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連載:第10回 慣習に囚われない 改革の舞台裏

既存産業こそブルーオーシャン。看板屋と木材卸、2代目の変革手法と大きな悔い

BizHint 編集部 2020年5月24日(日)掲載
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成長性と生産性が伸び悩む「既存産業」。しかし見方を変えれば、そこには手がつけられていない部分があり、可能性が広がっているのかもしれません。それらを「レガシーマーケット」と定義し、新しいアイデアやテクノロジーを導入することで変革を起こそうとする2代目社長がいます。クレストホールディングス株式会社代表取締役社長の永井俊輔さんです。家業である看板屋の売上を瞬く間に3倍にし、買収した植木屋のV字回復に成功、そして2019年には木材卸業界、そしてデザイン業界にも参入しました。彼が提唱する「レガシーマーケット・イノベーション」や、実際の改革手法を伺いました。※取材は2020年4月に行いました。

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クレストホールディングス株式会社
代表取締役社長 CEO
永井 俊輔 さん

早稲田大学卒業後、ベンチャーキャピタル大手のジャフコに入社。後に父の経営する看板屋、株式会社クレストに入社し、その後代表に就任、売上を約5年でおよそ3倍に。既存産業に革新を起こす「レガシーマーケット・イノベーション」を掲げる。現在では持株会社であるクレストホールディングス株式会社を設立、クレストのほか3社を束ねる。


コロナ危機の中、自社だけが生き残っても仕方がない

――コロナの状況下で、ビジネスを維持するためにどのような対策を行っていますか。

永井俊輔さん(以下、永井): クレストホールディングスは傘下に事業会社が4社あり“小売産業に属す事業”と “建築産業に属する事業”で構成されています。小売産業に属す事業のうち、自社で小売を経営するインナチュラルは4月8日の緊急事態宣言を受けてほとんどの店舗を一時閉店しました。それ以外の事業は基本的にリモートで事業を運営できています。それぞれの会社は拠点が離れていることもあり、以前からウェブミーティングやチャットでのコミュニケーションを導入していました。

――コロナ危機の中、BCP(事業継続計画)の重要性が叫ばれています。

永井: 「アフターコロナ(コロナ問題後)」「ウィズコロナ(コロナとの共生)」というワードを念頭に、新たな顧客接点やビジネスの創出、営業手法を日々考えています。

顧客である飲食店をサポートしたい、と無料配布したステッカー。ダウンロードもできる。

飲食店などのお客様をサポートしたいと3月31日から始めたのが、飲食店向け「新型コロナウイルス対策見える化ステッカー」です。「換気をしています」「座席に間隔を置いています」「消毒をお願いしています」「スタッフのマスク着用を義務化しています」の4種類を用意しました。店頭や店舗内に貼っていただくことで、ウイルス対策やその取り組みを見える化する手助けになると考えたからです。お申し込み頂いた方には無料で配送し、ステッカーデータもダウンロード可能です。

このニュースを発信すると、飲食店だけではなく、大型スーパーや美術館、ホテルからレストランのような自営業者まで、これまでお付き合いのなかった事業者からもたくさんのお問い合わせをいただきました。

まず自社がいかに生き残るかを考えるのは大事なことです。しかし自社だけがこの世界で生き残っても仕方がありません。 できるだけ多くの企業が最適な変化を遂げて生き残れるように頑張ってゆくこと。それが今は必要だと考えています。

既存産業が自らイノベーションを起こすための、合理的な手法

――レガシーマーケット・イノベーション(LMI)を提唱されていますね。

永井: レガシーマーケットとは 「成長性と生産性が伸び悩んでいる既存市場」 のことです。そのマーケットにおいて、 既存産業が自らイノベーションを起こす ことを意味しています。市場の成長性×生産性という点で見ると、ほとんどのレガシー産業の生産性はあまり高くなく、また成長もしていません。

しかし、そこに新しいアイディアやテクノロジーを投入してイノベーションを起こし、魅力ある企業に変えていく経営戦略を志向しています。 古き良き産業が「自分たちでその場所にたどり着く」ことがとても重要 です。

イノベーションであれば、スタートアップに期待した方がいいのでは?と疑問に思われる方もいるかもしれません。スタートアップのベンチャー企業は、確かに日本でたくさん生まれています。しかし実際には、ベンチャー企業の成功確率はそう高いものではありません。私は前職でベンチャー投資会社にいましたが、そういった実情を数多く見てきました。

仮にある程度の時価総額が認められ、資金調達が10億円できたとしましょう。「おめでとう!」と数多くの賞賛の声が届きます。実際は自社の株式を外部株主が保有し、P/Lは赤字を掘って投資をどんどんしてゆく。資金が尽きる前に黒字化させるか、さらに追加調達をして更に赤字を彫り、指数関数的成長を目指す、そんなモデルが善とされていながらも、 実際は1000社のうち3社しか成功しないとも言われる「センミツ」の世界 です。

LMIの基本的なモデルでは、まずLの世界=レガシーである既存事業で効率化やデジタル化に取り組み、収益性を向上させます。次にそこで得た利益をもとに、Iの世界=イノベーションに投資し、漸進的成長や生産性を上げて、利益率を高くすることを目指します。

すでに長年にわたって事業を継続して、既存の顧客や信用、実績があるレガシー企業がイノベーションを起こすことは、 俯瞰で見れば、大手企業とベンチャーがもつ長所のいいとこ取り だとも言えます。

看板屋が最先端のビジネスに進化。その手順とは?

――2代目として承継した「看板屋」。まさにレガシーな企業を劇的に変化させました。その過程でのLMIの具体的な取り組みを教えてください。

永井: 1.生産性を上げ、2.市場の成長性を上げる、という順序で進めました。

生産性を上げるためにまずやったことは、工場を手放すこと です。いわゆるファブレス化(工場をもたない経営スタイル)です。私が入社した当時のクレストは、看板屋として印刷物の工場をもっていました。それを「自社工場で作って売る」から、「一番安くて良いものを作れる工場で、一番早く作って売る」スタイルに切り替えました。

――外注すると利益率は落ちるのではないでしょうか?

永井: その通りです。内製した方が安い。しかし一方で、キャパシティがなくなります。自前の工場だと生産量に限界がありますし、営業と生産のバランスもとらなければなりません。受注したいのにできないことだってあります。しかし、 外部の工場を使えばキャパシティの上限は取り払われ、営業の自由度も一気に広がります。

ビジネスモデルによっては自社生産のほうが差別化できたり機密情報が守れたり、そもそも自社でしか作れないものもありますので、全てに適用できるわけではありませんでしたが、当社のビジネスにおいてはファブレスが最適であると意思決定しました。

次にバリューチェーンの変革です。看板屋というのは、建設業のバリューチェーンにおいては下請けの下請け、基本的に孫請けビジネスです。例えばビルを建て、小売事業会社のテナントを10店舗誘致する計画があるとします。建築はゼネコンが担当し、テナントは出店する小売事業会社が内装会社に施工を依頼します。内装会社は電気屋、クロス屋、木材屋などに細部を発注するような形です。

この時、看板屋は内装会社の下請けに位置します。ときには電気屋の下請けということもあります。いずれにせよ最後の段階です。 その流れを、内装屋を飛び越えて、発注元である小売事業会社に直接営業するプロセスに変えた のです。

――「発注元に直接営業をかける」なんてことができるのですか?

永井: もちろん元請けから大きな反発を買います。今でなおD2C(消費者に対して商品を直接的に販売する仕組み)が流行っていますが、この変革に取り組んだ2009年当時ではありえないことでした。しかし私たちには、「看板というレガシー業界でイノベーションを起こす」という強い信念がありました。 古い業界の慣習は、そこに向かう上では絶対に超えなければいけない壁 なんです。

もちろん、発注元であるテナントにも大きなメリットがあります。仮に看板の原価が100万円だとすると、そこに中間業者が入るたびに手数料が上乗せされる。120万円が150万円になり最後には180万円にもなるのです。それが、末端の看板屋と直接取引すれば、大変なディスカウントになります。

また、発注元が全国展開する企業の場合、各地域の看板は地域それぞれのバリューチェーンを辿って地元業者に依頼する場合が多い。しかしこれだと、看板の写真や文字の色など細かい部分にズレが発生しやすく、全国で統一のイメージが保てなくなることがあります。これは全国展開する発注元からすると大きな問題です。しかし、一つの看板屋が担当すれば、そういったトラブルはなくなります。

――ハイリターンとはいえ、後戻りできないハイリスクな取り組みですね。

永井: もちろん私たちは大きなリスクを負います。中間に存在する内装会社とそのままつきあっていれば毎月何千万円もの売上が確保されますので。一方で、発注元に直営業するのは労力・コストもかさみますし、リターンであるはずの単価だっていつ下落するかわかりません。

何よりも「面」。シェアを取ることを優先し、顧客数を拡大する

――その努力の先に何があるのでしょうか。

永井: 私たちが目標とするのはレガシー産業のイノベーションです。看板屋の常識を変え、看板業界の価値を高める。例えば、 看板にデジタルの思想を加えることで「新たな存在」にする。

辿り着いたのが、看板とカメラを組み合わせることでした。そうすれば、「看板が広告効果を測定できる」ようになる。例えば看板を見た人の数や年齢や性別がわかり、ネット広告と同じようにデータで様々な分析ができる。新しい価値が生まれます。広告であるはずの看板が、正しく広告効果を測れるようになる。看板業界におけるイノベーションです。

マネキンに内蔵されたカメラの一例。通行量や興味をもって立ち止まった人の性別や年齢層などを映像から分析できる。

ただ、看板の「広告効果」を計測・分析するためには、業界内での「絶対的なシェア」が必要です。さらには、 後発の企業が目をつけたとしても『面』をとっていれば絶対に勝てる。

なので、発注元への営業を進めていく上では、 受注単価が下がろうが、何より顧客の数、施工する場所の数を最優先 しました。さらには、看板だけでなくショーウィンドウディスプレイの領域にも参入しました。ショーウィンドウディスプレイは毎月、切り替わります。ポスター1枚の張り替えでもいいんです。やらせてください!と受注していきました。

小さな案件でも1つの『面』がとれていることに変わりはありません。 そうすると、顧客数、すなわち私たちが関わる『面』の数はどんどん拡大していきました。この方針で約5年、顧客は累計約4千社になりました。

――営業のマンパワーが大変になりませんか。

永井: それを埋めるのがデジタルです。御用聞きとして一軒一軒おうかがいするのではありません。注文が30日以上なかった場合に自動的に連絡メールをお送りする、連絡すべきタイミングを自動的に見極めて営業にアラートがいく……。デジタルを活用して営業効率を上げていくのです。データを活用した戦略的な営業活動で、風景がガラッと変わります。

――新しい考え方、新しい取り組みは社員にすぐに浸透しましたか。

永井: 当時の社員にしてみれば理解に苦しむ状況だったと思います。既存の顧客である内装会社とお付き合いしていれば売上は数百万円の高額単価の仕事が安定して供給されるのに、ポスター1枚の仕事なんて数千円じゃないかと。こんな安い仕事を受けて、営業コストをかけて。社長は大丈夫か……と思ったことでしょう。もちろん、軋轢もありました。

――「デジタルやITを使わないと……」という意識はあっても、実際には動けない経営者が大勢います。

永井:大事なことは、リーダーがテクノロジーについて勉強することだと思います。近道はありません。AIやIoTもそれがどんな仕組みか知らなければ、「AI」の良し悪しが分かるはずもありません。AIの技術者を採用したり、パートナーを探したりする際にも、自分が理解していないのに良い人材を見つけることはできません。

何も知らないリーダーがイノベーションを起こそうといっても誰もついてこない。 しっかり勉強して、努力しているリーダーが「やろう」「やりたい」と言って初めて、周囲は動く と思います。

次は木材卸会社。改革、デジタル化で忘れられない苦い経験

――2019年の9月に老舗木材・木製品卸売業の東集を買収・グループ化しました。なぜ「木材卸業界」に目をつけたのですか。

永井: ディスラプターによって侵略されていない、レガシーの原石のような業界だからです。私たちにとっては、 レガシーであればあるほどチャンスが多い。 例えばタクシー業界もレガシーですが、すでにウーバーはじめ複数社がもう参入している。一方、「木材ベンチャー」と言われる企業はまだ多くは存在しない。私たちにとってはブルーオーシャンの極みなのです。つまり、これから私たちがこの業界内でやることの多くがこの業界にとっては先進的取り組みになります。

もちろん、レガシーであれば無条件にいいわけではありません。アナログ経営で労働集約型の産業、そしてプロダクトアウトで非顧客中心主義。つまり、もともと生産性が低い非高度成長産業などは、現時点の私たちクレストホールディングスグループの提唱するLMIのモデルによるイノベーションの実現難易度が低い産業であると言えるでしょう。

木材は顧客のニーズを探り出してから生産するような業種ではありません。さらには、規模の拡大が粗利の高さにつながりにくい分散型事業です。一方でコンビニ業界などは、規模のビジネス。規模が大きくなればなるほど規模の経済が働き利益率が上がる仕組みです。

LMIの考え方を使って、私たちは 木材卸という分散型事業を変革することで利益率が高まる仕組みに変えていけると確信 をしています。だから私たちにとって、木材業界は可能性に満ち溢れているフロンティアなんです。

――老舗木材卸会社の改革。どこから手をつけたのですか。

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