連載:第9回 老舗を 継ぐということ
何ができるか?を考える組織の作り方。京都の老舗旅館の改革はどこまでも明るく前向きだった
京の台所、錦市場のほど近くにある天保元年(1830年)創業の老舗旅館、綿善旅館。新型コロナウイルスの影響で一斉休校が実施された2020年3月、その宴会場を開放して小中学生を受け入れる「旅館で寺子屋」イベントが開かれました。「みんなが明るくなるため、経済を回すためにできることはないかと思いました。給食で使うはずだった野菜を仕入れて、昼食も提供します」と語るのは綿善旅館の若おかみ、小野雅世さん。綿善旅館は、2015年度宿泊業生産性向上モデル全国8旅館に選出され、数々の変革を成し遂げた事例として注目を集めています。その変革の過程についてお話を伺いました。
株式会社 綿善
若おかみ 小野 雅世 さん
三井住友銀行の総合職を経て2011年株式会社綿善へ入社。2015年に若おかみ就任。二児(5歳と2歳)の母。 2016年に生産性向上モデル旅館としての取組みが評価され、2017年首相官邸にて発表した。 2019年は京都府就職特命大使を拝命。年間20件程度の企業向けセミナーや、高校・大学での講演を行っている。
コンサルタントとの社内改革。ポイントを5つに絞り、担当決めからスタート
――家業である老舗旅館でずっと働いてこられたのですか?
小野雅世さん(以下小野): いいえ。私はもともと銀行に勤めていました。旅館の改装を機に、父から手伝ってもらえないかと声がかかったのがきっかけです。働いてみるととても仕事が面白く、すぐにのめりこみましたね。その後、若おかみに就任して今に至ります。
――2015年に観光庁の宿泊業生産性向上モデル創出事業への応募が変革のきっかけと伺っています。応募の背景を教えてください。
小野: 実際に旅館で働いてみると、いびつなところを多く感じたのです。それまで勤めていた大企業と中小企業とのギャップも感じましたし、職場の風通しや情報伝達など、改善の余地はたくさんありそうだと思いました。
でも、それを私が言ったところで何も解決しないのはわかっていました。そんなときに生産性向上モデル創出事業のお話があって「非効率な状況をなんとかするきっかけになるのでは」と思い応募しました。
――応募後、どのように動いていったのでしょうか?
小野: コンサルタントさんが来てくれて、問題点の洗い出しからスタートしました。ただ、この作業はほとんど私がやる作業でしたね。むしろ、私がやるべきと言いますか。私自身が日ごろから感じていた問題点をあげて、その中で特に重要と思われた5項目に絞って改善を進めることにしました。売上拡大、評価体系、整理整頓、情報伝達、そしてマニュアル整備です。
その上で、それぞれの課題のプロジェクトリーダーを決めました。評価体系は私が担当し、残りは社員に担当してもらいました。
ただ、最初は変革に積極的な社員は多くなかったです。京都の人はもともと排他的なところがあるうえ、何かを変えるとなると違和感を感じる人が多いので。
――リーダーの方は改革に積極的だったのでしょうか?
小野: いえいえ。最初は「どうせできないやろ!」と言っていた方を中心にしました。最初に「無理」と言うのは仕方がないことです。それまでやったことがないわけですから。
しかしそれを「たしかに無理やねぇ」「じゃあこれやったらどう!?」「どうやったらできるかな?」と、そこにある課題解決を「無理な理由」ではなく「何ができるか」に転換するようにしていくと、改善に対する姿勢がだんだん楽しいものに変わっていきます。大切なのは、難しい顔をせず、明るく楽しくやることです。
例えば情報伝達。それまでは客室係がチェックアウト状況を確認するため、フロントと客室を1日に何往復もしていました。私が「今は便利なツールがあるのに、どうしてうちは何往復もしてるんやろ?」と聞くと、「便利なツールはお金がかかるから…」と否定的なことを言われます。
そこでいったん受け止めて「たしかにそうやなあ、ツールとかシステムっていくらぐらいかかるんやろう?」と答え、すぐに業者に問い合わせると、やはり相応に高額なことがわかりました。
そして「やっぱりお金かかるなぁ。じゃあお金をかけずにできることってあるかなぁ」と皆に問いかけると、そこから意見が出てきます。そうやって採用したのがタブレットとLINEの導入です。
業務連絡にタブレットとLINEを活用。ちょっとした工夫が大きな効率化につながる。
かんたんなことですが、業務効率化の効果は大きかったですね。今ではチェックアウトの確認はもちろん、忘れ物などさまざまな伝達事項を各フロアに設置したタブレットを使ってLINEでやり取りしています。LINEはプライベートでも使っているものです。かんたんに使えます。改革!と、かしこまって難しく考える必要はないのです。
人間の頭は「できない」と思うと立ち止まってしまうけれど、「できないということが分かったよね、じゃあ次行こかっ!」みたいに誘導してみる と、いろいろなアイデアが出てきますよね。
マニュアルは習う方が作る。「理由」の確認が不要な業務を洗い出す
――マニュアルも社員の方が整備されたのですか?
小野: 客室係が整備しました。いわゆる仲居さんの仕事のマニュアルです。当館では以前から高卒の新卒を採用していますが、最近は実家育ちのため自分でご飯を作ったこともない方がほとんどです。そういった「家庭の家事の基礎」ができていない新入社員に、「家事は当たり前」のベテランの客室係が教えてもなかなかうまくいきません。ベースとなる知識、経験が違うので。
それまでもマニュアルはありましたが、一般的な家事はできる前提で作られており、中身も文章ばかりで、若い新入社員にはわかりにくかったのです。そこでサルでもわかる「サルわかシリーズ」として、写真が中心のマニュアルを作りました。作成を担当したのは若い客室係です。教えてもらう方がマニュアルを作る、というのがとても重要です。
綿善旅館のマニュアル「さるワカシリーズ」。一般朝食編(全41ページ)より抜粋。誰が見てもわかるよう、画像での説明がなされている。
マニュアルを作る過程で「何のためにやっている業務だろう」という疑問があれば、その都度私のところにおいでと言いました。そして私が架け橋になって、ベテランの客室係に「何のためにやってるんですかね?」と聞きます。そうすると「わからないけど、そう習ってきたから」と、理由が不明瞭な業務があぶりだされます。その結果、「だったらやらなくてもいいですよね!」と、マニュアル作成が業務効率化にもつながりました。
マニュアルの運用で大切なことは変化に合わせて更新していくことですが、客室係の社員から「マニュアルをつくり直そう」と言ってくれるようになりました。今(2020年3月)、新型コロナウイルスの影響で客足が遠のいてしまいましたが「時間がなくてやれなかったことをやろう!」と若い社員たちが主導してマニュアルを再整備しています。本当に頼もしい限りです。
社員の2割が退職。軋轢を乗り越え、変化を恐れない組織風土へ
――変革に取り組まれる中で、社員の方たちも成長されていったんですね。
小野: 生産性向上のモデル旅館になっていろいろなことをやりましたが、 一番変わったことは「変化を恐れなくなった」ことですね。変化を恐れない、というよりは「変化しないことが怖い」という気持ちが植え付けられました。
変化しなければ次第に置いていかれてしまうし、何か変わっていかない方がおかしいと。これは私が社内で言うだけでは浸透しなかったかもしれません。 一緒に改善に取り組んでいただいたコンサルタントの方が、第三者の立場で言ってくれたことも大きかった と思います。こういった部分でも、外部の力をお借りする意味はあったと思います。
――印象的な取り組みはありますか?
小野: 業務効率化や発想の転換が社員の働きやすさにつながった話なんですが、布団の変更ですね。当館はいわゆる和風旅館ですし、以前は「和布団」を使っていました。しかしこれがとても重いんですね。1枚7キロくらいあります。布団の上げ下げだけでも重労働です。
でも今は軽くて寝心地の良い布団はたくさんありますよね。じゃあ変えてもいいんじゃない?と。当然「京都の旅館が和布団じゃないなんて…」と、反対する社員もいました。そこで、社員を10人ぐらい集めて、目隠しをしてもらいました。いろんな種類の布団を敷いて、その上をゴロゴロして一番気持ちいいところで止まってください、と。変な光景ですよね(笑)。そうすると、10人中7人が同じ布団で止まりました。それが和布団じゃない一つの布団でした。利き酒ならぬ利き布団ですね。こうして布団を変えました。
――改革が楽しく進んでいく様子がよくわかります。
小野: いえいえ、必ずしもそうではありません。やはり変化についていけなかった社員もいました。例えば、一人で何役もこなせるよう、スキルマップを作って、組織全体で業務効率を上げていこうという試みをやりましたが、「なぜ自分の担当の仕事以外のことまでやらなければいけないんだ」とひどく反発されました。
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