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連載:第5回 アトツギが切り拓く、中小企業の未来

“いい後継者”の仮面はいらない。社員の幸せの実現こそ使命だと気付くまで

BizHint 編集部 2022年7月12日(火)掲載
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発展し続けるために必要な社内改革を、社員に全任できる会社はどれほどあるでしょうか?ボトムアップが大事だと気付いていながらも、トップダウンでものごとを進めてしまう場面は多いものです。大正14年創業で日本のオーガニック食品卸の先駆けとなったアルファフードスタッフ株式会社も、その開拓精神からトップダウンの組織だったといいます。そんな中、4代目として入社した常務取締役の浅井紀洋さんは、社員が幸せになれる会社を目指し、風通しのよい会社づくりに挑みました。その改革について伺います。

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アルファフードスタッフ株式会社
常務取締役 浅井 紀洋 さん

大学卒業後、ソフトバンクグループに入社。伊藤忠商事(株)を経て、2014年に家業であるアルファフードスタッフ株式会社に。2014年、家庭用オーガニックブランド「ナチュラルキッチン」シリーズを発売。2015年、カリフォルニア州のクルミ生産者の言葉をきっかけに、オーガニックを強みに「持続可能性」を追求していく事を決意。2019年より働きやすい環境作りに取り組み、幸せに働ける会社へと発展させている。


ある企業の事業承継を目の当たりにして家業を継ぐことを決意

浅井紀洋さん(以下、浅井): 当社は私の曽祖父が砂糖の卸問屋として創業した会社です。祖父の代で国産小麦の小麦粉を、父の代でオーガニック商品の仕入れ・販売をはじめ、2018年には自社オリジナルブランドの「Biokashi(ビオカシ)」シリーズも手がけるようになりました。

現在は、食品の輸入製造卸として、原材料の輸入から製品の製造、卸売り、一般消費者向けのブランド展開やEC販売まで幅広く行っています。

オリジナルブランドの「Biokashi(ビオカシ)」シリーズをはじめとした、同社の商品たち

――浅井さんの曽祖父が「浅井屋砂糖店」を創業したのが大正14年。それから事業は大きく拡大し、現在は社員数も106名になるそうですね。浅井さんは、早い段階から家業を継ごうと準備していたのでしょうか?

浅井: いえ。家業がありながらも、父の会社を継ぐ道を否定している自分だったなと思います。それは、私たち家族が寝静まってから深夜遅くに帰ってくる父のことを、寂しく思っていたからかもしれません。思春期になれば、自分の道は自分で決めたいという欲求も生まれてきました。そんな私の気持ちを察してか、父から家業を継いでほしいと言われたことは、一度もなかったと思います。

大学では演劇に明け暮れ、いつか自分の劇団を立ち上げたい…と考えていたのですが、「いろんな世界を見たほうがいい」という先輩のアドバイスを受け、ソフトバンクグループに新卒入社。求人広告の営業を担当しました。リーマンショックでどん底を経験しながらも寝る間も惜しんで働く日々。トップの成績を残した時期もあり、厳しい環境にもまれながらも、充実した日々を過ごしていましたね。

そんな中、私が家業に戻ろうと思ったきっかけは、 「理想の事業承継」 を目の当たりにしたことです。

――詳しく教えていただけますか?

浅井: 私が営業を担当していた中小企業の1社で、後継者を募集する案件がありました。大切な後継者を決めるため、大きな予算を確保してもらい大々的に募集。2カ月ほど経ち候補者が集まりだしたのですが、そのタイミングで「後継者採用の件はナシに…」と社長に告げられました。

あんなに予算をかけたのにこのタイミングで…?と思ったものの、「実はね、こいつが継いでくれることになったんですよ」と社長のご子息を後継者として紹介してくださったんです。ご子息は私の目をまっすぐ見て「自分がしっかりやっていきます」と。その時の社長の嬉しそうな表情が印象的で、 自分の中に電気が走ったような衝撃を受けた ことは今でも忘れられません。そしてその二人の姿を見て、家業を継ぐことを否定していた自分の気持ちが大きく動きました。

その会社のオフィスを出てその場で父に電話し、「父さんの会社に入れてください」と直訴。父は面食らった感じでしたが、その後二人で食事をしながら想いを語りあい…。そうして2014年に家業に戻ってきたんです。

社長の心理的安全性を脅かしていたのは自分だった

――浅井さんが家業にご入社された際、どのようなことを感じましたか?

浅井: 私の父は、国産小麦の小麦粉の販売やオーガニック市場への参入を始めた際、トップダウンで組織を先導し、道を開拓してきた人です。しかし、そんな父のリーダーシップが強すぎるあまり、社員の皆がいろんなアイデアを持っていても口に出せない…そんな状況になっているような印象を受けました。朝礼でも、社長が話している間、社員の皆は下を向いてやり過ごしてる…みたいな。これはちょっとまずいな、と思いましたね。

とはいえ、私に対しても疑心暗鬼な部分はあったと思います。「社長の息子がどんなことやるのかお手並み拝見…」といった空気は社内に少なからずありました。なので、まずは社員の皆と話をすることから始めることにしたんです。

営業同行はもちろん、会議があればすべて出ましたし、私が関与していない部署の社員にも話しにいきました。そうやって社員との対話を繰り返していくと、徐々に社員から意見が寄せられるように。とはいえ、社員に認めてもらって意見を言ってもらえるようになるまでは、2~3年はかかりましたね。

そのあたりから、私が社員の代弁者となり、社長を説得するようなことが増えていきました。しかし、会社の仕組みに関する大きな提案をするようになっていくと、私の意見はほとんど通らなくなってしまいました。 よかれと思って提案をしているのに、社長からは「また何か壊そうとするのか」と構えられてしまう雰囲気に…。

――浅井さんと社長、すれ違ってしまっているような印象を受けますね…。

浅井: どうしたものかと私も悩みましたね…。そんなある日、転機が訪れます。「和式のトイレを洋式に変えてほしい」と社長に提言しに行ったときのことです。

それまでは会社のトイレは全部和式で、妊娠中の女性社員が「トイレが辛い」と。産休・育休を取得した後、職場に復帰したいという意向を持ってくれている社員でした。いろんな社員にヒアリングして、できるだけコストをかけずに変えられる方向で意見をまとめました。そのうえで社長に提案してみたのですが…許可がおりなかったんです。

社員のためを考えれば絶対に変えたほうがいいのに、どうして許可してくれないのか…と思っていると、社長から驚きの一言が。

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