連載:第1回 経営・SaaSイベントレポート2023
V字回復の道を歩むクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン。変革の立役者が語る「リーダーの仕事」
2006年に日本へ上陸し「行列ができるドーナツ屋」として一世を風靡したクリスピー・クリーム・ドーナツ。2015年に大量閉店の局面を迎えましたが、見事に復活を遂げています。その裏には2012年から長期戦を覚悟して地道に取り組み続けた組織・人事改革がありました。この改革を先導した若月貴子社長は、10年以上に渡る変革の過程で、何を徹底したのか。そして、同社の復活の軌跡について伺いました。
1992年に株式会社西友に入社、経営企画や広報に従事。その後株式会社経営共創基盤にて小売やアパレル、教育など幅広い分野でコンサルティング業務に携わる。2012年3月からクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパン株式会社にて管理本部長として組織・人事改革の主軸として携わる。2014年に副社長兼マーケティング部長を経て、2017年4月に代表取締役社長に就任。
経営危機を乗り切るため、リーダーが徹底した3つのこと
クリスピー・クリーム・ドーナツは1937年アメリカのノースカロライナ州で創業。本国ではマクドナルドやミスタードーナッツよりも古い歴史のある会社です。
日本上陸は2006年12月で、新宿サザンテラスの1号店がオープンしたときは、行列に並んでドーナツを買い求める様子がメディアに取り上げられ、行列ができるドーナツ屋として話題になりました。そこから店舗数は急速に拡大していきました。
同社のコアとも言える商品「オリジナル・グレーズド(R)」は、創業から変わらないレシピで、冷凍の生地は使わず毎日粉から手作りを続けているという。(画像引用:https://krispykreme.jp/column/post-3171/)
私が入社したのは2012年3月。ファイナンスや人事を見る管理本部長という立場で、成長をさらに加速化させる仕組み作りが課題であり、成長をサポートする役割を期待されていると考えていました。
ところが入社2日目。店舗に足を運んでみると、バックヤードは汚くてどこに何があるか分からず、掲示物は乱雑で、指示・命令・共有事項が伝わりづらい。壁に貼られた目標には会社予算の売上高と営業利益率が書かれているのみ。店舗で働く人たちが目標達成に向けて期待されていることや、やるべきことが分からない状態だったんです。
これを見た瞬間、 組織には大きな課題があり、近いうちに今と違う局面になる と直感しました。これは、日本市場での生き残りに向けた改革が急務であり、私は改革の先導者の役割を担うことになるかもしれない…と。
先手を打つため、まだ業績の良かった2012年から変革のステップを設計し、改革に着手していったのですが、思うようにうまくはいかず、 2015年後半から約半年間で、64⇒47店舗まで縮小する「大量閉店」を決断 します。
この選択は、既存店の立て直しに集中するためのものです。とはいえ、この痛みは想像以上でした。デベロッパーとの契約が更新できなかったりもしましたし、社員の離職もありました。
「もうクリスピーはダメなんじゃないか…」というプレッシャーは大きかったです。しかし、残ってくれた社員の中には、これまでの改革で地道に育成してきた若手メンバーがいて、彼らがミドルマネージャーへと成長し、改革の牽引役として活躍してくれました。
2012年から取り組んでいた組織・人事改革がV字回復の礎になっていた のです。しかし、大量閉店という荒療治がなければ、改革できないまま日本を撤退する最悪の事態もあったのではないか…と思います。
既存店の経営状況は2017年頃から回復方向になり、2019年度からは再び店舗数を増やしています。店舗数は現在、主に関東・東海・関西・北海道の4地域で62店舗に。大量閉店前の推移に戻っています。さらに、約170か所のスーパーマーケットにキャビネットを設置してドーナツを販売するなど、新たな取り組みも行っています。
私がこの約10年間の変革における道のりで、リーダーとして徹底したことが3つあります。
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