ジョブ型雇用
ジョブ型雇用とは、職務内容や責任の範囲、労働時間、勤務地などを限定した雇用形態です。日本で主流のメンバーシップ型雇用が人に対して仕事を割り当てるのに対し、ジョブ型雇用では仕事に対して人を割り当てます。国際競争力の強化や働き方改革の推進を実現するための施策として大きな期待が寄せられている一方で、導入に向けた課題も多く抱えているジョブ型雇用。当記事では、メンバーシップ型雇用との違いやメリット・デメリット、導入を成功させるためのポイントについて分かりやすくまとめて解説しています。
ジョブ型雇用とは
ジョブ型雇用とは、職務内容や責任の範囲、労働時間、勤務地などを明記したジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、その条件にマッチした労働者と合意の上で契約を結ぶ雇用形態のひとつです。
欧米では一般的なジョブ型雇用ですが、わかりやすい例として、アメリカの自動車産業における「製造ラインの労働者」が挙げられます。製造ラインの労働者は「この部品をこう組み立てる」というのが明確に決まっていて、決められた内容以外は行いません。
国際競争力の強化や働き方改革の推進、生産性の向上に有効な施策として注目を集めているジョブ型雇用。国内でも日立製作所、富士通、KDDIなど、大手企業が次々にジョブ型雇用へのシフトを表明しています。さらに2020年は、新型コロナウイルスの影響により、多くの企業がテレワークを導入。一方で、労働実態の不可視化や管理の困難化といった問題も浮き彫りとなりました。今後のアフターコロナの世界に向け、多様で柔軟な働き方を実現するひとつの方法としても「ジョブ型雇用」が急速に普及し始めているのです。
一方で、「終身雇用制度や年功序列が根強く残る日本で、ジョブ型雇用は本当に浸透するのか」と疑問視する声も。ジョブ型雇用では、会社都合による転勤や異動を行えないため、総合職やゼネラリストの育成は難しくなります。「ジョブ型雇用の方が優れているという話を聞いた」など安易な理由でジョブ型雇用の導入を決めるのではなく、メリットとデメリットをよく考慮したうえで、慎重に判断することが大切です。
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メンバーシップ型雇用との違い
メンバーシップ型雇用とは、日本企業に多く見られる雇用契約の一つで、日本特有の年功序列や終身雇用を前提にした、職務や勤務地を限定しない無限定正社員を指します。
職務や勤務地の範囲を限定していないことから、基本的には企業の都合により、自由に配置転換を行えるのが特徴です。また、新卒一括採用で大量に人材を獲得し、OJTや社内研修で教育を行い、職務に必要な知識と経験を積ませます。上場している大企業に多い日本的雇用で、総合職に多く見られる雇用形態でもあります。
一方で、表面化している長時間労働による過労死や、正規労働者(正社員)や非正規労働者(契約社員や派遣社員)の待遇格差の原因とも。ジョブ型雇用とは真逆の働き方として議論され、日本型雇用システムを語る上では欠かせない用語です。
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用を以下に整理します。
ジョブ型雇用 | メンバーシップ型雇用 | |
---|---|---|
基本方針 | 仕事に対して人を割り当てる | 人に対して仕事を割り当てる |
仕事や責任の範囲 | 職務記述書の記載内容に限定 | 限定しない |
転勤や異動 | ない | ある |
採用方法 | 主に中途採用 | 主に新卒一括採用 |
賃金制度 | 職務給(仕事内容や責任の範囲、成果に基づく) | 職能給(年齢や勤続年数に基づく) |
育成方法 | 自主的に学ぶ | OJTやジョブローテーション |
求められる人材特性 | スペシャリスト | ゼネラリスト |
人材の流動性 | 高い | 低い |
ジョブ型雇用に多くの注目が集まっている背景
ジョブ型雇用に多くの注目が集まっている要因は、主に3つに大別できます。
国際競争力の大幅な低下
情報通信技術の進歩や交通・輸送手段の発達により、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を超えて移動することが以前に比べて容易となりました。しかし、デジタル化やグローバル化への対応が遅れてしまった日本企業の国際競争力は大幅に低下。スイスのビジネススクールIMDが毎年発表している「世界競争力ランキング」の2020年版において、日本は過去最低となる34位を記録してしまいました。
不確実性の高いVUCA時代を企業が生き抜くためには、優秀な人材を多く集め、付加価値を高めていかなければなりません。このような理由から、高度な知識や専門スキルを持つ人材を確保し、その能力を最大限に発揮してもらうための土台としてジョブ型雇用を採用する企業が増加しています。
日本型雇用システムの崩壊
多くの日本企業が急速な発展を遂げた高度経済成長期において、従業員の終身雇用、年功序列、企業別労働組合の3つを柱とする日本型雇用システムはとても合理的なものでした。しかし、日本経済の長期低迷によって状況は一変。企業の継続的な成長を前提とした制度を維持することが難しくなり、メンバーシップ型雇用についても見直す必要性が出てきたのです。
同一労働同一賃金の施行
政府主導による働き方改革の一環として2020年4月に施行された「同一労働同一賃金」。これもジョブ型雇用を後押しする一因となっています。
同一労働同一賃金とは、正社員と非正社員の間にある不合理な待遇差の解消を実現するために作られたルールです。同一労働同一賃金では、雇用形態にかかわらず同じ労働に従事する労働者には同じ賃金を支給しなければならないため、職能給から職務給への移行に合わせてジョブ型雇用の導入を検討する企業が増えています。
【関連】2020年4月施行!「同一労働同一賃金」とは?企業の対応を徹底解説/BizHint
ジョブ型雇用のメリット・デメリット
ジョブ型雇用を導入することで、企業や労働者はどのようなメリットを得られるのでしょうか。
メリット
まずはメリットです。専門性の高い優秀人材の獲得をはじめ、組織の生産性向上やパフォーマンスの向上なども期待できます。
優秀な人材を獲得しやすくなる
求めるスキルに合わせた報酬を提示することで、高い専門性を持った人材を獲得しやすくなります。
ジョブ型雇用における従業員側のメリットとして、「専門性を追求することができる」「スキルアップが収入アップに直結する」といった内容が挙げられます。企業がジョブ型雇用にシフトすることで、このような願望を持っている高い専門スキルを持った人材とのマッチング精度があがります。そのため、知名度の低い中小企業でも双方の希望や条件が一致していれば、高度な知識や優れた専門スキルを持つ人材を獲得することも可能です。
また、職務内容や責任の範囲、職務遂行に必要な能力、報酬などの条件が募集段階で明確に示されているため、雇用のミスマッチを未然に防ぐことも期待できます。
働き方改革・ダイバーシティの推進や生産性の向上
転勤や長時間労働が基本的に発生しないジョブ型雇用は、毎日の通勤やフルタイムでの勤務が難しい女性や障害者にとって魅力的な選択肢です。ワークライフバランスが実現され、多様な人材が活躍できる環境であれば、イノベーションの創出や生産性向上にもつながります。
それだけではありません。報酬が仕事内容や責任の範囲に基づいているため、「同一労働同一賃金」を実現し、人事評価の公平性や納得性を高めることも可能なのです。
やるべきことが明確になることでパフォーマンス向上に
職務内容や責任の範囲、職務遂行に必要な能力、報酬が明確になっているジョブ型雇用であれば、従業員は自身のやるべき仕事が明確になります。
この仕事が明確になることは、「役割曖昧性が低い状態」と言えます。
※役割曖昧性…与えられた仕事などに対して、必要な情報が不足していること
役割明確性が低いと、仕事内容への満足度や組織へのコミットメント、仕事のパフォーマンスが高い状態だと言われています。また同様に、自分以外のメンバーの役割も明確になっていれば、お互いの相互理解も深まり、チームの成果に繋がる一因となるでしょう。
【参考】期待されている役割が分からない部下への接し方: 役割曖昧性の研究知見をもとに/ビジネスリサーチラボ
デメリット
一方で、ジョブ型雇用の導入においては気をつけるべきデメリットも存在します。
会社都合で異動や労働条件の変更を行うことができない
人に対して仕事を割り当てるメンバーシップ型雇用と違い、仕事に対して人を割り当てるジョブ型雇用ではジョブ・ディスクリプションに記載されていない業務をお願いすることはできません。また、ジョブ・ディスクリプションの内容は会社都合で勝手に変更することができません。
ジョブ型雇用とは、ジョブ・ディスクリプションによって会社と社員の双方を拘束する雇用形態です。このような硬直性を受け入れることができないのであれば、ジョブ型雇用の導入は見送るべきでしょう。
導入には多くの時間と手間がかかる
長きにわたって新卒一括採用を採用してきた日本企業の中には、各ポジションの職務範囲や職務遂行に必要な能力、権限や責任の範囲が不明確なままになっている企業も数多く存在します。そのような企業の場合、業務の棚卸を細かく丁寧に行い、現場の実態を正しく把握した上でジョブ・ディスクリプションを作成しなければなりません。
そして、ジョブ型雇用の導入にあたっては、報酬・評価制度の見直しも必要です。このような人事制度の見直しには多くの時間と手間を要します。また労働者にとっては、雇用やキャリア形成に対する不安が高まることが考えられるため、企業としてどのようなサポートを行っていくかを慎重に検討する必要もあります。
ジョブ型雇用の導入するためには検討すべき事項が多岐に渡ります。これらも考慮したうえで、本当に導入すべきかを検討しましょう。
ジョブ型雇用の導入を成功させるためのポイント
最後にジョブ型雇用の導入を成功させるためのポイントを2つ紹介します。
ジョブ・ディスクリプションは具体的かつ正確に作成する
ジョブ・ディスクリプションはジョブ型雇用の核となる重要なものです。実態との剥離が起きないように十分注意しながら、以下の項目について具体的に記載しましょう。
- ポジション名
- 配属部署
- 職務の内容と範囲
- 権限や責任の範囲
- 期待している成果、目標
- 必要なスキル、知識、資格、経験
- 評価基準、評価方法
- 勤務地
- 勤務形態
- レポートライン
環境整備や制度改革にも同時に取り組む
終身雇用や年功序列、新卒一括採用が主流となっている日本では、教育制度や企業文化の大半がメンバーシップ型雇用を前提に作られています。そのため、これまでメンバーシップ型雇用を採用してきた日本企業がジョブ型雇用へ移行するには相応の準備期間が必要です。
自発的な成長を支援するための学習機会の提供や賃金制度の見直しなど、取り組むべき内容は多岐に渡ります。最初から本格的な導入を行うのではなく、試験的な導入を繰り返す中で課題を洗い出し、1つずつ丁寧に対策を講じていきましょう。
まとめ
- ジョブ型雇用とは、職務内容や責任の範囲、労働時間、勤務地などを明記したジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、その条件にマッチした労働者と合意の上で雇用契約を結ぶ雇用形態である
- ジョブ型雇用は国際競争力の強化や働き方改革の推進、生産性の向上に有効な施策として注目を集めているが、メンバーシップ型雇用を前提とした法制度や慣習が存在する日本では課題も多い
- 日本で主流のメンバーシップ型雇用が人に対して仕事を割り当てるのに対し、ジョブ型雇用は仕事に対して人を割り当てる
- 「日本型雇用システムの崩壊」や「国際競争力の大幅な低下」、「同一労働同一賃金の施行」、「新型コロナウイルスによるテレワークの普及」などの社会的背景からジョブ型雇用の導入を検討する企業が増加している
- メンバーシップ型雇用では日常的に行われていた人事異動が原則的に不可能になるという事実を正しく理解し、その硬直性を受け入れる覚悟を持たなければジュブ型雇用の導入を成功させることはできない
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