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連載:第18回 慣習に囚われない 改革の舞台裏

「お前のやっていることがわからない」と言われ会社を継ぐ。「普通の会社」を目指し売上は3倍に。

BizHint 編集部 2021年12月13日(月)掲載
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業界の常識を疑いはするものの、結局は独特の慣習・手法を変えられずに事業が伸び悩む企業は珍しくありません。一方で、お客様と社員の期待に真摯に向き合い、業界の常識を打ち破る施策を次々と打ち出しているのが竹下産業株式会社の竹下敏史社長。旧来からの廃棄物処理事業をベースに、「情報廃棄のタケシタ」という新たなブランドを打ち出して事業成長を続けています。今回、その変革の取り組みや背景にあるポリシーについて伺いました。

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竹下産業株式会社
代表取締役 竹下 敏史さん

1974年生まれ 東京都足立区出身。2011年に3代目社長として1933年創業の竹下産業株式会社(産業廃棄物処理業)を事業継承。「持続的成長の道筋をつくる」をモットーに、創業時から続く廃棄物処理業にとらわれず、ハードディスクなどの情報媒体を破砕・廃棄するサービスを“B2Bマーケティング×WEBマーケティング”で行うビジネスモデルを事業化。現在、新たなビジネスを創発するため、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 博士課程前期課程(MBA)に在学中。3人娘の良き父でもある。


「お前のやっていることがわからない、好きにやれ」。父が突然社長を辞めた

――入社の経緯について教えてください。

竹下敏史さん(以下、竹下): 会社に入ったのは21歳でした。子どもの頃から「長男だから、父の会社を継ぐことになるのだろう」ということは、当たり前のように思っていました。

25歳で結婚して、33歳ぐらいまで廃棄物回収のトラックを運転していました。当時はずっと「早くトラックから降りたい…」と思っていました。目の前にある仕事をこなすという意味では会社の戦力になってはいましたが、 現状のままでは会社の将来像を描くことができなかったため、早くトラックから降りて会社の成長に直接関わりたい、経営がしたい という想いが強くなりつつありました。

――どのようなタイミングで社長に就任されたのでしょうか?

竹下: そんなことを考えていた時に突然、 父が「俺はもう社長を辞める。後はお前が好きにやれ」と言い出した のです。私が35歳の時でした。

続けて 「お前のやっていることがわからない。ただ、お客が増えているからきっと正しいのだろう」 と。

実はその少し前からトラックの中でWEBマーケティングの本を読んでWEB立上げや運用方法を学び、WEB広告やホームページでの集客を実践し、それまでとは違うネット経由でのお客様や案件が増えていました。父はその様子を観て、経営から退くことを決断したようでした。

――「やっていることがわからない」とは?

竹下: WEBという形がない場所でお客様が見つかり、案件が生まれることが感覚として理解できなかったのだと思います。

私がWEB広告にチャレンジしたのは、Googleのクーポンがきっかけでした。5000円分くらいだったと思います。試しに広告を出してみたら、運良く1件受注できました。

そこで私は 父に「WEB広告の費用を3万円ほど出してもらえないか」と交渉しました。しかし答えは「ノー」。 当時、父はタウンページという黄色くて分厚い、紙の電話帳の小さな枠に年間80万円の広告料を支払っていました。タウンページの広告は自分の目に見えるので価値がある、というのが父の考え方でした。

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