、その年の売上高は相当減少するだろうと頭を抱えていました。しかし、これを節目に空気が一気に変わり、従業員が一丸となって努力してくれたことで前年を超える売上になったのです。親しい取引先からは「以前と全く違う会社のようだ」と言われました。もとは私の至らなさが原因ですが、ベクトル次第で見違えるような良い会社になれる、ということを従業員たちに教えてもらいました。

新たにスタートした「新卒採用」が組織にもたらしたもの

清水:次に取り組んだのは、「新卒採用」でした。 組織のベクトルを合わせることの重要性を知った頃、盛和塾の先輩経営者から「それなら、新卒を育てなさい」とアドバイスをいただいたんです。 時間もお金もかかるけれど、会社が大切にする理念や考え方、人生観を、素直な状態から身につけることができる。そして、その従業員たちが成長すれば、会社全体が同じ方向性に向かって発展することができる。それこそが良い会社をつくる秘訣だと。

それまでの当社は、即戦力を期待して中途採用のみでした。まだまだ会社の信用も無かった頃でしたので、入社の意思がある人はそれだけで採用していました。しかし中途採用は、人によっては前職の経験から「この会社はここが不足している」「これをやった方がいいですよ」と意見してくれるようになる。ありがたいことでもある反面、一人ひとりが異なる「正解」を持ちこもうとするので、だんだんと統率が崩れていくんです。それを実感していたため、この先輩のアドバイスは心から納得できました。

そして、2015年から新卒採用をスタートしました。 当社は、とにかく「企業理念に共感できる人、素直な人しか採用しない」と決めました。そして、会社説明会の時点から、創業の経緯、どういった想いで日々お客様に向き合っているのか、どのような未来を目指しているのか。私自身が想いを込めて説明しました。

特に、稲盛さんがお考えになられた「人生・仕事の方程式」については何度も話しました。人生・仕事の結果は「考え方×熱意×能力」で決まるというものです。当社ではこの方程式における「考え方」を大切にしています。なぜならすべてが掛け算のため、この「考え方」が少しでもマイナスであれば、いくら熱意や能力があっても結果はマイナスになってしまうからです。

マイナスの考え方というのは否定的だったり、不平不満が多かったり、恨み妬みがあること。逆にプラスの考え方は利他的で建設的なものです。だから、当社ではこの「考え方」を高めるため、通常業務以外に勉強会などのさまざまな取り組みを実施していることを話しました。学生さんにとってはなかなか難しい話だったとは思いますが、それでも興味を持ってくれる方が選考に進んでくれました。 結果、入社後のギャップが発生しづらく、定着率が高まったのだと思います。

――新卒採用ということは、入社後の教育にも注力されているのでしょうか?

清水:入社後には「社長勉強会」と呼ばれる、教育プログラムを実施します。隔週で2時間、2年間継続します。 月に2回のペースですから、相当な時間をかけていることになります。新卒採用、中途採用に関わらず、これを10年以上続けています。

勉強会では、稲盛さんの著書や会社の理念などを中心に、私たちが大切にしている考え方を徹底的に共有していきます。 私たちの仕事は高齢のお客様と接することが多く、技術だけでなく人間性が問われる場面が多々あります。利他的で建設的な考え方を身につけることで、お客様から本当に信頼していただける存在になれると信じています。

即戦力ではない新卒採用の従業員は、社会人として育つまで教育コストもかかりますし、売上への貢献度も中途採用には及びません。 ただ、新卒採用を毎年継続してきたことで、組織は根本的な変化を遂げました。理念に基づいた一貫性のある組織文化が形成され、全体のベクトルが揃うようになったのです。 また、新卒の従業員が理念を深く理解し、次に入社する新卒にその考え方を伝える好循環も生まれてきています。まだ理想にはほど遠いものの、この継承システムにより、組織の理念と文化が持続的に維持・発展していく基盤が構築されてきました。

新卒採用の開始から今年で10年目ですが、近年は年間およそ百数十名の応募があり、そのうち5名ほどを採用しています。2015年に採用した新卒1期生の3名は、10年目である現在も全員在籍し活躍してくれています。それ以外の新卒も、コロナ禍こそ特殊な理由で辞める人がいましたが、それ以外ほぼ退職していません。新卒の3年以内離職率(大卒)の全国平均が34.9%と言われるなか、すごくありがたいことです。

リードビジョンが創業から掲げている「企業理念」。「全従業員の物心両面の幸福を追求し」は盛和塾への入塾後に追記された。

主体性と判断スピードを向上させた、ある仕組み

清水:組織のベクトルが合ったもう一つの理由は、フィロソフィーの浸透にあると思います。 盛和塾に入ってすぐ、京セラフィロソフィを参考に自社版を作成したんです。フィロソフィーとは、端的に言うと企業が目指す目標を達成するために、一人ひとりが守るべき行動指針や考え方について書かれたものです。

リードビジョンフィロソフィーは「経営の心」「心を高める」「より良い仕事をする」など9つの章に分かれており、全74項目で構成されています。 従業員が、仕事に対する誇りややりがいを感じ、心の豊かさを持てるように。従業員みんなで心を一つに、ベクトルを合わせるために。そして、お客様へ最高の商品とサービスを提供できるように、仕事に対する心の持ち方や、人としての生き方を記載したものです。

これらを、毎年刷新する手帳型の「経営計画書」に記載して配布しています。また、フィロソフィーの項目一つひとつがなぜ設計されたのか、どういった想いが込められているかなどを解説する「リードビジョンフィロソフィーの紐解き」というページもつくり、より理解が深まるような仕組みにしています。

ただ、手帳を配布しただけでは浸透しませんから、 実践的な勉強会も実施しています。数名の従業員がフィロソフィーのなかにあるテーマに沿った自身の体験談を発表し、それに対して議論する勉強会が年に数回。そして、毎月実施される懇親会でも、フィロソフィーについて会話する時間を設けています。 それぞれ勤務地も離れていることから、大切な場となっています。フィロソフィーを浸透させるための施策を企画検討するチームがあるのですが、彼ら彼女らが参加メンバーの関係性を考慮し、座席の配置まで決めています。単なる親睦ではなく、考え方の共有と組織のベクトル合わせを目的とした、戦略的な取り組みと位置づけています。

このような取り組みを始めて1年ほど経った頃、従業員にアンケートを取りました。すると 「利他の精神が浸透し、チームワークが強固になった」「自分が何をしなければならないか明確になった」「判断のスピードがアップした」などの言葉が並んでいました。 これは、本当に嬉しかったです。時間もコストもかかる取り組みですが、 この投資があったからこそ、現在の高い定着率と組織力を実現できたと確信しています。

このフィロソフィーを形骸的なもので終わらせないために、人事評価制度にも反映させました。 等級によって評価のウエイトを変えているのが特徴です。新卒から中堅レベルまでは「フィロソフィーに則った行動ができているか」という点が70%、実績評価30%。店長クラスになると半々、さらに上位になるとフィロソフィーは理解していて当然という前提で、実績重視の評価に変わります。

以前は評価が曖昧で「鉛筆なめなめ」の状態でした。従業員も納得感を得られなかったでしょう。しかし、フィロソフィーを軸とした明確な基準ができたことで、組織としての共通の評価軸ができ、判断に迷うことが少なくなっていきました。結果、評価される側の納得感も高まりました。

――フィロソフィーの浸透をはかられたことで、組織に変化はありましたか?

清水:最も大きな変化は、従業員が自律的に判断できるようになったことだと思います。

フィロソフィーという共通の判断基準ができると、現場で迷ったときにも「この考え方に照らしてどうか」という視点で、自分たちで決められるようになった。 結果として意思決定のスピードが格段に上がり、従業員の主体性も大きく向上しました。

また、フィロソフィーと同時期に「アメーバ経営」も導入しています。そもそもアメーバ経営とは、5〜10人程度の小集団で、それぞれが独立した事業単位として時間当たりで損益を管理し、リーダーは社長のように運営責任を持つという仕組みです。これは、 管理会計というだけでなく「人が増えても組織がぶれない仕組み」だと教えていただき導入しました。

この二つを同時に走らせたことにより、ベクトルが揃い、一人ひとりの主体性が育ったのだろうと思います。稲盛さんはよく「フィロソフィーとアメーバ経営は両輪だ」とおっしゃいますが、本当にその通りだなと思います。

全従業員に配布される「経営計画書」。74項目のフィロソフィーが記載されている

従業員が幸せでなければ、理念は絶対に実現しない

――貴社では、従業員のみなさんの労働条件にもこだわられていると聞きました。

清水: 盛和塾に入ってすぐ、企業理念の冒頭に「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という言葉を掲げました。 どんなに素晴らしい理念を掲げても、そこで働く従業員が幸せでなければ、その理念は絶対に実現しないということを学んだからです。

だから、従業員の労働条件の改善は絶対でした。それが叶って、初めて従業員が腹落ちしてくれると思うので。 従業員には「業界で一番の給料にする」と宣言し、現在はおよそ1,000人規模の大企業の賃金に合わせています。業界としては、最高水準だと思います。また、年間休日も約120日を実現しています。

その他、子育て支援の充実や、専門家としての成長機会となるドイツやデンマークでの補聴器展示会や販売店への海外研修など、働きやすい環境づくりや人材育成に惜しみなく投資してきました。他にも、安心して働けるよう財務内容の強化と公開、または障碍者支援などの社会貢献にも積極的に取り組んでいて、今年は微力ながら東京デフリンピックのスポンサーもさせていただいています。

現在、全従業員の男女比は4:6で、新卒入社は6割となっています。 これらの取り組みが評価され、2023年には人を大切にする経営学会の「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」審査委員会特別賞を受賞させていただきました。 外部から評価されることで、従業員も「この会社で働いていて良かった」「誇りある仕事をしている」と実感してもらえるのではないでしょうか。

――最後に、今後の展望について教えてください。

清水: これまで成長を続けてきた私たちですが、従業員数が50人を超えた現在、新たな壁に直面しています。商業施設の店舗も増えてくると、定休日がないので全従業員で集まることが難しくなったり、ありがたいことに多忙になってきて、大切にしてきた会社の風土が希薄になってきています。 昨年からは、ことあるごとに原点回帰を伝え、その課題を乗り越えようと奮闘しているところです。

私たちの掲げているミッション「日本中の60歳以上を元気にする」とは、日本の大きな社会課題である少子高齢化問題に貢献していくことを意味しています。昨今、医学的に難聴を放置すると認知症になりやすいというエビデンスが出ており、それに伴って補聴器への注目が高まっています。当社でも、より広くお客様のお役に立つため、フランチャイズ事業の展開を進めています。なので、より理念の浸透が大事になってくるフェーズ。困難なときこそ、私たちの真価が問われる。そう信じて、前に進んでいきます。

▼株式会社リードビジョンが高業績を維持する理由については、こちらの記事でもお読みいただけます。
https://bizhint.jp/report/1356545


株式会社リードビジョン
代表取締役 清水 大輔 さん

1969年富山県生まれ。富山商業高校で野球に打ち込んだ後、就職後は販売や営業職を経験。中学時代から耳の病気で手術を繰り返し、27歳で補聴器ユーザーに。2002年に上京し、株式会社リードビジョンを設立。同社は、補聴器・聴覚関連機器の販売を手掛ける企業。関東エリアを中心に、小型補聴器専門店「ヒヤリングストア」を展開。日本橋髙島屋など、関東中心に13店舗を構える。従業員数60名(2025年7月時点)、売上高11.2億円、2017年稲盛経営者賞受賞、2023年日本でいちばん大切にしたい会社大賞受賞。


(取材・文:三神 早耶 撮影:松本 岳治)

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