連載:第31回 IT・SaaSとの付き合い方
経営判断の遅れを防ぐための紙の脱却。「請求書の電子化」を進めた経理部門の比較・検討事例
飲食店向けを中心とした総合食品卸を手掛ける株式会社プレコフーズ。1955年の設立から約70年、同社では多拠点展開や1000名以上の組織規模への成長などから、旧来のままの業務の弊害が目立つ様になっていました。その1つが「紙の請求書」です。膨大な量をアナログ処理し、数字のデータ化にかかる日数は15日。これはいよいよ「経営判断の遅れ」というリスクにつながる経営課題として認識されます。これをITツールによって解決することになるのですが、その検討や選定、導入までのプロセスについて、プロジェクトを推進した担当者に伺いました。
※本記事は2024年5月の取材に基づいて制作しております。各種情報は取材時点のものである旨、あらかじめご了承ください。
株式会社プレコフーズ
財務経理部 次長 菊地 龍彦 さん
株式会社プレコフーズ
飲食店向けを中心とした総合食品卸。首都圏に18箇所の拠点が存在。
1955年創業、売上約272億(2024年3月決算)、従業員数約1223名(2024年5月時点、グループ合計)
「紙」が経営判断の遅れの原因。前月数字のデータ化に15日。
――貴社では毎月の請求書の処理業務を効率化するために、2023年にITツールの導入を進められたとのこと。もともと、どのような組織課題があったのでしょうか?
当社の課題は『 毎月の経営会議で必要になる数字のデータ化に15日かかる 』というものでした。
当グループには複数箇所の拠点があるのですが、そこでは毎月、膨大な数の仕入先様からの請求書を大半は紙でいただいていました。各拠点では請求書のチェックと取りまとめをして、本社へ郵送。その後、本社で経理処理を行うという流れです。
必然的に郵送に時間がかかりますし、請求書の発行タイミングも仕入先様ごとで都合があります。結果、その月の請求書の総額がまとまるのは、翌月の15日ごろになっていました。
そして当社では、毎月20日ごろに経営会議が開催されます。この日程の設定は、前月の数字がまとまるのを待ってのものでした。
より早い経営判断を行うために、この日程を短縮したいというのが出発点 でした。
――なぜ今になって、その業務フローの改善が進むことになったのでしょうか?
「経営判断を早めるために、数字の取りまとめを早くしたい」という要望は以前から出ていました。
しかし膨大な数の仕入業者様へ請求書発行の早期化や電子化のお願いをさせていただくこと、ただでさえ忙しい各拠点にこれ以上の負荷をかけてまで改善を図るのはどうか…と、度々見送られていました。
それがいよいよ「解決すべき経営課題」となり、 業務改革がスタートした背景には2つのトリガー がありました。
1つは、2020年からのコロナ禍。
当社の主事業は食品卸ですが、コロナ禍では日々、状況がめまぐるしく変わりました。適切な経営判断を素早く行うには、やはり「前月の経営状況のデータ化を早めなければならない」という認識に変わりました。
そしてコロナ後は以前を超える売上成長となり、将来も見据えても、 経営判断を早める体制づくりは、優先して解決すべき課題になりました。
もう1つは法改正対応。電⼦帳簿保存法とインボイス制度です。
2022年に施行された電⼦帳簿保存法では、従来通りの紙の運用でも問題ありません。当社としては、周囲の動きも見ながら対応していく方針で、いわゆる様子見という判断をしていました。そして、2023年にはインボイス制度がスタートします。
当社としては これらが重なったことで「せっかくならそのすべてに対応できる仕組みを構築しよう」という判断 がなされ、2022年の秋ごろにプロジェクトがスタートしました。そして、私のほうでそれらを解決できるITツールを探し始めました。
ツール選定と並行して比較表を作成。比較は全19項目。
――課題解決のためのITツール探し、情報収集はどのようにされたのでしょうか?
最初から「ツール探し」をしたというわけではなく、まずは電⼦帳簿保存法やインボイス制度についてあらためて知ることから始めました。もともと情報収集のためにビジネス系の情報サイトやITツールの比較サイトに会員登録していたのですが、そこで見つけたセミナーや勉強会に参加しました。ITツールのベンダーが主催しているものも多かったと思います。
そうすると、今度はいろいろな会社から電話やメールで営業や提案が来るようになります。
私は普段から、情報収集のためにそういった営業提案には応じるスタンスなのですが、いざツール選定の必要性が出てきてからは、それこそすべての話を聞くようにしました。 私自身はじめて取り組むことですし、いろいろなところから話を聞いてみないとわからない と思っていましたので。
――どのようにしてITツールの候補を絞っていかれたのでしょうか?
いろいろなベンダーや代理店の話を聞きながら、比較表を作って整理していきました。ベンダー・担当者ごとにお話しされることが違いますし、「これは自社にとって大事なポイントだから、別のベンダーにも確認したほうがいいな」という比較項目を、提案を受ける中で追加していきました。
そもそも最初は「自社にはどんな機能や仕様が必要か?」ということもわかりませんでした。まっさらな状態で複数社から話を聞いていくと「どの会社がどんなことを話していたっけ?」と私自身わからなくなってしまい…。そこで、比較表を作って整理していったという流れです。
比較表は、ベンダー側が提供している情報の整理にも役立ちました。 ホームページや資料には書いてあるものの商談では説明に含まれていなかった機能や、プレゼン資料には記載がないものの、ご質問をしてみると「オプションや相談次第で可能」という説明をされたものなど。そういった 公式情報だけでは見えない部分は、比較表にコメントを書き入れていきました。
――比較表は、最終的にどのようなものになったのでしょう?
「比較項目」と「製品名」を縦横に取り、Excelでマトリックス化しました。◯×△+コメントで評価し、製品名の列には最終的に導入した「バクラク請求書」を含め、5つが並びました。
最終的な比較項目は以下のとおり。全部で19項目になりました。
- サービス利用際の契約単位は法人ごとか?
- 会計システムとの連携
- 取引先ごとの振込先銀行口座情報の設定
- 振込手数料の設定
- 法人や各拠点ごとに、請求書データを別扱いにできるか。(出力データや閲覧時の見え方。拠点ごとに絞り込んで閲覧する、等)
- 1つの請求書内に複数の拠点の明細が混在している場合の取り扱い(指定した拠点ごとに仕訳データを抽出することは可能か?)
- メール受信機能による請求書PDFの取込み
- インボイス登録番号のAI自動検索・判定機能
- 請求金額のAI自動読み込み機能
- 仕訳の学習機能
- アップロードする請求書に、稟議申請書などを添付できるか?
- 費用按分の機能はあるか?
- テスト環境の提供
- 導入後のサポート体制
- 電子保存の要件を満たしているか。(7年ではなく10年+2カ月保存)
- 途中解約した場合の電子保存された請求書の取り扱い。
- 途中解約した場合の取り扱い、契約は年度単位か? 違約金はあるのか?
- 導入+運用コスト
- その他
これらを◯×△で評価したのですが、 同じ◯評価でもサービスごとにその内容は違いますので、コメントで補足しました。 例えば「請求金額のAI自動読み込み機能」が◯であっても、読み込める内容や精度の差異、手作業での修正が自社でかんたんにできるか否か、はたまたオプション料金が必要なのか、などです。
ITツールの採用・不採用を分けたもの
――最終的に「バクラク請求書」の採用に至ったわけですが、どこが決め手だったのでしょうか?
総合的な判断ではあるのですが、 あえて決め手と聞かれれば「ITツールで処理する部分」と「自分たちで手作業で処理する部分」の切り分けの自由度が高かったこと でしょうか。
当社が実現したかったことは、電子データでもらった請求書はITツールで処理をして、従来通り紙でもらった請求書は自分たちでデータ化して処理をする、というものでした。
あるタイミングからすべての仕入先様に請求書の電子化をお願いするというのは難しいと考えていましたし、そのあたりを柔軟に運用したかったのです。目的としている数字の取りまとめのスピードアップはもちろん大事ですが、一方で仕入先様や各拠点の負担が大きくなるのは避けなければなりません。その両者をバランスさせることを重視しました。
当社の方向性と合わなかったツール・サービスとしては、例えば「すべての請求書を一括で受領代行」していただけるというもの。それこそ「何でもやっていただける」のですが、その分費用が高額で、また「一括でなくてはならない」など全業務の切り替えが必要で、処理方法の選択ができませんでした。
――提案内容やサポート面で「バクラク請求書」の優位性はありましたか?
「バクラク請求書」はベンダーであるLayerX社の営業の方と商談を進めましたが、 質問・相談に対するレスポンスが早くて正確だったことは、とても好印象でした。 できないことは「できない」とはっきり回答いただいたことも、比較検討していく上ではポジティブな要素でした。「わからない。確認する」だと、回答を待たなくてはならないので。
私の想像も含むのですが、LayerX社は自社の商品を自社の営業担当者が提案・販売されている形でした。ですので、サービスに関する知識が豊富だったのだと思います。多くのユーザーの使い方やサービスの仕様、開発状況などが社内で共有され、それをしっかり把握されているような印象を受けました。いろいろなケースごとの対応方法をご存知といいますか。
比較していた他社様が商談での質問事項に対し保留事項があり、確認に時間を要する中、結果的にLayerX社との商談がスピーディーに進んでいきました。
社内決済を得るために必要だったもの
――テスト環境については、比較表の中にもありましたね。
はい。実際に使ってみないと、使用感がわからないと考えていました。私はツールを選定し、実際に利用する立場でもあったわけですが、利用者は各拠点のスタッフなども含まれます。ITリテラシーのレベルも各々異なることを踏まえ、使いやすさは確認したいと考えました。
最終的に3つのツールに絞り込んだころに、 トライアル・テスト環境の話になったのですが、1社はトライアルはNGとしてデモ画面を見せていただくだけ。もう1社は「要相談」として持ち帰っての調整が必要ということになりました。
そしてこの相談にその場でOKをいただいたのは「バクラク請求書」だけでした。この対応は、商談が前進する大きな決め手になりました。
また、一応トライアルは期間を定められていたのですが、当社側で確認作業が遅れてしまいました。その際も快く期間を伸ばしていただき、こちらの落ち度でありながら、ありがたかったですね。
ちなみに比較項目の中には「会計システムへの連携」という項目があります。当社の基幹システムとの連携ですね。当初、バクラクはこの部分が『×/連携不可』の評価でした。
しかしバクラク側から、 我々が想定する連携手法とは違う形での代替提案があり、それを試してみるとうまく進められることがわかりました。こうしたことが見えたのも、トライアルと営業担当の提案力のおかげかと思います。
――経営側からの最終決済はスムーズに得られましたか?
はい。選定の経緯を逐次報告していたこともあり、経営側からの反対はありませんでした。
当社には常々大事にしている大方針「入念に比較して最終決定」というものがあります。ですので、先ほどお話ししたような 「比較表」「相見積り」「価格交渉」などの点は、経営側にきちんと説明できるように押さえました。
さらに言えば、比較表のうちの1社は「バクラク請求書」にほぼ固まった中で、 「本当にそれでよいのか?」を最終確認するために、あえて別のサービスの提案を受けて比較表に組み入れたもの です。こういったツールは一度導入すると長期的な運用になるため、経営側からの指摘を想定してそこまで準備をしました。
そして当然重視される「価格」について。比較したツールの年間利用料は安いところで250万円。高いところで700万円でした。当社の場合、電子と紙の請求書を取り扱う予定でしたが、「バクラク請求書」はどこでどちらをどれだけ使うか?といった部分で、必要性に応じて機能や費用を調整できるので、「この金額で最適化されています」と説明できるところはありがたかったですね。
――導入から定着までは、スムーズに進みましたか?
導入を決めたのは2023年の夏でしたが、2024年の4月ごろにデータの取りまとめ日数を10日にできました。5日間の短縮ですね。
その間、各拠点やスタッフへの説明のためにマニュアルを作成したり、オンラインで説明会を開催したり、各拠点に足を運んでレクチャーを行いました。こういった部分は、部下2名に主導して進めてもらいました。
経営側からもこの業務改革の必要性については全社にアナウンスがなされており、拠点のリーダーの合意・協力が得られていたので、我々としては進めやすかったですね。
財務経理部 主任 水谷 直貴 さん。拠点への説明会の運用やマニュアル作成など担当。
導入前後と運用時の、ベンダーのサポート・関係性
――導入後のLayerX社からのサポートなどは?
契約後は、運用担当の方がついてサポートしてくれています。キックオフミーティングや社内説明会をやっていただいたり、社員からの質問に都度回答していただいたり、丁寧に対応してくださっている印象です。
我々に対しても、運用にあたって決めておくべきことや、他社での対応事例などを教えていただき本当に助かっています。
また、当社での利用状況をしっかり確認され、定期的に各所で個別ヒアリングを行うなど、要望の吸い上げやアドバイスもしてくださっています。
――そうしたヒアリングをきっかけに、サービスが改善されたことはあるのでしょうか?
あります。当初「バクラク請求書」でアップロードしたPDFデータは、差し替えはできても削除することができなかったんですね。
つまり、請求書以外の不要なデータもひとまとめにアップロードされてしまう、ということが起こっていました。その点について要望を出したところ、不要なデータだけ削除できるように機能改善していただく動きをとってもらえました。
実際に使ってみて驚いたのですが、「バクラク請求書」は頻繁にアップデートされています。機能追加、機能改善が本当に多く、正直私も把握できません。 要望を聞いてすぐに開発案件に入れると伺っていますし、そういったサイクルが回っているのが伺えました。
財務経理部 主任補 酒瀬川 寛 さん。社員へのスムーズな浸透のために相談窓口などを担当
実際に使ってはじめてわかったこと
――実際にバクラク請求書を利用して、想定外だったことはありますか?
AIによる自動読み込みについてでしょうか。基本的には、社名やインボイス番号、口座番号等、全体的には精度が高く便利に使えています。
ただ、 読み込まれた内容は最終的に人のチェックが必要であることは、実際に使ってみてわかったことです。
というのも、請求書のフォーマットは各社バラバラです。そういった中で、例えば「前月繰越金額」「当月請求」「繰越残高」と複数の項目があるような請求書。本来であれば、「当月請求」を読み込んでほしいのに、違う金額を読み込んでしまうことが発生します。
仕訳についても、一応学習機能が備わっているのですが、取引先が同じでも、たまにそれが変わることもあります。イレギュラーはどうしても出てしまいますよね。
ですので 「AIは便利だが、鵜呑みにしない」という認識で運用しています。 現在のところ、上記の点については、本社側で人の目でチェックすることでカバーしています。
他方、当社側の問題ではあるのですが、導入したてのころに「想定していない形でアップロードされた請求書データ」がたくさん発生してしまいました。
例えば「請求書の横が切れていて金額が読めない」「複数の請求書が1つのPDFデータにまとまっている」などです。データのファイル形式が、電⼦帳簿保存法に対応していないものになっていたこともありました。
本当に、誰がどんな形で使うかは予測ができないですね。反省点としては、データのアップ方法や電帳法の保存要件についての社内共有が不足していたことでしょうか。
――あらためて振り返って「あれをやっていれば…」と感じたことはありますか?
事前に取引先様へ請求書の電子化依頼をしていましたが、それでも紙の請求書が多く残り、各拠点だけでは対応が難しいだろうと想定し、オプションとして紙の請求書の一部受領代行を導入しておりました。しかし、実際には多くの取引先様が請求書の電子化に協力いただいたことや、各拠点の社員の協力もありオプションは必要ないことがわかりました。
また請求書の総数や、電子化への対応が難しい仕入先様の数やその推移などを把握しておくと、より精度の高い費用概算ができ、また効果測定もスムーズかと思います。
ちなみに当社における請求書の紙と電子の比率は「バクラク請求書」の導入前後で、導入前:紙90%、電子10%。導入後(2024年5月現在)紙30%、電子70%です。
この数字を見ても、電子化が進んでいます。これはもちろん、仕入先様や拠点スタッフ、関係各所の協力あってのものですね。
(文・安藤ショウカ)
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