連載:第41回 IT・SaaSとの付き合い方
中小企業のIT導入の落とし穴。5つのあるあると対応策
「中小企業のDX・IT活用がスムーズに進むことは、まずあり得ません」と語るのは、北海道を拠点に中小企業のDXを支援する明善株式会社の代表取締役・中谷太一さん。その背景には、ベンダーや経営者、現場ごとの意識の乖離や、地方・中小企業ならではの様々な要因が存在しています。今回は、中小企業のIT活用・DXの現場でよく見かける失敗とその対策について、5つに絞ってお話を伺いました。
(お話を伺った方)
明善株式会社
代表取締役 中谷 太一 さん
中小企業のIT導入の落とし穴。5つのあるある
多くの企業がIT活用に取り組もうとする際には、「より良くしたい」「現状の課題を解決したい」という思いが原点になっていると思います。実際、私も多くの企業のIT活用・DXを支援してきましたが、この部分に偽りはないものと感じます。
しかし実際にIT活用の取り組みを進めると、往々にして「こんなはずじゃなかった…」という「落とし穴」にはまってしまうこともまた、事実です。
ではなぜ、そんなことになってしまうのか?どうすればそれを防げるのか?
ここでは以下の5つの落とし穴について、対策と合わせてお話しします。
- 業者と選定者だけが盛り上がって現場が置き去り
- ITへの変化・慣れには時間がかかる
- 社員の離職によって、そのITツールは使えなくなる
- システム/IT開発会社の高齢化
- ノーコードツールはテスト環境が作りづらい
あらかじめこれらを知ることで、転ばぬ先の杖にしていただければと思います。
【その1】業者と選定者だけが盛り上がって現場が置き去り
ベンダーやITコンサルタントなどの提案に対し、経営者をはじめとした選定者が「いいね!」と盛り上がって導入を進めてしまうパターンです。
現場との事前のコミュニケーション不足から、ツールの導入後に「こんなことは聞いていない!」といった困惑の声が上がり、以前のやり方から変わることができず最終的にDX推進が頓挫してしまいます。
例えば、とある製造業で進められた受注管理システムの導入プロジェクト。旧来は電話やメールなど、バラバラだった連絡手段を特定のシステムに集約しようとしました。
導入当初は全員がそのシステムを使っていたものの、ある程度時間が経つといつの間にか電話やメールが復活し、結果、元の運用に逆戻りしてしまいました。
こうした「仕事のやり方を変える」というプロジェクトにおいては、当事者の頭の中には必ず「今までの方法で十分ではないか?」という意識が付きまといます。そして新しいやり方にチャレンジするものの、「やりにくい」という声が少しずつ漏れ、イレギュラーが発生した際に別のやり方、旧来のやり方を許容していくうちに、元に戻ってしまうということが起こります。
これを防ぐには、以下のようなアプローチが必要です。
(対策)
・会社としての方向性を明確にする。
「そのITツールへの投資は会社としてどういう意味があるのか、会社は何を目指しているのか?」。これを明確にして伝え続けると、うまくいくケースが多いです。
残業を削減する、営業の工数を減らしたいなど、明確な目標を現場に伝え続けることで、現場は「変化が必要な理由」やその意識を持ち続けられます。
・現場にはデメリットも含めた説明を行う
事前に説明する際に「楽になりますよ」とだけ伝えるのではなく「変化に際しての負担も増える」「こういう不安や懸念はある」ということも含めて、正直に伝えることが肝要です。
メリットとデメリット、その両方を勘案した上で、会社としてこの方向に進むという説明をしましょう。
・他社の導入事例を徹底的に調べる。
もし、似たようなケースの導入事例を知らずに進めようとしているのであれば一度立ち止まったほうが良いです。それくらい、他社の事例を把握することは重要です。他社の事例を知ることで、自社にこれから起こることが、良いこと悪いこと含め予習できます。
ただ、ここで注意してほしいことがあります。事例は商談を進めているベンダーやコンサルタントに尋ねることが多いと思いますが、その場合どうしても「うまくいっている事例、ポジティブな情報」が多くなります。ネガティブな情報もできるだけ集めましょう。
経営者であれば経営者仲間であったり、公的団体などの第三者に相談してもよいでしょう。似たようなことを先にやっている会社の担当者に、実際に会って話を聞くぐらいのことをすると、事前に失敗の芽を摘みやすくなります。
【その2】ITへの変化・慣れには時間がかかる
現場がITツールに慣れ、使いこなすまでには相応の労力と時間がかかります。そして現場をよく知らない人ほどこのことを忘れ、短期的な効果を期待する傾向があります。「変化や慣れには時間がかかる」という当たり前のことを忘れないようにしましょう。
経営者や管理者、そして現場がこのことを事前に頭に入れておくだけで、結果を拙速に求めることから起こる焦りや感情面でのトラブルを減らすことができます。
また、人や部門によって変化のスピードは異なります。「短期間ですべての人・組織が変化・適応できる」というケースは基本的にありません。
これらを踏まえ、以下のような対策を取るとよりスムーズに進められる可能性が高まります。
(対策)
・段階的な導入・変化を許容する
前述の通り、変化・慣れのスピードは人や組織で違います。一気に変わらなくても、時間をかけて段階的に変化していくことを許容しましょう。
例えばペーパーレス化では、どうしても紙を止められないところは残ります。ここは紙のままでも構わない、など「段階的な移行」を認めることも必要です。
・組織としての学習体制を整える
特定の担当者だけでなく、より多くのメンバーでの学習機会を作りましょう。組織のリーダークラスはもちろん、全体で取り組む姿勢を作ることで全員の意識が変わり、それが一人一人のITリテラシー向上や、変化・適応への助けになります。
【その3】社員の離職によって、そのITツールは使えなくなる
これはまさに中小企業あるあるですが、「ITに明るく、ITを使っていろいろなことができる人」は社内でごくわずかです。さらには「そんな人はいない、もしくは1人だけ」という会社もあるでしょう。
そのような会社で「ITがわかる人が退職して、ITツールが使えなくなってしまった…」というケースを何度も見てきました。
そしてこうした問題が顕在化するのが、例えば法改正への対応など、システム変更・調整が必要になる場合です。自社独自のシステムを使っている場合には、さらにリスクが高まります。
近年、各社でインボイス対応を進められたと思いますが、ある建設会社では「個人事業主(一人親方)に工事を発注する際、インボイス登録している人とそうでない人がいる」という状況に直面しました。
旧来の経理システムでは当然想定していない状況でした。システム改修を行おうにも、それがわかる社員は退職してしまっている。かといって旧来のシステムを使うと数字が合わない…。結局、いくつかの帳票を手書きで対応せざるを得なくなってしまいました。
これは、各社・各部署・各人それぞれで管理している「その人にしかわからないExcel」でも似たようなことが言えます。
「その社員はずっといてくれる」という前提ではなく、長い目で見た「社員の離職」を想定したITツール導入が肝要です。
(対策)
・SaaS系のツールを選択する
まずSaaSとは、業務に使用するシステムを自社のパソコンの中ではなく、インターネット上に置く仕組みで、Software as a Serviceの頭文字をとった呼び方です。
SaaSでは経理や労務をはじめ様々な業務に適したサービスが提供されていますが、ここでのポイントは、「根っこが同じ仕組みを、多くの企業が使っている」「同じ仕組みを使っている人がたくさんいる」ということ。
つまりSaaSを使うことで「その社員が退職したら誰もわからない」というリスクを減らすことができます。SaaSベンダーのサポートやコンサルタント、または他社など、どこかにわかる人がいるからです。
さらにSaaSの場合は、いざという時のアウトソーシングの難易度も下がります。ブラウザがあれば代理で作業できますので、パートナーを見つけやすいのです。
法対応についても、基本的にはSaaS側で何かしら機能がアップデートされますので、自社で対策する手間を減らすことができます。
・システムの自動化・連携の必要性を見極める
ベンダーやコンサルタントからの提案を聞いていると、「自動化」「連携」「パッチ更新」といった言葉を耳にすることがあると思います。たしかに便利に聞こえるのですが、それがデメリットになるケースも多いです。
例えばシステムを改修・メンテナンスする場合。複数のシステムが連携していると、各所で手を入れる必要があったり、1つのシステムの不具合がそれ以外にも波及してしまうことが往々にあります。また、そのようなシステムを構築してしまうと、それこそ「わかる人がいない」という状態になりやすいです。
「週次・月次レベルで発生する作業」「手動でやっても大きな負担ではない作業」などは、よくよく考えると無理に自動化する必要性はないことが多いです。「Excelで出力して管理・バックアップする」「1つのシステムからCSVで出力して、別のシステムに手動でアップロードする」といった運用も、合理的な選択肢になり得ます。
特に、急ぎやイレギュラー対応の際には「現場の担当者が元データに直接、手作業できる」というのは大きなメリットです。システム構築時の複雑さ、難易度、費用も軽減できます。
【その4】システム/IT開発会社の高齢化
これは特に地方において深刻な問題かもしれません。システム/IT開発会社(システムインテグレーター/SIer/エスアイヤー)の高齢化が深刻な問題となっています。当社が拠点としている北海道で言えば、札幌以外のSIerのほとんどはこの問題を抱えていると言っていいでしょう。
30年ぐらい前にパソコンを触るのが好きだった人たちが作り上げたシステムが今でも現役で、たくさん稼働しています。これらは技術的に古いことはもちろん、それによるセキュリティの脆弱さはありますが、一番怖いのは「わかるSIerが引退して、そのシステムを維持できなくなること」です。
先述のインボイス対応に際しても「古いシステムを改修できるSIerがいない」ために、やはり手書き・紙での運用をするしかなかったケースがありました。
IT活用を進めるにあたって「維持費がかかっていない、使い慣れた現役のシステムは使い続けたい」「現役のシステムと連携したい」という気持ちは理解できますが、ほんの数年先を見据えると、このような問題が自社にも降りかかることを認識しておくべきかと思います。
(対策)
・SaaSへの計画的な移行
技術的に古いシステムや、維持が難しくなりそうなシステムは、SaaSに切り替えていくという判断をするのが合理的な場合が多いです。
・自社開発のシステムが適切か見極める
「システムの自社開発が適している会社かどうか?」については、私は明確な線引きをしています。それは「高収益企業である」「システムを維持する人材、代替要員が十分確保されている」ということです。
例えば、自社の利益率が同業・同規模の会社と比較して平均以下であれば、積極的にSaaSに置き換える。それくらい割り切って大丈夫です。利益率が低いということは、現状の仕事の進め方に課題があることの裏返しでもありますので。結果として業務は十分回りますし、財務・リスク管理面でもメリットのほうが大きいです。
【その5】ノーコードツールはテスト環境が作りづらい
「ノーコードツール」とは、プログラミングの知識がなくてもかんたんに業務用のアプリケーションを作れる便利なツール、サービスのことです。
SIerや社内のIT専門部署の手を借りなくても、社員が自分の業務に必要なアプリケーションを製作できることがメリットではありますが、ある程度の規模の会社でしばらく使っていくと、「とあるデメリット」に気づくことになります。これは導入前の検討段階から意識されることは少ないので、ぜひ押さえておいていただきたいです。
そのデメリットとは「テスト環境構築の難しさ」。
ある程度の会社になると、社内DB(データベース)を使ったアプリケーションをリリースするにあたって、必ずテストをすると思います。実際にリリースする際には本番のDBを使うのですが、テストの際に本番のDBを使うのはリスクが高いので、テスト用のDBを作ろうとするはずです。しかしここで直面するのが「テスト環境用のDBを作るのが難しい」という課題。
社内業務や社内組織に関するアプリケーションをテストしようと思えば、組織にまつわるDBの情報のすべてが必要になりますし、それを本番と同期しておくことはとても大変です。これは組織が大きくなればなるほど深刻になります。
(対策)
・企業規模に応じたシステム選定
これは上述の通り、比較的大きな会社で起こる問題です。そういったリスクを事前に把握したシステム選定をしてください。
・開発方針の明確化
一方で、アプリケーションやその影響範囲によっては『テスト環境なしでもトライアンドエラーで進める』という選択肢もあり得ます。情報を参照するアプリケーションであれば事故の可能性は低いので。しかし、新たに情報を作る・情報を上書きするようなアプリケーションでは、十分にリスクを見極めて進める必要があります。
【まとめ】
ITツール選定・導入の成否は、会社としての方向性の明確化や、現場との丁寧なコミュニケーション、そして将来的な運用・維持体制のリスク想定まで、様々な要素が絡み合います。
そういった変化を進めるにあたっては、多くの関係者が「できるだけ現状の業務を変えたくない」という思いを抱える一方で、「システムに業務を合わせる」という発想も時には必要です。
ITは投資である以上、「会社としての目標に近づくこと、相応のリターンを得る」ということを目指す必要があります。
ベンダーやコンサルタントはもちろん、先にIT活用を進めている企業の声を聞くなど、自ら様々な情報を集め「自社に合った選択、進め方」を見つけていただければと思います。
(文:安藤ショウカ 撮影:坂井 亨輔 (GAZEfotographica))
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