連載:第2回 躍進する企業の転換点
労基からお声がけ!?常識破りの人材施策を進めたら「お手本の会社」になっていた話
建設業界・塗装業にあって古い慣習に囚われない社内改革の結果、今や就職の人気企業となった株式会社竹延。創業70年を超える同社の改革を主導したのが、社長である竹延幸雄さん。しかし竹延さんは、さらに「業界を変える思い切った改革」を進めるため、古いしがらみにとらわれない新会社KMユナイテッドを立ち上げます。今回は、新会社で大きな課題となった「人材採用」のための取り組みが、ハローワークや労働基準監督署、そして大手ゼネコンといった業界内外に波及していく様子を伺います。
株式会社竹延 / 株式会社KMユナイテッド
代表取締役社長 竹延 幸雄 さん
早稲田大学卒業後、大手鉄鋼メーカー、広告代理店を経て、2003年に義父の会社である株式会社竹延に後継者候補として入社。2013年に社内ベンチャーとしてKMユナイテッドを起業。ビジネススクール終了後、株式会社竹延の社長に就任。社内改革を推進し、首相演説に取り上げられる(2019年1月)。同年、中小企業長官賞受賞。2020年9月から早稲田大学大学院創造理工学研究科・棟近教授の下、現在、取り組んでいる塗装ロボットの開発についてアカデミックな見地からもアプローチする。
【前編】「首相演説にも登場。50歳退任を宣言したマスオさん社長の壁壊し経営20年」 はこちらから
「業界の慣習を覆すための会社」をつくる
――建設業界では人材採用に苦労されていると聞きます。竹延ではいかがでしたか?
竹延幸雄さん(以下、竹延):当社は業界平均に比べると業績は好調ではありましたが、それでも人材採用にはやはり苦労しました。これは連綿と続く業界の構造自体に深い関係があります。
――どういうことでしょうか?
竹延: 建設業界の人材はここ20年で200万人近くが流出しています。いわゆる世間一般のイメージである3K(きつい・汚い・危険)は大きな要因です。
建設業界には週休二日制は定着しておらず、土曜日の作業は当たり前。肉体労働できつい仕事もあります。塗装であれば油性の塗料にはシンナーの臭い、高所作業では危険も伴います。
また慣習的なところでは先輩の下についての下積みや、一人前になるために時間がかかること。 職人それぞれが一人親方・個人主義で「教える仕組み」がない ために、背中で学べという文化が根強い所も、ハードルの高さに繋がっています。
――待遇面ではどうでしょうか?
竹延: ここにも低賃金と長時間労働という課題があります。平均年収でいえば他の業界と比較して当社はやや高水準ですが、建設業界では週6日勤務ですので労働日数換算では低くなってしまいます。
当社がより優秀な人材を採用するためには、こうした 業界特有の問題を改善していく必要がありました。しかしこれらは、歴史や文化と紐づいています 。創業70年の竹延という会社で、 これらを打破する変革を直接行うことは困難だと考えました。そこで、ゼロから新しい文化を作るための会社、KMユナイテッドを立ち上げました。
優秀な女性と外国人の存在が、男性偏重の職人文化を氷解させる
――新しい会社ではどのような取り組みをされましたか。
竹延: まずは、KMユナイテッドとしての社員採用のために、全員社員化、完全週休二日制、有給休暇取得の奨励、介護等による時短勤務OKなど 、従来の建設業界ではありえないような好条件を提示 しました。
――応募は増えましたか?
竹延: …増えませんでした。なので次は「年齢や性別などは一切不問」と打ち出し、意欲があれば積極的に採用する方針を取りました。女性には、子育てを機に退職した方がなかなか仕事に戻れない、M字カーブという社会的課題があります。そういった女性を採用できれば、当社としても、また社会的にも意義があると考えました。 経歴・年齢・性別など、従来各所でフィルタリングされていた条件を不問とし「やる気のある人」を採用条件に掲げました。
――どうなったのでしょうか?
竹延: 「年齢や性別などは一切不問」「やる気のある人」はとても効果がありましたね。しかし、これでも足りないものがありました。当社は朝とても早い職場です。幼い子供を抱えるお母さんは、子供を見てもらえる場所がなければ働くことができません。しかし、早朝から対応している保育園を探すことは至難の業だったのです。
ある時、 「保育園を探せない」ことを理由に当社の入社を諦めようとした女性を見て、すぐに社内に保育施設を作りました。 保育施設ができたことによって、独身の女性であっても結婚・出産といったライフイベントも見据えて、当社で安心して働くことができるようになりました。
社内の保育施設
こういった所まで整備して、やっと女性に応募していただけるようになりました。建設業界では画期的なことばかりだったはずです。
さらには、これらの取り組みを通じて外国人の採用も劇的に進みました。これは後々大きな変化につながっていきました。阿吽の呼吸を大事にする 日本社会の縮図のような建設業界では、言葉の壁がある外国人の採用は難しいものだった のです。
――外国人採用で大きな出来事があったのでしょうか?
竹延: 今や当社のナンバーワン社員となった、フィリピン出身で永住権を持つ、セラノさんの採用です。セラノさんは本当に努力家でした。休みの日にも家に塗料を持ち帰って、トレーニングを重ねて技能を身に付けて、 あっという間に現役職人最高位のインストラクターになるなど、先輩社員をごぼう抜き していきました。
最初は外国人を雇用することに懐疑的な社員もいましたが、セラノさんの実力を目にした社員たちは、 もはや「外国人だから」と色眼鏡で見ることができなくなりました 。
現役職人最高位のインストラクターにまで成長したフィリピン出身のセラノさんの作業風景
――社内の状況が変わっていったのですね。
竹延: はい。女性や外国人など、 それまでの建設業界にいなかった方々を受け入れることで、文化や仕組みが自然と変質していきました 。変えたのではなく、変わっていったのです。
例えば工事現場では、女性用の更衣室やトイレが今では当たり前のように設置されるようになっています。一斗缶で運んでいた塗料についても、より軽量の8キロの段ボールで梱包するように変わりました。
――特に印象的な変化はありますか?
竹延: 従来の建設業界は、良い意味でも悪い意味でも一枚岩であり、「先輩の指示を一回言って理解できない職人が叱られる」というシーンが度々見られました。 「一回言ったら理解して当然」という、正直「きつい文化」 です。
しかし、言葉の問題がある外国人が当たり前に存在する中では 「一回言ったくらいでは理解できない」ことを前提とせざるを得なくなります 。こうした変化は、新しく現場に入った女性や外国人だけでなく、従来からのスタッフにも恩恵がありました。 より相互理解が必要な環境に変わることによって、「きつい文化」が改善されていった のです。
師匠が塗った「太陽の塔」。塗り替えを任されるまでに成長した弟子
――KMユナイテッドは「職人の育成」を1つの目的にされています。育成の仕組みを教えて下さい。
竹延: 建設業界には、年功序列を大事にし、下積みから様々な現場で働く中で技能を身に着けていくという文化があります。このこと自体は素晴らしい側面もありますが、一人前になるのに10年20年かかってしまいます。昨今急激に進行している職人の高齢化という現状を考えると、優秀な技能者の退職に対して、後継人材の育成が追い付きません。竹延という会社が生き残っても、職人技術の総合力が落ちてしまうという危機感がありました。
KMユナイテッドでは、様々な現場に通用する汎用的な技能を広く習得する育成スタイルを取り「3年で一流に育てる」ことを目指しました。そして そのための近道は『一流の先生に学ぶこと』 だと考えました。
そこで、大阪万博や京都国立博物館の塗装などを担当し、瑞宝単光章を叙勲された福原好雄さんなど、年齢的な面から現場に立つことが難しくなった超一流の技術を持つ「匠」の方々に、先生役をお願いして回りました。
――福原さんたちの反応はどうでしたか。
竹延: 福原さん達は当初 「人に教えたことがない」 ということでした。しかしそれでも「伝えたい技術は、たくさんあります」と先生役を引き受けてくれました。この取り組みがなければ、匠の方々の技能は伝承されていなかったかもしれません。 技能は「引き継ぎ、残したい」という人の思いがなければ、受け継がれるものではない のです。
福原さん達は「教えること」が得意だったわけではありませんが、後に続く弟子達の育成に専念する中で、「教え方」を学んでいかれたように思います。 師匠と弟子、双方が成長を加速し、加速させ合うような好循環が生まれていきました 。
当社の塗装職人の中に、アニメーターの経歴を持つ浦西明日香さんがいます。高いモチベーションで福原さんたちの指導を受けてどんどん成長し、わずか3年で京都の外資系ホテルを手掛けるまでに成長しました。これはまさに一流の職人が担当する現場です。
浦西さんはその後、師匠が手がけた「太陽の塔」の塗替えを任されるまでになります。 師匠の歴史的な仕事を弟子が引き継ぐ様子を目にするのは、感慨深いものがありました。
福原さんと浦西さんの師弟コンビを活用した広告
ハローワークと労働基準監督署の困りごとを解決する
――魅力的な職場を作ったことが、結果として匠の技の継承にもつながったんですね。
竹延: そうなりますね。中でも、人材採用のためのアプローチにおいて 特に重要な気付きを得られたのは「仲介者」の声でした ね。建設業や中小企業の採用市場で大きな力を持つ「ハローワーク」や、生徒の就職先の選定に大きな影響を与える「学校の先生」は、 当社が提示する環境や待遇、採用条件を最初は信じてくれなかった のです。
「女性に建設業は危ない、事務の仕事をするべき」「建設業を長年見てきているが、そんな待遇の会社はない。話がうますぎる」といった 固定観念が、求職者をサポートする仲介者の方々に根強かった のです。
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