連載:第42回 IT・SaaSとの付き合い方
「労働法改正対応✕目標管理」を進める人事ツール選び。対話型マネジメントを目指して。
人事情報管理は総務課長しか見られないExcel…従業員の目標設定は形骸化してほぼ年功序列…という課題から「人事情報管理の効率化」「対話型マネジメントの組織文化醸成」に向けて取り組んだのが、金属プレス加工を手掛ける株式会社リノメタル(埼玉)です。そのためのITツールとしてSmartHRを採用。採用理由の1つに「設計思想」があったと語るのは代表取締役の荒金賢治さんです。同社でのツール選定や、その後の運用について、課題感と合わせて伺いました。
(お話を伺った方)
株式会社リノメタル
代表取締役社長 荒金 賢治 さん
取締役 組織開発・人事統括責任者 竹下 知代美 さん
社長室 Iさん
きっかけは「労働条件通知書配布の法改正」と「人事制度改革」
――SmartHRの導入・活用に至る、貴社のもともとの課題を教えてください。
荒金 賢治さん(以下、荒金): 一番大きな問題だったのは、人事情報管理の属人化でした。総務課長が管理するExcelの中に従業員のデータが入っていて、情報を知りたい時にはその都度、総務課長に聞かなければなりませんでした。
さらにはその更新も追いついておらず、パートさんなどとの契約もなあなあで運用されているというのが実情でした。
そんな状況に限界を感じたのが、労働条件通知書の発行を定めた法改正です。これに対応するために労働条件知書をExcelで作っていたのですが、最新版がどれかわからなかったり、各種契約書の内容に誤字脱字を見つけては差し戻し・修正版の配布を行うケースが多発しました。
こうした人事情報管理の効率化を目指し、2019年ごろから人事まわりのシステムの検討を始めました。
また同じ頃、会社として人事制度の改革もスタートさせたいと考えていました。
以前の当社はいわゆる年功序列で、従業員の目標や評価について明確な基準がありませんでした。従業員としては、何をすれば自分が評価され、また給与が上がっていくのかがわからない。これはひいてはモチベーションの低下につながり、会社として「社員が成長できない環境」を作り出してしまっていると感じていました。
このあたりの変革が大変ということはわかっていたのですが、人材育成に対する経験や情熱をもつ竹下(現取締役)が組織・人づくりに関わり始めたこともあり、その一歩を踏み出すことにしました。
――社長就任以前に、人事システムの不便や改善の話は出なかったのでしょうか?
荒金: 10年ほど前、人事情報管理のシステム導入について検討したことがありました。
しかし当時検討したものは、従業員の個人情報だけを管理するようなシステム。「人事管理システム」という呼び方は似ていても、最近のサービスとは全く違いました。いわゆるExcelの置き換え。別段の付加価値を生まないITは単なる“コスト”と捉えていたこともあり、導入は進めませんでしたね。
目指す組織像に合っているか?「ツールの設計思想」が判断基準
――人事情報を管理するためのツール探しはどのように進められたのでしょうか?
荒金: ちょうど探し始めた頃に、タクシー広告で「人事情報をクラウドで管理できるツール」があることを知りました。「便利そうだな」と思ってすぐにネットで調べ、資料請求をしました。
そしてWeb検索などで似たようなサービスを探し、サービスA、サービスB、SmartHRという3つを比較のテーブルに乗せました。
――その3つから絞り込んでいくプロセスを教えていただけますか?
荒金: まずサービスAはタクシー広告で見かけたものです。はじめて見るものでしたので素直に面白いと感じましたが、同時に比較したSmartHRに比べると、UIなどの面で優位性を感じられず採用は見送りました。
そしてサービスBは「目標管理」の機能が特徴的でした。当社としては目標管理も将来的にシステム化したいと考えていたので候補になりました。
しかし、サービスBはデモを見せていただいた際に、目標管理の設計思想が当社とは合わないように感じました。どちらかと言うとパワーマネジメントの仕組みに近く、経営層が従業員の目標を達成させることにフォーカスしているような印象でした。マネジメントとしては「指示型」です。
当社は「対話型」のマネジメントを指向したいと考えていましたので、そういった根っこの部分で方向性の違いがあったのだと思います。当時、目標管理機能はSmartHRには実装されておらず、SmartHRとの併用も含め、サービスBを利用する可能性を探りましたが、多くの機能がSmartHRと重複していたことや、イニシャルコストが高かったこともあり採用は見送りました。
そしてSmartHR。最初の印象は画面の見やすさ、使い勝手ともに非常に優れているというものでした。
私はもともとエンジニアをしていたのですが「Webブラウザ上でこれだけのことができるのか」と、正直驚きました。以前はそれこそ、Webブラウザ上でドラッグアンドドロップなんて操作はできなかったんですよ。それが一般的なアプリと変わらない、もしくはそれ以上に快適な操作性でした。UIが一番の決め手だったかもしれません。
機能面においても当社が最低限やりたいことはできそうでしたし「とりあえず使ってみよう!使ってみないとわからない!」と、2020年8月にトライアル利用を開始しました。
当時のSmartHRは今ほど機能が広範に及んでいたわけではありませんでした。「目標管理」の機能について担当者に尋ねると『今後、実装予定』との回答を得ました。であれば、まずは従業員の基本情報や雇用契約の管理のほうから先に進めていこう、とSmartHRの正式導入を決定。目標管理機能は、当社が使い始めてしばらくたった後に実装されました。
――貴社が目指す「対話型マネジメント」と、SmartHRの親和性はどのような点で感じられたのでしょうか?
荒金: 資料や商談の中で、随所に「従業員を助ける」という部分へのフォーカスが感じられた点です。たしか当時は「すべての人事・労務を、ラクラクに。」がキャッチフレーズとして掲げられていたと思います。これも、私たちが作りたい組織像にフィットしていました。
また細かい部分ではありますが、SmartHRの画面やヘルプの言葉を見ると、すごくわかりやすい日本語が使われているんですよ。当社は社内で「中学生が理解できる言葉を使う」と決めています。それが私たちと共通している印象で、シンパシーを感じましたね。
現場の担当者の声「チャットサポートが丁寧・親切」
――SmartHRの導入後、どのように社内に定着させていったのでしょうか?
荒金: 2020年11月から正式に運用を開始しました。まずSmartHRの方から説明を聞いて、そこからはほぼすべて、私が設計・土台づくりを進めていきました。既存の従業員情報の取り込みは、CSVをアップロードすればすぐでした。
メンテナンスについても、基本的には私しか触れる人間がいないので、不便・改善要望を聞いては私が手を動かしていきました。導入当初はいろいろな要望がありましたが、1つずつ対応していき、最近ではずいぶん減りましたね。
私のほうで立ち上げを終えた後、日頃の運用は現在担当のIさんが行うように業務を移管しました。
――日頃、SmartHRの運用を担当されているIさんに伺います。実際にSmartHRを使われていかがですか?
Iさん: 私もSmartHRはわかりやすいと感じました。画面のUIや言葉遣い、それ自体が付加価値になっているようにも思います。
基本的には社長が設計したものを使っているのですが、かんたんな変更であれば、既存の設定の見よう見まねで修正対応もしています。
また、わからない点が出てきた時はSmartHRのチャットサポートに相談することが多いです。最近は返信に20~30分かかりますが、そのくらいのタイムラグはあまり不便には感じていません。ヘルプを見れば解決することも多いですし、「機能リクエスト」としてSmartHR側にお伝えするだけのケースもあります。
チャットサポートでは先日、とても感心した出来事がありました。チャットに回答をいただいた後、私のほうで長時間放置してしまったことがあったんです。すると後日「その後大丈夫でしょうか?」とフォローの連絡をくださって。すごく丁寧・親切にご対応いただいている印象があります。
最初から100点ではなく、まずは70点を目指そう。「目標設定」の組織文化を醸成するために
――HR部門を統括されている竹下取締役に伺います。目標管理については、新旧でどのように変わったのでしょうか?
竹下 知代美さん(以下、竹下): 目標管理はもともと、Excelと紙での運用でした。Excelで目標のフォーマットを作り、そのExcelに直接入力する人と、紙に印刷して手書きする人がいました。そういった運用がまだ残っている部分はあるのですが、それを少しずつSmartHRで行うよう、移行を進めています。
当社の従業員は、事務技術職と生産技能職に大きく分かれます。事務技術職は1人1台PCを持っているので、全員がSmartHRを日常的に利用しているのですが、製造現場がメインの生産技能職は、共有のPCとなります。結果、生産技能職のほうではまだ紙の運用が残っているという状況です。
SmartHRでの目標管理について、作業者目線では「修正がしやすくなった」と感じます。紙だと、鉛筆で書いて消しゴムで消して修正して…と繰り返されたものがやり取りされていましたので、それはもう手間がかかっていました。
管理面でも「紙の管理そのもの」がなくなったことは大きいです。以前は、完成した目標管理シートをコピーして、会社と各従業員で保管していました。
また、実際に目標設定をしてみて感じた意外なメリットとしては、目標として記入するテキストの量を無理やりA3のサイズに収める必要がなくなったことです。以前は用紙内に文字量を収めるために、どんな言葉を選ぶべきか?という最適化に時間と労力を使っていました。さらにはそうやって選んだ言葉であっても、双方で認識のズレが起きることがありました。
しかし記入範囲や文字数の制限がなくなることで、伝えたいことは漏らさず入れ込めるようになりました。これは私にとっては、とてもありがたいものでした。
ただ、まだまだ運用面で改善の余地はあると感じています。A3用紙という枠がなくなった一方で、記入する項目は増えました。様々な評価項目を入れることで、多面的評価や公平性などは向上したのですが、その分、現場や管理者の手間は必然的に増えます。そのあたりのバランス、取捨選択は必要だと思います。
――対話型のマネジメントをしようとすると、目標は上から降りてくるものではなくなりますよね?従業員はその変化に対応できたのでしょうか?
竹下: トップダウン・年功序列だった頃は、目標設定や評価はほとんど形骸化していましたので「目標を立てたことがない」という従業員は多かったですね。ですので「目標の立て方がわからない」という方は相応にいました。とはいえ、それ自体は想定内でした。
制度が始まって最初の数年は人事部門による赤ペンチェックと再提出を行っていましたね。また、目標設定のテンプレートも用意しました。それが今では、赤ペンチェックはなくなり「テンプレート」と「上司とのやり取り」を通じて、自分で目標を立てる形になってきました。
「自分で目標を立てる」ということは、目標管理のやり方を変えればすぐにできるようになるようなものではありません。それこそ数年かかってもよいという覚悟で進めています。
そういった組織文化の醸成を中長期的に進めていくためのサポートツールとして、SmartHRを選んだという側面もあります。過去の自分の目標を振り返る場合にも、紙だとやはり難しいので。
社員にも「最初から100点満点ではなく、まずは70点を目指そう」と伝えています。いろいろな課題をクリアしながら小さな成功体験を積み重ねていくことで、それがやがて大きな成功体験となり、より良い組織づくりにつながると確信しているからです。
会社の思いや人事制度の意味を社員に伝えた上で、システムに落とし込む
――社員が自ら目標を設定したり、多面的評価を導入したといった変化について、組織・社員にはどのように伝えられているのでしょうか??
竹下: 人事制度などの改革を進めるにあたっては、まず「人事制度ガイドブック」を作り、新入社員も含めた全従業員に配布した上で説明会を開催しました。中学生が理解できる表現にして、少しでも楽しく目標の設定や達成を目指してもらえるような、かつ自分のキャリアについて明確にわかるような内容にしています。
目標設定においては、会社側から「これをしてください」ではどうしてもモチベーションが上がりにくくなってしまいます。ですので、まずは会社の思いとともに、当社の従業員としてどのような思考や行動が求められるのか?ということを明確にしました。そういった背景を知ったうえで「自分の目標を自分で考える」ということに挑戦してほしいと伝えています。
また目標を管理・評価する上司についても、考え方や都度の対応の指針を示しました。そしてそうした会社の方針が、SmartHRというシステムに落とし込まれ、それを使って目標管理・評価を行っていると説明しています。
――今後のSmartHR活用や組織づくりについてお聞かせください。
荒金: まずは目標設定において、一部残っている紙運用をSmartHRに移行していきたいと思っています。
情報を集約することにより評価する側も一覧で確認できますし、従業員も過去の目標・評価を把握できて「過去の自分に比べてどれだけ成長できたのか、成長のためにどのような道筋を歩んできたのか」を認識することもできますしね。
そのためには、スマートフォンやキーボードの操作が苦手な従業員に、いかに対応してもらえるか?という部分が大事になってきます。もちろん当社では現場のサポートも行っていきますが、一方で、SmartHR側で利用者のハードルを下げるような機能向上にも期待しています。
また、会社全体での組織づくりの面で言えば「人と組織が育つ土壌づくり」により力を入れていきたいと考えています。それにあたり活用できると思われるのが、SmartHRのサーベイ機能です。現状はまだ十分に活用できていないのですが、今後のキャリアややってみたい仕事などのサーベイを行うことにより、より従業員の声を吸い上げられるような運用をしていけたらと考えているところです。
「従業員が自分のやりたいことや夢を見つけ、そこに向けて自分の能力を伸ばすことができる。そしてそういった従業員の成長こそが、会社を発展させていく」そんな会社を、従業員と一緒に創っていきたいと思っています。
(文:安藤ショウカ 撮影:松本 岳治)
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