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連載:第18回 プロ・リクルーター、河合聡一郎さんが聞く【事業承継のカギ】

上場時の役員が全員入れ替わってでも「会社は理想を実現する箱」と言い切るわけ【サンワカンパニー山根太郎社長】

Logo markBizHint 編集部 2019年8月26日(月)掲載
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ECサイトを通じて住宅設備機器や建築資材の販売を手がける株式会社サンワカンパニー。会社を率いるのは、若干36歳の山根太郎代表取締役社長です。商社マンとして海外を飛び回っていた山根さんは、父である先代社長の急逝に伴い事業を承継。ところが、入社早々に直面したのはセクショナリズムが蔓延した崩壊寸前の組織でした。社員や役員が次々に退職し、窮地の状況から立て直しを果たした根底には、仕事に対する揺るぎない信念がありました。

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株式会社サンワカンパニー 代表取締役社長

山根太郎さん

1983年生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。2年間の上海駐在を経て、2014年より初代社長である父の後継として現職に就任。各種スポーツのギアやスポーツウェアなどを取り扱うHEAD JAPANの契約ベテランテニスプレーヤーとしても活動する。


継ぐ気はなかったけれど、父の死の3日前に指名

河合聡一郎さん(以下、河合): BtoBのビジネスモデルが主流の住宅設備機器業界において、サンワカンパニー様はBtoCとECで事業を拡大してこられた。業界の商習慣から考えますと、かなりのチャレンジだったのではないでしょうか。

山根太郎さん(以下、山根): おっしゃる通り建築業界にとってはイノベーションでした。私自身、商社時代は繊維部門にいましたが、アパレル業界ではイノベーションが進みBtoCもECは当たり前。しかし、業界全体、サンワカンパニーも含めてBtoBがメインでした。会社を継いで、これは自分の経験を活かせるなと思いましたね。

河合: 大学卒業後は、家業と関連のない商社に就職をされたとのことでしたが、もともと幼いころから、「将来会社を継ごう」という意識はなかったのでしょうか。

山根: それがまったくありませんでした。小さい頃から、父から「お前みたいなやつには継がせない」と散々聞かされてきたので。父が亡くなる3日前、病床からの電話で「お前に会社を任せたい」言われた時は本当に驚きました。そんな考えがあったのかと。

河合: 突然のことだったと思いますが、その当時、お父様からはどんな助言を?

山根:「社内の人間では今の会社は変えられない。お前みたいな宇宙人なら変えられる」と言っていました。

子供の私に対して、「好きなことをやれ」「いつか一国一城の主人になれ」と言ってきた父でした。ですから、将来は独立して父の会社を買収することを目標にしたくらいです。私のファーストキャリアは商社でしたから、最初から「継いでくれ」と言われていれば、建設や不動産部門に進んで自社に役立てる経験も積めたはずです。ですが「失敗したら父親の会社がある」と逃げ道を作っていなかったので、任せてもらえたのかもしれません。

河合: お父様自身、いつかは継がせたい気持ちはあったけれど、それを悟らせまいとしていたのかもしれませんね。

山根: そうですね。おかげで、のびのびと自分のやりたいことをやらせてもらえた。私が父からもらったものはこの会社ではなく、世界中どこに行っても通用する教育だと思っています。

改革の中で95%の社員が入れ替わっても、「理想を実現する箱」と言い切る理由

河合: お父様がお亡くなりになって家業を継がれてから、初代社長の役割を担っていた当時の社長とはどうやって引き継ぎされたのでしょうか。

山根: それが大変どころじゃなくて。最初の仕事は中継ぎの番頭社長の追い出しプロジェクトだったんです。

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