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連載:第14回 中竹竜二さんが聞く「伸びる組織」

大切なことは“魚市場”で学んだ!? 「せめて100年続くブランド」を育てる創業者の眼差し

BizHint 編集部 2022年2月10日(木)掲載
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トレンドに左右されないストーリー性のあるデザインで、素材にこだわり、色の組み合わせが非常に美しい不思議な「優しさ」を感じさせるブランド、ミナ ペルホネン。創業者でデザイナーの皆川 明さんは立ち上げの際、「せめて100年続くブランド」と紙に記したそうです。そして、100年続くためのブランドを創る秘訣は、皆川さんがアルバイトしていた魚市場にあったとか。皆川さんのブランドづくりや組織づくりに中竹竜二さんが迫ります。

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ミナ ペルホネン
皆川 明さん(designer / founder)

1967 年東京生まれ。1995年にファッションブランド「ミナ(2003年よりミナ ペルホネン)」を立ち上げる。全国の生地産地と一緒にオリジナルデザインの生地から手掛け、長年「特別な日常服」をコンセプトに作り続ける。現在、インテリアファブリックや家具、陶磁器なども手掛け、独自のブランドを築き上げる。2021年7月に社長職を田中景子氏に引き継ぎ、皆川氏は「デザイナー」の肩書きでデザインやビジョンづくりに注力する。


中竹竜二さん(以下、中竹): 流行りの移り変わりが激しいファッション業界において、皆川 明さんが1995年に立ち上げられたアパレルブランド「ミナ ペルホネン(以下ミナ)」は特異な存在です。半年ごとに新製品を発表し続けることが当り前の業界で、流行とは関係なく「古くならないデザイン」「ずっと着続けたい服」を提案してきました。単なる定番の服ではなく、「特別な日常服」の世界観を広げるため、独自のテキスタイル(布地)づくりから始め洋服からバッグなどの小物、椅子の張り地やラグ(敷物)などインテリアへとジャンルを広げてきました。

大量生産・大量消費を前提とした「モノづくり」は曲がり角を迎え、皆川さんたちがこれまで取り組んできたことが最先端だったと評価されています。そこでまずお聞きしたいのは、時流に翻弄されることなく、独自のやり方を徹底できたのはなぜですか? 

そもそも、ブランドを立ち上げた頃から、今のやり方が見えていたのでしょうか? それとも、試行錯誤の末、辿り着いたスタイルだったのですか?

ミナのブランド・スタイルは、魚市場で学んだ

皆川 明さん(以下、皆川): 今のやり方はミナを立ち上げた頃から考えていました。創業当初、自身のブランドだけでは生活の糧を得られず、早朝から昼まで魚市場でマグロを捌いていました。魚市場のアルバイトが終わったら帰ってきて服を縫う。そんな暮らしを3年ほど続けました。

ファッションとは全く違う世界でしたが、僕は魚市場でモノづくりはもちろん、商売の基本、人への指導の仕方など、いろんなヒントを学んだと思っています。その時に、いまのイメージが見えてきました。

マグロの値段は、尻尾の切り口を見て競り値の見当をつけます。尻尾単体だけをとれば数100円程度しか値がつかないものです。その断面の肉質でマグロ全体の肉質、それこそキロ何万円もする大トロや、中トロの質も分かるのです。小さな細部が全体につながっていることが面白いと思いました。

これはファッションにも通じます。服の裏地、縫製の仕方を一部見ただけで、洋服のクオリティ、値段も想像できます。作り手たちの考えていること、普段の仕事ぶりさえも分かります。すべてつながっているのです。ですから、テキスタイル、服でも、細部までとことん丁寧に作らないといけないのです。これは最初から考えていたことですね。

中竹: なるほど。確かに、ミナの生地は裏地もしっかり丁寧に作っている印象があります。マグロから着想を得たんですね。

皆川: ええ。あと市場に通っている職人さんからも勉強できます。開店直後は多少値が張ってもいいから良い品を仕入れたい人が来る。閉店間際には残り物でも構わないから安く仕入れたい人が来る。刻一刻と変わる状況を見定めて、仕入れと値付けを行うのは勉強になりました。

中竹: 魚市場は毎日、違った品物を仕入れ、相対で商いをする真剣勝負。確かに、ここで商売ができれば、どこでもできそうですね。

皆川: 加えて、良い職人、料理人であるほど、お魚を大事に扱います。切り身だけで使っていれば、お魚の半分を捨ててしまうことになりますが、例えば、鯛であれば、頭も煮物で本当に美味しく頂けますし、アラも汁物にできる。素材を無駄なく使い切れば、結果的に料理の原価は抑えられるし、お客様はいろんな料理を楽しめて、満足度も高まる。優れた職人というのは、クリエイティブもサービスをも両立させています。この姿勢は本当にヒントになりました。実際、ミナが服だけではなく、バッグなども作ろうと考えたのも、作ってきた生地を大切に使い切ろうという発想からです。

中竹: 私の専門分野は「学習」です。皆川さんの魚市場での経験のように、ある分野から学んだことを、まったく別の分野に活かす能力のことを専門用語では「学びの転移」と言います。近年、経営者に求められる力の一つとして注目されています。皆川さんは、目で見えていることだけではなく、その背景を捉えようとしているのでしょうね。

皆川: 僕は、子供の頃、昆虫を観察するのが好きだったのですが、野外ではきれいな大きな石の裏側にたくさんの虫たちが隠れています。「こんな隠れたところにも虫が住んでいる」と発見するのがとても楽しかった。大人になってからも、目で見えない部分を確かめたり想像するのは好きな方ですね。

デザインを「デザイン」の世界の中だけで考えるのではなく、世の中の出来事からヒントを得ることはよくありますね。逆に、世の中の事象を「デザイン」で置き換えて考えることもしています。

成功も失敗もない。事象に優劣をつけずにフラットに見る

中竹: そうした連想する力、着眼点を身につけるにはどうすればいいのでしょうか?

皆川: 強いて言うならば、「事象に優劣をつけない」ことです。何か起きても、「これが良いことだった」とか「悪いことだ」と判断しない。「うれしいこと、悲しいこと」などと分類しない。まずは全部をフラットに並べて置いて眺める。

ビジネスの場面でも「失敗」すると言い訳をしたくなりますが、失敗をフラットに解析すれば「次の成功」につながります。逆に、「成功したこと」も、成功した要因が自分たちにはなく、外側の環境が良かっただけかもしれない。いいこと、悪いことを判断するのではなく、出来事を分解するのです。

中竹: その「優劣をつけない」というのは、社会学の分析手法にもありますね。例えば殺人事件の犯人さえも、「悪い人」と見立てるのではなく、プロセスをひたすら解明する――そんな論文を私は大学院時代に書いたことがあるのですが、つい油断すると恣意的な判断が入ってしまうので苦労しました。

皆川: ファッションの世界でもフラットな分析はできます。ファッションブランドでは「ワンシーズン限り」の服や雑貨が多いのですが、どのアイテムもすべて売り切るのが難しいため、結局、大幅に値引きをしたり、廃棄することが当たり前のように行われています。

でも、たったワンシーズンだけで、「売れた=成功」「売れなかった=失敗」とまでは判断できません。売れなかった原因を検証して修正できれば、次の季節には売れる可能性があります。だったら修正できるように長く売れるものを作ればいい――というのが僕たちの考え方です。ミナでは、「1年で10万着の服を売るのではなく、10年かけて毎年1万枚を確実に売ろう」ということを目指してきました。

中竹: 何度も何度も検証しながら取り組む、という姿勢は面白いですね。私はスポーツ選手の指導者を育てる「コーチのコーチ」の仕事もしているのですが、優秀なコーチは同じ指導法を持っています。

要は、選手に何度も何度も同じシーンの練習をさせるのですが、すべて同じことの繰り返しではなく、状況や立場を少しずつ変えながら、同じことをさせます。人間、一つのことだけ意識しているとほかのことが見えなくなります。だからちょっと違う視点で、また同じことを10回やって検証する……そうして100回ぐらいでやっと全体が見渡せるようになり、選手の力になっていきます。

若くて理解力の高い優秀な選手だとこのような「振り返り」をせず、どんどん新しいメニューに挑戦してはマスターしていくのですが、それでは最後の最後に行き詰まります。着実な「振り返り」をしてきた選手たちに抜かれていきます。

皆川: なるほど。ミナは2022年で27周年です。100年後には、これまでの経験が遺伝子として組織に残る体制が整い、次のステージに行けると期待していますが……。いまはまだまだ何度も何度も検証しながら一歩一歩、山を登っている感覚です。

モノの循環だけではなく、思考や記憶もつながっていく

中竹: 皆川さんはよく「せめて100年続くブランドに」と話されています。作っている服やテキスタイル、雑貨など、モノを通じてブランドは構築されていくものだと思いましたが、皆川さんは言葉をとても大切にしているとも聞きました。

新しいデザインを打ち出す際には、詩のようなメッセージをしたためて、スタッフの方々に説明するそうですね。また、人事評価でも、手書きのメッセージを度々送ることもあったとか……。なぜ言葉を重視するのでしょうか。

皆川: 僕にとっては、デザインをするのも、「言葉」を書くのも同じ感覚なのです。むしろ、絵よりも言葉の方が想像の入り口に近い感じ。何かデザインをするにしても、まずは言葉で書いてみます。言葉は空想の世界を作りやすいのです。例えば、「熱帯の真冬」という言葉にどんな印象を描きますか? 現実的にはなかなか起こり得ない状況ですが、皆さんのアタマの中には不思議な世界が広がると思います。もちろん空想した世界は一人ひとり違うけど、モノを作っていくプロセスでその想像が集約化され、生地や服というモノになっていく。

そして、今度は、購入してくださったお客様と服の間で新しい関係が生まれます。お客様がその服で何らかの思い出ができ、その服を着るたびに思い出を振り返るかもしれない。僕らの「言葉」が「服」になり、今度は、その服がまた使う人の思考や記憶に変換されていく。モノのサイクルだけではなく、物質と記憶とか意識も交互につながっていく感覚ですね。

デザインはまず言葉から考えていく

中竹: 言葉が発端でデザインができ、モノに変換されて、関係性を生んでいく。その過程は面白そうです。

皆川: 例えば、この図案は「ロバのユニコーン」を描いています。 ある時、「ロバのユニコーン」という言葉が浮かび、神話の中の生き物であるユニコーンが実は人の暮らしを支えるロバだったとしたら、と空想しながら描いていきました。 特別な能力を持ちつつも、健気に人の労働を手伝い、寡黙に過ごしながら、その労働を喜びとして暮らしている。多くを望まないがゆえに、そこには豊かな自然の循環がもたらされている、そのようなイメージからデザインを仕上げていきました。


ロバのユニコーンの図案が刺繍されたバッグ

毎回コレクション発表前には、出来上がった新作を一堂に並べて、社員の前で一点一点、説明する機会を設けています。「今、こんなことを考えている」と背景や思いを綴った紙を配り、素材、デザインの意図を説明します。ミナでは専門の「営業職」がいません。経理・総務の仕事をしている人でも接客をするので、デザイナーからの説明が大事なのです。新しい商品が300点以上あると、一回の説明会で4時間ぐらいかかります。それでも、どれだけ伝わる言葉にするのかを考えることが必要です。オリジナル生地を作り続けてくださっている業者さん、工場の人たち、スタッフ、みんなフラットに同じような気持ちを抱いてもらうように努めたいのです。生地づくりから販売に至るまでヒエラルキーを持たないということもすごく大事にしています。

中竹: 皆川さんは社内では、普段からスタッフの方と対話をするタイプですか。

皆川: はい。ただし、カフェなどのゆったりした場所で他愛もない話をするような緩やかな雰囲気ではないかもしれません(笑)。ミーティングの場になると質問ばかりしていますね。

「去年もこれだけ売れたので、次も同じものを展開したい」と言われたら、「去年たくさん売れたなら、もうお客様は既にお持ちなんじゃないですか?」といったお互いの考え方のプロセスを確かめる質問をしたり。スタッフを困らせようとしているのではなく、対話の中で、何らかの新しいヒントを探っているんです。

社長を辞めた理由は、四継(よんけい)リレーにあり?

中竹: 最後に、「事業継承」についてもお聞きして良いでしょうか。皆川さんは、以前から「どうやって次の世代にバトンを渡そうか」と語っていたそうですね。若い頃から、事業承継を意識していた理由はなぜですか?

皆川: ミナを100年は続くブランドにすることが一つの目標です。でも、これは僕一人の寿命ではできません。僕は2021年7月に社長職を辞めデザイナーになり、経営は現社長である田中景子にバトンタッチしたのですが、こうしたバトンタッチを続けていければいいと思っています。だいたい7人の社長がそれぞれ15年ぐらい、時に伴走しながら走り続ければ100年になるでしょう。

中竹: それは、皆川さんが学生時代に打ち込んでいた「駅伝」に発想を得ているのでしょうか?

皆川: 駅伝は次の選手にタスキを渡した瞬間に役目が終わります。駅伝よりも四継(4×100m)リレーがイメージに近いでしょうか。短距離選手4人が各人100メートルずつ走り、高速でバトンを繋ぐ。東京オリンピック2020の日本代表チームは惜しくも途中でバトンを落としてしまいましたが、バトンパスで重要なのは渡す側と受け取る側のお互いがトップスピードに入っていること。どちらかが速度を落としたらタイムロスです。

100年は続くブランドにするためには、僕も事業承継をする際には全力であることが重要だと思ったのです。今の田中社長は現在40代、これからますます、ミナをもり立ててくれるでしょうし、いつかは5年ぐらいかけて次の候補者に引き継ぐ準備をしてほしいですね。その時もまだ田中社長はトップスピードで走れる余力はあるでしょうから、その次の社長とも伴走できるでしょう。バトンを渡した瞬間に力尽きて倒れるのではなく、しばらく一緒に並走できるのが、経営的にもブランドを育てるにもいいと思っています。

中竹: 皆川さん自身、いままさに新社長に伴走されはじめたところですが、今後、「新しいトップの役割」としても注目されそうです。今日はありがとうございました。

(取材・文:瀬川明秀 撮影:柏谷匠 編集:上野智)

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