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連載:第36回 組織作り その要諦

自律型組織を目指したら組織崩壊寸前に…。インターンの一言で気付けた経営者の本当の役割

BizHint 編集部 2022年5月10日(火)掲載
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「社員がどうやったら主体的に動いてくれるのか」そう悩む経営者・管理職の方は多いでしょう。神奈川県横浜市で産業用・工業用ヒーターを製造・販売を行う株式会社スリーハイは、BtoB製品を取り扱う製造業としては珍しく、自社ECサイトを保有していたり、SDGs達成に貢献する新製品開発を進めたりするなど、様々な挑戦を続けています。その挑戦を支えているのが、生き生きと自律的に働く社員たちです。とはいえ、これまでの道のりは決して楽なものではなかったよう。2代目経営者である男澤誠社長にお話を伺いました。

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株式会社スリーハイ
代表取締役 男澤 誠さん

1969年生まれ。大学卒業後、日本コムシス株式会社を経て2000年株式会社スリーハイ入社。2009年同社代表取締役就任。同社の2代目経営者として販路拡大に取り組み、承継当時約20社だった取引先が今では6,900社超までに成長。「ものを思う。ひとを思う。」を企業理念とし、準工業地域である横浜市都筑区・東山田地域の活性化やSDGsの取り組みから、企業価値向上と顧客信頼につなげている。かながわSDGsパートナー、横浜市SDGs認証制度「Y-SDGs(上位 Superior)」。


「お前が背負っている大企業の看板をおろせ」の一言でハッとした

――貴社は男澤社長のお父様が創業されたと伺っています。事業承継の経緯について教えていただけますか?

男澤 誠さん(以下、男澤): 正直に申し上げると、父の会社を事業承継するつもりは、全くなかったのです。むしろ「継ぎたくない」と思っていました。

現在は産業用・工業用ヒーターを製造・販売を行う企業ですが、もともと会社員だった私の父が脱サラして小型モーターの販売代理店として創立したのがはじまりです。しかし、最初は事業がうまく行かず、家が極貧生活になってしまった時期もあって…。当時大学生だった私もアルバイトをして、家に生活費を入れていたりしました。その後、現在の主力製品でもあるシリコンラバーヒーターが製造販売できたことで軌道に乗っていくのですが、それまでの大変な生活の経験から、 「経営者にだけは絶対にならない」 と決意していたんです。

同社の主力製品であるシリコンラバーヒーター。薄くて曲げることができる点が特徴

男澤: 大学卒業後は大手通信建設会社に入社し、ネットワークエンジニアとして働きました。いわゆるSEです。仕事もおもしろいし給料も悪くなかったので、ますます父の事業に興味を持つことはなかったですね。

――そのような中、家業に入社されたのはなぜですか?

男澤: 父が体調を崩して「継いでくれないか」と相談があったんです。私は「経営者にだけは絶対にならない」と思っていたので、父からの依頼を断り続けました。しかし、父から「従業員とその家族を守らないといけないんだ」という話を聞いたり、父が段々弱っていく姿を見ていたりするうちに、このままでいいのかな…と思うように。そして入社しようとやっと決意したのが、2000年のことです。

――後継ぎとして家業に入社された際、従業員の方との関係性はいかがでしたか?

男澤: もう全然だめでした。事業承継を決意して入社したものの、手を動かすものづくりは苦手だし、営業も畑違いで。さらに年上の職人さんとギスギスしてしまって全く上手くいかない…。限界を感じて、父に「もう(継ぐのは)無理だ」と言ったんです。でも 父から「お前が背負っている大企業の看板をおろせ」と言われて、ハッと気がつきました。

当時の私は、全く会社の役に立っていないのに、大企業にいたからという理由だけで、仕組みが整っていない父の会社に対して「こんなの会社じゃない」と思い、天狗になっていたんです。従業員からしたら、何もできない若造が上から目線で話しかけてくるわけですよ。それは嫌われますし、うまくいくわけがないですよね…。

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