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連載:第3回 ヒット商品を生む組織

8,000万円の債務超過を乗り越えて「シャワーヘッド」のヒットで会社が救われた話

BizHint 編集部 2022年3月10日(木)掲載
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直径0.0001mmという超微細な気泡「ウルトラファインバブル」を発生させるシャワーヘッドを業界でいち早く開発、地位を築いてきた田中金属製作所。しかし、自社オリジナル製品が軌道にのるまでには、さまざまな紆余曲折があったそうです。「良いものを作るだけではなく、お客様に良さを知ってもらうための“売り方”まで自分達で考える必要がある」と語る代表取締役 田中和広さんにヒット商品の裏話について伺いました。

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株式会社田中金属製作所
代表取締役 田中 和広さん

1968年岐阜県山県市生まれ。地元の部品加工会社に就職した後、父親の会社に入社。先代の跡を継ぎ、2003年2代目代表取締役となる。水栓部品加工の傍ら自社商品『節水シャワーヘッド アリアミスト』を開発し事業化。現在は数多くのヒット商品を生み出し続けている。


自分の責任で値決めを、下請企業からメーカー企業への挑戦

――社長に就任されたのが2003年で、最初のヒット商品が生まれたのが2005年のことです。自社製品開発に踏み切った経緯を教えてください。

田中和広さん(以下、田中): 父親である先代社長が金属部品メーカーとして創業したのが1965年のことです。岐阜県山県市(旧:美山町)は、日本の「水栓バルブ発祥の地」と言われており、田中金属製作所でも大手メーカーさんの下請けとして真鍮部品(水栓バルブなど)を製造していました。その後、私が受け継いだのですが、「自分で値を決めたい」という思いが強かったんです。どうしても下請け仕事では相手からお願いされて、部品を加工して納品するだけでしたから、メーカとの直取引を目指しました。

会社を継いで「自社製品を作る」といっても、先代の父と特に会話したわけではありません。先代は「いかに会社を守ろうとするか」ということに意識が向いていた。私は「自分で事業を伸ばしていきたい」という想いが大きかったですね。もともと「子どもには子どもがやりたいように」という考え方の家庭だったから、特に事業承継についても話した覚えがありません。先代から「継いでほしい」とは言われたことはありませんでしたが、親の背中を見て育ったわけですから、自然とその道を選んでいました。

――自社開発に着手されたわけですが、シャワーヘッドを着想されたきっかけはあったのでしょうか。

田中: きっかけは「水道料金の削減をしたい」という節水コンサルタント会社からの依頼で、節水コマを作ったことからでした。節水コマは100円くらいの製品が市場では1万円を超える価格で流通していることを知り、「自ら高性能で適正価格の節水器具をつくればきっと売れるだろう」考えました。

そして、私はシャワーとホースの間に入れる空気を利用した節水アダプターを開発し、展示会に出展を試みたのです。その展示会に来場した商社や東急ハンズなどから一般販売を勧められたこともあり、アダプターを組み込んだアリアミストと言うシャワーの開発に着手しました。

当時は会社も小さく、機械を持っていなかったので、さまざまな地場の外部企業と協力しあって、節水機能を持つシャワーヘッド『アリアミスト』を完成させました。出来たのはよいのですが、なかなか売れなかった(笑)。実際に商品が売れ始めたのは、2007年頃から開始したテレビショッピングが大きかったです。

もちろん、『アリアミスト』は自信のある商品でした。製品を作る人は誰しもが「絶対に売れる」って思いながら開発・製造します。でも、もっと重要なのはどうやって売っていくか。売れなきゃ意味がありません。みんな当たり前のように努力はすると思うけど、ビジネスは結果が全てですから。テレビ放送をきっかけに、ただ人に売ってもらうのではなく、自分たちで商品の良さを伝えることが重要だと発見できたのは大きかったですね。

そして、1日1万5千本を売り上げました。「これは完全に儲かるな。天下取れたな」と思っていました。しかし、ショップチャンネルでの取り扱いは中間業者が扱う他社の商品リコールの影響で終了してしまい、売上は大きく落ち込むことになります。

さらに、水栓部品製造の方で取引していたメーカー1社が廃業して、売上が大きく低下しました。加えて、リーマンショックが起こってしまい……。8,000万円もの債務超過の状態に直面しました。経営をしていると何が起こるかわかりません。自社の状況というよりも正直、外部要因の影響が大きかったのですが……。取り扱いが無くなってしまったものは仕方ありません。必死に前を向いて資金繰りに駆け回るしかありませんでした。


8000万の債務超過を救ったヒット商品『ウルトラファインバブルシャワーヘッド  アリアミスト ボリーナ』

――債務超過の状態を打破するきっかけはなんだったのでしょう。

田中: もう一度、「自社製品をひたすら売ろう」と思いましたね。会社を復活させる一角としてヒット商品が必要だろうと。こんな苦境の中、素晴らしい技術者が入社を決めてくれたこともあり “水に空気を混ぜる技術”の改良に成功しました。ウルトラファインバブルの商品化に漕ぎつけることができました。それが再建に大きく貢献した『ウルトラファインバブル アリアミスト ボリーナ』です。

シャワーヘッドのような商品を作るのは、成形加工が一般的です。ただ、金型代も出せなかったので、まずは金属加工で使うNC旋盤を使って樹脂部品を切削で作り上げました。状況が上向いてきたら、ようやく金型を作り成形加工に切り替えました。みんなでアイディアを出し合って作ったのも良かったと思っています。

ただし、前述のようにどんなに良い商品を作ったとしても、商品を届けるステージがないと、作り手の自己満足で終わり、売れるわけではありません。価格が高いと、なかなか小売店も取り扱ってくれない。どのように売っていくかをちゃんと考えていく必要がありました。

社長自らが実演販売をするのがヒットの秘密

――次に考えたのが、販路戦略。どのように売っていったのでしょうか。

田中: 広告宣伝費を大量に投下してCMを打つことはお金があればできます。しかし、お金がない場合はどうしたらよいのか。開発も営業もみんな自分の仕事で忙しいわけですから、一番小回りの効く経営者自らが売ればいいんです。ちょうどその時、プロの実演販売の方にお話を伺う機会もあり、私が直接お客様にウルトラファインバブルの良さを伝えて、「商品が売れることを立証しよう」と決意しました。社員と一緒に、2012年12月に東京に赴き、東急ハンズの店頭に立ちました。自分でもびっくりしましたが1日30本売れて手応えを感じましたね。

――商品を売るためには、どのようなことが必要でしょうか。いくら良い商品だと自信を持っていても、なかなか売れないことも多いと思います。

田中: 他メーカーの社長さんから「どうやったら商品が売れるんですか?」と聞かれることもありますが、私は「いやいや、社長が先頭に立って売ってください」と話しています。社長が一番熱量を持っているはずですし、売れないなら経営者である自分の責任ですからね。

人は感動しないと購買には結び付きません。商品の魅力を伝えた先に感動があって、感動の先に購買があると思っています。実際、実演販売では「この言い方だと表情がイマイチだったな」「このポイントだと興味を持ってもらえるな」など、直接お客様の反応をダイレクトに感じることができます。自分が思っていなかった商品の良さを知る機会にもなるし、面白くてどんどんのめり込んでいきました。自信のある商品を、お客様の前で実演して魅せればお客様は感動して「これ、買います!」となる。お客様の喜ぶ声も直接得られて一石二鳥です。現在でも、状況が許せば全国のお店で実演販売を自ら行っています。

――社長自ら現場に立って汗をかく。その経営哲学には、どなたか影響を受けた人物はいるのでしょうか。

田中: 稲盛和夫さんの「経営の12か条」です。「人に負けない努力」や「経営は格闘技に勝る激しい闘争心」など、自らの経営の根本になっていると思います。

私は土日も実演販売をしていて、「自分、頑張っている!」と自負していたんですよ。でも他の経営者は寝る間も惜しんで会社のことを考えている。自分より働いている人がいるんだって思うと、「もっと頑張ろう」と思うわけです。人間は平等に1日24時間ありますが、時間をどう捉えるか。1日10分であっても、10日あれば100分です。その積み重ねでどんどん差がついていきます。私自身の軸はやっぱり「人に負けない努力」ですね。

例えば、自社製品をやっとの思いで量販店に並べてもらったとしましょう。でも、魅力が伝わらないと大手企業の商品には負けてしまいます。大手がやらないことを考えて、中小企業の自分たちができることは何か戦略を練って実行していく。これも人に負けない努力と言えるかもしれませんね。

――現在でも事業は順調な成長を遂げています。そのなかで田中社長の組織づくりについて教えてください。

田中: いえいえ、まだまだ発展途上の段階です。一時的な伸びを確実に成長に変えていくために、核となる人材を育てないといけません。会社の拡大に合わせて必要や役割も変わってきますよね。今はファインバブルのブームもあって注目度は高まっています。ただ、現在の状況は一時的な膨張にしか過ぎないと思っています。膨張は一気に膨らむけど、一気に萎んでしまいます。ボリーナシリーズのヒットは、まだ自分の中では膨張なのです。

“膨張”を確実な“成長”へと変えていくためには、管理職クラスの人材を採用して、成長していくための土台を作っていかないといけません。それが社長である私の仕事であり、立ち向かう課題だと感じています。

(文・斎藤裕美子 撮影:カメイヒロカタ 編集:上野智)

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