連載:第2回 中小企業の「見える化」経営者のリアルな声
震災から復興も職場はブラック……経営者のある決断で週休2日・残業ゼロに
宮城・南三陸町で採れた新鮮な海産物を使った生産加工品の生産とインターネット通販、鮮魚店の運営を展開する株式会社ヤマウチ。東日本大震災からの復興に際して、顧客管理や在庫管理のためにあるITツールを導入。案件や売上げを見える化した結果、社員の残業も減り週休2日制を実現できたと言います。通販事業部の責任者を務める専務取締役の山内恭輔さんにお話を伺いました。[sponsored byサイボウズ株式会社]
株式会社ヤマウチ
専務取締役 山内恭輔さん
1975年宮城県南三陸町生まれ。フリーカメラマンとして都内で活動したのちに帰郷、新しく設立した通信販売事業部でインターネット通販を始める。東日本大震災後も株式会社ヤマウチの再建を行い、「田舎でもクリエイティブに生きる鮮魚店」を実現させる。
昭和24年創業の老舗鮮魚店、全国に商品を卸す
山内恭輔さん(以下、山内): 株式会社ヤマウチは宮城県南三陸町で海産物や魚介類を取り扱う鮮魚店です。スーパー向けにBoBと、個人向けのEC、実店舗と多角経営を行っています。
もともと、ヤマウチは私の祖父が鮮魚店として昭和24年に創業、90年代からは店舗販売に加えて、自社工場での水産加工業とBtoBの卸販売も手掛けて現在に至っています。
卸先はスーパーマーケットをメインに百貨店、飲食店など全国47都道府県です。昔は百貨店に商品を置いてもらえることがステータスとも言われましたが、販路には限りがあると見越してスーパーにも注力するようになりました。
商品ラインナップはたくさんありますが、焼き魚セットが主力商品です。宮城県産の銀鮭やサバ、たらなどを宮城の地酒『一ノ蔵』と天日塩で漬け込み焼き上げています。
EC事業を立ち上げるも3年間売上はゼロ
山内: 三代目の私は、もともと東京でカメラマンをしていましたが、2004年にヤマウチに入りました。父から「南三陸に戻って会社を盛り上げてくれないか」と打診があったのです。当時はインターネット通販が盛り上がり始めた頃で、EC事業の立ち上げを行うと父と話して決めました。
三陸一帯の水産加工会社の9割はスーパーや百貨店が取引先のBtoB のみの販売です。2000年代当時はECに力を入れている業者はほとんどありませんでした。私も商品の写真こそ撮れましたが、「どうやったらECで売れるのか?」は全くわかない状況で、周りに聞いてもノウハウがありません。
立ち上げから3年間、売り上げはゼロでした。とにかく、売れているサイトの真似をすべく、睡眠時間を削って人気のECサイトを片っ端からチェックし、研究に励む日々が続きました。
少しずつサイトのリニューアルを重ね、写真の撮影方法も変えました。当初は百貨店のカタログに載っているきれいな写真を目指していたのですが……。海の幸の新鮮さやおいしさがダイレクトに伝わるよう、シズル感重視の写真に変えたのです。
商品のキャッチコピーも工夫しておいしさのポイントを訴求したところ、徐々に売れゆきが伸びはじめて安堵したのを覚えています。
EC事業が軌道に乗った頃、東日本大震災に襲われる
山内: 2010年頃にはECの売上は年2.5億まで拡大しました。当時は自社サイトをはじめ楽天、Yahoo!、AmazonなどのECモールにも出店し、合計6店舗を運営していたため、お歳暮などの繁忙期には次々と注文が舞い込むようになります。
1時間足らずで100件以上の注文が舞い込みますから、延々と受注処理と梱包作業の繰り返し。ピーク時は深夜0時まで働き詰めでスタッフはみな疲弊していました。
――そんな折です。2011年に東日本大震災が南三陸を襲いました。
港近くにあった2つの店舗と1つの自社工場、EC作業をしていた事務所や社員寮も全て津波で流されてしまいました。
土地柄、日頃から津波への備えはあったし、保険にも入っていたのが幸いでした。店舗は2011年7月に再建し、魚だけでなく野菜を売ったり食堂を併設したりして街の交流の場になりました。
魚のセリは一瞬で判断しないといけないように、ウチは魚屋だから決断は早いんです。当時、高台に建設中だった第2工場は被災を免れたため、一角を使って水産加工業も震災から半年後に再開できました。
EC事業はやむなく2年間休止、震災復興に追われる
山内: スーパーは商品棚を埋めたいですから、ずっと製造を休止していたら、「他社に棚を奪われてしまった!」というケースは少なくありません。ところが、弊社の場合には工場の稼働を再開すると元の取引先が「待っていたよ!」と声をかけてくれたのです。同様の商品を作っている会社が少なかったからかもしれませんが、ありがたいことだと思っています。
一方で、EC事業は震災後2年ほどストップしてしまいました。被災して自宅や店舗の復興のために目の回るような忙しさだったので、二の次になっていたのです。改めて、EC事業を復活させることにしましたが、11万人の顧客データも津波に流されたので、再びゼロからのスタートです。
それまで出店していた各種ECモールはそれぞれ仕様や強みなども違うのでオペレーションが複雑化していました。もちろん、販路拡大にはなりますが、外部の仕組みに依存するのは多少のリスクも伴います。
実は、震災以前からECの売上8割は自社サイトが占めていたため、再スタート時には自社サイトに一本化する決断をしました。業務を効率化するとともに、社員が働く環境を良くすることに注力しようと考えたのです。
復活にこぎつけるも……忙しくて電話が鳴り止まない
山内: 2013年にはEC事業も復活させ、再び商売が軌道に乗り始めました。ただ、別の課題が浮かび上がってきたのです。
当時はEC事業の商品企画や広告出稿、BtoBの営業まですべて私一人が担当していました。スタッフも増えましたが、私の担当範囲が広く忙しかったがゆえにトップダウンになりすぎてしまい、常に私に確認が来るようになっていました。私が地方出張に出ても、会社スタッフから「これはどうしたらいいですか?」とひっきりなしに電話がかかってくる。
社内からの確認に加えて、卸先からも「焼き魚ケースを100パックほしいんだけど、在庫ある?」と電話で問い合わせがあります。その時には手元で分かる在庫管理表もなかったので、即、倉庫に行って在庫があるか目視確認しなければなりません。すぐに答えられなければ、仲卸業者にはめちゃくちゃ怒られます(笑)。
「経営者が居なくても」事業が回る状況を作る
山内: 将来を考えると、この状況ではまずい。「自分がいなくても皆が意思決定できる環境を作らないと、将来の働き手がいなくなってしまう……」という危機感を持っていました。そこで、環境改善のためにまずは業務を「見える化」するべく、顧客管理や案件管理ができるシステム導入を決めました。
もう一つは「週休二日制」の実現です。水産業はどうしても労働時間が長い傾向があり、ブラック化しがち。南三陸町は人口1万3,000人の小さな街ですから、一企業として街の雇用を守り、今後も社員に任せられる環境をつくっていきたい。そのためにも「働きやすい会社にしよう」と思ったのです。
ただ、システムを一から開発する会社に見積もりを依頼すると、なんと金額は800万。とても中小企業が払える額ではありません。以前からIT関連の相談をしていたコンサルタントの方が「kintone」を使っていて、目の前でデモしてもらうとすごく使いやすそう。その場で契約を決めました。
案件管理、在庫管理をデータベース化
山内: 案件管理はkintoneを少しカスタマイズして、過去どんな見積もりや条件を出したかを顧客ごとに履歴で追えるようにしました。
商品の在庫も追えるようにデータを入力しました。在庫をすぐに確認できるのも助かっています。もう、仲卸業者からの「在庫ある?」という電話も怖くありません。出荷作業も顧客によって商品の入り数や箱の仕様が異なるため、出荷チームがiPadで個別の注文情報を見ながら作業しています。
さらに、お客様への回答例をまとめたFAQのデータベースを作りました。ECでは実は質問に対するメールの返信が大変だったりします。「販売しているほやは天然ですか?」「ほたての黒い部分は食べられるの?」などイレギュラーな質問があったとき、スタッフから私に都度「なんて返信すればいいですか?」と連絡がきていました。現在では、回答例がkintoneにありますから、見れば誰でも答えられるようになり、メール返答の質が一定になりました。
お客様からの電話に関してもデータベース化しています。ただ、こちらは細かく回答例を作ってはいません。「標準語ではなく、あえて東北のズーズー弁で喋って」とスタッフには伝えていますね。やっぱり南三陸の会社に電話して、方言で答えてくれたら和むじゃないですか。
業務の見える化の結果、週休二日&残業ゼロが実現
山内: 実は導入当初、スタッフから「いちいちデータを入力しなきゃいけないなんて、仕事が増える」と不満もあったのも事実です。ですから、はじめは私一人でデータを入力しアプリを作っていましたが、半年くらい経った頃にスタッフにデータ入力をサポートしてもらうと、徐々に「これ使えるかも……」と反応が変わってきました。実際に使ってみたら、いちいち誰かに聞くよりも早く業務ができるので便利さを実感したのだと思います。
かつての「聞いてから返答しなければ」から「まずはkintoneを確認する」という組織文化が生まれ、私が外出しても電話が鳴らなくなってほっとしています(笑)。ツールを使うことで、スタッフの「専務に聞いてから返答したい」という不安な気持ちを解消できたのです。今では「俺この日は会社に行かないから」と、スタッフに現場の判断を任せることもできるようになりました。
地方の小さな会社はトップダウンが多いと思います。でも、それでは働いている社員は楽しくないのではないでしょうか? システムの導入によって、社員が自分で判断してクリエイティブに働ける風土を実現することができました。
kintoneは基本的な操作も簡単で、パソコンに不慣れだった社員もどんどん使いこなしています。各スタッフが日報アプリを用いて業務を書き込んでいるので「みんなが何をしているのか?」も見えやすくなり、社内の意思疎通も円滑になりました。チーム内の連絡手段としても活用し、コミュニケーションも円滑になりました。
2017年には、長らくの夢だった「週休二日制」も実現できました。業務を可視化して仕事に追われることがなくなり、今は売上も伸ばしながら残業ゼロです。浮いた残業代で、社員の保険を新規で加入したりと福利厚生を手厚くすることができました。
念願の商品開発部を作り、新商品が品評会で受賞も
山内: 経営者の役目は、システムの導入など、社員の働く環境を整えることだと改めて実感しています。SNS運用を担当している若手社員は、SNSを活用したキャンペーンを企画して撮影から発信、結果分析まですべて自分たちでできるようになりました。とても楽しそうに仕事をしてくれています。仕組みを作ったことで社員のやりがいが生まれる職場が実現しています。
また、2019年から商品開発部を新設して部員を社内から公募しました。彼らが開発した新商品「鯖の冷燻(さばのれいくん)」は、脂の乗った宮城県産のマサバを桜チップで低温で燻して、しっとりと仕上げた商品です。2020年に「宮城県水産加工品品評会」で「宮城県議会議長賞」を受賞することができ、自信につながりました。
宮城県産サバ(マサバ)の美味しさを生かすため、温度を上げない「冷燻製法」で仕上げた保存料無添加のサバスモーク
コロナ禍で店舗の売上は少し落ちたものの、スーパーへの卸やEC事業は好調に推移しています。これから目指すのは大きな会社よりも、小さくても社員が生き生きと働けて日々アイデアが生まれる強い会社。一人のアイデアでは強い会社はできないので、まずは「ここで働きたいな」と思ってもらえるようにしたいですね。そのために、少しずつですがリモート勤務できる体制も整えているところです。
東北人はどこか頑固な性格があって、特に中小企業は新しい仕組みは敬遠しがちなところも多いです。でも、 ITツールを活用しなければどんどん衰退して、既に導入した企業からおいていかれてしまいます。
実際、当社もアナログな情報管理から脱却できて組織の可能性が広がりました。事業に行き詰まりを感じているならば、ITツール導入しない手はないと思います。
ただ、ITツールを入れたからといって問題が全て解決するわけではありません。チームで使うための組織風土を作るのが大きなポイントです。これからはノウハウを自分たちの会社だけに留めず、教え合い、広げていけたらと思っています。
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