連載:第21回 人材育成 各社の取り組みを追う
「多様性は面白い」。DACグループ石川社長が語る公平な組織づくりと苦悩しながらそれを支えた女性役員の歩み
個人の個性やライフスタイルが尊重されるようになり、働き方も大きく変わりつつある今、企業も「多様性」と向き合うことが求められるようになりました。しかし、「ダイバーシティ推進が経営にどのようなメリットをもたらすのか」ピンときていない方もいらっしゃるのではないでしょうか。1962年創業の総合広告代理店 DACグループは30年以上前からいち早くダイバーシティ推進に取り組み、平成27年度東京都女性活躍推進大賞を受賞しています。女性活躍をはじめダイバーシティを推進する意義や定着の難しさを、代表取締役社長の石川和則さんと取締役人事部長 兼ダイバーシティ推進室室長の川﨑恭子さんに聞きました。
株式会社DACホールディングス
代表取締役社長 石川 和則さん
1971年デイリースポーツ案内広告社入社。1977年代表取締役社長就任。多額の負債を抱えた同社を立て直し、DACグループを創立。冒険家でもあり、これまでにはタクラマカン砂漠横断、北極点到達、南極点到達、マッキンリー登頂などを達成している。
株式会社DACホールディングス
取締役人事部長兼ダイバーシティ推進室室長 川﨑 恭子さん
1998年株式会社ピーアール・デイリー入社。営業や企画に従事する傍ら2011年よりダイバーシティ推進委員を兼務。2015年にDACホールディングス人事部に転籍。2022年2月 より同社の取締役 に就任。
社長就任後、120名の社員が16名に。大量離職を乗り越えて気がついたこと
石川和則さん(以下、石川): DACグループは1962年にスポーツ紙の求人広告代理店としてスタートし、2022年には創立60周年を迎えます。現在は総合広告事業だけでなく、企業の採用活動をサポートする人材ソリューション事業、観光業の広告企画や地域活性化事業を推進する観光ソリューション事業、官民のインバウンド事業を通じて世界に日本の魅力を発信するグローバル広告事業の4事業を13拠点で展開しています。私は1971年に入社し、29歳で社長に就任しました。
当時、会社には莫大な負債があり、倒産の危機にありました。私は一緒に働いていた仲間のために社長になることを決めましたが、120名いた仲間は私が社長に就任した途端、次々に辞めていきました。 最終的に16名しか残らなかったんです。
非常に苦しい状況でしたが、残ってくれた16名は私を信じてくれていました。彼らの期待と信頼に応えるため、良い会社をつくり、良い経営者になろうと誓いました。
誰もが活き活きと希望を持って活躍できる環境を創ること。後進を育成し、つねに社員と共に実践・行動し続けること。 トップであると同時にリーダーであるために、やるべき事を心に刻んでこれまで会社を成長させ続けてきました。
なぜ「多様性」が必要なのか?それは「面白いから」だ!
──貴社では約30年前から女性活躍やダイバーシティを推進されてきています。
石川: 私は経営者として「誰もが活き活きと希望を持って活躍できる環境を創る」ことを目指してきました。 そのためには、仕事が面白くなくてはいけません。これは人生も同じです。「面白くなければ、やりがいも感じられない」と私は考えています。
では「面白さ」とは何か?「他とは違う」ということです。違いそのものや、変化の兆し、変化の只中にあるものこそが面白さです。
多大な債務を背負い、社員が大量に辞めてどん底を味わった当社が成長を続けてこられたのは、変化に適応し続けてきたからでもあります。
我々は広告業ですから、社会の変化を捉えながら変わり続ける必要があります。当社が長年推進してきた「女性の社会進出」も、30年前から見れば大きな社会の変化の1つですよね。
必要なのは「男女公平」。女性管理職の育成を始める
──ダイバーシティの推進において大事なことは何でしょうか?
石川: 私にとってそもそものきっかけの一つが、アメリカで経験したとある出来事でした。これは衝撃的でした。30年ほど前、日本で男女雇用機会均等法が施行されたばかりの頃です。アメリカに研修に行った際、ウォールストリート・ジャーナルのオフィスを訪ねると多くの女性が管理職として活躍していました。 性別ではなく、「能力ある人が登用される文化」を目の当たりにして価値観が変わりました。
80年代は日本でも「男女平等」という言葉が叫ばれていた時代ですが、 私としては、それよりも大切なのは「男女公平」だと考えています。年齢や性別に関係なく、それぞれの人材が才能や能力を十分に発揮し、活躍できる風土が組織を成長させるのだとアメリカから学びました。
そして当社のダイバーシティにおいては、川﨑という推進役の存在も大きいですね。
子供を抱えながら新卒の就職活動。社長が「面白い!」と言ってくれた。
──川﨑さんは現在、DACの取締役人事部長兼ダイバーシティ推進室室長を務めていらっしゃいますね。
川﨑恭子さん(以下、川﨑): 私は1998年に入社しましたが、実は就職活動の際にとても苦労しまして……。
と言うのも、当時すでに息子がいたんです。生後10ヶ月の息子を抱えて就職活動に励むものの、どの企業からも門前払いされてしまう状況でした。何の経験もなく子供がいる私を、正社員として受け入れてくれる企業はないのか……と、諦めかけていました。そんな中で、社長の石川と出会いました。
石川は私の状況を聞いて「面白い!」と言ってくれたんです。これは本当にうれしかったですね。そして「人と違うことは強みなんだ!」と言ってくれました。入社が決まった時には、「この会社でがんばろう!」と強く思いました。
DACグループのダイバーシティ推進が組織として動き出したのは2010年頃のことです。2009年に外部から顧問を迎え入れて、女性管理職の育成が本格的に始まりました。
私は2011年にダイバーシティ推進委員に立候補しました。 複雑な事情を抱えて入社し、会社に助けてもらった「マイノリティの当事者」として、今度は私が会社に恩返ししたい、私がやらなくてはと思ったんです。
参加した女性管理職研修では、同じような悩みを抱える仲間がグループのあちこちから集まっていました。 それまで各所で孤立していた女性たちにつながりが生まれ、みんなで相談したり問題の解決方法を話し合ったりと、女性が働きやすい環境づくりについて考えるきっかけになりました。
年に2回行われる表彰式。男女公平の考えのもと、女性が活躍できる風土が培われてきた。
「優遇」ではなく「制度」に。なかなか得られない社内の理解。
──川﨑さんは、社内にどのような課題があると感じていましたか?
川﨑: まず、 社内における男性以外の「マイノリティ」の存在感が非常に薄いという問題がありました。存在が見えないと、課題が認識されないですよね。
私が入社した’90年代当時の経営幹部は男性ばかりで、次長クラスの女性は1人しかいませんでした。 石川の理想とは裏腹に、現実には社内は男性優位の文化が強く、女性は意見を言いにくい雰囲気がありました。女性社員が取締役会に提案してもなかなか検討してもらえないなど、現場には大きな課題がありました。
さらに、子育てをしながら働いている女性社員が全国で私を含めて1、2人しかいなかったんです。「時短勤務」などの制度もなく、個別に対応される中で「自分だけ早上がりなんて……」「自分ばかり子供の事情で休むのが心苦しい」と肩身の狭い思いをしていたことを覚えています。
会社が成長し社員が増える中で、徐々にワーキングマザーを支えるための仕組みができていくのですが、当時のDACグループには「制度」がなく、そういった女性に対して「優遇」するという状態になってしまっていたんです。
例えば、時短勤務や残業免除について、当時は給与が減らない仕組みになっていました。そもそも、時短勤務が女性しか使えない仕組みでした。そのため、制度を利用していない社員からは男女問わず「なぜ勤務時間が短いのに給与が変わらないのか?」と反発がありました。介護や通院、育児など様々な事情から時短勤務を希望する男性社員のニーズには応えられない仕組みで、様々な問題が噴出していました。
そしてそれらの仕組みを活用していた女性社員たちからも「心苦しい、みんなと対等な立場で働きたい」という声も挙がっていました。これらの仕組みは、継ぎ足しながら作られてきたものでしたが、「きちんと制度化する必要性」をひしと感じました。
──「優遇」になっていた状態から「制度」へと仕組み化する改革はどう進めたのでしょうか?
川﨑: プロジェクトを立ち上げ、制度の見直しに着手しました。時短勤務制度の改善や保育園など育児に関する補助など、実用的な制度の充実が最優先と考えて、当事者の意見を踏まえながら実態に則した内容に変更し、取締役会で提案しました。
制度の見直しに関しては反対されませんでしたが、「わからないけどいいんじゃない?」と言われました。「自分は当事者じゃないからわからない、興味も関心もない」という状況だったんです。 反対されない状態ではなく、支持される状態にするためにはみんなにまず知ってもらうことが必要だと感じました。
「知ってもらう」ために2011年ごろから社内向けにダイバーシティ勉強会をはじめました。 ワーキングマザーの社員が日々をどのようなスケジュールで働いているのか知ってもらい、制度の意義を伝える地道な活動です。ですが、なかなか理解は得られず、当事者でない男性社員からは活動や発言がスルーされてしまう状況が続きました。
ダイバーシティ推進のカギは「響くように伝えること」
川﨑: ダイバーシティ推進委員たちは今いる社員だけでなく、今後社員になる人材のことも見据えて、長期的な目線で「ダイバーシティは経営のためにも推進すべき」と何度も提言してきました。 しかし、当時の男性優位の文化において「女性活躍」や「ダイバーシティ」という言葉はママ社員や女性のためのものというイメージが根強く、なかなか理解が広まりませんでした。
2012年、業を煮やした石川が「世界でも女性活躍が進んでいる北欧で調査してくるように!」とグループ内の管理職社員に北欧研修を命じました。
2012年に行われた最初の北欧研修。女性幹部10名が参加した。
1年目は女性幹部10名で実施しました。私はこの年は参加しなかったのですが、参加したメンバーたちが実際に企業や社会の中で女性が活躍している様子を目の当たりにしたことで、「この研修こそ男性役員に参加してもらうべきだ」と強く要望しました。帰国してから社長に男性役員の研修参加を提案し、2年目の研修には男性役員が2名同行することになり、私もこの回から2ヶ年渡航しました。この時、アイスランドのバス会社の女性常務による講演があったのですが、この講演が大きな転機となりました。「そもそも地球の人口は男女半々です。その大切なリソースを使わないのは企業にとってもったいないことです」と自社の経営戦略を交えながら話してくれたそのスピーチに男性役員は強く感銘を受けたそうです。それまでダイバーシティ推進にあまり乗り気でなかったその男性役員は研修が終わった後、一転して味方になってくれました。
アイスランドでのディスカッションと、それまでの私たちの提言の本質的な内容に大きな差はなかったと思います。それでも、 伝え方ひとつでこんなに響き方が違うんだと驚きました。 北欧研修以降、会社全体でダイバーシティを推進する風土が生まれるようになりました。
2013年の北欧研修。この年から男性役員も参加するように。
ダイバーシティとは、性別や属性など各々が持つ特性の多様性を受容することですが、「多様性を受容すること」を押し付けてしまう形になっていると理解は進みません。 どれだけ勉強会を開いて公平な制度を整えても、納得できない人や、活動の理解ができない人もでてきます。
その後約10年、社内で活動する中で実感しているのは、 相手が納得するまで対話することが最も重要だということです。対話においては、相手の立場や大切にしている価値観のポイントを押さえて、伝わるように話せると効果的であるように感じます。
結論やメリットを重視する人もいれば、プロセスの公正さを重視する人もいます。相手が自分と異なる考えを持っていても、戦うのではなく、その違いを軸に議論した方がスムーズです。 相手の結論を肯定してから問題提起したり、相手にとってのメリットから話したりするなど工夫を施せば食い違いも減り、組織としてよりよい方向に向かうのだと思います。
そういった対話を積み重ねて、ようやく最近、ダイバーシティとは「まずは相手の立場や考えを理解し受容すること」だという考えが社内全体に浸透してきたと思っています。
活躍する女性社員のプロフィールやエピソードをまとめた冊子。石川社長の一声で制作され、グループ全体に配布された。
川﨑: 当初は女性の子育て支援のために設けた「時短勤務」や「時差出勤」ですが、誰でも利用できるように整備した現在は、属性に関わらず制度を活用する社員の幅が広がっています。子育て以外にも通院や介護などのニーズがあり、制度に対する「女性向け」「ワーママ向け」といったイメージが払拭された結果だと考えています。昔に比べると男女の差は埋まりつつありますが、現場では完全に解消されたわけではありません。今もまだまだ変化の途中です。
多様な価値観があってこそ、様々な視点から事業を捉え、変化に対応し、成長し続ける組織になります。価値観やものの捉え方を均質化することは、会社や組織にとってメリットはありません。
最近では「女性活躍推進」の分野で表彰いただくこともありますが、 女性だけでなく、組織全員が活躍することで、結果として会社としての魅力も増しますし、発展性も広がると思います。 今後も公平で働きやすい組織を作っていきたいと考えています。
──最後に、今後の展望を教えてください。
川﨑: 働き方の整備が少しずつ進み、結婚・出産を経ても継続して勤務する社員も増えました。ライフスタイルはさまざまですから、組織にあった形で評価制度や給与体系の見直しもしながら、今後組織が大きくなっても一人一人の声を聞けるようにしていきたいと思います。社員面談や、研修を通じて社員の相談に乗る機会を提供していきたいと考えています。
今後の課題は女性の意見を経営に取り入れるため、ボードメンバーとなる女性役員を輩出することです。現在、取締役会メンバー15人のうち女性は2名にとどまっています。女性管理職候補を対象にした研修も実施していますが、マネジメント側になりたがらない人もまだまだ多い状況です。どのように対話を重ねて、どんな在り方がベストなのか、仲間たちと一緒に考え続けたいと思います。
(取材・星久美子 撮影・松本 岳治 編集・半田早菜栄)
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