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「石橋を叩いて叩いて渡らない」企業体質を変えたワクワクから小田急電鉄が描く“未来”の形

BizHint 編集部 2018年9月12日(水)掲載
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バスの自動運転技術から沿線駅でのエリアマネジメントの実施など、「鉄道会社」の枠を超えて、新たな挑戦を試みる小田急電鉄株式会社。それらの取り組みは、2018年4月に発表した「未来フィールド」の検討をきっかけに生まれてきました。そのなかでは、複々線完成後に目指す未来の在り方を模索し、モビリティや観光、まちづくり、くらしなど様々なジャンルで、小田急電鉄の新たな「挑戦」を目標に掲げています。 かつては「石橋を叩いても叩いても渡らない」企業風土があったなか、「挑戦」を目指した理由。また、「未来フィールド」設定後、小田急電鉄の企業風土にどんな変化が起きたのかについて、外部から「未来フィールド」の策定を支援したヒューマンバリュー川口大輔さんを聞き手にお迎えしてお話を伺いました。

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(写真左から経営戦略部 西村潤也さん、経営戦略部長 久富雅史さん、経営戦略部 政光賢士さん)

不確実性がより一層高まるこの時代、20年後も大切にしたいものは何か

川口大輔さん(以下、川口): そもそも「未来フィールド」とはどんなものなのでしょうか?

経営戦略部長 久富雅史さん(以下、久富):「未来フィールド」とは、小田急電鉄の社員一人ひとりが主体性や創造性とアイデアをもって、社会やお客さまに新しい価値をお届けするための指針です。

川口: 未来フィールドには「わくわく×イノベーション」という言葉を軸に、「モビリティ×安心・快適」や「観光×経験」、「まちづくり×愛着」「くらし×楽しさ」などの指針が掲げられていますね。

久富: それぞれのフィールドを「〇〇×〇〇」という掛け算で表現していますが、 前者がやるべき事業で、後者はお客さまにとっての価値 を示しています。掛け算で、より一層発想や価値が広がっていくようにとイメージしました。

これらのキーワードに付随して、エンターテインメント、スポーツ、観光、インバウンドから、デジタルトランスフォメーションのようなICTの分野でプラットフォーム作成まで、非常にバラエティに富んだ取り組みを行っています。

川口: 具体的にはどんな取り組みになるのでしょうか。特に力を入れているものがあれば、教えてください。

西村潤也さん(以下、西村): 私はモビリティのフィールドで自動運転を担当しています。学校法人慶應義塾と連携協力協定を締結し、今年6月には湘南藤沢キャンパスで神奈川中央交通とで自動運転バスの実証実験を行いました。モビリティの分野は小田急電鉄が培ってきた開業90年以上の経験や、今年3月に完成した複々線には構想から50年、着工から30年の積年の想いがあり、将来にむけた一丁目一番地のプロジェクトだと思っています。

政光賢士さん(以下、政光): 「まちづくり×愛着」でいくと、鉄道会社は従来沿線に商業施設を作って魅力あるテナントを誘致し、ハードの最適化を図るという視点で施設運営を行ってきましたが、現在ではソフトにも関わっていこうとしています。新百合ヶ丘では、毎月、マルシェのイベントをやったり、その他の駅でもイルミネーションやハロウィンイベントなどを行い地元の方や行政、ディベロッパーなどと連携して、地域を活性化させる取り組みを行っています。

西村: それぞれの取り組みは、 1つのフィールドに特化するつもりはないです。モビリティを通じて、まちづくりの愛着やくらしの楽しさ、観光や経験など、様々な分野へ価値を提供するのが理想ですね。それぞれのフィールドは単体ではなく、すべて連鎖して、より次の広がりを見せていくような形が理想 だと思います。

ダイヤ通りの安全運行を求める「失敗しても許されない風土」

川口: この「未来フィールド」ですが、そもそも制定されるきっかけはなんだったんでしょうか?

西村: 簡単に変化を予測できない現代は、事業環境の不確実性がより一層高まっていく時代だと思います。だからこそ小田急電鉄が、今後の未来に向け、どんなものを大切にし、どんな価値を社会やお客さまに対して提供していくべきなのか。それを考えていくべきじゃないかと思ったのが、「未来フィールド」策定のはじまりでした。

鉄道会社としての企業体質なのか、 弊社には「石橋を叩いても叩いても渡らない」という風潮がありました。列車をダイヤ通りに運行する「安全運行」が根付いている、決められたことをその通りに遂行するのは得意です。けれども、新規の発想にチャレンジするという動きは弱かった。

久富: 社員も「失敗を許容してもらえない」と思い込んでいました。悪い意味で挑戦しづらい風土になってしまっていたんですね。

政光: 経営戦略部でも2015年から6か年計画の「長期ビジョン2020」という長期計画を打ち出しましたが、正直、私たちが一方的に作っても、社員一人ひとりの「自分ごと」として捉えられずに、上手くいかず実行まで至らなかった施策が多くありました。

ちゃんと実行まで動き出せるために、「対話型のビジョン策定」にシフトすることにしたのです。西村さんは「ロマンスカークレド」の取り組みで対話型でより具体的な行動まで落とし込む変革を行っていたので、これを参考にして、より全社的に広まる取り組みにしようしたわけです。

新社長が行った全29部署の社員たちの対談

川口: 「対話型」にフォーカスを当てたのはどうしてだったんでしょうか?

西村: 私は「ロマンスカークレド」を作ったときの経験から、 戦略だけ立てても前に進まないという意識があり、最終的にはいろんな部署を巻き込む必要があると思っていたので、「対話」が必要だと思っていました。

現場と経営者とのミスコンタクトも非常に気になっていました。以前、後輩が「役員に言っても、分かってくれないじゃないですか」と話していました。まだ、役員に何も話していないのにです。私としては、役員には知識も経験もあるので、それを最大に活かす取り組みができないかと思ったんです。

2017年2月には本社の1階に「odakyu未来カフェ」というカフェスペースを常設し、外部の講演やワークショップができる場としました。未来カフェの設置をきっかけに「自分たちも主体性をもって参加していいんだ……」という雰囲気が広がり始めた気がします。

政光: 次に転換点になったのは、2017年4月に就任した星野社長から、「このカフェを使って、社員と座談会をやりたい」と言われたことです。そこで、若手から部長までが参加して、社長との座談会を全29部署ごとにやりました。部署が多いので毎晩のように座談会をしていましたね。

また、新たな試みとして経営陣を集めて合宿を開催しました。

経営陣が集まって小田急の未来を考えた「合宿」

川口: 以前は経営者層が集まって深く検討するのはなかったと伺いました。

久富:正直、経営陣が合宿形式で集まって、小田急の今後について話すのは初めてだったので「本当にできるのかな」と疑心暗鬼でした(笑)。 「2020年以降の小田急を作っていくために、いま私たちはどういう時代にいるのか」「テクノロジーの変化を踏まえ、次の50年後の未来を作ろう」など、さまざまなテーマで議論すると、いろんな言葉が出てきて……。

西村: 印象深かったのは「ワクワク」という言葉に、みなさんが結構共鳴していたこと。「社員をワクワクさせられるような会社じゃないとダメだ」と、あの合宿のなかで経営陣の共通認識になり始めたんです。。それが、「未来フィールド」の柱になる、「ワクワク×イノベーション」につながったと思います。

川口: その後、どのように各部署にフィードバックしていったのでしょうか。

政光: 合宿を通じて出来上がった「未来フィールド」の原型を、各部署の部長と課長代理に伝えて、それを各部署に持ち帰ってもらって。さらに「これを通じて何を実現したいのか」を話し合ってもらい、そのフィードバックを共有してもらいました。そして、社員たちから新たに挙がってきた言葉や想いを紡いで、現在の「未来フィールド」に至ったのです。更にその後、部門ごとでも未来フィールドをベースに方針をディスカッションして部門方針を決めてもらいました。

「去年の焼き直し」から「未来のためにいまできること」への変化

川口: 既存の部門方針とはどのような違いがありましたか。

久富: これまでの計画の策定は、会社の向かう方向と組織の向かう方向が、あまり一致していなかったり、前年度の焼き直しというパターンが多かった印象です。

でも、今回組織がどうありたいのかを、「未来フィールド」という形で打ち出したことで、 出来上がった新しい部門方針は「将来、社会やお客さまにどのような価値を提供していけるのか」に重点を置いている 感じがします。部門方針を踏まえて策定した中期経営計画では「次世代モビリティを活用したネットワークの構築」や「未来型商業への変革」など、これまで以上に未来にむけた挑戦的なテーマを掲げることが出来ました。

政光: 個人の主体性も大きく変わりましたね。従来は部門方針を各部の計画策定担当が作って提出していることが多くありましたが、今回は、多くの社員を巻き込み何回も議論してもらったので、 策定した計画が「他人事」ではなくて「自分事」になっています。

西村: 社内でも「ムーンショット」という言葉が流行語になりましたね。アポロ計画で月に到達できたように「一見、困難に見えることでも、実現できたらインパクトのあること」ですが、未来フィールド策定後、社内の雰囲気が「ムーンショット」を目指すように少しずつ変わってきた気がします。

例えば、 部門方針も従来は3か年計画で確実にできることをまとめがちでした。でも、先に「できるかわからないけど、ムーンショットの自分たちがありたい姿」を考えて、今後3年間でどうやるかを考えるように なりました。その結果、ちょっと勇気がいる案が出たり、目先の確実なことよりも、「この先、自分たちはどうしたいのか」という意志が入った計画が増えたと思います。

社長から部長まで。自分の言葉で語る「ストーリー・テリング」の重要性

川口: 指針や目標を掲げても、多くの企業ではうまく社員に浸透せず、絵に描いた餅になりがちです。でも、「未来フィールド」を機能させていくなかで、重要だったと思われるシーンはなんだったんでしょうか?

久富: 各部署での「未来フィールド」についてのセッションの前に、それぞれの役員たちが、「どんな想いでこの未来フィールドを作ったのか」を語ってもらいました。その際のストーリー・テリングはとても重要でした。誰かが用意した原稿を読むのではなく、役員が“自らの言葉”で語ることが、とても重要だったと思います。

西村: ストーリー・テリングはさまざまなところで取り入れていますね。2018年4月には各部署の部長が自分の言葉で部門方針を語るイベントを開催しました。私たちは、通称「部長TED」と言っていました(笑)。自分の言葉で語ることで、部長自身も部門方針を飲み込みますし、伝わり方も違う。

政光: そのときの社員たちの反応を見て、「自分たちは間違ってなかった」という強い手ごたえを感じました。当初は小田急電鉄内だけで予定していたのがグループ各社も巻き込みました。毎年9月に小田急グループ各社の社長が集まるグループ社長会で、例年は1時間の会議で終わらせるところを、今回は4時間取ってワークショップをやりました。

周囲からは「大丈夫か?」という話も出たのですが、いざこのやり方をチャレンジしてみたら、やはりグループの社長の反応もとても良かったです。

次の10年間で100年後の未来の小田急に残せるものを作りたい

川口: 最初は経営陣や部長・課長からはじまり、全社員、そしてグループ社長も巻き込む大きなプロジェクトになったわけですね。一番難しかったのはどの点でしょうか?

政光: 「会社の未来を自分事にしてもらうには?」という点が悩みましたね。ただ、対話型のプロセスを通じて、巻き込んでいかなければいけないと、徐々に見えてきました。

西村: あとは、スピード感も重要でした。鉄道会社は、本来10年後までの計画を綿密に立てて、すべてを着実に、ダイヤ通りに安全確実にやる文化を持っています。ですが、未来フィールドに関しては非常に動きが早かった。2017年4月に星野社長が就任されてから、5月には経営陣の合宿があり、6月には未来カフェで全部署の社員と社長との座談会があり……。そして、9月には未来フィールドという方針を発表。2018年1月には部門方針を決めてもらって、4月には部長TED……と、かなりスピーディでしたね。

政光: まさに、走りながらレールを引いているような感覚でした。これまでの小田急電鉄とは違う雰囲気だったので新鮮でしたね。

川口: 最期に、今後の展望についてもお聞かせください。

政光:新たに社員がもっとワクワク感をもって仕事に取り組める場を作りたい と思っています。現在、社員がアイデアを出して、社内外の人々と一緒に新規事業を立ち上げていく「Odakyu Innovation Challenge “climbers”」というプロジェクトも始めました。従来も似た施策がありましたが結局、担当部署がたらい回しになり、なし崩し的に終わってしまった経緯などもあり……。今回こそ、違う変化がみられるのではないかと思っています。

西村: 2017年に小田急電鉄は90周年を迎えました。2027年の小田急電鉄100周年に向けて、その先100年も持続的成長ができる土台をみんなで作っていきたいと思っています。

久富:「未来を作るためにまず最初になすべきは、明日何をなすべきかを決めることでなく、明日を創るために今日何をなすべきかを決めることである」 というドラッカーの言葉ではありませんが、これまでの小田急電鉄はその部分が弱かったと思います。どうしても日常の業務に忙殺されてしまい、実行に移せていなかった。でも、今回の「未来フィールド」で、 少しずつ変化が生まれてきていると思います。この流れを活かして、次の100年に向けて、新たな一歩を踏み出していきたい と思っています。

(取材・文:藤村 はるな 撮影:渡辺 健一郎 編集:上野 智 櫛田 優子) 

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