連載:第1回 アトツギが切り拓く、中小企業の未来
“価値ある仕事”を目指して。3期連続赤字の家業への恩返しは、話せる場所と経営理念の共創から
長い歴史がある企業ほど、築き上げた組織風土を変革することは難しいものです。愛知県のブリキ缶メーカー・側島製罐株式会社は創業100年を超える老舗。しかし、近年業績は右肩下がりで3期連続赤字という状況でした。このタイミングで入社したのが、“アトツギ”である石川貴也さん。石川さんは業績低下の原因を、理念の不存在と仕事のやりがいを感じづらい組織風土にあると判断。生産性をITツールで改善するとともに、コミュニケーション方法の見直し、そして経営理念の策定など、大きな組織改革に取り組みます。30代のアトツギが老舗企業を改革してきた背景やプロセスについて伺いました。
側島製罐株式会社
石川 貴也さん
1986年愛知県生まれ。 慶應義塾大学卒業後、日本政策金融公庫に入庫。中小企業への融資業務を始め、内閣官房へ出向した経験から、中小企業の金融政策にも明るい。2020年4月、家業である側島製罐株式会社入社。同社の6代目を承継予定。
業績低下の原因は、前例踏襲や上司の指示だけが判断基準といった、やりがいの希薄な労働環境に
――石川さんが家業である側島製罐に入社されてから約1年の間に、ITツール導入を始めとした様々な組織改革に取り組まれています。今日はこれらの改革を実現できた背景について詳しくお伺いできればと思います。
石川貴也さん(以下、石川): 当社は愛知県海部郡大治町にあり、主にお菓子や乾物に使われている缶を製造している企業です。創業は明治39年4月で、100年を超す歴史があります。
側島製罐で作られている缶の一種。SNSで評判となり一時は完売が続いたそう
私は2020年の4月に側島製罐に入社しました。家業に戻ろうと思った直接的なきっかけは、現在社長である父が体調を崩したことなのですが、自分の中に「自己欺瞞」の気持ちが日に日に強く湧き上がって来たことも、「実家に戻ろう」と決めた理由の一つです。
――自己欺瞞とは、どのようなお気持ちだったのでしょうか。
石川:側島製罐に恩返しが出来ていない、という気持ち です。私が大学まで行かせてもらって、仕事も天職だと思うくらい充実していたのですが、自分だけ東京でいい気分になっていてよいのだろうか…。自分がここまでこれたのは、ひとえに側島製罐で働くみなさんが毎日缶を作って事業を支えてきてくれていたからなのではないか、と思うようになりました。
父の体調が戻らず、側島製罐を継ぐ人がいない、結果倒産となったら、自分を支えてくれた側島製罐のみんなが露頭に迷ってしまう。自分だけ東京で悠々自適に暮らしてたとしても、いつか人生を振り返った時にきっと後悔するだろうなと思い、実家に戻る決意をしました。
――入社された直後、社内の印象はいかがでしたか。
石川: 正直、雰囲気がいいとは言えない職場でしたね(笑)。例えば、顔を合わせても挨拶をしない、機嫌が悪いと口もきいてくれない人がいる、大半が上司の顔色を伺いながら仕事をしている…といったことが日常茶飯事だったんです。
また、「顧客目線」が完全に欠如していたことにも危機感を覚えました。例えば営業担当が「お客様からこんな要望があるんですが…」と相談しても、「なんでそんなめんどくさい仕事とってくるんだ」と威圧的に言って営業担当を委縮させてしまう人がいたりする。自分の感情や部署の都合のことを優先して作業して良いという仕事観で、「お客様のためにやろう」という共通認識が欠けている風潮がありました。
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