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連載:第14回 躍進する企業の転換点

「社長として失格です」からはじまった社内改革。元専業主婦の経営者が、自律型組織をつくるまで

BizHint 編集部 2022年8月26日(金)掲載
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社員全員が会社の利益を意識し、自ら率先して行動できる。200名規模の中小企業でありながら、それを実現している企業があります。それが、日本茶を中心としたパッケージの企画・製造・食品販売を行っている株式会社吉村です。2018年には「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」にも選出、自律的な社員が活躍する企業として注目を集めています。三代目の橋本久美子社長は専業主婦時代の10年のブランクを経て社長に就任。女性社長としての苦悩や自身の劣等感、社員との関係性などから、目指したい組織の在り方を見つけていきます。橋本社長のこれまでの道のりについて、お話を伺いました。

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株式会社吉村
代表取締役社長 橋本 久美子さん

1982年吉村紙業株式会社(現、株式会社吉村)入社。1986年出産のため退職。約10年間の専業主婦経験の後、1998年に復職し取締役経営企画室長に就任。2005年代表取締役社長に就任。現在に至る。2016年経済産業省「はばたく中小企業300社」、2018年人を大切にする経営学会「第8回『日本でいちばん大切にしたい会社』大賞 中小企業基盤整備機構理事長賞」、2021年東京都「テレワークアワード大賞」受賞


専業主婦から社長へ。男性社会の中で生き抜く辛さ

――橋本社長は2005年に代表取締役社長に就任されていますが、専業主婦だった期間もあるそうですね。

橋本久美子さん(以下、橋本): はい。1982年に当社に入社したものの、出産のため1986年に一度会社を退職しています。そこから1998年に復帰するまでは、専業主婦だったんです。夫の転勤により、大阪で社宅暮らしをしていました。ただ、その専業主婦の時代、とても驚いたことがあって…。

株式会社吉村は1932年に東京都品川区で祝儀用品の加工販売業として創業。現在は、「想いを包み、未来を創造するパートナーをめざします」として、日本茶をはじめとした食品包装資材の企画、製造、販売を行っている。日本茶普及のための様々な活動も

――どのようなことでしたか?

橋本: 当時の当社はお茶のパッケージをメインに製造・販売を行っていました。取引先は主にお茶屋さんです。ちょうどその頃、ペットボトルのお茶が流通し始めた頃だったのですが、お茶屋さんたちは「どうせ受け入れられないだろう」と言っていました。しかし現実は、家庭においてペットボトルよりも急須で入れるお茶が全然飲まれていなかったんです。むしろ急須を持っていないご家庭も増えていました。

担任の先生の家庭訪問の際、お茶を上手に淹れられないからと、裏でペットボトルのお茶をチンして出す…なんて方もいらっしゃって。理由を聞いてみると「茶殻が出るのが嫌」「おいしく淹れられない」「そもそも淹れ方が分からない」といった意見が…。

このままお茶が飲まれなくなれば、パッケージメーカーである家業も衰退していってしまう…どうにかしないと…と大きな危機感を抱きました。 次第に、専業主婦でありながら、家業の企画会議にも首を突っ込んでいくように。その後、大阪から東京に戻ってきたタイミングで、企画部長として家業に再び入ることになりました。

しかし、景気がいいとは決して言えない状況で…。2000年代は、ペットボトルとインスタントコーヒーの台頭や、スーパーマーケットのプライベートブランド戦略へのシフトなどが重なり、お茶の価格競争が激しくなっていました。パッケージはどんどんシンプルなものになってしまい、当社の年商は53億円から6年で45億円まで低下していました。

2004年の決算取締役会の前日、父から突然の宣告を受けます。それが、私と義理の弟である専務の二人で、会社を立て直してほしいということ。そして、「今日の飯担当」として専務が副社長に、私は 会社の未来をつくる「明日の飯担当」として、社長に就任してほしいと……。

それはもう、青天の霹靂でしたよ。専務も「あなたが社長じゃなければこの下落は止められない」と会社の未来を託してくれたこともあり、「やるしかない」と覚悟を決めたものの、自信は全くありませんでしたね。専業主婦をやっていた期間も長かったですし、経営学については何も知らなかったですから。私自身、コンプレックスの塊でもありました。

――「女性社長」として苦労された点も多かったのではないでしょうか。

橋本: そうですね…。例えば、お客様からクレームがはいり「社長を出せ!」となった際、営業社員と一緒にお客様のもとへ伺ったのですが、「女が社長か…」と言われ、女性という理由だけで余計炎上させてしまったことがありました。

また、銀行や取引先に伺った際、私ではなく団塊世代の男性社員が先に名刺交換していることもありました。「一応、私が社長なので、私が先に名刺を渡したいのですが…」と伝えると、「えっ、俺は男だよ」と真顔で言われるぐらい、自社の中でもまだまだ男尊女卑が主流だったんです。

「社長として失格です」社員の本音に衝撃を受けるも、在るべき組織の姿を見出す

橋本: とはいえ、社長に就任してからは自信がないなりにも頑張りました。父の代まではかなりトップダウンの会社で、社員の方は意見を言いづらい…という雰囲気でしたので、私はせめて、社員皆の意見を聞くように心がけました。団塊世代の男性社員とはなかなかわかりあえませんでしたが、若手社員たちとは仲良くなり、一緒にプロジェクトを進めたりもしていたんです。

そんな中、あるセミナーへの参加をきっかけに、講師の方がコンサルティングをしてくれることになり、その一環でES(従業員満足度)調査を行ったんです。しかしそれが…もう本当にひどい結果で……。

――具体的には、どのような声がありましたか?

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