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連載:第47回 リーダーが紡ぐ組織力

社員の反発で目覚めたリーダー。自律型組織を生み出すために貫いた葛藤と覚悟

BizHint 編集部 2025年1月10日(金)掲載
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2010年の社長就任以降、13年で売り上げ2倍、社員数1.5倍と着実な成長を見せているのが大阪に本社を置く株式会社コダマ。2代目社長の児玉益子さんは「下町の工場」から「根っこの強い会社組織」への変革に取り組み、活気あふれる組織へと変化させました。とはいえ、その道のりは決して順風満帆ではなかったよう。児玉さんの入社直後、会社はメッキ業界の価格競争の波にさらされ、売り上げが半減するほどの危機的状況だったと言います。そこから業績を軌道に戻し、社内改革に着手したものの、古参社員からの反発が起きました。児玉さんはいかにしてその逆境を乗り越え、社員の主体性を確立させていったのでしょうか。詳しく伺います。

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株式会社コダマ
代表取締役社長 児玉 益子 さん

高校卒業後の1990年、父が創業した株式会社コダマに入社。現場作業員として働きながら、経理や営業も担当。2010年、38歳で2代目社長に就任。


危機を乗り越え、社内改革へ。父から問われた「覚悟」が組織を変えた

――2010年の社長就任以降、売上高2倍の9億円、社員数1.5倍の51人と着実に成長し、今年2月には「大阪ものづくり優良企業賞」で最優秀企業賞に輝くなど、メッキ領域の注目企業として躍進されています。

児玉益子さん(以下、児玉): ありがとうございます。創業者である父から経営を引き継いだのがちょうど創業50周年を迎えるタイミングでした。今だから言えることですが、「第二創業期」という気概で組織改革に取り組んだのです。

1991年から1993年頃、バブル崩壊により私たちメッキ業界は価格競争の荒波に直面していました。メインの取引先から「海外と同じ価格でないと発注できない」と迫られ、父の決断でそれまでの「装飾メッキ」から「機能メッキ」へと大転換しました。装飾メッキというのは、ドアの取手など美しさを求められる製品のメッキのこと。一方の機能メッキは、製品に特殊な機能を持たせるためのメッキです。

背水の陣で転換を進めましたが、既存の仕事を断っていったため 売り上げは半減してしまったんです。

転機となったのは2003年頃から始めたウェブ戦略です。当時、メッキ業界ではほとんど例がなかったウェブサイトを立ち上げ、私たちの技術や開発事例を発信しました。「錫メッキの変色」など顧客の課題に即した情報発信を行ったところ、全国から問い合わせをいただけるようになり、顧客数は30~40件から徐々に増え、現在は1000件に拡大。2010年には売り上げが半減する以前と同水準の売上高4億円を達成することができました。

ただ、売上は持ち直したものの、組織には大きな課題が残ったままでした。

私が入社した頃からずっと、良くも悪くもドラマで見るような町工場の世界で…。 二日酔いのまま会社にやってくる職人さんがいたり、工場の中にタバコの吸い殻が落ちているのも日常の風景でした。週休2日制も有給休暇制度もなく、労務管理の面でも課題だらけでした。

接客においても、お客様が製品を持ち込んで「この週の金曜日ぐらいにできるかな?」とアバウトに依頼してきて、こちらも「多分できるわ、その辺に置いといて」と返す。そんなやり取りが当たり前の光景でした。社員間のコミュニケーションもほとんどなく、それぞれが黙々と作業をするような雰囲気でしたね。 いわゆる、旧態依然とした町工場だったんです。

そこに私はずっと大きな危機感を抱いていました。

私が社長に就任したのが2010年ですが、この2年前くらいから世代交代を意識し始めていました。これからコダマをどんな会社にしていきたいかを模索していたんです。そこで私は、「町工場」から「根っこの強い会社組織」に変えようと決意しました。どこに出しても恥ずかしくない 「この会社を選んでよかった」と思っていただける会社に変えたかったんです。

売り上げが半減した頃は、とにかく売り上げを戻すことに必死で、組織改革どころではありませんでした。ですが、売り上げ半減の危機から脱却できても、組織がこのままの状態では、お客様に選んでもらえる会社にはなれない、今後の受注を増やしていくことはできずに、いつか崩壊してしまうのではないかという危機感があったんです。

なので、元気な挨拶でお迎えして、「ありがとうございます、いつ納品をご希望ですか?」とか、「ご依頼の製品は自分たちでトラックから降ろしますのでお待ちくださいね!」とか、社員自らがお客様に対して丁寧に対応できる、そんな会社を目指したいと思っていました。

そして、そのように社員が気持ちよくお客様と接することができるようになるためには、風通しの良い組織にする必要があると感じていました。ただ単に作業を一緒にする仲間という感覚ではなく、例えば「今日はなんかしんどそうやな?なんかあったん?」「なんや今日は調子良さそうやな。ええことあったん?」といった会話ができる組織です。

そんな会社を目指すために、理念経営を実施しようと決意しました。そのためには社員の意識改革が必要だったのですが、私たちにはその知識もなく、右も左もわからない状態だったんです。

児玉: そこで、当社は1つの大きな決断を下します。それまでやったことのなかった「あること」に踏み切ろうとしたのです。

ただ、その時に父から「覚悟はあるのか?」と猛反発を食らってしまいました。 その覚悟を決めることこそが、のちに反発していた古参社員たちの意識を変えていく、大きな転換点ともなるのです。

――覚悟を問われるほどの「あること」とは何だったのでしょうか?

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