連載:第4回 中小企業の「見える化」経営者のリアルな声
「社長には思いやりがありません」疲弊した美容室の経営を見える化したら
奈良県香芝市に2店舗を展開する美容室「GARO」。回転数重視の経営や店舗間の競争激化によって、スタッフの疲弊を感じるようになったオーナーの藪賀郎さんは、とある施策で店舗運営の効率化を図ります。しかしスタッフからは予想外の反発を受け……。職人気質の美容師業界にどんな効果がもたらされたのでしょうか。[sponsored byサイボウズ株式会社]
美容室「GARO」
オーナー 藪 賀郎さん
1979年生まれ。キャリア20年のベテラン美容師で2007年には全日本理美容技術選手権関西大会のカット部門で優勝する実績も持つ。ITツールを使いながら売上は120%増を2年連続達成し、子どもがいる美容師にも「働きやすい美容室」の実現を行う。
カットならば1日最低10回転しないと赤字
藪賀郎さん(以下、藪): 「GARO」は2008年にオープンしたヘアサロンです。現在、奈良県香芝市の五位堂と真美ヶ丘に2店舗を展開しています。当社もオープン当初はそうでしたが、美容業界の経営の肝は、今も昔も「お客様の回転率をいかにあげるか」です。
採算ラインとしては、カットのみのオーダーで1日最低10回転はさせないと赤字です。アシスタントをつけると18回くらいは必要ですね。スタッフは朝9時から19時まで休憩なしで働き詰めのうえ、閉店後にも掃除や片付けがありますから、正直、体力的にもハードな仕事です。
現在2店舗展開している「GARO」ですが、もともとは店舗拡大路線を考えていました。3号店の出店計画も進んでいて、物件も目処がついていました。より回転数を重視していたのは開店資金が必要だったためでもあります。しかし、スタッフがどんどん疲弊してミスや苦情が増え始めていました。
さらに拍車をかけたのが広告宣伝費です。開店当初は主にチラシを使って集客していましたが、2010年代以降にはクーポンサイトが主流になります。
美容業界は「クーポン&値引き合戦」で疲弊
藪: クーポンサイトは自宅からの近さやクチコミの評価で店を選べるため、掲載すればある程度の来客数は見込めます。いちばん広告宣伝費を使っていた年では、クーポンサイトに一店舗あたり180万、雑誌広告、撮影やチラシ、DMに260万で合計年間620万円。売上の15%も占めていたほどです。
しかし、店舗側としては割引をしているのですから、来店が増えるほど利益率が低くなります。「どうにかしなければ……」という危機感はありつつも、集客方法がほかになく、スタッフはますます休めなくなるという悪循環に陥ってしまいました。
そして、ここ5年ほどでクーポンサイト内の競争も更に激しくなりました。店のあるエリアの掲載店舗数を比べてみると、2018年は98店舗でしたが2021年時点では167店舗です。どんどんライバルが増え、クーポンを掲載すると他店がさらにリーズナブルなプランを出すといった「値引き合戦」に陥りました。
どのサイトの営業担当も「もっと値引きしないと集客できませんよ」や「魅力的なプランを作りませんか?」としか言いません。オーダーが増え、張り合っていくのがしんどいと感じるようになったんです。
美容業界は売上を上げている人が偉い? チームワークが機能していなかった
藪: どうして、広告宣伝費をこんなにもかけていたのか。美容業界は「売上を上げている人が偉い」という風潮があります。実際に売上を上げてきた自分をそう信じていましたし、店舗に立つ後輩たちには「隣にいる美容師は敵だ。ノウハウなんか教えたら、売上で抜かれるんだから。アドバイスなんかし合うな」と言ってきました。
でも、ある日スタッフに売上で抜かれる日が来たとき、経営者としては喜ばしいはずなのに、「許せない自分がいる」とふと気がつきました。辞めていくメンバーが居ても「ああ、あの子も独立するな」と何も思わなかったのです。
そんなときに、 メンバーから「藪さんには思いやりが足りません」と言われ、ハッとしました。 スタッフ同士が仲良くならないし、店舗の雰囲気がよくならない、チームワークが機能しないのは、「社長である自分のせいなのだ」と。
売上管理を改善して経営の効率化を
藪: そこでまずは、店舗の売上管理を改善して経営を効率化しようと考えました。業界には美容室特化型のPOSレジもありますが、既存のソフトでは集計の操作が使いにくく思ったとおりに集計がでてきません。
例えば、「クレジット決済はこの担当者に多い」といった不必要なデータに埋もれて、「週次での売上」や「お客様の回転率」など知りたい数字が見にくかったのです。他社のクラウドサービスとも比較しましたが、システムの構造上お客様の住所録を引き出せず、DM送付に不向きなものもありました。
そんな折、売上管理に使えるクラウドサービスをリサーチしていたときに「kintone」の存在を知りました。kintoneは閲覧権限が付与できたり操作履歴が追えたりと、セキュリティ面も安心です。スタッフでもタブレットから手軽に操作できる点も使いやすいと感じ、導入を決めました。
ところが、スタッフからは「クラウドサービスなんて社長が仕事を楽にするために入れるもんや」「社長だけが楽をするために、これまで発生していなかった作業をしなければいけない」と予想外の反発がありました。
確かに入力作業が発生するので、忙しいスタッフにとっては手間になるのも無理はありません。でも、「まずは情報を見える化することで、将来的にはスタッフ全員の負担を減らすことに繋がるんだ!」と繰り返し説明してきました。
レッスン管理の煩わしさから解放された
藪: 「見えなかった数字が明確に見えると、スタッフも楽になる」と示すために、まずは身近な業務改革からはじめました。紙で行っていたレッスンや試験の管理をkintoneに移行したのです。
アシスタントで入社した若手のスタッフは、最大80項目の独自の教育カリキュラムを4年ほどかけて受講します。合格すれば一人前のスタイリストになれるのです。「この項目は30回練習する」というように、練習量も厳格に定めてレッスンを繰り返します。
以前は「この項目がどこまで終わったか」など進捗状況をすべて紙で管理していましたが、レッスン管理をkintoneに移行したことによって、煩雑な進捗管理を簡素化できました。
レッスン終了後には監督者が終わった項目の一覧表にチェックを入れるのですが、紙で管理していた時はチェックの漏れやごまかしが発生していました。今では監督者のみがチェックできる設定にしているため、管理の透明性もアップ。
店内試験では3人の審査者が無記名で評価するのですが、この時にも講評コメントをkintoneに入力するため、手書きの時よりも匿名性がより保てるようになりました。 レッスンの進行状況は全員見えるようにしてあるので、社内が徐々にオープンな雰囲気になっていったのを覚えています。
もちろんレッスンテキストも全てkintoneから閲覧可能です。「kintoneを使うと楽になる」とスタッフが実感したこのレッスン管理をきっかけに、kintoneは一気に浸透していきます。
そのほか、シャンプーのボトル販売キャンペーンを実施したときに、在庫管理と連動させて販売状況の見える化もしています。
重視していた回転率、「心を亡くす」とお客様に怒られる
藪: レッスン管理で徐々にkintoneに慣れたので、売上や予約状況などもスタッフが入力してくれるようになっていきました。様々なデータを活用するなかで、そもそも美容業界では重視される回転率が、「実はGAROでは足かせになっているのでは?」という疑念を抱きました。
そこでまず、従来の「回転率至上主義」をやめることにしました。宣伝広告費を見直し、思い切ってクーポンサイト、雑誌の掲載、折り込みチラシも止めました。回転率を下げる分、お客様が求めているサービスを付加して客単価を上げていく戦略です。
その方向転換をした理由には2つきっかけがあります。いつもパンをお土産に持ってきてくれる常連のお客様が、ある日スタッフの接客に「忙しいって字はどうやって書くか分かるか? 心を失うって書くんやで!」と大激怒されました。今でも忘れられません。
また、一番売り上げているスタッフの妊娠もきっかけの一つです。つわりがキツかったためにお店に立ちたくても立つことが出来ず、一斉に予約のキャンセルを行ったのですが、お客様もみな理解と共感をしてくださってクレームはありませんでした。
そこで、「方向性を変えても大丈夫かも? お客様も味方かも?」と思え 「クーポンがなくてもGAROに共感してくれるお客様がきてくれたらいい」という大きな方向転換を行えた のです。
お客様のニーズをキャッチして客単価アップの取り組み
藪: 回転率を下げる分、客単価を上げて利益率を高めなければなりません。高い技術を提供しながらより身近に通っていただける店にするため、お客様にとっての付加価値を見直すことにしました。
スタッフみんなで、「自分たちの付加価値」とは何か話し合いました。ミーティングでは、 kintoneに溜まったデータをもとに顧客のペルソナとその方が喜ぶシナリオ、理想のサービスは何かを、過去のデータを共有しながら議論していきました。
その結果、「GARO」独自の40のスタイル理論が完成しました。今ではそれぞれのお客様像をもとに、その方に似合う髪型を私たちが提案しています。実は美容業界は職人気質な業界で、髪型のスタイルやカラーの調合レシピを美容師同士で教え合うのは稀です。
私自身も、かつては「隣のヤツは独立したらライバルだから、ノウハウは共有するな」と教えてきました。でも、今ではkintoneでカラーチャートや200色もの調合のレシピを共有しています。私が、積極的にレシピをあげるようになって、雰囲気がよくなり、皆書き込んでくれるようになりました。
kintoneに入れたカットの手順
以前流行ったアニメの影響から「鬼滅カラー」などのメニューも考案して利益率アップにつなげています。胡蝶しのぶさんの紫色をポイントで入れたいというお客さんは今も多いですね。
子どもがいる美容師のために土日祝日は定休日へ
藪: それから「GARO」では、2013年から”子どもがいる美容師”の雇用にも注力しています。
kintoneのアプリで「出勤希望表」を作成し、休みたい日や学校行事で仕事を抜ける日などを入力してもらっています。2店舗分のスケジュールを一目で把握できるようになり、お子さんが風邪を引いて急に休まなければならないときなども、すぐにほかのスタッフと連携できるようになりました。
より働きやすい環境を整えるため、2019年から1店舗は平日時短営業、土日祝日休みを実現しました。週末営業が当たり前の業界では珍しいケースではないでしょうか。当初、土日に来店されるお客様も多いためリスクではと思っていましたが、kintoneの過去の売上データを見て、「土日祝日の売り上げは利益率も低く、なくても影響がない」と思い切った判断ができました。
はじめは 「社長のためのシステムだ」と言われたシステム導入ですが、やっとスタッフ全員に喜んでもらえる環境を実現でき、ベネフィット(利益)をみんなで分け合えている と思います。
最近では、コロナの影響もあり年間休日を20日増やしました。売上はわずかに落ちたものの、お客様のニーズを拾うサービスが功を奏して利益率は120%と伸びています。美容業界は人手不足ですが、この”柔軟なシフト”を始めたことによって、「働きたい」と言ってくれる方もおり、採用にも寄与しています。
飽和状態の美容業界で生き残るには「思いやり」の心を
藪: 「GARO」では、経営理念に「思いやり」を掲げています。以前、私がスタッフから足りないと言われていましたけれど、飽和状態の美容業界で生き残るためには「思いやり」が必要だと思っています。
これまで、「思いやりを持った接客をしよう」などの自分の思いやスタッフに期待すること、やるべきことなどを毎週金曜の朝会で紙を配布し伝えていましたが、この連絡事項もすべてkintoneに入れるようにしました。
美容業界では、先輩からもらった紙をなくしたり、汚したり、置いて帰るのはご法度です。22時を過ぎての残業は社員同士の揉め事で、多くはこの「なんで汚すんだ? 紙はどこに置いたんだ?」などのいざこざだったりするのですが、電子化でこういった紙トラブルもなくなりました。
また、スタッフは連絡事項をタブレットで見たい時に見られるので、以前に比べてメッセージを身近に受け止めてもらえるようになったと感じています。
当初、各店の売上管理ツールとして導入したkintoneでしたが、店の理念も発信・共有するようになってから、自分の仕事観も大きく変わったように思います。あの時拡大路線を続けていたら、今頃もっとしんどくなっていたかもしれません。
美容業界は飽和状態ですが、今後の目標は、スタッフの教育と安定した経営の両輪がうまく回る店づくりです。教育の面では、kintoneに集約したカリキュラムをもっとオープンにして、若手人材の育成に活用したいと考えています。高い技術を習得したい人に学習ツールとして使ってもらい、美容の塾のような仕組みが作れたらと考えているところです。
全員がハイレベルなサービスを提供でき、情報も共有できていれば、美容業界で通例となっている「指名制度も止めれるのでは?」と思っています。実際、先日耳が不自由なお客さまがいらした際にもkintoneでお客さまの情報を共有できていたので、どのスタッフであっても対応が出来ました。
「GARO」の理念が浸透するようになってから、スタッフ同士のコミュニケーションも密になり、チームとしての結束力が強まったように感じます。お客様のために最高の技術を提供するためにも、スタッフの働きやすさを考え、誰でもハンディキャップなく働ける店を今後も目指していきたいと思います。
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