連載:第53回 IT・SaaSとの付き合い方
採用では30種類の紙を印刷、経費精算は三重入力だった。生産性を3倍にしたバックオフィスの意識改革


2025年に設立40年を迎えるIT企業、日本コムシンク株式会社。同社のバックオフィス部門が「会社の価値を高める組織」を志向して取り組んだ施策の一つが、IT/SaaS活用です。変化の過程で様々なハレーションが起こりながらも、バックオフィスの生産性は3倍に。その経緯について、「SmartHR」や「楽楽精算」などのクラウドサービスの活用と、その旗印として掲げられた組織の提供価値「バリューアップセンター」について伺いました。

(お話を伺った方)
日本コムシンク株式会社
取締役 バリューアップセンター センター長
米坂 安代 さん
※本記事は取材時点(2025年3月)の情報に基づいて制作しております。各種情報は取材時点のものであること、あらかじめご了承ください。
30種類の書類を印刷。紙とExcel、Wordで溢れていたバックオフィス
――貴社では社員情報の管理・入退社手続きなどにSmartHRを活用されています。もともとどのような課題を抱えていたのでしょうか?
米坂:いわゆるWordとExcelだらけの世界だった、とでも言いましょうか。入社退社の手続きとなれば、WordやExcelで作成した書類を印刷、その量は1人分で30種類ほどになっていました。そして社員が記入した書類の内容は従業員データベースのAccessに再入力。当社はエンジニアが多い会社ではあるものの、バックオフィスはWordとExcelでの手作業が蔓延していました。
例えば契約社員の更新手続き。Excelで書面を作成して印刷、封入、郵送。判子をもらって返送してもらう作業を3ヶ月おきに30人分行っていました。
また、社員データベースの照会権限は管理本部だけに限定されていたため、部門長でさえ自分の部下の情報確認を管理本部へ問い合わせる必要があり、その都度、管理本部では細かな対応に追われていました。
社員情報は一元管理されておらず、一つでも変更があれば、関連するすべてのExcelファイルをメンテナンスする必要があり、当然ミスも発生していました。社内から「情報が古いまま。きちんと仕事してるの?」と言われることもありました。
ExcelやWordでの社員情報の管理・運用にはいよいよ限界。こうした非効率は続けられないという課題を抱えていました。
ほしい機能が一つのパッケージに。営業担当者も寄り添ってくれた。
――そうした中で、SmartHRの導入に至った経緯は?
米坂:ExcelとWordという非効率を抱えながらも、いわゆる人海戦術でバックオフィスはなんとか回っていました。しかし2023年、大きな組織変革を行った余波でバックオフィスに退職者が出て人員が減少、業務効率化が急務となりました。
そこで当時の担当者が、社員情報を一元管理するためのシステムを探して、最終的に3つの候補に絞りました。SmartHR、オフィスステーション、JOEの人事管理システムです。
オフィスステーションは必要な機能をアラカルトで選べるものの、今後いろいろな機能を選んでいくと高くなることが想定されたので除外。JOEは給与システムを当時利用していたことから連携などを期待したのですが、当時それはありませんでした。また、将来的なタレントマネジメント・人事考課のDXも見据えていたのですが、その機能が開発中だったので選外となりました。
結局、社員情報・労務管理とタレントマネジメントが一つのパッケージになっていたSmartHRを選びました。
さらには、SmartHRの営業担当者が親身に寄り添ってくれたことが、導入を決断できた要因でもありました。SmartHRには試用期間があったのですが、当社の担当者が「素人なので、その期間内に立ち上げられない」と不安を話していたところ、試用期間を延長していただけました。
そして、向こう半年のスケジュール・計画書も作成してくれて、自分たちで一歩一歩進められる環境を整えてくれました。
2023年5月に契約し、6月に稼働。そして初期データの投入・設定などは半年後の2023年末までに完了。その後、組織図作成の自動化や、役職・社員ごとの権限を割り当て。通常業務もある中で、周囲の協力を仰ぎながら全社展開を進めていきました。
社員情報の一元化。社員からの「情報公開への抵抗感」が強かった
――社員情報管理でのSmartHRの導入、社内の反応はいかがでしたか?
米坂:操作面などについての問題は大きくなかったのですが、情報公開への抵抗感が強かったです。「なぜ上司に自分の情報を公開する必要があるのか」といった声が多く、どこまでの情報をどの権限で公開するかについては何度も調整しました。
社員情報の一つとして「顔写真の登録」もあるのですが、これも一部で反発が大きかったです。組織が大きくなる中で、お互いの顔が見えるほうが相互理解が進むという目的・背景があるものの、説明が大変でした。社長からも何度もアナウンスしてもらい、上司からも目的を説明してもらいましたが、最後まで抵抗感が残る社員はいました。
今でこそ、入社時に顔写真をシステムに登録するのは当たり前、普通の一作業になっていますが、「それ以前はなかったものを新たに導入する」という変化の際には相応の労力が必要だと感じました。
また、SmartHRを導入しても、以前と変わらず管理本部に社員情報の照会を求めてくる方もいて「前はやってくれていたのに」「やりにくくなった」といった声も一部で上がりました。
――そういった抵抗の声に対しては、どのような対応を?
米坂:旧来の管理本部のスタンスは「社員はお客様」として『親切丁寧』に対応することを重視していました。個別の要望にも丁寧に応えていたので、そのような声が挙がったら、例外を認めるなどの処置を取ったかもしれません。
しかし当時は、一連の組織変革でその考えを見直し「以前の社員対応は過剰品質」「IT活用などで無駄な作業やコストは減らし、効率的に業務を進める」という方針を、社内に明言済み。
ですので、その方針をあらためて部門長レベルで共有し、社長からも「みんなで決めた方向性に協力してほしい」とサポートしてもらいました。部門長レベルは賛同してくれていたので、「抵抗の声が挙がれば説明は尽くすものの、基本的にIT化の流れは変えない」と貫き、時間の経過とともに社内全体に定着してきました。
三重入力の無駄を省く。経費精算の効率化。
――バックオフィス効率化の一環で、経費精算に「楽楽精算」を導入されています。こちらの経緯は?
米坂:経費精算の申請について、以前はグループウェアを使用していたものの、それが当社の会計システムであるPCA会計や、支払いで使用するオンラインバンクと連携していませんでした。
社員が入力・申請し、それを経理担当者がPCA会計に再入力、さらにオンラインバンクにも再々入力するという「三重作業」が発生…。同じデータを複数個所に入力する無駄を省き、「1回入力したものを最後まで使い切ろう」という発想から、それができるシステムを探し、楽楽精算の導入を決めました。
また、使用する人数分のライセンスだけで済むコスト面や、PCでもスマートフォンでも利用できる操作性もポジティブな判断要因です。
2023年5月に契約して設定開始、10月に営業とバックオフィス、経営層で試験導入し、2024年1月から全社展開しました。
とはいえ、ルールやUIが変わりますので、すべてがスムーズに進んだわけではありません。例えば出張時、以前は関連の申請はまとめて行えたのですが、それが「出張申請」と「(その出張での)経費精算」に分かれます。こうした細かい変化への戸惑いや問い合わせはありました。
また、以前は経理担当者が内容を確認し、明らかな誤字や誤記があった場合には経理側が手直ししていたものが、システムで申請者に差し戻しされるようになり「何がいけないのか?どうしたらいいのか?」と質問が来ることも多かったですね。
とはいえ、しばらくするとそうした問い合わせもなくなります。習慣化、慣れで解決していく類のものだと思います。
IT活用に舵を切るきっかけとなる組織改革とハレーション
――一連のIT活用による業務効率化が進んだ背景について、貴社ならではの要因はあるのでしょうか?
米坂:実は「会社・組織として何を目指すのか?」という部分で、大きな変化がありました。これまでのお話しした中にあった「大きな組織改革」というのがそれで、2020年に「Vision40」という大方針を掲げました。5年後の2025年、設立40周年を迎えた時に自分たちがどのような姿になっていたいか、を示したものです。
その際、営業部門では売上や事業展開などについて触れる一方で、管理本部では『会社全体の価値向上に貢献する』という指針を掲げました。
そこから私たちは「会社の価値をどう上げていくか」「エンジニアが働きやすい環境をどう提供するか」「そのためにできることはすべてやる」という観点で考え方や業務を見直していきました。
ITを活用して、以前より少人数で多くの業務を行うというのはそのまま利益に貢献しますし、社員が不自由なく仕事ができる環境を作ることは働きやすさに直結します。そしてそれらは「自分たちが働く会社の価値を高めることに繋がる」という考えが根底にあります。
そして2021年4月、バックオフィス全般を担う「管理本部」という一般的な名称を「バリューアップセンター」に改称。その存在意義をそのまま部門名称として掲げました。
管理本部・バックオフィスといった類の言葉だと、多くの方の目には「事務を粛々とやる」というイメージになりがちです。それが主目的ではない、バックオフィス作業はあくまでその一部という概念を名前で示しました。
――そういった変化に、旧・管理本部のスタッフからのハレーションは?
米坂:それはありました。会社・組織が変化するということは、そこにフィットしていた社員にとっては変化を求められるということです。
端的な例で言えば、マルチスキル化や企画提案などでしょうか。
例えば経理のスタッフであれば「経理の知識を活かして淡々と事務作業を行うような仕事をしたい」と思って入社してくれて、長年そういった環境で仕事ができていました。
しかし「バリューアップセンター」としての方針を具体化していくと、そうした事務作業は少しずつ自動化され、また「マルチスキル・マルチワークできたほうが少人数で回せるし、効率良いよね」という考え方のもと、縦割り・属人的な業務分掌がなくなり、労務・人事など別の作業もできるようになる必要が出てきます。
さらには人材要件として「いかにして会社の価値を高めるか?」という目標を達成するための企画や提案も求められるようになります。これはいわゆる「淡々と事務作業をすること」の優先度が高い社員にとっては、やはりミスマッチになっていきました。
ですので、バリューアップセンターの方針を打ち出した後しばらく、多くのメンバーが退職する事態になりました。把握している退職理由としては「経理を極めたいと思っているのに、マルチスキルは負担」「今まではExcelだけ使えばよかったのに、いろいろなシステムを覚えて使うのが厳しい」といったもの。
そしてこれが冒頭お話しした人員減少の背景で、結果的にSmartHRをはじめとしたシステムを入れ、急いで自動化・効率化を推進する必要性が出てきたことに繋がります。
――多くのメンバーが退職するという状況は想定されていましたか?
米坂:可能性として想定はしていたものの、想定以上だったというのが正直なところです。
実は2016年に管理本部の責任者になった時から、メンバーには「いずれ今の仕事のほとんどはなくなる」という話は度々してきたつもりでした…。そういう時代になった時に、その時に求められるスキルを身に着けてほしい、と…。ただこればかりは各々の価値観、選択を尊重するしかないのかもしれません。
ただ一方で「Vision40」を受け入れて残ることを選んでくれたメンバーもいます。そして、バリューアップセンターの考え方や人材要件に共感して、新たに入社してくれたメンバーもいます。
そんなメンバーたちが昨今、旧・管理本部では考えられなかったような仕事・役割を果たしてくれています。まさに「なんでも屋」と言ったほうがしっくりくるかもしれません。
バックオフィスの人材要件は、「会社を良くしたい」という思いへの共感
――「なんでも屋」というと具体的には?
米坂:例えば、全面改装したオフィスのリニューアルパーティプロジェクトがあり、社長の思いつき(きっと社内を盛り上げるため)で「マグロの解体ショーをしよう!」ということになりました。
このプロジェクトリーダーは、主に経理を担当する社員でした。マグロの卸売業者を調べて業者選定し、何度も打合せを重ねながら関係各所の調整、予算管理、お客様を招くための招待状、当日の人員配置まで、すべてを取り仕切りました。社長の思いつきを聞いた時は、「オフィスでマグロの解体?」と笑うしかないような心持ちでしたが、無事に最後までやり遂げてくれて、パーティは大成功に終わりました。
オフィスでのマグロ解体ショーの様子
米坂:そしてまさに今。2025年は設立40周年ということで、記念デザインのプリッツを2万個作ってお客様含め関係各所に1年かけて配っていますが、これもメンバーが主導して企画を進めてくれています。
こうした動きは「経理・総務・法務・人事の仕事だけをやっていたい」という、一般的なバックオフィスでの作業志向が最優先の社員では、きっと心理的な負担になるでしょう。
実際、採用要件も変化しています。このような仕事も含め、社員が楽しめる、働きやすい会社を自分たちで作ろう、というモチベーションの人が活躍しやすい組織になっていると思いますし、「一緒に会社を良くしていきたい」という思いに共感いただけることが、バックオフィスの採用において大事にしている点です。
会社設立40周年で用意したプリッツ(左)と東京事業部エントランスのプリッツタワー(右)
11人で多忙を極めていた業務。会社規模が拡大しても、5人で運用。生産性は3倍以上に。
――バックオフィスの生産性という面で、以前との比較を教えてください。
米坂:社員数は2020年の「Vision40」開始時点では170名ほどだったものが、2025年2月現在では240人ほどになっています。
一方でバックオフィスの人数は「Vision40」発表前が11人、発表後に退職者が出て5人体制に。そこからIT活用・マルチスキル化などを進め、メンバーの入れ替わりはあったものの、現在も5人体制で運用できています。社員数300人くらいまでは、増員は不要だと見込んでいます。
他方、個々人の業務時間が増えたかというと決してそうではなく、多忙を極める月末・締日ですら残業時間が大幅に減っています。以前は総務も経理も締め日は残業が常態化していましたが、システム化により締日や月末にしかできなかった業務がそれ以外の日に分散され平準化。締日であってもほとんど定時に帰れるようになっています。
おおざっぱな計算にはなりますが、バックオフィスの生産性を一人当たりの対応社員数として計算すると、3倍超になります。今はバックオフィス以外の業務もやるようになっているので、確実にそれ以上の生産性にはなっていますね。
また、先般の郵便料金値上げでは「ほとんど影響を受けなかった」ことも目に見える効果です。これは先述のとおり、以前は契約手続きなどで郵送を使っていたものが、すべてデジタル化されたことによるものです。
また思わぬ効果として感じるのが、社員の交際費・イベント費用の申請が増えたこと。事業部単位をはじめ、社員それぞれが企画するイベントの開催が増えています。組織文化が変わってきていることが背景にあると思いますが、バリューアップセンターの活動の波及効果だとしたら嬉しいですね。
――今後のIT活用についてお聞かせください。
米坂:SmartHRの活用では2025年1月から、人事考課システムの活用を新たにスタートしています。まずは、今使っているシステムの機能をしっかり使いこなしたいですね。
もちろん、何より大切なのはシステムを導入したり使いこなすこと自体ではなく、それによって生まれた時間で何をするか、どんな付加価値を生むかです。
「会社の価値を高めるために。みんながもっと働きやすくなるように」。そのための一つの手段としてITを積極的に利用する視点こそが「バリューアップセンター」には必要です。名前に恥じない組織にしていきたいですね。
(撮影:洞 テツヤ[フォートオフィスハント])
この記事についてコメント({{ getTotalCommentCount() }})
{{selectedUser.name}}
{{selectedUser.company_name}} {{selectedUser.position_name}}
{{selectedUser.comment}}
{{selectedUser.introduction}}
バックナンバー (53)
IT・SaaSとの付き合い方
- 第53回 採用では30種類の紙を印刷、経費精算は三重入力だった。生産性を3倍にしたバックオフィスの意識改革
- 第52回 紙のタイムカードの限界。勤怠管理システムの選定・導入の担当者が語った本音
- 第51回 ChatGPTは「文句を言わない相談相手」。生成AIを愛称で呼ぶ 会社で、日常業務のムダとストレスが減った理由
- 第50回 【部長必読】「AIスキル」は勘違いワード。AIは部下の全ての能力を引き上げる、と断言できる理由
- 第49回 データ管理の物理サーバーをクラウドへ移行。電帳法対応との一挙両得を目指したBox活用。選定・社内稟議の経緯