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戦略・経営

2019年10月30日(水)更新

自分をクビにした父を見返したい、三代目の不屈の精神から生まれた「獺祭」誕生秘話

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純米大吟醸の日本酒で美味しい銘柄と言えば真っ先に名前が挙がる「獺祭」。日本酒離れが進むとも揶揄される厳しい業界状況のなかで、現在では年間138億円を売り上げる一大ブランドに成長しています。「獺祭」を一代で立ち上げたのが旭酒造株式会社の三代目の桜井博志会長。旭酒造の事業承継と「獺祭」が生まれるまでの物語を聞きました。

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「父のやり方ではダメになる」と進言したらクビ

河合聡一郎さん(以下、河合): 旭酒造さまの創業は江戸時代からと伺っております。そんななかで、桜井さんは3代目。この点についてお伺いしてもよろしいですか?

桜井博志さん(以下、桜井): 創業は江戸時代なんですが、所有権が変わっていったんです。明治時代に私の祖父が買い取って桜井酒場という酒蔵になりました。しかし、第二次世界大戦中に酒米も統制品になり、一度は廃業。戦後になってから復活したのですが桜井酒場だけでは力がなかったので、私の母の家の樫部酒場、磯田、高村、藤本の各酒蔵5社が合体して旭酒造という会社になり、私がその三代目です。

当時は旭富士という銘柄を造り、山口県東部の酒屋に卸す形で経営を成り立たせていました。人口規模は50~60万人という小さな商圏です。 この辺りの酒蔵はみな、仲卸を通さずに直接酒屋に直販していました。

河合: そんな背景があったんですね! 桜井さんは幼少期から継ぐことは意識していたのでしょうか?

桜井: 昔は長子相続が当たり前だったので継ぐ意識はありました。しかし、周りからは「頼りない」という批判もされていましたね。父も悩んでいたと思います。私も「野球選手」や「宇宙飛行士」といった男の子の月並みな夢を抱いていましたが、高校生になれば現実も見えてきます。大学卒業後、西宮酒造(現日本盛株式会社)で3年勤めて旭酒造に入りました。

当時、戦後の高度経済成長と共に旭酒造は、伸びてはきましたがオイルショックが終わり、1970年代以降の経済は難しい局面に入ってきました。 私は酒蔵がこのまま伸びるとは思えなかった。でも、父は「真面目に頑張る」ことに固執していたように思います。 とにかく父のやり方ではうまく行かないのは分かっていた。進言もしましたが、口論になってしまい打開策は見つかりませんでした。

父からしたら「若造が意見を言っている」くらいにしか思っていなかったのでしょう。その後、売上がジリ貧になってきて口論も絶えなくなり、ある日父から「明日から会社に来なくていい」と言われ退職をしました。そして、自分で石材卸の桜井商事を立ち上げたのです。石材卸は父が亡くなって、もう一度私が旭酒造の社長として戻ってきてからも続けました。

売上前年比85%が続くなか、売れるために思いついたことはなんでもやった

河合: 一度はお父様からリストラをされて、ご自身で石材の事業を始めて……。先代が亡くなられてから旭酒造に戻って、その時の気持ちはどうだったのでしょうか? 日本酒をもっと広めたいとか? 会社を大きくしたいとか?

桜井: そんな大げさなことはありません。 一度、クビになっているのですから、父への反発心の方が大きかった。 「俺にだって日本酒は造れるんだ。やって見せてやろう」という思いでした。社長に就任した1984年は売上前年対比85%が続いていた状態です。この状態が10年も続けば売上は3分の1になってしまいます。 とにかく、売れるために思いつくことはなんでもやりました。

社員たちに「うちの酒はなんで売れないと思う?」と聞いたら、「テレビCMをやってない」とか「値引きがないから安くない」「買ったときのおまけがない」などさまざまな意見が出てきました。流石にCMはお金がないとできませんが、その中からできる限りのことをやってみました。値引きをしたり、お皿をつけたり、酒屋に丁寧に挨拶回りしたり……。 売上は前年対比100%までは戻せるのですが、それ以上はいかない。長期的には無駄だった と分かりました。

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