close

はじめての方はご登録ください(無料)

メニュー

BizHint について

カテゴリ

最新情報はニュースレター・SNSで配信中

連載:第13回 経営者が読むべき労務解説

「45歳定年制」から考える定年制度のポイント

BizHint 編集部 2022年2月28日(月)掲載
メインビジュアル

日本企業の独特な慣習である「定年制度」。サントリーホールディングスの新浪剛史社長が「45歳定年制」を発言したことで、「45歳」という年齢での「定年」に注目が集まっています。ただ、社会保険労務士法人シグナル代表の有馬美帆さんは「企業は法律上、定年を60歳以上に定めなければならず、『45歳定年制』は誤解を生じることが多い」と指摘します。有馬さんが「45歳定年制」から、定年制度のポイントを解説します。

メインビジュアル

「45歳定年制」問題とは?

社労士: 「今月の打ち合わせは以上になりますが、他に何かご質問やご相談はおありですか?」

社長: 「そうですねえ……。前から気になっていたんですが、少し前に話題になった『45歳定年制』というのは一体どういう話なんですか?」

社労士: 「サントリーの新浪社長の発言で話題になった件ですね」

社長: 「はい。『働かないおじさん社員』の対策にならないかな、と」

社労士: 「社長、実は社長の考えている『定年』と新浪社長のいう『定年』は意味が違うんですよ!」

社長: 「え、どういうことですか?」

「45歳定年制」は2021年9月9日の経済同友会のセミナーにおいて、サントリーホールディングス株式会社の新浪剛志代表取締役社長が、「定年を45歳にすれば、20代や30代の人達が自分の人生を考えて勉強するようになる」という発言で話題になったものです。この発言は多くのビジネスパーソンにインパクトを与え「中高年をリストラしたいがゆえの発言だ」というネガティブなコメントも多く見受けられました。

とはいえ、この「定年制」には法律による規制がかかっています。企業の一存で定年を「45歳」にはできません。

「定年」という言葉の2つの使い方を知ることが重要!

社労士: 「法律で、企業が定年を定める場合は60歳以上としなければいけないんですよ」

社長: 「ということは、定年を45歳とするのは?」

社労士: 「そう定めても無効で、60歳が定年ということになります」

社長: 「ではなぜ新浪社長は『45歳定年制』と言ったんでしょう」

社労士: 「先ほどの定年を『法律上の定年』と呼ぶことにしましょう。新浪社長は、法律上の定年を45歳にできるようにしようという意味で『定年』という言葉を使ったようではないようですね」

社長: 「では、どのような意味で『定年』と?」

社労士: 「はい、『キャリアの転換点としての定年』という意味なようです」

物議を醸した「45歳定年制」について、新浪社長は後に「定年という言葉を使ったのは、ちょっとまずかったかもしれない」と釈明しています。つまり、「法律上の定年」を変えるべきというのではなく、別の意味で発言したわけです。それは「人生100年時代になった今、自分のキャリアを振り返り、どうあるべきかを考えるタイミングとして折り返し地点になる40代がとても重要であるから、そのタイミングで個人と企業の関係をどうするかについて議論すべき」と発言しています。つまり、「キャリアの転換点としての定年」という意味で「定年」という言葉を用いたのです。

<「定年」という言葉の用い方>

  1. 「法律上の定年」
  2. 「キャリアの転換点としての定年」

「法律上の定年」と「キャリアの転換点としての定年」の違いが「45歳定年制」問題の理解を妨げている側面があります。そこで、この2つの「定年」について、それぞれ詳しく見ていきましょう。

「法律上の定年」とは?

そもそも、法的な意味での「定年制」や「定年」とは何でしょうか。定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する制度です。そして、この「一定の年齢」のことを「定年」と呼んでいるのです。いわゆる「日本型雇用システム」の特徴として、終身雇用・年功序列・企業別組合の3つがあります。終身雇用は「正社員」が企業と期間の定めのない労働契約を結んでいること意味します。長期間にわたって、企業の基幹的な業務を担う存在として期待されているのが正社員です。とはいえ、企業もいつまでも正社員を雇い続けたのでは、組織の新陳代謝が図れません。そこで設けられたのが定年制。期間の定めがない労働契約における特殊な終了事由なのです。

定年は何歳以上から設定できるかというと、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」といいます)第8条本文に、「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に「定年」という。)の定めをする場合には、当該定年は、60歳を下回ることができない」とあり、60歳以上となっています。つまり、現行の法律下では45歳を定年と定めることは出来ません。新浪社長の発言は法律上ではなく、キャリアの転換点としての定年についての問題提起です。

かつては55歳定年制を採用する企業が多数で、高年法における60歳定年も当初は努力義務だったのですが、高年齢者の雇用確保の必要性の高まりから1998年に義務化されました。その後、年金支給年齢の引き上げなどの事情により、高年法は65歳までの雇用確保措置を義務化しています(第9条第1項)。

その措置とは、

  1. 「定年年齢の65歳への引き上げ」
  2. 「希望者全員を対象とした65歳までの継続雇用制度」
  3. 「定年制の廃止」

のいずれかから選ぶ必要があります。2020年の「高年齢者の雇用状況」(厚生労働省)によると、65歳定年企業は18.4%、定年制廃止企業は2.7%であり、大多数の企業は継続雇用制度を導入しています。

さらに高年法は2021年4月から、70歳までの就業機会確保措置を努力義務化しています。65歳までは「雇用確保措置」、70歳までは「就業機会確保措置」と言葉が違うことにご注意ください。65歳以降は「高年齢者を雇用せずとも、業務委託契約等によって就業機会を確保できれば良い」という制度設計となっています。

「法律上の定年」については以上を見る限り、60歳より下の年齢での設定が認められる可能性は当面はないといって良いでしょう。なお、定年制は欧米諸国では年齢による差別として禁止されています。日本では終身雇用制が定年制を認める理由ですが、その終身雇用制についても見直しの機運が高まりつつあるため、その観点からも60歳定年制についても何らかの法改正がなされる可能性もなくはないでしょう。

「キャリアの転換点としての定年」とは?

そして、「キャリアの転換点としての定年」という意味での「定年」という言葉の用い方は意外と古くから使われています。

例えば、弊所顧問であり株式会社リクルート出身でもある高野慎一氏によれば、リクルートでは1989年から「フレックス定年制度」を導入し運用していたそうです。これは、38歳以上の従業員が38歳から60歳までの間で自由に定年年齢を選択できるという制度で、世間からは「38歳定年制」とも呼ばれていました。これは「法律上の定年」ではなく、あくまで自由な意思決定によるものですが、企業内の成長だけでなく、退職後起業などにより企業外での新たな成長を求めることを推奨する企業風土や、38歳で退職金の額が最大になる制度設計、そしてセカンドキャリア支援制度などにより、リクルートの従業員は20代や30代前半のうちに、自分の人生後半のキャリアについて考える環境を与えられていたわけです。

また、2012年には当時の野田佳彦首相を議長とする国家戦略会議が、国の長期ビジョンである「フロンティア構想」をまとめています。あくまで改革案でしたが、「労使が合意すれば40歳での定年も可能な柔軟な雇用ルール」が含まれていました。これは60歳定年制が企業内における人材の新陳代謝を阻害しているとして、柔軟な人事政策のために「40歳定年制」も導入可能とする狙いがあったのです。当時の国家戦略会議で「40歳定年制」を提唱したのが柳川範之氏(現東京大学大学院経済研究科教授)で、「社会の変化が速くなっているため、40歳時点で学びなおしが必要」というのがその理由でした。実は、この国家戦略会議のフロンティア分科会には当時ローソンの社長として新浪氏が参加していたりもします。

従業員に「キャリアの転換点」を上手に迎えてもらうために

社長: 「なるほど、現在の法律では60歳から定年年齢を引き下げることはできないので、『働かないおじさん』対策としては使えないということですね」

社労士: 「そうですね。その点に関しては、まずは従業員教育をしっかりすることや配置転換で新たな可能性を試すなどの正攻法が大事です。最終的に退職勧奨などを行わざるを得なくなるにしても、『企業としてやれることはやった』という状況を作ることが労使トラブルのリスクを低くします。従業員が学んでくれることは、企業が時代に合わせて成長するために必要という前向きな意味にも目を向けてくださいね」

「45歳定年制」を「キャリアの転換点としての定年」という意味でとらえた場合、45歳になってから改めて自らのキャリアについて考えるのでは遅すぎます。従業員が30代に入ったあたりから、「キャリアの転換点」に対応できるよう、企業として導く必要があるでしょう。

内部の人材の育成には、「キャリア教育」と実際の学びが車の両輪のようにつながっている必要があります。できれば、キャリアコンサルタントによる研修などで、自身のキャリアについてじっくり考える機会を持ち、企業としての今後の方向性や戦略について全体で学ぶ機会と、個別面談で従業員個々に期待する能力を伝える機会を設ける流れを設けていただきたいところです。この流れのなかで、従業員一人ひとりが、「キャリアの転換点」に立ち向かうために何を武器として身につける必要があるかを考えてもらうのです。

その際には「リカレント(学びなおし)」や「リスキリング(知識やスキルの再開発)」が必要になります。これらについて、企業として業務命令を出して学んでもらう場合もあれば、従業員の自己啓発に期待する場合もあるでしょう。前者の場合は企業の費用負担が必要となりますが、人材開発支援助成金など公的助成制度もありますので、社会保険労務士に相談するなどして、上手に活用してみてください。後者の自己啓発に期待する場合も、国からの教育訓練給付金や専門実践教育訓練給付金を活用すれば、従業員の学びの費用の負担を減らすことができます。特に、専門実践教育訓練給付金は、原則として受講費用の50%(年間上限40万円)が2年間(最長3年間)給付されるとてもお得な制度となっています。

専門実践教育訓練給付金の指定講座には、社会人大学院などの本格的な学びの場も用意されている上、2022年4月1日からはデジタル技術の進展を踏まえたニーズに応じた人材育成を行う第四次産業革命スキル習得講座(AI、データサイエンス、セキュリティ)が新規に加わります。詳しくは厚生労働省のサイトを確認しましょう。指定講座の充実ぶりには驚かされます。経営者の方が従業員に学びを奨励し、費用負担なく従業員に自己を高めてもらうことにつながります。

従業員に「キャリアの転換点」を意識してもらい、それに備えたキャリアデザインや能力開発をしてもらうこと。こういった動きが必要な時代が来たという意味では、企業にとっても大きな「転換点」を迎えているのではないでしょうか。

(編集:上野智)

この記事についてコメント({{ getTotalCommentCount() }})

close

{{selectedUser.name}}

{{selectedUser.company_name}} {{selectedUser.position_name}}

{{selectedUser.comment}}

{{selectedUser.introduction}}