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連載:第17回 経営危機からの復活

負債12億円を抱えたメッキ工場が売上3倍に!? 秘訣は女性もイキイキ働ける組織づくり

BizHint 編集部 2021年8月17日(火)掲載
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大阪市西成区にある金属メッキ加工業、株式会社センショー。工場のあちこちに女性の姿があり、若い人たちが真剣に仕事に取り組む姿や笑顔が見られます。業界全体の売上規模は横ばい、事業所数や従業員数は右肩下がりの中、10年間で売上も従業員数も3倍以上に。しかし、代表取締役の堀内麻祐子さんが10年前に事業承継した当時は年間売上2億円に対し、12億円もの負債がありました。男性ばかりの旧態依然とした町工場をどのように変貌させたのでしょうか。

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株式会社センショー
代表取締役 堀内 麻祐子さん

1932年に祖父が創業した金属メッキ加工会社の事業を引き継ぐため、2011年4月に株式会社センショーを設立し代表取締役に就任。積極的な設備投資と人材採用・育成、女性活躍推進に取り組み、10年間で約3倍の規模に成長させた。2015年大阪府鍍金工業組合初の女性理事に就任。また、2017年には全国鍍金工業組合連合会女性経営者部会会長就任。2018年より大阪市中小企業対策審議会委員、全国中央会女性部活性化委員会委員、2019年厚生労働省臨時労働委員中央最低賃金審査会委員を歴任。


「最後の親孝行」で、父が専務を務めるメッキ工場に入社

堀内麻祐子さん(以下、堀内): センショーの前身にあたる会社は1932年に祖父が創業し、長男である伯父が継いで社長になり、次男だった私の父が専務、三男が常務を務めていました。私は次男の娘なので、まったく別の仕事をしており、継ぐまで工場に足を踏み入れたこともありませんでしたね。

思いがけず入社することになったきっかけは、私が30代半ばの頃、父ががんで入院し余命宣告を受けたことです。その数年前に社長である伯父が倒れて半身不随となり、実質的に父が経営を担っていました。入院中の父から会社を手伝ってほしいと頼まれ、「最後の親孝行だ」と思って入社しました。母には大反対されましたね。それが2008年のことです。


社長業のかたわら多くの役職もこなす堀内さん

初めて工場を訪れた時のことはよく覚えています。建物はボロボロで内部はとても汚く、1台しかないパソコンはネットに繋がってもいない。まるでタイムスリップしたかのようでした。18名いた社員のほとんどが高齢の男性で、専務の娘である自分が行っても知らん顔。誰も掃除をしないし、ぶらぶらしているばかりであまり仕事もしていないような状況でした。

よく帳簿を見ると年間売上約2億円に対して負債が12億もありました。普通に仕事をしていれば利益は出るはずなのになぜそこまで借金が嵩んだのか……。バブル期に新社屋を購入した金額が7億円だったのまではわかっていますが、それ以上のことははっきりとはわかりません。

「若い人が誇れる会社に」。負債12億円の会社を継ぐ

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