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連載:第15回 老舗を 継ぐということ

社長就任は突然に。大量退職、売上激減。100年企業はピンチをチャンスにこう変えた

BizHint 編集部 2021年6月3日(木)掲載
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理美容業界で知らぬ者はいない世界的ハサミ「JOEWELL(ジョーウェル)」を手がける株式会社東光舎。100年の歴史を紡いできた同社は、二代目・三代目社長の相次ぐ闘病による突然の社長交代、リーマンショック、職人の大量退職を経てもなお、最前線でのチャレンジを続けています。従業員約50名、岩手に工場を構える同社はなぜ、そのような取り組みを続けられるのか?4代目社長の井上研司さんに伺いました。

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株式会社東光舎
代表取締役社長 井上 研司 さん

1995年、父である2代目社長の闘病を機に川崎製鉄を退社し、東光舎に入社。2014年、兄である3代目社長の闘病により、同社4代目社長に就任。


父と兄の闘病で突然の社長就任。右も左もわからない。

――貴社の事業を教えてください。

井上 研司さん(以下、井上): 当社の主力事業は理美容用ハサミの開発・製造です。1970年代に立ち上げた「JOEWELL(ジョーウェル)」というグローバルブランドは、現在世界50ヵ国以上で販売されています。理容・美容業界であれば、最高級品質のハサミとしてご存知の方も多いかと思います。

当社はもともと、祖父が1917年に医療用ハサミ事業を立ち上げたところから始まりました。1921年に理容ハサミに進出し、現在に至っています。おかげさまでハサミにこだわって104年、理容ハサミではちょうど100年が経過したことになりますね。

――井上社長のキャリア、社長就任の経緯をお聞かせください。

井上: 私はもともと技術畑の出身です。大学卒業後は川崎製鉄(現JFEスチール)に勤務していました。博士号も工学で取得しています。

1995年に二代目社長にあたる父の大腸がんが見つかり、その闘病を機に当社に入社しました。いつかは家業に戻ると考えていましたが、父に万一のことがあった後では会社のことを把握するのにも時間がかかります。また、前職では1つのプロジェクトに関わると3~5年は離れられません。ちょうどプロジェクトが一段落したこともあり「このタイミングかな」という感じで戻りました。

ただ、私が引き継ぐのは主に技術面。というのも私には兄がおり、兄が経営を引き継いで、私が技術を見るというのが、暗黙の役割分担でした。なので入社後、私は米国勤務を経て、当社の工場をはじめとした技術・製造部門を見るようになりました。

その後父は回復し、2008年には兄が3代目の社長に就任します。しかし2014年、今度は兄に膵臓がんが見つかり、闘病生活に。そこで私が社長に就任することになりました。

父は会長職として健在とはいえ、会社の将来のことを考えると、 当時社長を担えるのは私しかいなかった のです。

――社長という立場で経営を担う予定はなかったということですよね?

井上: まったく準備をしていませんでした。まさに青天の霹靂です。本当に申し訳ない話なのですが、 経営者としての心づもりもなく、何をすれば良いのか…右も左も分からない状態 でした。

――とはいえ、社長としての責任を果たさなければなりません。

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