連載:第10回 ヒット商品を生む組織
常人の理解を超えるワンマン社長を活かす。息子が目指した「ありのままを認める組織」。
土地を売り、借金を重ね…30年以上の赤字を経て、1854年から続く酒造が「米と発酵の研究開発企業」に。香川県の勇心酒造株式会社の歩みです。独自開発の「ライスパワーエキス」を製品化し、化粧品や医薬部外品などの自社ブランドやOEMを手掛けています。変革を主導した5代目は、まさに『生粋の研究者』。自身の思想と研究以外には目もくれない社長でした。そしてそんな会社の組織は…まさにワンマン。事業が成長し、社員が増える中で行き詰まりが見えていきます。今回は、そんな社長をサポートし、皆がスムーズに働ける組織作りに奮闘する、息子で常務取締役の徳山孝仁さんにお話を伺います。そこには、ワンマン社長をありのまま受け入れる、「発酵」にも通じる東洋的アプローチがありました。
勇心酒造株式会社
常務取締役 徳山 孝仁 さん
1974年、香川県生まれ。東北大学農学部、東京大学大学院農学生命科学研究を卒業。1998年、勇心酒造に入社。研究開発部、商品開発部を経て、研究職から商品開発に至るまで幅広い業務に携わる。
土地を売り、親戚に借金…30年赤字でも続けた研究
――貴社は社名に「酒造」とあるものの、酒造りが主力事業のようには見えないのですが…
徳山孝仁さん(以下、徳山): 当社を正しく説明すると「米と発酵を用いた研究開発の企業」となるかと思います。
日本酒は米と発酵で飲み物を作って美味しさを追求するわけですが、当社が開発したライスパワーエキスも同じく米と発酵から機能性素材を生み出すもので、やっていることは同じなんですよね。売上としては、ライスパワーエキスを使った化粧品や健康関連の商品が多くなっていますが、あくまで「米と発酵の会社」です。
――もともとは酒造から始まったのですよね?
徳山: はい。ですが、父である現社長(5代目・徳山孝さん)は、会社を継いだ1972年当時、すでに『研究開発企業としてやっていく』という自覚がありました。
彼は「酒造を継がなくてはならないが、そこで自分は何をすればいいんだ?」ということを学生時代に悩み抜き、『米と発酵の研究開発の道を行く』という思想を確立して会社を継ぎました。当社が米と発酵の研究を本格的にスタートしたのは1974年で、その時に社長自身が「俺はもう営業やらない」宣言を出しています。
ただ、研究開発をやり続けるには膨大な投資が必要です。経営状態はどんどん悪化していきました。今から振り返れば谷を挟んでのV字に見えるわけですが、当時、業績は二の次。社長は『いかに研究を成功させるか?』しか考えておらず、 会社の業績は底の見えない下り坂をひたすら下っていました。
社長は『真に純粋な研究者』 なんです。常に「すぐに成果が出る」「次は成功する」と考えていたそうです。 傍から見ると『強烈な思い込み』 なのですが、こればかりは常人には理解できないもので、周囲はただただ心配していました。
1990年代半ば、私が大学生のときに跡を継ぐために勇心酒造に入るかどうか、という話が出たのですが、その頃もまだまだ下り坂でした。かれこれ30年、下り坂が続いていたということです。その間、昔からの土地を売ったり、親戚にお金の工面を頼んだりしていましたね。
社長就任当時の徳山孝さん。1970年代半ば。
――研究は実を結んだのでしょうか?
徳山: ライスパワーエキスの商品化自体は、1980年代に成功していました。その後、大手企業へのOEM供給が始まって少し上向いたのですが、類似品が出てすぐにしぼんでいきました。
1995年にはメインバンクが破綻し、倒産したも同然の状態に。それでも、補助金や別の銀行、そしていろいろな方にお金を借りて、何とか凌ぎました。
大学時代、私は 会社が残ってさえいればどんなにボロボロな状態でも継ぐつもりでした が、大学を卒業するまで会社が残っているとは正直思えず、普通に就職活動をしていましたね。
結局、入社6年目までは赤字でした。2001年にライスパワーNo.11が厚生労働省の認可を受けて、それを用いた自社商品「アトピスマイルクリーム」がヒットしたことがきっかけで、やっと黒字に転換できました。
ワンマン社長の鶴の一声。社員は「そういうものだ」
――研究者気質の社長の場合、人・お金の面で組織運営に苦労される話はよく耳にします。
徳山: 当社もまさにそれでしたね(笑)。最近はなくなりましたが、以前はあらゆる案件、例えば 文房具の購入判断まで社長が行うほどのワンマン体質 でした。
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