連載:第40回 IT・SaaSとの付き合い方
多店舗・従業員800人組織のペーパーレス化。一時は稟議不採用。タレントマネジメント活用にも至る改善事例
1900年創業、着物・宝石・バッグなどの小売事業を展開する株式会社鈴花。西日本を中心に約70店舗を展開しています。800人の従業員を抱える中でほとんどのやり取りを紙で行い、長年にわたって拠点間を多くの書類が行き交う状態でした。そんな中、会社として「ペーパーレス化」の指針が示され、その手段として「SmartHR」の採用に至ります。一度は稟議が不採用になるものの、体制変更で再始動。年末調整を足がかりにして給与明細のペーパーレス化やタレントマネジメントの効率化などを進める同社に、ツールの選定・採用プロセス、導入後の変化について伺いました。
(お話を伺った方)
株式会社鈴花
総務部長 / DX推進室長 有田 裕次 さん
総務部総務課 柴田 貴和子さん
※本記事は2024年9月の取材に基づいて制作しております。各種情報は取材時点のものである旨、あらかじめご了承ください。
70店舗、800人の従業員と紙でやりとり。急務だったペーパーレス化
――貴社では近年「SmartHR」を活用した業務効率化を進められていますが、もともとはどのような組織課題が出発点だったのでしょうか?
有田裕次さん(以下、有田): 当初の課題は紙の業務の増大と煩雑さです。 2018年ごろから会社として「ペーパーレス化」が効率化の旗印になりました。
当社では社員やアルバイトなど合わせ約800人の勤怠や給与明細、人事考課、年末調整などの対応が発生するのですが、以前はすべて紙で管理していました。
また店舗・拠点も複数に渡っていたので、例えば定期的に行う契約社員の更新では、本社から書類を各店舗へ送り、記入・押印後に返送という往復作業が膨大に発生していました。本社と店舗とのやり取りでは、商品をはじめ物品輸送の定期便がありましたので、書類をそこに一緒に乗せるような形でした。
勤怠に関しても基本的にはタイムカード管理なのですが、早出や時間外作業などには対応できず、個人で付箋を貼って記録・管理するという状況。結果、正確な勤務状況は本人にしかわからないといった問題も起こっていました。
そうした状況に課題感を持ちながらも、会社全体でなんとかやり繰りしていました。しかし世の中がより効率的な働き方を求める空気になる中で、 社長から「ペーパーレス化を進めよう」という方針が打ち出されました。 そこから、会社としての動きがスタートしました。
――社長の方針でペーパーレス化が進み出すのですね。
有田: 少しニュアンスが違うのですが、私を含めた多くの従業員は普段の生活でスマートフォンやデジタル機器を使って、時代とともに便利さを享受しています。かたや職場ではいろいろな仕事が非効率…という状況で、やはりそこには煩わしさを感じていました。ですので、社長の方針がなくてもペーパーレス化はそのうち進んでいただろうと思います。
ただ、 社長の旗振りがあったことで、社員としてはすごく進めやすくなりました。 ペーパーレス化のスピードは確実に上がったと思います。
――そこからどのような経緯でSmartHRの検討・導入に至るのでしょうか?
柴田: 最初のシステム選定は、当時、総務まわりの実務を担当していた私のほうで進めました。
社長の勧めで初めて業務管理システムの大規模な展示会へ行ったのですが、当時、給与計算で使っていたシステム「PERMIT(パーミット)」と連携できるものがないか?また将来的に、いろいろな業務を一元管理できる発展性のあるサービスはないか?といったことを考えながらブースを回って情報収集しました。
そこで出会ったのがSmartHRでした。SmartHRは当時のCMで認知していたので、軽い気持ちで話を聞いてみました。そこで「年末調整をペーパーレス化できる」という話を聞き興味を持ちました。年末調整のペーパーレス化は、それまで考えていませんでした。また、そこで操作画面を見せていただいたのですが、その「使いやすさ」も好印象でした。
その後、別の会社でSmartHRを使っている知り合いに話を聞いたり、実際に操作しているところを見せてもらったりしながら「これくらいの操作感なら、ほとんどの社員がかんたんに使えそう」と思い、あらためてSmartHRの営業の方とリモートで商談を進め、「まずはSmartHRを使って年末調整をペーパーレス化したい」と会社に稟議を上げました。
――稟議の結果は?
柴田:残念ながら、採用には至りませんでした。
理由としては「年末調整という期間限定の業務に対して、費用は一年中・毎月かかる」「料金が高い」というものでした。私としてもそういった懸念は想定していたので、SmartHR側と条件交渉はしていたのですが、難しかったですね。
いったん、年末調整をSmartHRで行うという話はそこで保留となり、例年通り紙で行うことになりました。
体制変更、DX担当の設置など、状況の変化が決断の後押しに
――ではいつ、SmartHRの導入の話が進み出すのでしょうか?
有田:きっかけは2020年に行った、グループ会社を含めた経営効率化、人員・業務の最適化のための体制変更 です。
この体制変更の流れで、以前は佐賀の本社で行っていた人事労務・総務系の業務が、福岡事務所に移管されることになりました。そこで、 拠点間の書類のやり取りについての問題が出てきました。
前述の通り、佐賀の本社には店舗との間で物流・輸送の仕組みがあり、書類のやり取りもそれに相乗りしていました。しかし福岡事務所にそれはありません。例えば、従業員の契約更新の書類を各店舗とやり取りするにしても、別途輸送費用がかかりますし、そのためだけに書類の輸送の仕組みを作るのも非効率です。
実際、体制変更後の店舗と総務(福岡事務所)の書類のやり取りでは、佐賀本社を経由し、「送付先の仕分け」という作業を挟んでいました。これでは、 グループ全体の経営効率化のために行った体制変更の目的に照らして、本末転倒です。
そこで、そのような「紙の輸送の効率化を考えるよりも、いっそペーパーレスにシフトしよう」ということが決まりました。
そして2022年の夏にSmartHRの方からの営業電話をたまたま私が受けたことで、導入の話が再び進み始めます。年末調整を控えた時期だったこともあり 「年末調整をWebで行う」というゴール設定で商談を進めました。
以前の年末調整では、対象者全員の情報を入力・印刷して各店舗へ発送し、戻ってきた書類にミスがあればまた郵送で差し戻して…と、とても手間がかかる作業でした。これが体制変更による書類輸送の非効率と相まって、いよいよ物理的な限界が見えてきていたのです。
その後、SmartHR側との打ち合わせ数回を経て、導入を決めました。総務の現場を知る柴田がそれ以前にSmartHRを稟議に上げていたこともあり、当社にフィットしそうであることや拡張性があることはある程度把握していましたので、私のほうでは他のツールとの詳しい比較は行わず、何よりスピードを重視しました。
――柴田さんの稟議が通らなかった理由「費用」についてはクリアできたのでしょうか?
有田: それについては、時間の経過とともに状況が変わった部分がいくつかありました。
まず、2022年に私がDXの責任者を拝命し、社内情報の見える化を進めるなど、 会社として「ある程度の費用をかけてでもDXをやる。DXに投資する」という機運が醸成されていました。
そしてSmartHR側との価格交渉においても、利用者数などの面で条件を調整し、納得できる落とし所にできました。
そして年末調整だけでなく、給与明細をはじめとした他の業務も将来的にはSmartHRに切り替えられるなど、 通年でより多くの業務をペーパーレス化できる道筋が見えていたことも、費用面の懸念をクリアできた要因 でした。
「全社員が使って慣れる」ために年末調整は良いタイミングだった
――夏にSmartHRの導入を決め、年末調整に間に合ったのでしょうか?
有田: 本格的に動き出したのは9月で、 年末調整まで2ヶ月しかなく正直不安だったのですがなんとか間に合いました。 SmartHR側と2週間に一度ミーティングを設けながら進めたのですが、「必ず間に合わせます!」と言っていただき、急ピッチでサポートいただけたことはとてもありがたかったですね。
我々の社内対応としては、SmartHRからいただいたマニュアルをベースに社内向けのマニュアルを作成して配布しました。また各部署・現場でわからないことがあれば、まずは責任者やITに明るい従業員が教える。どうしても解決できない場合は、総務に電話で問い合わせてもらうという体制を採りました。
ただ、電話での問い合わせ対応はなかなか厳しかったですね。いろいろと調べてみても、我々ではどうしようもないこともたくさんありました。例えば、SmartHRでの年末調整では従業員の私用のスマートフォンを使ってもらうのですが、そのメーカーやバージョンがバラバラで、マニュアル通りに操作してもどうしても解決できないということも。そういった場合は、例年通り紙で提出していただきました。
運用ルールとしては、操作方法がどうしてもわからない方や、紙からWEBへの変化に抵抗がある方もいるので、 基本的にはSmartHRか紙を選べるようにしました。 ただ、2年目からはほとんどの人がSmartHRを使うようになりましたが。
また、これは後から感じたことですが、SmartHRを従業員全員に使ってもらう、慣れてもらうにあたって、年末調整というのは良いタイミングだったな、と。もちろん各所で瞬間的に相応の負荷はかかるのですが、例えば4月に導入して徐々に説明・浸透させていくのに比べると、全員が短期間で実務まで行いますので、浸透・慣れのための時間や対応がずるずると間延びせずに済みました。
――貴社において、SmartHRと連携が必要だったシステムはありましたか?
有田: 給与計算をしている PERMITとの連携が必要になりました。SmartHRと PERMITを連携する機能はありませんでしたし、またPERMITのデータ形式ではSmartHRに取り込めなかったので、 PERMITのベンダーに費用をお支払いして、システムをカスタマイズしていただきました。
活用して気づいたタレントマネジメントの有用性
――年末調整以外にどのような機能を活用されていますか?
有田: 現在活用しているのは給与明細、組織図、タレントマネジメントです。
給与明細については、以前はすべて印刷して給料日の2~3日前までに各店舗に届くように発送し、店長から手渡ししてもらっていました。それが電子化されたので、 印刷や送付など一連の作業がゼロになりましたし「届かない」といったトラブルもなくなりました。
組織図は、もともとはExcelの表を手作業で管理していたのですが、今は各社員の所属データをもとに自動的に作成されます。顔の画像データもあるので、どの店舗でどのような人が働いているかがわかりやすくなりました。
タレントマネジメントについては、従業員情報内のスキル管理の項目を活用しています。当社は着物の販売をしているので、各従業員の着付けのスキル把握が欠かせません。以前はある程度の期間ごとに、各店舗から従業員のスキルをFAXで送ってもらって取りまとめていたのですが、 異動や入退社、個々のスキルアップ時など、リアルタイムの把握はできていませんでした。
それがSmartHRを使うことで、正確性が高まりました。例えば従業員研修を行うにあたっても、どの店舗から手を付ければ効率的か?といった優先度が判別できますし、受ける必要のない研修を受けるといった 従業員の負担の軽減・ムダの削減にもつながっています。 もちろん、スキルを把握した上での人材配置についても、以前に比べ判断材料が増え、精度が高まっていると思います。
当社としては、タレントマネジメント機能の有用性はSmartHR導入後に感じたことの1つなのですが、現時点(2024年9月)では「組織図上で各個人のスキルを一覧表示させる」ということができません。これができればさらに使いやすくなると思い、要望を上げているところです。
継続的に機能改善をいただいていますし、当社としてはこれ以上、別のツールを入れることは考えていませんので、どこかで対応いただけると嬉しいですね。期待して待っています(笑)。
そのほか、 ハローワークや年金機構の手続きもとても楽になりました。 以前はわざわざ窓口まで書類を持っていき、受付をして順番を待っていたものが、すべてSmartHR上でできるようになりました。時間も手間も、大幅に削減できています。
「便利になった」を実感。もっと機能を使いこなしたい。
――SmartHRからの普段のサポートはどのようなものがありますか?
柴田: 担当の方と月に1回ミーティングを行い、新機能を教えていただいたり、不具合や使いづらい部分の相談をしたりしています。また、タイミングによってはチャットでの相談を使っています。
またQ&Aが充実していて、細かい質問まで対応されている印象です。導入当初は、自分でQ&Aを見ながら使い方を覚えていきました。またそこでの言葉遣いが平易でわかりやすいのもありがたいと感じます。
――チャット対応のスピードや質はいかがですか?
柴田: 必要に応じてAI対応かオペレーター対応かを選べますし、返信のスピードは問題ないと感じています。即日というほどではないですが、少し待てば返信がいただける感じで、業務に支障が出るほどではありません。
ただ「こんなことはできませんか」とオペレーターに問い合わせて返信を待った際に「その機能はありません」「それはできません」で終わってしまうことがあり、そのあたりはさっぱりしている印象です。ちょっと寂しい気持ちにもなるのですが。
私としては「そのような機能はないけれども、こういった方法を試してみては?」といったヒントでもいただけるとありがたいのですが。せっかくオペレーターの方に対応いただいているので「今はできませんが、将来的には検討を~」のようなお言葉をいただけると、同じ結論でももう少し前向きな気持ちになれるのに…と思うことはあります。もちろん、対応される方によっての差もあると思いますが。
――今後のSmartHRの活用についていかがでしょうか?
有田: 直近では、年に1回の人事考課をSmartHRでできるようにしたいと考えています。SmartHRの担当者に説明していただいたり、シミュレーションを作っていただいたりして話を進めている途中で、早ければ来年からの導入を目指しています。
また、社員の入退社の管理が紙のままなので、これはぜひSmartHRに移行したいところです。機能自体はあるのですが、私たちがまだ使いこなせてないのでこれから勉強ですね。
もともとは「年末調整だけでは費用対効果が…」と見送りになりましたが、各所で活用が進み、またグループ会社も含めた一元管理の一助となっています。今となっては決して高くない、むしろとても有益な投資になったと感じています。
柴田: 私としては、数年前にSmartHRの稟議を上げるもすぐにはそれが叶わず、体制変更やその後のバタバタを経てのSmartHRの活用でした。あらためていろいろな仕事が楽になったなぁ…と実感します。「SmartHRで年末調整をします」という決定を聞いた時『ついに来た!』と歓喜したことを思い出しますね。
私も有田と同様、使いこなせていない機能がまだまだあります。SmartHR側での機能追加も進んでいくと思いますので、しっかり勉強して、自分や会社の業務をもっと楽にしていきたいですね。
(文:安藤 ショウカ 撮影:土肥 ツネハル)
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