連載:第3回 コロナ危機と闘う
コロナ下で新プロジェクト15件始動など。京の老舗旅館の奮闘
2020年4月、普段なら観光客であふれる京都から賑わいが消えました。京都市観光協会によると2020年3月の宿泊者数は前年同月比66.3%減と過去最大の下げ幅を記録。その後も4月7日の緊急事態宣言により、京都だけでなく全国の観光業界に逆風が吹き荒れています。このような状況下で「今できることをやろう」と前向きな取り組みを続ける2つの老舗旅館があります。コロナ禍中の社員のモチベーションや、アフターコロナを見据えた取り組みについて、若女将のお二人に話を聞きました。※取材は2020年4月末に行いました。
アフターコロナを見据えて。休業中に15のプロジェクトが始動
綿善旅館
天保元年(1830年)創業
若おかみ 小野雅世さん
三井住友銀行の総合職を経て2011年株式会社綿善へ入社。2015年に若おかみ就任。2016年に生産性向上モデル旅館としての取組みが評価され、2017年首相官邸にて発表した。
―――現在(2020年4月)の状況を教えてください
小野雅世さん(以下小野): 当館は緊急事態宣言が出た4月7日の翌日から宿泊の予約受付を停止しました。その後、5月末までの休業を決めましたが、恐らく6月末くらいまでは休業せざるを得ないと考えています。本来なら修学旅行のシーズンですが、すべて延期になってしまいました。状況が好転したとしても、これから6月の新規予約をいただくのも難しい状況ですので。
―――厳しいですね。社員の皆さんはどうされているのですか?
小野: 社員には100%の給与をお支払いした上で、週1~2回交代で出社してもらっています。それ以外の日は、感染拡大防止のため自宅待機です。 出勤時には電話番や掃除の他、 アフターコロナを見据えた15のプロジェクトに取り組んでもらっています。
―――15のプロジェクトといいますと?
小野: 4月に社員全員で集まって、 今の綿善旅館に足りないものや変えたいことなどを発表するプレゼン大会を実施 しました。もちろん、消毒や換気など感染防止対策をしながらですが。
そこで出たアイディアからチームを組み、15のプロジェクトを進行することにしたのです。内容は、英会話教育や顧客情報の整理、お茶菓子の見直し、グルメマップや観光マップづくりなど様々です。アニメ好きな社員がイラストを使った可愛いマップ作りをするなど、各自の興味や能力にあわせて全員1つから3つくらいのプロジェクトに参加してもらっています。
ちなみに私は「アワード委員会」に参加しています。旅行社各社が設定するアワード(賞)を受賞することが狙いで「授賞式に出て、みんなでおいしいお酒を飲もう!」を掛け声にやっています。どんな賞があるのか、どの賞であれば当館の強みに合致しやすいかなどを調査し、2022年受賞を目標にしています。
1人1分以内で最大3案まで、各自の企画を発表するプレゼン大会の様子
より多くの人に喜んでもらうために、今旅館ができること
―――前回取材した「変化を恐れない組織風土」は健在のようですね。
※前回の記事はこちら
小野: そうですね。3月頃からお客様が激減してしまって、みんな手待ち時間ができていました。マニュアル作りなどには着手していましたが、自宅待機でさらに時間ができると、いろいろな社員が私に改善案や新企画を提案してくれるようになりました。
自宅待機をする社員の中には 「何かをやっていないと不安」 という心理もあると思います。今までインバウンドで忙しくさせていただいていた中で、「何もするな」というのは、やはり漠然とした不安がありますよね。そういった中で、それまで時間がなくてできていなかったこと、時間ができたことでやってみたいことというのが、社員の中にあったのだと思います。
だったら……ということでプレゼン大会につながりました。 お給料を100%もらっていたとしても、みんな不安なんだと思います。そんな中で少しでも前に進めるようにと立ち上げた15のプロジェクト が以下のようなものになります。
綿善旅館で休業中にはじまった15のプロジェクト。各社員が1~3個ほどのプロジェクトに参加
―――旅館休業中の、売上確保の取り組みなどはいかがでしょうか?
小野: 儲けは度外視して「お弁当」の取り組みを3つ進めています。1つ目は、お弁当の無償提供です。他の旅館とも協力して、市内の医療機関にお届けする事が決まりました。他にも保育園や介護施設などへの無償提供の話も進めており、こちらはスタートさせていただける日程の連絡を待っている状況です。
次に、お弁当の販売です。「こういった状況下で旅館がお手伝いできることはないか?」と京都市観光協会の方に相談したところ、とある病院の理事長さんに引き合わせていただきました。当初は無償提供を考えていたのですが、理事長さんから「職員も大きなストレスの中、また時間がない中コンビニ弁当ばかりで健康面が心配。とても助かるので喜んで有償で購入を検討します。」と言っていただきました。先日試食をお持ちして、今後の動きを調整している所です。
3つ目に、駅弁ならぬ 「宿弁」 (やどべん)を始めようと思っています。
―――宿弁?と言いますと?
小野: 駅弁売りのようなスタイルでの、旅館のお弁当の移動販売です。例えば公園には、こういった状況下で少しでも子供に運動をさせよう、外気に触れさせようという親子連れがいらっしゃいます。子どもも保護者もストレスが溜まっていますよね。そういった場所でかわいい着ぐるみを着てお弁当を販売しようと考えています。
そうすると、保護者は食事を作る手間から解放されますし、お子様は一瞬でも明るい気持ちになれるんじゃないかな?と思いまして。「昔、コロナっていうのが流行った時に、おいしいお弁当を売ってる面白い着ぐるみがいた!」という思い出にでもなれば、またそれも良しということで。
公園での販売は行商の許可が必要なので、現在は許可待ちの状況です。5月中旬くらいには始めたいと思っています。
―――どれも、とても良い試みとは思いますが、こんな大変な時に儲けを無視して大丈夫なのでしょうか?
小野:何もしなければ腐ってしまいそうなんですよね。 当館には接客したい人達がいて、料理を作りたい人達がいて、みんなが不安なんです。そこをフォローしたいんです。 社員達の喜びの原点はやっぱり人に喜んでもらうことです。社員が本業を忘れないように、人に喜んでもらう機会をつくるためにもこういった取り組みをやろうと思っています。
―――話は変わりますが、助成金をはじめとした支援は受けておられますか?
小野: 社労士さんの協力を得て、雇用調整助成金の申請準備をしています。しかし上限日額や公休日は助成対象にならないなどの制約もあって、実際には人件費の5分の1くらいしかカバーできない見込みです。
もちろん現状を凌ぐ意味ではありがたいですが、財源が税金であることを考えると、 状況が好転した際にはいただいた以上のものを返していきたい と考えています。そのために、15のプロジェクトなどを通じて、よりお客様に喜んでいただける、より利益が確保できる事業運営ができるようにならなければなりせん。幸い、今までの蓄積で当面の資金繰りはなんとかなりそうですし、念には念を入れて実質無利子での融資も申請しています。社員に安心してもらうため、コロナ後により多くのお客様に喜んでいただくための取り組みを一歩一歩進めています。
―――最後に、現状について思うことを教えてください。
小野: ほんの数か月前まで、京都は本当にたくさんの方にお越しいただいて、言葉は悪いですが「いい目を見させて」いただいていました。 一方で、オーバーツーリズムとも言われるぐらいの多忙さで、現場では日々お客様を受け入れるだけで精一杯という側面もありました。
今回、こういった形で時間ができたことで、 あの忙しかった日々が当たり前のものでなく、本当に「ありがたい日々」だったことを、みんなが実感 しています。そしてそれは、今までやりたくてもやれなかった、よりきめ細かなおもてなしを始めるチャンスなのかなとも思います。
地震などで建物が潰れてしまったわけではありません。先祖から受け継いできた土地があり、そこに旅館という資源がある。 この状況下で、できることをしっかりやって実力を伸ばしていきたいと思います。
お客様とのやりとりがモチベーションの源。お弁当宅配事業に新規参入
松井本館
昭和8年(1933年)創業
若女将 松井もも加さん
JTB法人営業職、結婚式場運営会社のマネージャー職を経て2013年に家業でもある株式会社松井旅館本館に入社。2014年に若女将就任。
―――昨今の状況を教えてください。
松井もも加さん(以下松井): 2月頃からインバウンドのお客様が来られなくなり、予約が減っていきました。3月に入ると国内のお客様からもキャンセルの連絡が相次ぎ、もはや営業していても採算が取れなくなってしまったので4月1日から宿泊は休業しています。本来であれば4月の京都はとても賑やかなので、できることなら営業したかったですね。
―――休業はいつ頃までの予定ですか?
松井: 今のところ5月末までを予定しています。4月は社員にはお給料全額をお支払いしたうえで、電話対応スタッフなどを除いて自宅待機をしてもらっています。当初は社員研修なども行っていましたが、感染予防のために今は自粛しています。 5月からは交代で密にならないよう出勤し、館内の清掃なども行っていきます。 休業で収入がなくなる中、給料を払い続けることは厳しいですが、お子さんが生れたばかりの社員もいますし、みんなでがんばらなくてはいけませんね。
―――そんな中で始めた取り組みがあると伺いました。
松井: はい。 3月からお弁当の宅配事業を始めています。 売上が前年割れしてきて「何かやらないといけない」と話していたら、町内会の宴会をご予約いただいていたお客様から「集まることはできないけれど、もしお弁当を作ってくれたら宴会のメンバーに配れるのにな」というお声をいただいて。それをヒントに 「お弁当だったら私たちにも作れるし、お客様にも喜んでもらえるだろう」 ということで始めました。
宅配お弁当。1人前2500円。京都市内配達(要予約)
―――反響はいかがですか?
松井: おかげさまでご家庭用を中心にたくさんの注文をいただいています。宣伝はまず、SNSで行いました。当初は知り合いの方からのご注文がほとんでしたが Facebookの出身大学のOBグループをはじめ、投稿できるところに投稿していくうちに、新規の方からもご注文をいただけるようになりました。遠方の方からもお声がけをいただき、ありがたい限りです。
ワードでチラシを手作りし、旅館の周辺や宅配先の近辺でポスティングをして、少しずつ告知範囲を広げています。
―――配達も社員の方が担っているのですか?
松井: はい。社員達もすごくやる気になってくれて。京都市内一円を手分けして回っています。春は旅館が一番賑やかなシーズンなのに、それを迎えられないことをみんなすごく残念がっています。そんな中で 「できることをやりたい」と。
このところかかってくる 電話はほとんど宿泊予約キャンセルのものでしたから、お弁当の予約の電話はすごく嬉しいみたいです。配達に行った先では「がんばってくださいね」とお声がけしてくださるお客様も多くて、社員にとっては一番のモチベーションになっているようです。
動画マニュアルの作成など、アフターコロナに向けて
―――お弁当の宅配事業以外に始められた取り組みはありますか?
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