連載:第3回 店舗経営者のためのDX
「小さな共感」が引き出す店舗のチカラ
2020年、日本の広告費用はインターネット広告が2兆円を突破し、テレビ広告を超えトップの座に登りつめた。このニュースに驚いた人も多かったという。お茶の間にあるテレビから訴求される広告と違い、インターネット上の媒体はそれぞれがニッチであることが少なくない。それゆえ、インターネット広告の影響力を過小評価する人々は未だ多い。今回は、過去20年に渡るインターネットの潮流をざっくり振り返りつつ、DXを考える店舗経営者にとって必要な視点について語っていきたい。
ショップフォース株式会社
代表取締役 網永 穣さん
慶応義塾大学卒業。NTTデータに入社、新規事業開発の部隊に配属、10年近く、テキスト解析SaaS事業のビジネスディベロップメントに従事。世界初のモバイル向けコンテンツ連動広告サービスでのオーバーチュアとの提携や、ライブドアとのブログマーケティング事業の責任者を務めた後、大手法人向けのシステム開発プロジェクトなどに従事。2012年 22Inc.を創業。2020年、社名をショップフォース株式会社に変更、店舗経営のDXを実現するサービス「SHOP FORCE」を展開
巨人たちが仕切ったインターネットコンテンツ
スマートフォンが登場する前のいわゆる“ガラケー”時代、モバイル・インターネットは「閉じられた世界」だった。NTTドコモの「i-mode」、KDDIの「ezweb」、ソフトバンクの「Yahoo!ケータイ」など、通信キャリアが運営するインターネットアクセスサービス上にある公式サイトが全てであった。小さなケータイの画面に表示された公式サイトには、ニュースや天気予報、乗換案内、着信メロディ、グルメ、ゲームなど用途に沿って、各通信キャリアのチェックを受けたコンテンツが並んでいた。
一方、PCからのインターネット利用に関しても、「Yahoo!」を筆頭に、「goo」、「excite」、「MSN」、「Livedoor」といったポータルサイトが大きな存在感を示していた。現在の「Google」のキーワード検索のような自由度の高い導線はなく、各ポータルサイトがコンテンツを精査した上で、用途・種類別に表示するディレクトリ型検索が一般的であった。ユーザーは、ポータル上でサイトを探すが、このディレクトリページに掲載されない限り、サイトの存在を認知することはなかった。
市民権を得た人々 「一億総情報発信者時代」
その後、2000年代半ばにブログやSNSといった新しいインターネットサービスが登場。2005年にティム・オライリー氏の提唱した「Web2.0」が世界の注目を集めることとなる。 彼の概念の一つに「folksonomy=人々による分類」という言葉があるが、人々が自らタグ(キーワード)などをコンテンツに付与して分類していくという意味であり、まさに通信キャリアやポータルサイトが仕切っていたコンテンツのあり方が新たな局面を迎えようとしていた。
(引用:Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル)
それまで、掲示板など個別に用意されたスペースに投稿されるということはあったが、ブログやSNSの登場により、人々も自ら情報を発信しメディアをつくる存在に変化を遂げていく。並行して、Googleなどのキーワード検索が浸透していくこととも相まって、多くの個人発信のメディアが人々の目に触れることとなった。
この流れに拍車をかけたのがスマホの登場だった。従来のテキストに加えて、写真や動画を含めた情報発信が容易にできるようになり、人々の関心や話題も大きく変わることとなる。Instagram上の「インスタ映え」という言葉に代表される、若年層のSNS上の情報発信を目的とした行動も日常の風景になり、YouTubeなどに代表される一般人の作成するコンテンツも時に多くのファンを獲得するなど、現代の世の中では一億総情報発信者時代になったと言っても過言ではない。
インターネット上のメディアも2000年代は、一方通行の情報配信型が主流だったが、2010年以降は、レビューや感想といったユーザーの発信を上手く利用したプラットフォームサービスがより人々に受け入れられるようになった。さらにここ数年では人々がプラットフォームの垣根を超えて、自らメディアを創造していく動きも多く見られる。
マス対コア
インターネット普及以前は、人々の話題の中心にはいつもゴールデンタイムのテレビ番組が君臨していたが、今やYouTubeやInstagram、TikTokのコンテンツが話題の中心となっている。少し前までは、テレビで紹介されることが、圧倒的な宣伝効果を持つ広告手段であったが、今の時代では、テレビによる一過性の認知よりも、ユーチューバーやインスタグラマーによる紹介の方が継続的に効果の上がるケースも多い。テレビのような派手さこそないもの、よりコアな層に認知されることで、そのコミュニティーにおいて影響を与え、人を動かす。私はこれをマスでの認知と比較する意味で、「小さな共感」と勝手に呼んでいるが、この「小さな共感」を積み重ねることが、結果としてマスでの認知と比べても、長期間で見たときにより大きな収益をもたらすことになる。
「小さな共感」が持つ二面性 「ペヤング」の事例
カップ焼きそばで人気の「ペヤング ソース焼きそば」を製造・販売しているまるか食品株式会社(本社:群馬県)はSNSの負の面により多大な被害を受けたが、一方で、正の面を活用することで大きく収益も上げている企業である。
2014年12月に起こった「ゴキブリ混入事件」。この事件はとある大学生のTwitterでの写真投稿がきっかけとなった。瞬く間に投稿は拡散されることとなり、結果、保健所の指導を受け自主回収を発表、その後、半年もの間、販売停止を余儀なくされた。
販売再開した後は信用を取り戻し、元々のコアファンの存在もありV字回復を果たしたものの、通常であれば、SNSの怖さに怯え、支えてくれるコアファン向けに特化した施策を打つようになってもおかしくないだろう。
ところが、彼らは最大限にSNSを利用する展開を推し進めていく。 「ペヤング」というキーワードでYouTubeやInstagramで検索してみてもらいたい。出てくる大食い・激辛チャレンジの投稿の山。Instagramでは「#ペヤング超超超大盛gigamax」で1.2万投稿、「ペヤング獄激辛」だけで8千投稿もヒットする(#ペヤングは15万件)。これは競合の商品と比較しても桁違いの数である。有名YouTuberがコンテンツとして発信し、それを真似した一般のユーザーが同様に発信しそれぞれのコミュニティにおいて「小さな共感」を生み出し続け、2019年には、事件発生前の2倍もの売上高(153億円:前年同期比10%増)を達成している。
サービスだけじゃなく、「きっかけ」を自らつくり出すことが大事
店舗経営者にとって、これまで述べてきたインターネットの潮流やペヤングの事例はどう自社のビジネスに活用できるか、そんな視点で考えてみたい。
まるか食品株式会社のように独自の商品やアイデアもない、そんなことできるのは予算を潤沢にもった大企業だけだ、そう考える店舗経営者の方も多いとは思う。しかし、私はきっかけは自らつくり出せると思っている。
今年に入ってインターネット上で一番の話題になったサービスといえば「Clubhouse」だろう。米国シリコンバレー発の音声SNSサービスだが、2020年4月にローンチした当初は一部の限られた人が利用していたアプリであった。日本国内では、2021年1月中旬にAppStoreに登録された後、爆発的にユーザーを拡大し1ヶ月経たずして、50万人以上が利用するに至ったという。急拡大の要因については色々と語られているが、そのうちの一つに、会員登録の仕組みをオープンではなくクローズドな招待制にしたことが挙げられている。「Clubhouse」という、人数が限定された招待制の仕組みが、先端かつ話題のサービスの世界観を周りの知人に教えてあげたい、知ってもらいたいという気持ちに火をつけるきっかけになった。
「Clubhouse」の事例は、コアなファンに支持されるサービスをつくるということに加えて、ファンが自ら発信し周囲を巻き込むきっかけを運営者がつくっていることがいかに大切かを我々に教えてくれる。
お客様の「小さな共感」を広げる仕組み
弊社のSHOP FORCEは店舗が利用するCRMサービスだが、CRMという言葉は「Customer Relationship Management」の略であり、日本語訳では「顧客関係管理」と表記される。要するに「店舗とお客様との関係を管理する」ということだが、弊社のサービスは一般的な意味とは違う認識を持っている。「お客様との関係を管理する」のではなく「お客様との関係をより深く・広げる」サービスだと広義に捉えている。
SHOP FORCEの機能の一つである「紹介クーポン」はまさにその「広げる」という部分の役割を果たしている。具体的には、店舗のアプリ会員になっているお客様が店舗のことを周囲に紹介する際に、URLの形式でSNSやメール、ブログなどで伝達できる。そのURLは紹介者のIDを包含した形になっており、それ経由で会員になったり、クーポンを利用した場合に、紹介者に還元のクーポンやポイントが発行されたりする仕組みだ。ゲームやプラットフォームアプリ、EC(電子商取引)では当たり前のように利用されている紹介コードの仕組みだが、それを店舗でもカンタンに利用できるようにした機能が「紹介クーポン」である。
店舗はSHOP FORCEの管理ページ上で誰が何人のお客様とのつながりを広げてくれたかも実数値・ランキングで把握できる。この「小さな共感」が広がるプロセスを運営者自身が実感できることもメリットだ。
自社の店舗の状況を把握できていますか?
ここまで事例などを交えながら、膨大な予算や特別なアイデアがなくても、「小さな共感」が自社のお客様を増やし、収益を安定化させることの重要性を述べてきた。しかしながら、私自身、弊社サービスを通じて様々な規模・業態の店舗運営企業を1,000社以上見てきたが、経営が上手くいっている企業は、データを活用している、もしくはデータを活用しようと努力しているという共通点がある。
自社の状況を売り上げや組数以外でいかに客観的に把握できているか、KKD(勘と経験と度胸)に頼った運営になっていないか、今回取り上げた「小さな共感」に関しても概念として捉えるだけでは意味を成さない。改めて、自社の店舗にファンがどの程度いて、そのうちどれくらいが周囲の人々に店舗のことを伝えようとしてくれているか、それらの仕組みが存在しているか、まずこれらを把握することが店舗経営者にとってのDXの第一歩である。
(構成:瀬川明秀 編集:上野智)
この記事についてコメント({{ getTotalCommentCount() }})
{{selectedUser.name}}
{{selectedUser.company_name}} {{selectedUser.position_name}}
{{selectedUser.comment}}
{{selectedUser.introduction}}
バックナンバー (3)
店舗経営者のためのDX
- 第3回 「小さな共感」が引き出す店舗のチカラ
- 第2回 コロナ禍で変わった店舗の生き残り戦略
- 第1回 コロナ禍が加速させたDX、店舗は何から手を付けるべき?