連載:第11回 慣習に囚われない 改革の舞台裏
低迷する業界に見えた突破口。2021年の成人式は価値観が変わるビジネスチャンス
バブル期には2兆円産業とも言われた着物業界。現在では市場が2600億円台にまで落ち込み、さらには保守的な体質も相まって斜陽化が進んでいます。しかしそんな中、「成人式」という特別な1日にブルーオーシャンを見出す企業があります。新潟・十日町に本社を置く日本有数の着物店、株式会社いつ和です。明治25年創業、呉服問屋としてスタートした同社は事業買収により形態を変え、生産から販売、レンタルまで行うSPA企業となりました。今、同社では「家族のための成人式」をコアに新しい市場の創出に挑戦しています。その背景や、新型コロナによる2021年の成人式への影響について、いつ和 アニバーサリー事業部部長の中西昌文さんに話を聞きました。
株式会社いつ和
アニバーサリー事業部 部長 中西 昌文 さん
1971年京都市生まれ。東北福祉大学卒業。事業構想大学院大学修了。2003年、和装業界に特化した売上・商品管理等のソフト開発・販売を手掛ける IT 企業の京都ナイスウェア株式会社に入社。その後、子会社の京都プロデュース株式会社の取締役に就任。16年、成人式サロン「KiRARA」を開業。18年、店舗事業をいつ和に売却。いつ和においてアニバーサリー事業を創設し、事業部長としてビジネスを継続している。
縮小市場だからこそ見つけられたブルーオーシャン
――成人式のマーケットに注目したきっかけを教えてください。
中西昌文さん(以下、中西): 15年ほど前、和装業界に特化した商品管理ソフトの会社で、私は営業を担当していました。保守的な業界にいながらも、ある意味で外部的な視点をもって関わることができていたとも言えます。
その時、着物業界の旧態依然とした仕事のやり方に疑問を感じると同時に、この業界にしかない特殊で面白い事象にも気づきました。それが「成人式」です。特殊というのは 『絶対にパイが決まっている』 ということ。地域に住む女の子が成人式に参加するおおよその人数は絶対に動きません。全国のほとんどの自治体で成人式が催され、その出席率の平均が約80パーセントになります。つまり約120万人の新成人のうち約100万人が成人式に参加するのです。 この数字は毎年ほぼ同じ です。
――数字が見えているから、戦略も立てやすい。
中西: パイが決まっている業界はなかなかありません。さらにそこで「面白い」と感じたのは、着物業界は斜陽だと言われているのに、参加する女性の9割以上が振袖だけは着るのです。日本のセレモニー関連で、着物を着るのが当たり前になっているのは成人式だけです。お葬式も結婚式もほぼ洋服ですよね。しかも着物を着るのは若者だけ。
だからこの市場をテコ入れすれば、若者が着物に接する機会を増やし、その先、着物業界全体に相乗効果が生まれてくるのではないか?と考えたのです。この発想が家族のための成人式、成人式サロン「KiRARA」の原点です。
成人式サロンKiRARA がプロデュースする「家族のための成人式」。20歳の記念の儀式を本人だけでなく、家族そろってお祝いするために様々なサービスアイテムを提案する
ーー成人式の振袖市場に伸びしろはあったのですか?
中西: かつて振袖は買うのが当たり前で、平均単価は50万円ほどでした。いまはレンタル化していて、着物のレンタル料20万円と写真撮影料の5万円で、平均25万円ほど。 成人式の振袖市場は以前の半分にまで縮小 しています。
振袖がレンタルに向かった理由は「所得の低下」と「所有願望の低下」の2つが考えられます。この2つを比べると、所得が半減しているわけではないので、所有願望の低下のほうが影響度合いが大きい。そうすると、以前の単価50万円の未消費金額25万円分は、提案次第で動かせるはず。言い換えると、成人式に使っていいと思っていた50万円に対して、残りの25万円分は「着物ではない何かを提案する余地がある」と考えたのです。
以前に比べて消費されていない「25万円」。これを使える20歳の女性60万人が存在しているのに、 着物業界はマーケティングをしてこなかった だけなんです。そこに未開拓に近い男性市場を加えると、潜在的には4500億円規模の市場が見えてきました。これは着物市場の2500億円を遥かに凌駕する市場が創出されることを意味します。仮に半分だとしても着物市場と同じ規模です。
かつて買うのが当たり前だった振袖の平均単価は50万円だったが、レンタル化した現在は平均25万円。25万円分の未消費金額に対して、着物とは違うモノやコトを提案するのがKiRARAのビジネスモデルの核となっている
――そこで考えたのが「家族のための成人式」だったわけですね。
中西: はい。成人式は全国で100万人が参加する巨大なイベントですが、公的機関が主催しているにも関わらず、毎年のように逮捕者が出ます。もし仮に公的機関が実施した「他のイベント」で逮捕者が出れば、翌年は基本的に開催に黄色信号が灯るのではないでしょうか?責任問題なども出ると思いますし、翌年は中止すら想定されますよね。
しかし、成人式は決して中止にならない。なぜか?成人式はフェスティバルではなく、セレモニーだからです。
成人式は、封建社会では「家」を継がせるための儀式でした。明治時代には徴兵制度が成人式の役割を果たし、戦後しばらくは青年が社会に活力を与える象徴として機能してきました。
いずれの時代にも成人式は一定の役割を担ってきたのです。しかしいま、その役割が見えにくくなっている。成人式は何のために、誰のためにあるのか?それは実情と合致しているのか?
次代の成人式はどうあるべきなのかを考えた時に、「家族」というものが一つの方向性としてあるのではないかと考えました。なぜなら、「成人すること」に一番強い思いがあるのは親でもあるからです。
親からすると成人式は子育ての卒業式であり、子どもにとっては親からの巣立ちの儀式にもなり得ます。似たような儀式として結婚式がありますが、最近は結婚しない人が増え、さらには晩婚化が進み結婚式を行わないケースも多くなってきました。
「親に感謝を伝える場、親が子育てを卒業する場」。これがなくなっているのです。 そこで、「家族を単位とした新しいフォーマット」がこれからの成人式になるはずだと確信しました。
成人式サロンKiRARAは2016年に2店舗でスタートし、2020年現在8店舗まで拡大してきました。売上も順調に伸びています。「子の成人に際して、それを家族で祝う。家族に感謝する」。食事や旅行、記念品、有名な場所でのセレモニーなど、その祝い方は家族によって様々です。
旧態依然の着物業界に、ITツールを持ちこむ
――そもそも着物業界は、なぜ自らによる変革が難しいのでしょうか。
中西: バブル期には2兆円産業と言われましたが、2000年には市場規模7200億円、今は2600億円にまで落ち込んでいます。業界の人間は誰もがなんとかしなければと焦っていますが、結果的には具体策を出せずにいました。
私個人の感覚としては、バブル期に大きくなり過ぎたと思っています。100万、200万という高価格帯の着物をすごい粗利で売っていました。一方で、 バブルが過ぎても、それまでと同じような商売を続けるための試行錯誤を続けてきた ようも思います。着物を「日本の文化・生活の一部として親しんでいただくアプローチ」をとってこなかったツケが回ってきたのかもしれません。
良くも悪くも、世襲で綿々とやってきたのが着物業界です。三代目や四代目は当たり前、江戸時代元禄期や創業460年という老舗もあります。外部からの発想が受け入れられにくい体質なんです。衰退している原因のひとつは、残念ながら内輪体質にもあるのではないでしょうか。
2000年~19年の呉服市場の変遷。この20年で約1/4にまで市場規模は縮小している
――KiRARAを運営するためのシステムは、呉服店であるいつ和の本体と同じものを使っているのですか?
中西: KiRARAの運営には、統合システムとしてkintoneを使っています。4年前のKiRARAスタート時には使っていませんでしたが、店舗が増えるにつれて情報共有が難しくなり、事業部全体の情報環境を整備することにしました。私自身がこういったITツールに明るいこともあり、基本的には私がメンテナンスしています。使い方を工夫すれば、コストをかけずに様々な仕組みが構築できるので重宝しています。
本体であるいつ和側のシステムも売上や在庫管理などの基本的な業務で使用していますが、戦略的な分析や業務管理に使用するのは正直無理です。着物業界の顧客管理は本当に特殊なんですよ。家単位というか、すべてがオーダーメイドというか。今でもちょっと郊外の呉服店に行けば、年季の入った分厚い帳簿が出てきます。
何代も前から同じ管理方法で、またそれで何とかやれているので、データベース化などは本当に難しい ですね。挑戦はしたものの、途中で頓挫したような話はよく聞きます。
――コロナの影響で変わったことはありますか?
中西: コロナ以降は毎週Zoomで会議を行うようになりました。使用感については一長一短といったところです。メリットとしては、要点を絞った会話が増えて無駄がなくなったと思われること。正直、会議の時間は短くなりましたね。デメリットは「感情」のような部分があまりにも削ぎ落とされることですね。
創造性を生むには、一見無駄と思われる時間が必要です。私たちがやろうとしている仕事はエモーショナルな部分があるので、「創造性と効率の間を埋め合わせられる方法」を見つけたいところですね。
着付け教室との統合で起きた不安。それを打ち消すシナジー効果
この春からアニバーサリー事業部に統合された着付け教室の「雪花きもの学院」。KiRARAとのシナジー効果が期待される
――アニバーサリー事業部の中には、「KiRARA」と「着付け教室の雪花きもの学院」があります。
中西: もともとはKiRARAのみの事業部だったのですが、後から統合された形です。もともと成人式用の着物レンタルでは、成人式が終わった後にお客様との関係が切れてしまうという課題がありました。せっかく着物に触れていただいたのに、着付けが面倒などの理由で着物から遠ざかってしまうのです。
そこで、この統合ではKiRARAのお客様や着物に興味のある方に着付け教室を案内して、最終的に新しい訪問着やつむぎなどを買っていただける流れを作りたいという狙いがありました。
――異なる部署が一緒になることでコンフリクトはなかったのでしょうか。
中西: いつ和に買収される前のKiRARAは、 着物を売ることを目標にしていません でした。KiRARAの理念は、家族との成人式を通じた「お客様の思い出づくり」です。そのために着物が必要であればご提案しますし、お客様に感動いただけるのであれば、旅行や食事、手紙でも構いません。
なので、いつ和に買収された後、KiRARAのスタッフに「着物への興味を高めること」を求めた瞬間に違和感が生まれました。正直、なかなかなじめなかったですね。客層もまったく異なりますし、着付け教室側としても、KiRARAとの接続には悩みました。
――その違和感は払しょくできたのでしょうか?
中西: 見つけた答えは「お客様の思い出作りの一つとして、着付けは使える」というものでした。KiRARAのスタッフは、お客様の思い出作りにつながるものであればどんどん取り組みます。例えば、お母様が「家族のための成人式で着る娘の振袖は、自分が着付けたい」ということであれば、喜んでご提案します。ただ、それはいつ和の理念との妥協であって融合したとは言い難い。この難題は今の私に課せられた課題と言えます。
ーー振袖レンタルから着付け教室に導くビジネスモデルは競合でも散見されます。どう差別化しますか。
中西: いま、着付け教室はすごく単価が安くなっていて、6回まで無料という教室もあります。なぜタダで成立しているかというと、最後に着物を買っていただくビジネスモデルだからです。 結局、「高額な着物を売る」ということから抜け出せていない のです。
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