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連載:第33回 IT・SaaSとの付き合い方

チャットのリアル導入事例。コミュニケーションが硬直した組織が変化する過程では、何が起こるのか?

BizHint 編集部 2024年7月11日(木)掲載
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1904年創業、2024年に120周年を迎える京都の老舗よーじやグループ。同社では長年の組織運営の中で染み付いてしまった3つの課題がありました。それは「権限委譲・部署間交流・非効率な業務の改善」。その課題解決に動いたのが、現社長の國枝さん。社長就任後、 Microsoft Teamsを導入することで、手書き・紙・固定電話・FAX中心だったコミュニケーションを、チャットに転換していきます。その過程でのさまざまな判断の背景、組織に起こったことを聞きました。

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(お話を伺った方)
よーじやグループ
代表取締役 國枝 昂さん


権限委譲、部署間交流、非効率な業務という3つの課題

――貴社では、チャットツールとしてTeamsを導入されました。もともとどのような組織課題があったのでしょうか?

國枝 昂さん(以下、國枝): 当社が抱えていた課題は大きく3つありました。

それは、

  1. 権限委譲
  2. 部署間交流
  3. 非効率な業務

です。

まず1つめの、権限委譲。

当時は 数人の管理職による完全なトップダウン体質で、8割以上の従業員が「言われたことをやるだけ」という状況 。従業員の多くは会議に出ることもなければ、名刺も持っていませんでした。

そうすると当然、管理職以外が会社の業績を知る機会や手段はありません。そのため、売上が減少しているにも関わらず、ほとんどの従業員は危機感を持っていませんでした。

そんな状況を変え、従業員が自ら判断し、現場のリーダーが意思決定を担ったりできるような組織にするには、権限を委譲していく必要がありました。

2つめの課題は、部署間交流です。

当時は他部署の人と個人的にコミュニケーションを取ることはほとんどない、できない環境でした。というのも、 個人用のPCやメールアドレスがなかったのです。社内連絡といえば、固定電話・内線電話が主流でした。

これらは席にいなければ対応できませんし、業務に関わる要件だけを手短に済ませなければならなかったりして、個人間でのコミュニケーションは取りづらい。

コミュニケーションといえば、「管理者と部下という縦割り」のものばかりで、横のやりとりがほとんどありませんでした。これは後述する、業務の非効率にも影響してきます。

そして3つめの課題、業務の非効率さ。

個々のスケジュールや会議室の使用予定などは、ホワイトボードや紙へのメモ書きで共有されるなど、さまざまな業務がアナログで管理されていました。

これらの管理方法が原因で業務に遅れが生じていましたし、他部署への悪影響や生産性の悪化にもつながっていました。

2つめの課題にあった「部署間交流・横のつながり」についても、情報が上から降りてくるものしかないので、情報伝達が遅かったり、各所バラバラの情報になっていたり、あらゆるところで非効率が生まれていました。

チャットによって組織のコミュニケーションが促進された原体験

――それらを組織課題だと認識された理由はあるのでしょうか?

國枝: 前職での経験が大きいですね。前職では社内のコミュニケーションツールとしてSkype(スカイプ)を使っており、社内のやりとりの80~90%ほどはチャットで行なっていました。社内で電話を使う機会はごくごく稀でしたし、社内連絡にメールを使うこともほとんどありませんでした。

自社と前職の仕事の進め方を比べて、もっとも感じたことが 「チャットツールによるコミュニケーションの取りやすさの差」 でした。

実は私が若手社員だった頃、質問や相談のために上司に時間を取ってもらうことに高いハードルを感じていました。立場が上の方ほど重要な会議やミーティングが多く、自分のために時間を割いていただくことに気後れしてしまっていたのです。

電話をしようにも、空き時間まで待たなければならなかったり、タイミングが合わなければ何度もかけなおさなければならない。

しかしチャットであれば、「時間を確保してもらう」というハードルがなくなります。相手は返せるときに返事をすることができるので。私は 「チャットのおかげで、世代や立場の異なる人どうしのコミュニケーションが取りやすくなっている」 と感じていました。

もちろん、同期や他部署の人とコミュニケーションを取ることも気軽にできていました。そしてそれにより、ちょっとした困りごとでもすぐに誰かに相談して、課題解決できていたのです。

しかし以前の当社では、自席の周りには自部署の人だけ、連絡手段は目の前の固定電話だけ…という状況。コミュニケーションは広がりませんし、何かに困っても相談相手は限られています。

こうしたことから 「チャットがあるかないかで、組織の課題解決能力に差が生まれる」「チャットは企業規模によらず、どんな組織にも導入すべきなのではないか?」 と考えるようになりました。

業務・情報共有の基盤をMicrosoft製品に集約しようと考えた

――主にチャットツールとしてTeamsを導入するまでの経緯を教えてください。

國枝: チャットツールの導入を検討していた2020年初頭、コロナ禍に見舞われました。テレワーク対応の環境整備が早急に必要となり、同年の2月から検討を始め、4月上旬にはTeamsの導入に至りました。

――前職で使われていたSkypeではなく、Teamsを選んだのはなぜでしょうか?

國枝: 一番の理由は、 社内におけるコミュニケーションや情報共有の基盤を全てMicrosoft製品に集約しようと考えた からです。

もともと社内ではWindowsを使っていて、OneNoteやSharePoint、Word、Excel、PowerPointなどのツールも使っていました。それぞれに利便性も感じていたので、統一性を鑑みてチャットツールもMicrosoftの製品にすることにしました。

チャットツールについて、今となってはさまざまなツールがあることは知っていますが、当時はZoomなどの会議ツールも出始めの頃。私としては、Skypeしか知らず、その他のチャットツールとの比較はしませんでしたね。

以前から使っているMicrosoftのツールなら安心安全 、という思いもありました。

――Teamsは現在どのように活用されているのでしょうか。

國枝: チャット機能やストレージ機能などから使い始め、全体向けの発信や共有はSharePoint、個人やチームなど特定の人との連絡はTeamsというように活用しています。

タスク管理の必要性を感じてPlannnerというツールも使用したり、Teamsに慣れていく中でいろいろな機能を試しながら活用を進めているところです。

――Teamsを導入するにあたって、情報システム部門(以下、情シス)をはじめどのような方が関わられたのでしょうか?

國枝: 社内においては、 デジタル化に抵抗がなく前向きな社員が参画 してくれました。ただ、情報システム担当者として入社したわけでもなければ、専門性があるわけでもありません。システム周りを以前からサポートしていただいているリコーさんのご協力を仰ぎながら、社内で運用できるようになりました。

最初は1~2名だった情シス担当者も、マニュアルを作成するなどしてノウハウ共有・人材育成が進み、現在は3名体制になっています。

リコーさんは、私たちのような素人に目線を合わせてアドバイスをしてくれましたし、質問や相談に対して適切な提案をしていただけるのがありがたかったです。コロナ禍でスピードが必要でしたが、スムーズに話が進んで、テレワーク環境を構築できました。

――リモート環境の構築では、PCの手配なども必要になります。Teams導入と合わせコスト面はどのように考えられましたか?

國枝: 社員にはノートPCとスマートフォンを配布しましたので、相応のコストはかかりました。ただ、業務効率が上がることはイメージできていましたので、それによって中長期的に人件費を削減できることを考えれば、このコストは投資に値するものと考えました。

とはいえ、当時はコロナ禍の影響で売上が激減していたので、正直、支払いは苦しかったですね。市況的には何をやっても売上が上向くような状況ではなかったので 「便利にするためにやれることは全てやろう」 という考えが強かったですね。平時であればそれこそまったく問題ない、必要なコストという感覚です。

一方で、業務のムダを省くということは「人でなくてもできることは、わざわざ人がやらない」ということにも通じます。これは従業員の仕事が 『人でなければできないこと』になっていくことにもつながり、雇用意義・仕事の価値を高める ことにもなります。

AIが台頭してきている昨今、いわゆる雑務・間接業務は真っ先に取って代わられるものです。そのような仕事にあたっている従業員は「人じゃなくて機械にやってもらおう」と思われるようになってしまいます。

将来、そのような 人材を生み出さないためにも、間接業務を減らし、仕事の価値を高めてもらえるような環境づくりは大事だと思っています。

最後は必ず「良かった」と思ってもらえる。時間がかかることは想定していた。

――Teamsの導入・定着で苦労されたことはありますか?

國枝: もともとスムーズに進むとは思っておらず、大変であろうこと、時間がかかることは想定していました。

その中で一番の苦労と聞かれれば、 「導入して良かった」と思ってもらえるまでの不満に向き合ったこと でしょうか。

私としては、最初はどんなに大変であっても 「最終的には便利になって良かった、と思ってもらえるという確信を持っていた」 ので、そこに至る日々の不満、トラブルには淡々と対応していきました。

そもそも、こうした業務ツールの導入は、一度で完結させるのは難しいことです。全員がデジタルや新しいやり方に柔軟な姿勢を持っているわけではないので、導入して慣れていくまでの過程では当然不満も出てきます。

まだ使い方に慣れていない人に「便利ですよ!」と押し付けても、便利さを享受できるわけはありませんし、便利だと思ってもらうことはできません。時間をかけて、慣れてもらうしかないと思います。

実際、導入の旗を振る部署・メンバーは大変な思いをする時期もありました。しかし1年以上経った今となっては社内の誰も不満を口にしませんし「以前のアナログな時代に戻りたい」という声もありません。

――導入時、周囲の不満や反対にはどんなものがありましたか?

國枝: 私に反対意見が直接言われることはなく、良くも悪くも何も言ってくれないような状況でした。

ただ、30年近く販売職を勤めていた方が、一連のデジタル化についていけないことを理由に退職されたことはありました。しかしだからといって「デジタル化をやめます。アナログでやり続けます」という結論にはなりません。企業や社員を将来にわたって守るために、私はデジタル化は必須だと考えているからです。

デジタルに対応できる人材を増やすために、またそれを一緒に進めてくれる仲間を作る意味でも、覚悟を決めて取り組みました。

――導入を進める中での気づきはありましたか?

國枝: 本社のスタッフとそれ以外とでTeamsに慣れるスピードにはかなり差がありましたね。本社は割と早く慣れましたが、販売などの現場スタッフの中には、しばらく電話を使い続けている人もいました。

ただ、その後も様子を眺めていると、徐々に変わっていってくれました。というのも、Teamsを 使わないと不利になっていくのです。

社内でTeamsに慣れた人が増えてくると、当たり前のようにチャットで連絡が来るようになります。自分だけ電話を使うのが気まずくなりますし、チャットに電話で返事という作業に疑問・二度手間を感じるようになるのです。

最初は不平不満を口にして抵抗もあるのですが、便利さを実感する人が日に日に増えていきましたね。やはり時間は必要でしたが、自然と当たり前になっていったような感覚でした。

社員が「デジタルに適応できる人材」になれるように環境を整えていく。

――情シス担当者の苦労についてはいかがでしょうか?

國枝: 問い合わせ先を情シスに一本化していたので、導入後すぐは現場からの問い合わせが一気に増えました。そこで不満の声を受けることもあったようです。

そういった状況下ではありましたが、情シスのメンバーは「ツールを浸透させなければ」という思いをもって前向きに取り組んでくれました。何も言わずとも、使い方をまとめた動画を社内のポータルサイトで発信するなどしてくれたのはうれしかったですね。おかげで浸透が進んでいき、問い合わせはだんだんと減っていきました。

――Teams・チャットの導入で、当初の課題は解決されたのでしょうか?

國枝: もちろんそれだけが理由ではありませんが、大きく改善されました。

昨今、飲食店などの新業態へのチャレンジを進めていますが、社員が主体的に取り組んでくれていますし、社員どうしの横のつながり・関係性もとても良くなりました。こうしたチャレンジは「指示待ち」の組織では絶対にできなかったと思います。

業務効率の改善は残業の削減や働きやすさにも繋がりますし、社員の間でも「昔には戻りたくない、戻れない」という声が各所で上がっています。

――今後の貴社のデジタル化について、お考えをお聞かせください。

國枝: 当社では長らくアナログでの仕事が続いてきましたが、基本的にはどんどんデジタル化を進めていく方向性です。以前のような「アナログの世界に戻る」という考えは、社内にはもう残っていません。

「デジタルに適応できる人材」と「デジタルに適応できない人材」との差は、多くの企業で広がっていくと思います。当社としては、社員が 「デジタルに適応できる人材」になれるように環境を整えていきたいですね。

(文・安藤ショウカ)

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