連載:第34回 経営危機からの復活
最初の仕事は債権者との面談。民事再生から立ち上げたラグジュアリーブランドが大ヒット
有田焼を現代的なデザインへ昇華させ、世界でも高い評価を得ている「アリタポーセリンラボ」。1804年創業の「弥左ヱ門窯」を源流とし、200年以上の歴史を誇る有田焼の老舗窯元です。今や様々なジャンルのグローバルブランドや星付きレストラン、ホテルなどから絶大な信頼を集めるものの、長い歳月を紐解けば倒産、民事再生など一盛一衰の連続でした。会社の復興、有田焼という文化の継承を担い大きな舵取りを迫られる中、ラグジュアリーブランドとしての現在の地位を確立したのが七代目当主であり、トータルプロデュースを手がける経営者の松本哲さんです。改革を実現し、飛躍を遂げた経緯を伺いました。
20億円の負債を抱え、倒産の危機にある家業を承継
――松本さんが家業を継いだ時、会社はどのようは経営状態でしたか?
松本 哲さん(以下、松本): 初代が「弥左ヱ門窯」を開いてからおよそ200年、その七代目にあたる私は、いずれ家業を継ぐのだろうという思いがありながらも、大学卒業後は銀行員として憧れの東京暮らしを謳歌していました。しかし、東京で暮らして3年ほど経った頃に、先代である父からそろそろ戻って来るようにと連絡があり、帰郷しました。
会社に入ってから、はじめて決算書を見た時の衝撃は今でも忘れられません。経営状況が良好でないことは薄々感じてはいたものの、会社の状況は惨憺たるものでした。
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