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連載:第65回 経営危機からの復活

「経営素人の院長」が過去最高収益にV字回復するために辿り着いた「意識改革」という処方箋

BizHint 編集部 2024年5月27日(月)掲載
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心臓血管疾患を中心とした専門病院で、手術数全国トップクラスの榊原記念病院。東京医科歯科大学医学部循環器内科の教授だった磯部光章先生は2017年、院長に就任しました。経営は全くの素人で、当時は「財務諸表すら読めなかった」とか。院長に就任する以前から病院の財務状況は厳しかったといい、就任翌年の2018年に1.8億円の赤字を計上する危機に直面します。その後、徹底した「意識改革」により2019年に黒字化、21年度から2年連続で医療収益180億円、18億円の黒字へとV字回復させ、過去最高収益を更新しています。「意識改革をする上で、たった一つの大切なことに気づいたのです」と語る磯部先生にお話を伺いました。

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公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院
院長 磯部 光章 先生

1952年生まれ、東京都出身。東京大学医学部医学科卒業後、東京大学第三内科、三井記念病院の勤務を経て1987年から1992年までハーバード大学マサチューセッツ総合病院で心臓移植の研究に従事。1999年以降、東京医科歯科大学大学院循環制御内科で教授を務め2017年に同大学の特命教授、名誉教授となったのち同年4月から現職。


財務状況が悪い中での院長就任、翌年に赤字計上という危機に直面

――2017年に院長に就任される以前から経営状況は悪化していたとのことですが、どのような状況だったのでしょうか。

磯部光章先生(以下、磯部): 病院の設立当初の経営状況から遡ると、当院は心臓外科における日本のパイオニアと称されていた榊原仟先生が1977年に設立した財団法人で、主に財界から寄付金を募り、当時は借金をして開院したと聞きました。

2003年、新宿から現在の府中市に移転したのですが、その当時すでに100億円の借金がありました。もちろん返済はしていくわけですが、 当時は「真面目に診療していれば収入は後からついてくる」という昔ながらの感覚が医師はじめ職員に染み付いていて 、とにかく良い診療を患者に提供することしか考えていませんでした。

病院が借金を抱えている状況に危機感を持つ人はほとんど居なくて、これといった経営改革に取り組んでこなかったことが悪化の要因だと思います。

2010年頃までは毎年6億円ずつ借金を返済しながらやりくりしていたのですが、その頃から、社会全体で医療の高度化が進んだことで、患者1人当たりの診療に要するコストは上昇して、収益率は悪化していきました。

2012年頃までは新たな借り入れはせずに返済を続けていましたが、内部留保となる預金は5億円程度で全く増えません。年度ごとの収支は黒字だったものの、借入金と利子の支払いに加えて、新たな医療機器の購入などにより借り入れを繰り返していたようです。

そのような状況でしたが、医師や職員が「最高の循環器医療を提供する病院をつくる」というプロ意識を継続して貫き、同じ目標に向かって診療活動に取り組んでいたことに助けられ、経営はギリギリ保たれていたのだと思います。

そして2013年、さらに10億円の借り入れをして産婦人科を新設しています。生まれてくる赤ちゃんの1%は心臓に奇形を持つ先天性心疾患と言われていますので、心臓疾患診療を専門としている病院として、出産前から症状を診断できる体制を整え、そして生まれた直後の小さな赤ちゃんの手術にも対応できる産婦人科を設けました。必要な選択であり、循環器の専門病院として画期的な戦略だったと思います。

医師や職員が「最高の循環器医療を提供する病院をつくる」というプロ意識を継続して貫き、同じ目標に向かって診療活動に取り組んでいました。その一方で、医療の高度化や国民の安全意識の高まり、国の医療財政の悪化という要因も重なって、次第に経営が圧迫されていたのも事実でした。

――大変な状況の中で院長に就任されました。どのような経営改善に取り組まれたのでしょうか。

磯部: 2016年に院長就任の打診をいただき、翌年の2017年に就任しました。それまで私は東京医科歯科大学医学部の循環器内科で教授をしていましたので、 経営に関する知識やノウハウはゼロ。病院経営は「全くの素人」でした。

当時は財務諸表も読めませんでしたし、減価償却の概念すらわからないほどです。経営に関する本をたくさん読みましたし、経営者セミナーにも1年以上通いました。会場に何度も足を運んだのですが、私が知りたかったことは全く学べずに時間を無駄にしていました。

セミナーの内容が悪いということではありません。おそらく目的が違っていて、私は良い診療をしたいという目的が大前提にあり、そのための経営改善方法を習得したかったのですが、参加していた経営セミナーは「いかに収益を上げるか」ということを目的にしていたので、そのノウハウを私自身が参考にできなかったのです。

ビジネスにおいて収益を追求することはとても大切なことですが、病院経営という視点で考えると、「それって本当に診療の質を良くすることにつながるんだろうか?」という疑問が生まれました。そういった感覚を持っていたので、やはり自分はまだまだ経営素人なのだろうと頭を悩ませていました。

――「経営素人」だったからこそ、患者目線に立った改善方法を考えられていたのではないでしょうか。

磯部: そうですね。私なりにそこは大切にしていました。正直、経営改善といっても何をすればいいのかわからない状況でしたが、「良い診療をしたい」という気持ちは私も職員も同じで、どんなに危機的な経営状況であっても、診療活動に取り組む姿勢は昔から変わっていません。

ただ、それだけでは黒字化は難しかったという結果が数字で目に見えてわかり、 就任から1年後に1.8億円という赤字を計上することになります。 そんな危機に直面して初めて、ひとつの答えに辿り着きました。

――それは何でしょう。

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