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連載:第56回 組織作り その要諦

自走型組織3つの条件。心理的安全性ゼロ企業の変革から学ぶ、組織づくりの神髄

BizHint 編集部 2023年8月28日(月)掲載
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意見を言ってもすぐに否定される。社内の雰囲気は重く、どんどん人が辞めていく…。以前はそんな心理的安全性が皆無な組織だったと語るのは、ALH株式会社で人事のトップを務める米川弦樹さん。2016年から着手した組織改革により、離職率は大幅に低下し、現在の従業員数は当時の5倍以上、若手社員が活き活きと働く自走型の組織に変化を遂げたそうです。その過程にはどのようなことがあったのか。米川さんに「自走型組織をつくるために欠かせない3つの極意」について語っていただきました。

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ALH株式会社
人事本部 本部長 米川 弦樹 さん

2008年、ALH株式会社へ新卒入社、入社後は営業本部に配属。2009年より新卒採用や中途採用を兼務。2014年から人事本部に異動。2017年にはグループ会社を統合する際の企業理念と行動指針を策定するプロジェクトに参画。現在は人事本部の責任者を務める。


「心理的安全性が皆無な組織」が「若手が活き活き働ける自走型組織」に変わった理由

――米川さんは2008年に新卒採用で入社。現在は1,500名を超えるグループ企業において、人事本部責任者を務めていらっしゃいます。貴社の組織づくりの道のりについて、教えてください。

米川弦樹さん(以下、米川): 2008年の入社当時、業績は右肩上がりでした。しかし、数か月してすぐに、リーマンショックが起こり…新規のプロジェクトはすべて止まってしまい、一気に仕事がなくなりました。業績が落ちたことで、辞めていく人も多かったです。

そこから2016年頃までは、離職率の高い状態が続きました。新卒に限っていえば離職率が50%を超えていた時期もありましたし、採用する人数と退職する人数が同じということも…。

――退職される方の多くは、業績が悪いことを理由に辞められていったのでしょうか?

米川: リーマンショック後はたしかに業績が落ちたことで辞めていく人が多かったのですが、理由はそれだけではなくて。もっと深刻な問題は「組織」にありました。

振り返ると「心理的安全性が皆無な組織」だったんだと思います。

――当時の状況を、詳しく聞かせていただけますか。

米川: まず、トップダウンでの指示がほとんどで、異なる意見を言ってもすぐに否定されてしまうような状態でした。他の社員が見ている前で「この仕事どうなってる?」と、上司が部下を強めに詰めていることもあり…。社内の空気は重く、悩みも相談できないくらい上司との関係性は悪かったです。

社長の畠山が発したメッセージが現場に届かないこともありました。「今、メンバーに伝えても混乱させてしまうかもしれない」という、幹部メンバーなりの配慮だといえば、そうだったのかもしれません。しかし幹部メンバーが社長のメッセージを止めてしまうので、社長の意思は現場に降りていきませんし、その影響か売上も横ばいの状態が続きました。

このような状況でしたから、今振り返っても、人が辞めていくのは仕方なかったと思います。

――しかし現在は、まったく違う組織になっているとのこと。

米川: そうですね。離職率は10%程度まで大幅に下がり、伸び悩んでいた従業員数も、今では1,500名を超える大きな組織になりました。そして何より、若い世代が活き活きと働ける主体的で自走的な組織に変化しています。過去の組織の話をメンバーにしても、誰も信じてくれないかもしれません。今は上司との関係も良好ですし、お互いを信じて仕事ができています。何より心理的安全性がある組織になりました。

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米川: 変わるきっかけは、2016年から本格的に着手した組織改革です。もちろんそれまでもいろいろと手を打っていたのですが、何年もの積み重ねで出来上がった組織を変えることは非常に難しく…。自分たちの力だけで改革を進めることに限界を感じ、外部パートナーの力を借りるようになったのがこの頃でした。

――それから7年が経ちましたが、貴社が「心理的安全性が皆無な組織」から「若手が活き活き働ける自走型組織」に変われたのは、どのような要因があると考えられますか?

米川: 大きなポイントは3つです。これらは「自走できる組織をつくるために欠かせない条件」と言ってもいいかもしれません。それがこの3つです。

  1. 幹部社員の意識改革
  2. 企業理念の策定
  3. 情報のオープン化

経営者・幹部メンバーが、組織課題を自分事化できているか ?

――それでは、1つ目の「幹部社員の意識改革」からお伺いできますか。

米川: 実は、ALHの幹部メンバーは2013~14年頃に多く入れ替わっているんです。私もその時に幹部になりました。新しく幹部となったメンバーは皆、社長である畠山の意思を理解しているつもりでしたが、当時は組織課題を自分事化できていなかったと思います。

それに気づいたのは、2016年から導入した「クエスチョンサークル」という“問い”の力を活用した組織開発プログラムを受講した時です。

このプログラムでは「質問会議」という、その名の通り“質問縛り”の会議を行います。参加メンバーのうちの一人が「クライアント(相談役)」となり、実際に起きている現場の問題を提示します。それに対し、他のメンバーは「コーチ」としてその問題に向き合うのですが、その際自分の意見やアドバイスは一切言うことはできません。できるのは、相手に気づきを促すための質問だけ。

さまざまな角度から質問を受け、クライアントは次第に「本当の問題は別のところにあるのではないか…」と思考を巡らせるようになります。それをもとに「真の問題」を再定義し、改善行動を行います。この質問会議と改善行動、レビューを半年間繰り返していきます。導入した初年度は社長と幹部メンバーで受講しました。

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米川: とくに印象的だったのは、私がクライアントとして「いたるところで悪口が横行していることが問題」と提示した質問会議です。さまざまな質問をされる中で「あなたは『悪口をやめたほうがいい』と注意したことはありますか?」と質問され、ハッとしました。

たしかにそれらの行動を問題に感じながらも、自ら注意することはなかった。ではなぜ注意しなかったのかと考えてみると、「誰かが解決してくれる」と思っている自分自身に気づいたんです。組織の課題を「他責」で考え、自分事として捉えられてなかったんです。

これは他のメンバーも同様でしたが、プログラムを進める中でさまざまな気づきを得て、自分以外が抱えている問題や悩みに対しても自分事化できるようになりました。そうすると問題に対する向き合い方も変わっていきます。心のどこかで他人事だと思っていた組織課題に対して積極的に向き合い、行動を起こせるようになりました。経営陣である社長と幹部メンバー全員の意識が変わったことは、組織改革において欠かせない出来事でした。

プログラム受講の様子

米川: そしてもうひとつ。自分の意見を言えない、質問しかできないって実はけっこう大変なんですよ。だからこそ、コーチは質問する力・問いかける力が身につきます。それが組織に好影響をもたらしました。

――詳しく教えてください。

米川: 当時のALHでは「上司が指示を出し、部下はそれに従い数字や成果を出す」といった、戦略や方針を伝えて指示命令で周囲を引っ張っていく「統率型」のリーダーシップが当たり前でした。

一方で、質問会議のコーチがやっていることって、いわゆる「コーチング」なんです。それを繰り返し体験・実践したことで、質問や傾聴を用いて相手に考えさせる、相手の持ち味を活かす「支援型」のリーダーシップが浸透していきました。

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米川: 社員の声を受容し、支援する。そして改善行動に取り組みやすくなるように、困ったことがあれば相談に乗ったり、人脈をつないであげたりする。経営陣がこのように変わったことで、組織全体の雰囲気は大きく変化しました。

それに加え、部下の声を拾い上げるマネジメント施策として定期的な1on1を導入し、1on1がALHの文化として根付いたことも組織改革の大きな要因です。

また、MIT元教授ダニエル・キム氏の「成功循環モデル」にあるGoodサイクルを回していくため、キャリアの相談だけでなくプライベートの話も相談できるような社員同士の相互理解、信頼関係の構築に注力し、関係性の質の向上に努めています。今ではだいぶ社内に浸透しています。

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――2016年から受講されているとのことですが、今もまだ継続されているのですか?

米川: はい。今では14期目に突入しています。受講するのはマネジメント層や管理職候補のメンバーがメインです。

クエスチョンサークルを続ける中で、過去にプログラムを受講した先輩社員が自発的に後輩社員の質問会議に参加したり、改善行動を支援するようになりました。

受けたら終わりではなく、後輩を積極的にフォローするというまさに「支援型のリーダーシップ」が自発的に発揮されるようになったのは、すごく良い影響ですね。

企業として「望ましい行動」だけでなく「望ましくない行動」も明文化

――2つ目の「企業理念の策定」についてもお聞かせいただけますか?

米川: はい。全社的な影響が大きかったのが、この「企業理念の策定」です。

ALH株式会社は、親会社がホールディングス傘下に納めていた事業子会社を、2017年4月に経営統合する形で設立されました。その際、社名やロゴを刷新したほか、共通の企業理念を策定し、経営方針をグループで統一しました。

もちろんそれまでも企業理念は存在していましたが、誰も暗唱できないぐらい、実際は形骸化したものだったと思います。

こうした状況も踏まえ幹部メンバーで話し合い、ALHが実現すべき「ミッション」のほか、大切にしたい価値観としての「コアバリュー」、理想を現実にするための行動指針として「スタイル」を策定しました。そしてこれら企業理念にもとづいた組織運営を新たにスタートしたのです。加えて人事評価制度も新たに策定し、企業理念に紐づく内容へ刷新しました。そうすることで「企業理念へのフィットが評価に結びつく会社」に変えていったんです。

――現場社員に対しては、どのように理念を浸透させていっているのでしょうか。

米川: 行動指針である「スタイル」は5つの「キョウソウ」からできているんですが、それぞれの項目に対し、望ましい行動・望ましくない行動を言語化しています。たとえば「協奏(All for one)」の中には「自分の立場を優先し自分の利得しか考えない」「仲間の意見を対案なく否定する」といったことが望ましくない行動として明示されています。望ましくない行動が目立つ社員はもちろん評価が下がります。

ミッション・コアバリュー・スタイルをまとめた「ハーモニーカード」を作成。全社員に配布しているそう

米川: マネジメントをする上で、自分の厳格性や権威性をアピールしたいがために、部下を叱る・否定するという行動は望ましくないし、良くないことなんだ。逆に仲間の幸せを考え「教える力」を育むような行動が望ましいと、会社としてはっきり明文化したわけです。このような具体的な価値観を社員の心の中に醸成していき、激詰めの文化はなくなりました。今ではこのスタイルが共通言語になっているくらいです。

――企業として目指すべき方向性をきちんと言語化することが、組織変革には欠かせないのですね。

米川: そうですね。社員たちが主体的に行動をするという意味でも欠かせないものだと考えています。

米川: また企業理念に合わせて、人事評価制度だけでなく採用基準も変えました。以前は募集要項などで「人づくり・トライアンドエラーといった文化を大事にしている」と謡っていたものの、実際は成果主義の会社でした。採用基準もスキルが第一。

しかし会社の方向性や価値観を言語化したことで、採用にも一貫性を持たせることができました。今は、個人の価値観がALHの企業理念に合致しているかを最優先にしています。

結局のところ、どんなに能力が高い人でも、会社のミッションやコアバリュー、スタイルにフィットしていなければ活躍は難しいんですよね。会社として大事にしたい価値観を言語化できたからこそ、自社にフィットする人材の獲得につながり、これが結果的に離職率の低下や従業員数の増加に大きく寄与している気がします。

情報のオープン化が自走型組織への進化を加速させた

米川: マネジメント層の意識が変わり、会社のカルチャーが定着してくると、現場メンバーにも変化が見られるようになりました。かつては上司の言うことは絶対で、部下から声をあげることはなかった組織が、部下から「もっと情報がほしいです!」といった声があがるようになったんです。

――今まではあまり情報をオープンにされていなかったのでしょうか?

米川: そうですね。以前はかなり閉鎖的で、上司だけが知っていて部下は把握していないという情報も多かったんです。

しかし、幹部メンバーをはじめとした、マネージャー・上司たちの意識が変わり、メンバーに対して積極的に情報提供を行い、傾聴姿勢、情報収集が増えました。さらに行動指針が明文化され、それぞれが当事者意識を持ち、失敗を恐れず行動していくことが評価される組織に変わっていった。そうなると、社員たちの主体性がどんどん伸びていく。

そうした組織の変化や成長の足枷になっていたのが「情報不足」だと気づきました。どの組織でも「知らないから動けない」というのは意外と多いもの。これに気づかせてくれたのが「もっと情報がほしい!」と声を上げてくれた、若手の社員たちでした。

そこで各個人が知りたい情報を収集できるよう、要望のあった情報については、 共有のドライブに格納したり、社内SNSでいつでもだれでも閲覧できるようにしました。ただ、意図せずとも曲解してしまうこともあるので、そういった誤解されそうな情報については、上司がきちんと翻訳して伝えることも大事にしています。とくにサイモン・シネック氏の「ゴールデンサークル理論」を用いて、「何をではなく、なぜやるのか」を意識して情報提供をするようにしています。

米川: またちょうど人事評価制度を刷新した時期でもあったので、その詳細についても公開しました。自分が何をすれば評価があがるか、どうすれば昇給するのか、キャリアアップのためには何が必要なのか、誰でも知ることができるようになっています。

各個人が当事者として主体的に動けるようにするための「情報のオープン化」、これこそが自走型組織に欠かせない3つ目のポイントです。

「社長の謝罪」で全社員の意識が変わった

米川: そういえば、組織全体の雰囲気が大きく変わることになった出来事がもうひとつありました。

――それは何でしょうか?

米川:「社長の謝罪」 です。

組織改革をはじめて少し経った頃、畠山は自分自身の経営手腕が至らず、組織にどれだけ課題や問題があったのかを全社員に対して謝罪し、「これからいい会社にしていく」という決意表明をしたんです。

この経営者のスタンスは、幹部に非常に大きな影響を与えました。これをきっかけに全社の意識も統一されたように思います。

また社長が目指す未来や会社の展望などのビジョンを語るようになりました。社員数が2,000名、2,500名と拡大していく未来を幹部も見ていますし、それに応じて会社に対する社員の期待も高まっていると感じます。

――米川さんから見て、自走型組織に変化したことで、どのような好影響が出ていると感じられますか?

米川: 権限委譲がどんどん進んでいるなという印象があります。昔は自分の仕事を任せる人はほとんどいなくて、上司は忙しいけど、部下は暇…みたいなことも多かったんです。だから余計に上司が部下に八つ当たりしてしまう…なんてこともあったと思います。

今は部下から「自分がやりますよ!」と声をあげてくれるようになりましたし、会社全体の風土も変わりました。「部下を信じて任せてみよう」と思えるようになったことが、何よりの証拠ですね。こういった組織の変化は、部下にとっては挑戦できるチャンスに恵まれることになりますし、一方で上司は仕事の負担が減り、その分新しい業務にも取り組めます。今までは部長がやっていた仕事を、今ではグループ長(課長職相当)やメンバーがやっていたりもするんですよ。これってすごくいい変化じゃないですか?

もうひとつのわかりやすい影響は昇給率です。3%前後の昇給率が日本の平均だといわれていますが、ALHの2022年度の年間昇給率は13.5%でした。2023年前期も10%を超えていて、通期では昨年度を超える昇給率を目指せるところまで来ています。これもチームが一丸となって売上を伸ばし、社員の給与を上げられる会社に生まれ変わることができた証拠だと考えています。

社員数と売上高の推移。改革が始まった2016年を皮切りに成長していっている様子がわかる

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米川: こうした組織の変化の背景には、社風の変化もあると思っています。かつてALHの社風は、どちらかというと「性悪説」だったんですよ。「これはダメ」といったルールが多かった。今は組織が「性善説」の思想に変わってきています。こうした変化って全社員が一気に変わることがないので、まず社長の意識が変わり、幹部メンバーの意識が変わったのがすごく大きいと感じています。そうすることで次第に部長も変わり、グループ長も変わり、最終的に若手社員にも浸透していきました。

その結果、お互いフォロー・支援しよう、助け合おうという気持ちが会社全体で醸成されています。ここが一番ですかね。以前のような組織に戻ることは、もうありませんね!

(文:菅原岬 撮影:松本岳治 編集:櫛田優子)

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