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連載:第5回 [LINE WORKS×BizHint]変わる、中小企業の働き方

社内の伝言ゲームを解消したら、全員幸せになれた。スマホで経営の限界を打ち破れた話

BizHint 編集部 2020年9月28日(月)掲載
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スタッフがシフト制で働く職場では連絡の「伝言ゲーム」もしばしば。経営者の意図が正しく伝わらないことも日常茶飯事です。2006年に長野県初のシネコン「長野グランドシネマズ」をオープンした中谷商事株式会社も、長年そんな課題を抱えていました。今でこそ、社員とお客様が一緒に楽しむ企画が次々と飛び出すユニークな映画館になっていますが、そこまでの道のりは「意思疎通がうまくいかず、その解決策も見えない」日々の連続でした。今回は同社に起こったコミュニケーションの変化について、代表取締役社長の中谷冨美子さんと、中間管理職としてツール導入と組織活性を推進した村石佳奈子さんにお話を伺いました。一同に会する機会を減らす新常態の働き方においても、示唆になるお話です。

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中谷商事株式会社
代表取締役 中谷 冨美子さん

長野県長野市出身。祖父が始めた映画館で生まれ育つ。都内の短大を卒業後、地元の出版社に就職。結婚を機に退職し神職で宿坊を営んでいる夫の実家を手伝いながら子育て。1995年に自身の実家の会社に役員として入社、2016年に社長就任。

村石 佳奈子さん

長野県須坂市出身。県内の短大を卒業後、半年間アメリカ・ロサンゼルスに留学。帰国後の2006年に長野グランドシネマズにアルバイトとして入社。2008年に社員となり現在に至る。


映画館は楽しい場所。社員とお客様が笑い合える場を目指して

――創業からの経緯を教えてください

中谷冨美子さん(以下、中谷): 1950年に祖父が長野で映画館を始めたのがスタートです。その後、会社組織になったのは1957年のこと。その頃には祖父と、現在会長を務めている先代社長である父の2人でやっていました。私は三代目になりますね。


開業当初の映画館「長野グランド」の様子

――中谷さんの社長就任はいつ頃なのでしょうか?

中谷: 2016年です。とはいえ、2006年に長野グランドシネマズをオープンさせた時、役職は専務でしたが実質社長業をやっていました。ちょうどその頃、子どもも大きくなって手が離れ、仕事に打ち込めるようになった時期ですね。

ただ、最初は事業を継ぐ気はなくて独身時代は「早く嫁にいって抜けちゃおう…」と思っていました(笑)。後継がいないから、泣く泣く手伝う…という状況だったんです。子どもが小さい頃は子育てで精一杯でした。しかしこの会社で働いていくうちに私自身「妻や母をやりながらでも働ける会社にしたい」と思うようになったのです。

女性はどうしても出産や家事や育児で現場から抜ける時期がありますよね。それを経て戻ってきた時に 「おかえりなさい」って言ってくれる職場を作りたい な、って思ったんです。


長野グランドシネマズを運営する中谷商事株式会社 代表取締役 中谷冨美子さん

――そういった思いが長野市の男女共同参画の表彰につながっているんですね。

中谷: 私は長野生まれ、長野育ちです。入社した時には地元に根付いた映画館となっていましたし、その三代目として仕事に取り組んできました。また創業者である祖父は、戦前の少年期に北海道から長野に移り、映画小屋を立ち上げ、ここ長野で温かく受け入れていただきました。当社の歴史は地元・長野の方々との親交の歴史でもあります。

なので「長野にとって良いことはなんだろう」ということは常に頭の片隅に置いていますし、縁があってうちの会社に来てくれた人の生活は絶対に守りたいと思っています。

映画館は楽しい場所ですから、スタッフもお客様もみんなが笑いあえる場であるべきです。特に映画館は女性の従業員が多い場所なので、 女性も笑顔を絶やさず生き生きと働ける場所にしていきたい と思っていますね。

長野初のシネコン。「私の街の映画館」のため大手と袂を分かつ


長野初のシネコン 長野グランドシネマズの外観

――長野県初のシネコン「長野グランドシネマズ」誕生の経緯について教えてください。

中谷: 長野グランドシネマズがオープンする前、県庁所在地でシネコンがないのは長野と宮城だけでした。そのとき、運営委託をしていた東宝東日本興行さん(現在はTOHOシネマズに合併)から「郊外型のシネコンをやらないか」という相談がきました。

しかし私たちとしては、長野市の中心市街地から動きたくない。同じシネコンをやるにしても、祖父が興し、長年にわたって映画で人々を楽しませてきた この場所でやりたい…という強い想い がありました。

そこで、東京在住で現在は専務取締役の妹と一緒に本当にいろいろな方々と交渉に交渉を重ね、長野市役所のすぐ近くであるこの場所で「長野グランドシネマズ」をオープンすることになりました。

――はじめてのシネコンの運営はうまく行きましたか?

中谷: 最初はそれまでと同じように東宝東日本興行さんに運営委託をしていました。しかし、東宝東日本興行さんがTOHOシネマズさんに合併されたことを機に、自分たちで運営する形に変更しました。

――なぜ、自主運営に切り替えたのでしょうか?

中谷: 映画館は地元に根差した施設です。旅行中の人が立ち寄るよりは近隣の人たちが来ることが多く、働くスタッフも、地元のお客様の県民性・市民性をよくわかっています。そういった中で、 当社は長年、地元スタッフの感性や自主性や、地元のお客様とのコミュニケーションを第一に考えながら、「私の街の映画館」をコンセプトに運営 してきました。

いったんはTOHOシネマズさんのマニュアルに沿う形で運営してみたのですが、「…しっくりこなかった」のです。 実際に大手シネコンの手法で運営をやってみて、私たちはあらためて「自分たちの街の映画館を自分たちの手で作っていきたい」という思いが強くなった のです。

例えばクレーム対応。地域や客層を問わず及第点を目指す大手のマニュアルでは「クレームにならない」ことが重要です。現場で働く社員にとって「これはNG」ということが数多く記されている形でした。いかに例外のケースを出さないか?が重視されます。

私たちとしては通り一遍等の「マニュアル通り」よりも、 自分たちのやり方で、地元のお客様と一緒に、その都度ベストな対応をしていきたい と思っていました。そういった理念の違いから自主運営という道を選びました。

これはTOHOシネマズさんや当社のやり方のどちらが正しい、正しくないという話ではありません。目指すものが違う、ということです。

スタッフが一番楽しんでいる

――自主運営だと、映画館の雰囲気は変わるものでしょうか?

中谷: 大きく変わりますね。最近だとコロナ禍でお子様用の椅子を貸す・貸さない、消毒はどうする?などの問題がありました。これに対して、当社は「お客様ご自身に消毒をしていただく、お客様が自家用車などからチャイルドシートを持ってきていただいてもOK」という対応を取りました。なので、チャイルドシートを抱えたお客様が映画館に出入りする、という珍しい光景が生まれました。

――その他、自主運営ならではの出来事はありますか?

中谷: コスプレ好きな社員が主導して、映画の登場キャラクターに扮したコスプレイベントを開催したこともありますね。都会だと珍しくないかもしれませんが、地方だとコスプレして映画を観るなんてことはなかなかないので、これも自主運営ならではだと思います。

自分たちが楽しいとお客様にも楽しんでもらえます。 ある意味、スタッフが一番楽しんでいると思いますが(笑)。
コスプレでの映画鑑賞イベント時の様子

元凶は「伝言ゲーム」。声が上がっても、解決できない組織

――自主運営に切り替えて、うまく回っていますね。

中谷: いえいえ。必ずしも最初からうまく行っていたわけではありません。大手のマニュアルからの脱却を目指したものの「スムーズな自主運営ができる組織」とは程遠い状態が長年続きました。メンバーはみんな地元や映画館を愛していて 「ここを変えたい!」「これは問題だ!」という声は上がるのですが、しばらくするとその動きが尻すぼみ になってしまっていたんです。そして気がついた時には立ち消えている…。

――それはなぜでしょうか?

中谷: この理由については何年も悩みました。 みんな職場を良くしようと思っているし、そのための声も発している。でもそれが、形にはならない…。 本当になかなか原因の本質が捉えられませんでしたが、ようやく解決して今、明言できることは 「社員やアルバイトが一堂に会する場がなかったから」 なんですよね。

定休日のないシフト制の業態では、どうしても情報伝達の多くが伝言ゲームになり、上から下、右から左に話が伝わるのに時間がかかってしまう。誰かに相談しようとしても、次に会うのは数日後。さらには、意図が正しく伝わらない。課題を認識しながらも、メンバーがシフトで働く以上、どこかで「伝言ゲームはしょうがない」とも思っていたのかもしれません。

「一堂に会する場」がスマホ上に。トントン拍子で企画が進む

――伝言ゲームが組織の飛躍の足かせになっていたという長年の課題を、どうやって解決したのでしょうか?

村石 佳奈子さん(以下、村石): 経営者の思いも現場のアルバイトの気持ちもわかる立場の私は、コミュニケーションツールの存在に目をつけ、様々なツールを調べたり試したりしました。伝言ゲームの解消に役立ったのが「LINE WORKS」です。シフト制で全員が揃う機会がない中では、例えば社長がどこかで話をしても、その場にいない人は絶対に出てきます。事実 「その話、聞いていない」という声が必ず出ていた んですよ。

LINE WORKSによって、社長の発信が 「全員に」「同時に」「同じ内容で」伝わる ようになりました。さらには、その投稿に対してすぐにわーわー意見を挙げられるので、コミュニケーションも仕事のスピードも一気に加速していきました。


LINE WORKSの活用を推進し、経営陣と現場との間を取り持つ村石佳奈子さん

――他にもコミュニケーションツールがある中で、なぜLINE WORKSだったのでしょうか?

中谷: 以前「サイボウズ」を使っていた関係で、はじめは「kintone(キントーン)」を検討しました。しかしkintoneだと年配の社員がうまく使えるか…という課題がありました。そこで現場をよく知る村石に、自分たちが使いやすいものを…と調べてもらいました。

村石: kintoneやSlackなども試しましたが、当社のスタッフにはハードルが高く感じました。自分だけであれば使い方を調べながら、使いこなせるようになるかもしれませんが、 全スタッフとなるとそうはいきません。 コミュニケーションのためのツールなのに使いこなすために手間暇をかけるわけにはいきませんので。

その点、LINE WORKSはプライベートでも使い慣れているLINEと同様の操作方法。スタッフへの操作説明不要だったので助かりましたね。

LINE WORKSの画面。スタンプや写真を交え賑やかにやり取りが進んでいる。スマホはもちろん、PCやタブレットでも使える。   

――LINE WORKSの導入・定着の推進役は村石さんということですか?

村石: そうですね。メンバーに活用を促しているのは私です。「こんなことに使えるんじゃないか」という提案をして、実際に運用できそうな部分から始めています。私自身、元々この映画館のアルバイト上がりで社員になったので、IT系でもツールに詳しいわけでもないんです。だから LINE WORKSのホームページで紹介されている他社の事例の数々 をたくさん見て参考にしています。

例えば、アンケート機能を使ってシフト管理をしている事例があったので、当社でも取り入れてみました。

自分ではシフト希望をLINE WORKSでとったら収集がつかなくなる気がしていたのですが、他社がうまくいっている事例を見てやってみたら、すごくうまくいきました。

それ以前は、紙の表を使っての古典的なシフト管理。アルバイトスタッフはシフト希望を出すためだけに映画館に来ることもあったんですよ。さらには、シフト調整では一人ひとり個別に電話やメール…。シフトを調整するためだけに、どれだけの手間がかかっていたかわかりません。それが今や、全員がスマホからできます。…隔世の感すらありますね。

以前は紙で、出社して調整する必要があったシフト表(左)。現在はスマホを使っていつでもどこでも調整できる(右)。

また、よく使っているのが、掲示板のようにトピックごとの意見が聞ける「ノート」機能です。現場ではよく、アルバイトのスタッフに「こんな疑問があるんだけど、どうしたら良いのかわからない」と相談をされることがあります。そういった場合に、全員で共有できる掲示板に投稿してもらっています。LINE WORKSが浸透するにつれ、意見や疑問を投稿してくれるようになっていきました。

逆境を逆手に。会えなくても企画が盛り上がる

――アイデアが集まる場所になっているんですね。

村石: はい。最近でも新型コロナウイルスの影響で映画館が休館になってしまい、ホットドックのパンが余りそう…ということがありました。SDGsの活動もやっている中で食品ロスは出したくないので、どうしたら良いだろう…という相談をLINE WORKSのノートに投稿してみました。すると「こうしたら良いんじゃないか?」ってアイデアが次から次に上がってきて…。

――具体的にどのようなアイデアがありましたか?

村石: 最初は単純に「値段を安くして売ろう」という話だったんです。でもそれでは通常の値段に戻ったときに「前は安かったのに」と思われてしまう。

もっと 自分たちが面白くて、インパクトがあって、こんな機会じゃないとできないことはないだろうか? と議論が進み「ホットドックに別の具材を挟んで、100円という低価格で提供しよう!名前はサンドパン!」という話になりました。サンドパンは昔の信越エリアの映画館ではおなじみだったパンのことで、長野の古い映画ファンにとっては懐かしの味でもあります。

そこからすぐにサンドパンの材料を準備したり、 LINE公式アカウントやTwitter用のクリエイティブを作ったりと、各メンバーがスピーディにアクションを起こしてくれて、見事完売しました。コロナ禍にあっても、お客様に「懐かしい」と喜んでいただくことができましたし、私たちとしても、映画館を通じて楽しい試みができました。実際、ノリノリでしたね(笑)。

「ホットドックのパンが余る」という話から、「サンドパンを復刻して完売」まで1週間ほど。 アイデアが出てからトントン拍子で進んで行きました。これもLINE WORKSを通じた全員参加型のコミュニケーションのなせる業、スピード感だったと思います。
コロナ禍での食品ロスへの対応の話題から、懐かしのメニューの復刻・完売まで1週間。出社しなくてもプロジェクトが進む。

――シフト制ではない組織にとっても、羨ましい一体感です

村石: はい。ほかにも休館中「グラシネお休み中のとある1日」と題して、キャラクターが映画館で生活しているようなツイートを毎日Twitterで発信する企画を進めました。

「今日はこれで発信します」「これすごいバズってるよ!」みたいな感じで、自宅でもいつも通り仕事ができましたし、休館中のこういった取り組みはお客様にも楽しんでもらえていて、営業を再開した際には「再開おめでとう」「見てたよ」と多くの声をかけていただきました。こういった出来事に触れるたび、 「私の街の映画館」になっていっているなぁ… と感じています。     


コロナ禍で休館中のリモート下でもLINE WORKS上でプロジェクトが進行し(左)、SNSでの企画・情報発信が続けられていた。

何かあればとりあえず投稿。社員の動きが勝手に変わる「手段」の重要さ

――他にもLINE WORKSの導入で変化したことがあれば教えてください。

村石: 私は社長をはじめとした経営層と、現場の社員・アルバイトをつなぐ 「橋渡し」的な役回りが多かったのですが、その負担がすごく軽減された と感じています。LINE WORKSを導入する前は、社長が言ったことをスタッフに伝える際、“私の考え”なのか“社長の考え”なのかがうまく伝わっていないと思うことがよくありました。 たとえ社長と同じ言葉・台詞を並べても、声色や空気感やニュアンスって、絶対にそのまま伝わらない んですよね。

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