サードプレイス
サードプレイスとは、自宅とも職場とも隔離されたコミュニティであり、自分らしい時間を過ごすことができる第三の居場所のことを指します。都市生活者が特に必要としているサードプレイスですが、人事や経営者視点で扱った場合にどのようなメリットを享受することができるのでしょうか。注目された背景や日本社会への応用について解説致します。
サードプレイスの意味
サードプレイスとは、アメリカの都市社会学者であるレイ・オルデンバーグ(Ray Oldenburg)氏が1989年に発表した著書『The Great Good Place』内で提唱した言葉であり、自宅(ファーストプレイス)でも職場・学校(セカンドプレイス)でもない、自分にとって心地の良い時間を過ごせる第三の居場所という意味を持ちます。
言葉として30年前から存在し、様々な分野で活用されてきたサードプレイスですが、なぜ近年のビジネスシーンにおいて大きな注目を集めることになったのでしょうか。
サードプレイスが注目された背景
【出典】都市生活者の生活意識・ライフスタイルの実際/公益財団法人ハイライフ研究所
諸外国に比べて精神的に過酷であるといわれている日本の労働環境により、毎年多くのビジネスマンがうつ病などのストレス症状により職場を離れ、自殺や過労死によって尊い命を失っています。
しかし長年の調査によって、上京による孤立や無趣味によるストレス蓄積なども大きな影響を与えていたことが分かってきたのです。
コミュニティからの孤立は大きなストレス源であり、内側へと塞ぎこんでしまう原因となってしまうため、ネガティブ思考による悪循環を生み出します。
現に都市生活者に対するアンケート調査では、男女共に20代から40代にかけて生活満足度が低く、ストレスを自覚している割合が多いという結果も出ているのです。
重度のストレスを継続的に受けている場合、脳が心を守るためにストレスを感じていないと勘違いさせることもあるため、無自覚者も含めるとこの割合は更に大きいものとなるでしょう。
今や都市生活者の抱えるストレスは本人だけの問題ではなく、人事部や経営者など人材育成側も共に向き合うべき課題となっているのです。
人材育成観点でのサードプレイスの効能
それでは人材育成の観点でサードプレイスを扱った場合、企業や社員はどのような効能を得ることが出来るのでしょうか。
自立性・主体性の向上
サードプレイスへの参加は本人の意思によるものでなければならないため、自らがサードプレイスとなる場所を選択し参加するプロセスにおいて、自立性や主体性の向上を期待することができます。
自分自身で選んだ場所だからこそ、緊張感から解放されてリフレッシュし、自己判断力や自己決断力を自然に高めていくことができるのです。
交流の活発化による創発性の向上
自宅とも職場とも違う場所で起きる新たな人達との出会いは、多くの刺激と発見を与えてくれます。
様々な人物と情報交換を行っていく中で創発性が向上し、個々の能力を組み合わせるだけでは作り出すことの出来なかった力やアイディアが生み出されていくのです。
自分一人では生み出すことの出来なかった新たな可能性に触れることによって、大きな自信と満足感を得ることができるでしょう。
メンタルリセット
サードプレイスは居心地の良い自分だけの特等席であり、自分らしさを解放することのできるスペースです。
精神的不安や負担を抱えたままではパフォーマンス力が大幅に低下し、業務の効率にも悪影響を及ぼしてしまいます。
気を張る必要の無い空間で過ごす良質な時間が、長時間の残業や複雑な人間関係などによって疲弊してしまったメンタルをリセットしてくれることにより、清清しい気持ちで仕事にも向き合うことができるのです。
孤独感の解消
産業化を重視した都市計画により効率性や合理性ばかりが優先された結果、コミュニティの構築は後回しとなり、孤立しやすい環境が作り上げられてしまいました。
サードプレイスでは個々が自分に合った第三の居場所を見つけ出し、同じ場所を選択した同士達と和やかな時間を楽しむこととなります。
自分と同様の価値観を持った仲間と社会的ネットワークを構築することにより、孤独感を解消させることができるのです。
自分という存在の再確認
経営者や従業員、管理職や一般社員、営業職や事務職。
人は誰しもが社会的役割を担っており、複数の肩書きを背負って生きています。
その肩書きはアイデンティティであり社会人としての自分の存在を証明する重要なものですが、時に社会的責任によるストレスを感じ、自分らしさを見失ってしまう原因ともなりえます。
サードプレイスではそのような肩書きは一切必要なく、白紙の状態から新たな出会いを楽しむことになります。
サードプレイス内で業務上の関係者と接触を図る場合においても、互いの関係性を一時的に解消し、一個人として向き合うことが大切です。
個人としての自分の存在を再確認する事によって精神的調和が図られ、肩書きを持った社会人としての自分の存在意義をも高めることができます。
精神的調和を保った状態で職場に向かうことで、最高のパフォーマンスを発揮することが可能となるのです。
サードプレイスの特徴
サードプレイスを提唱したレイ・オルデンバーグ氏は、その特長について次のようにまとめています。
中立領域
サードプレイスは経済、政治、法律のいずれにも縛られることなく自由に過ごすことができる場所であり、参加する全ての人々は自主的に足を運んでその場所を訪れます。
自分の意思で気軽に参加するからこそ様々な効能を実感することができ、サードプレイスで過ごした時間が価値あるものとなるのです。
平等主義
サードプレイスへの参加機会は全ての人に平等に与えられており、参加に関する条件は一切存在していません。
また、サードプレイス内においては会社での役職など社会人としての肩書きや地位に重要性を求めず、性別や年齢も大きな意味を持ちません。
サードプレイスは、子供から老人まで、男性も女性も分け隔てることなく平等に関わりを持てる場所であるべきだとレイ・オルデンバーグ氏は訴えているのです。
会話が主たる活動
サードプレイス内では堅苦しい会議やディスカッションではなく、リラックスした状態で会話を楽しむべきであるとレイ・オルデンバーグ氏は説明しています。
明るいトーンで言葉を発し、ジョークなどのユーモア溢れる内容であればあるほど高い効果を発揮するのです。
アクセスが良い
サードプレイスの設置場所は、主要道路に面し、駅やバス停に近いなどアクセスが良く、誰もが日常的に訪れやすい場所である必要があります。
また、建物の外見も閉鎖的で入りにくいものではなく、解放的で気軽に中の様子を覗くことが出来るようにしておくことが望ましいとされています。
常連・会員が存在
サードプレイスには必ず常連者が存在しており、その常連者達によって空間やトーンが形成されることで、より個性的な空間へと姿を変えていきます。
しかし、個性的でありながらも新規参入者を優しく受け入れる体制に変わりはないため、多くの人達がその個性的な空間に魅力を感じて集まってくるのです。
サードプレイスの新規設置を検討する際、想定される利用者の好みや趣向、希望などのリサーチと分析を行うことによって、地域ニーズに合致したサードプレイスを作り上げることができるでしょう。
包容的である(排他的でない)
サードプレイスは健全な存在であり、家庭的な雰囲気を持っています。
そのため、否定的な発言や排他的な行動を取ることは許されません。
いかなる個人であろうと包容的に受け入れられ、大切な仲間として迎え入れる必要があるのです。
緊張や憎悪がない
サードプレイスでは緊張や憎悪といった感情は歓迎されません。
リラックスした気分で交わす明るく楽しい会話によって、たくさんの笑顔と笑い声がサードプレイス内に溢れかえるのです。
第二の家
公共の場でありながらも、サードプレイスは第二の家のような温もりを感じさせてくれます。
そこで過ごす人々はまるで家族のような繋がりを感じ、喜びや楽しさを共有しあうのです。
多くの参加者との思い出や記憶の詰まったサードプレイスは、本当の自宅以上に帰りたくなる場所へと成長していくことでしょう。
サードプレイスに求めるものの差異
読売広告社都市生活研究所が実施した『自分の居場所に関する調査』によると、自宅と職場の距離によってサードプレイスに求める性質に大きな違いがあるようです。
職住近接者と職住分離者はそれぞれ、どのようなサードプレイスを求めているのでしょうか。
職住近接者
【出典】都市生活者のサードプレイス事情。/株式会社読売広告社
自宅から職場までの通勤時間が30分未満の職住近接者の場合、スポーツクラブやジム、公園や川原などの屋外を自分らしく過ごせる場所として選択している割合が多いことから、活動することによってストレスを発散するアクティブレスト(積極的休息)の性質をサードプレイスに求めていることが判明しました。
職住分離者
【出典】都市生活者のサードプレイス事情。/株式会社読売広告社
アクティブレスト(積極的休息)の性質を求める職住近接者に対し、自宅から職場までの通勤時間が50分以上となる職住分離者は、カフェや喫茶店、映画館、美術館などの落ち着いた空間を自分らしく過ごせる場所として選択している割外が多く、その活動内容においても『何もしない』という意見が最多であることから、穏やかな時間を過ごすことによって心を落ち着かせるメンタルリセット(精神初期化)の性質をサードプレイスに求めていることが判明したのです。
サードプレイスの発展事例
レイ・オルデンバーグ氏は都市社会学者として研究を進める中で、地域社会を再び活気づけるためには地域に根ざした飲食店や個人商店の存在が必要不可欠であるという結論に至りました。
そして、多くの人達が食事や飲み物を楽しみながら情報交換や意見交換を行っているフランスのカフェやイギリスのパブなどを例に上げ、サードプレイスを提唱したのです。
その後、時代の変化や別分野への応用の過程で柔軟な解釈が行われ、リフレッシュスペースや自己実現の手段として職場内に設置したり、ビジネスコンセプトとして利用したりと、現代社会に点在する様々なニーズに対応した新しい形のサードプレイスが次々に登場していったのです。
組織や企業の垣根を超えたコミュニティの誕生
ビジネスにおける人的コミュニティの多くは部署などの小さな範囲で構築されており、閉塞的なものとなっています。
この閉塞的状況を打破し、セカンドプレイス内での孤独感を解消することを目的として、企業や有志が主体となり新しいコミュニティを構築するための様々な試みが開始されているのです。
バーチャルハリウッド(富士ゼロックス株式会社)
富士ゼロックス株式会社では、社員同士で新規コミュニティを構築し、新規事業の創出や社内プロセスの改善など共通課題に取り組むバーチャルハリウッドという活動を1999年から行っています。
所属している部署や組織内における上下関係などは一切関係なく、全ての参加者が対等な立場で課題に向き合う姿勢はまさにサードプレイスの平等主義そのものであるといえます。
バーチャルハリウッドでの活動内容は通常業務と完全に切り離されており、その活動結果が現業への評価や報酬に影響を与えることもないため、自主的に参加を表明し、自由な活動を行うことが可能となっているのです。
One Panasonic(パナソニック株式会社)
パナソニック株式会社では、One Panasonicという有志団体が2012年に結成されました。
One Panasonicでは『志・モチベーションの向上』『知識・見識の拡大』『組織・年代・国籍を超えた人的ネットワークの構築』という3つのミッションを掲げ、業務外の時間を利用して活動を行っており、その参加者数は2000人を越えています。
One Panasonicは2006年に濱松誠氏が生み出した若手社員と内定者が気軽に情報交換を行うための人的ネットワークが前身であり、2011年に起きた組織再編成をきっかけに組織や上下関係という壁を取り払った活動へと発展させることを決意し、翌年に当時の社長である大坪文雄氏を巻き込んで現在の形を作り上げたのです。
One Panasonicは参加者が気軽に夢を語れる場所を提供し、全力でサポートを行います。
多くの社員が自主的に参加し、高い志を持って自由に活動できる場が企業内に存在することは、企業や経営者にとっても大きな刺激となるでしょう。
One Japan
パナソニック株式会社以外にも若手社員を中心とした有志団体を結成している企業は多く、その垣根を越えて様々なスキルや思想を持つ人々と交流を深めていこうという考えから生まれた団体がOne Japanです。
One Japanでは大企業で希薄になりがちである人的ネットワークの構築を最重要視しており、企業の枠を越えた交流の中で生まれた柔軟な発想や革新的なアイディアを成果物として自社に持ち帰ることで、各々の企業に貢献することも目的としています。
2016年9月の発足時に26社だった参加企業数は、2016年度末に行われたイベント時に40社まで急増しており、今後更に大きな団体へと成長していくことが予測されます。
なお、メディアなどで公開されている参加有志団体の所属企業は以下の通りとなります。
- パナソニック株式会社
- 富士ゼロックス株式会社
- 東日本電信電話株式会社(NTT東日本)
- 西日本電信電話株式会社(NTT西日本)
- トヨタ自動車株式会社
- 本田技研工業株式会社
- 富士重工業株式会社
- アイシン精機株式会社
- 株式会社リコー
- 東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
- 日本郵便株式会社
- 三菱重工業株式会社
- 川崎重工業株式会社
- 日揮株式会社
- 株式会社朝日新聞社
- 旭硝子株式会社
- 株式会社ベネッセコーポレーション
- 株式会社日本取引所グループ
- 富士通株式会社
- 株式会社三越伊勢丹ホールディングス
- 日本放送協会(NHK)
- 日本アイ・ビー・エム株式会社(IBM)
- 株式会社マッキャン・ワールドグループホールディングス
これらの企業内にはそれぞれ、若手社員達によって設置されたサードプレイスが存在しており、日々の業務とは隔離された部分で自主的な活動が行われているということになります。
人事部や経営者はこのような有志団体による活動内容や理念を正しく理解し、自社においても許容するかどうかをしっかりと検討しておく必要があるのです。
サードプレイスのビジネスコンセプト化
ワールドワイドに展開しているコーヒーチェーン店のスターバックスは、自分らしい時間を過ごせる第三の居場所を探す手助けとしてまとめられた、サードプレイスの8つの特徴をビジネスコンセプトとして取り入れることによって大きな成功を収めました。
スターバックス
サードプレイスとして利用される店舗は客の滞在時間が長くなる傾向があります。
しかし、飲食店の場合は客の回転率が店の利益に大きな影響を与えるため、この状況を良く思わない経営者も少なくありません。
そのため、個人のカフェやコーヒーショップのオーナー達は回転率を回復させるため、店内のコンセントを使用不可にし、長時間の滞在を禁止する張り紙を掲示するなどの対策を行ったのです。
慣れ親しんだサードプレイスからの突然の追放に多くの人々が戸惑いました。
その姿を見て不安を感じたスターバックス常連者が行った問い合わせに対し、スターバックスは以下のような回答を行ったのです。
- スターバックスでは滞在時間について制限は設けない
- 全てのお客様に満足して頂ける環境作りを行っていく
- スターバックスをサードプレイスとして選択して頂けるよう努力し続ける
人と人が関わり合うことによって生み出される新規コミュニティの価値を正しく理解していたスターバックスは、積極的な受け入れ姿勢を示しました。
この回答に感動した常連者達は、スターバックスに対するエンゲージメントを高め、自分達の選択が間違いではなかったことを再確認しました。
そして、サードプレイス難民となっていた人々もスターバックスに集い、新たな仲間として受け入れられていったのです。
スターバックスは地元住民の選択によって自然に作り上げられていくというサードプレイスの概念を壊し、サードプレイスに選ばれることを目標として様々な努力や工夫を重ねてきました。
解放的なテラス席や壁全面の大きなガラスによって気軽に立ち寄れるスペースを演出し、多くの学生や社会人によって常に賑わいをみせているスターバックスですが、その裏には会長兼CEOであるハワード・シュルツ氏のサードプレイスを提供したいという強い想いと、それを実現しようとする社員達の努力があったのです。
NPO団体への支援を通じたサードプレイスの誕生
様々な生活スタイルが存在する現在社会において、サードプレイスは必ずしも固定された場所であるとは限らず、活動内容や団体そのものがサードプレイスとして選択されることも増えてきました。
休日や業務外の余暇時間を利用して行うNPO団体への支援活動はアクティブレスト(積極的休息)として成立しており、充足感や達成感を満たすことに役立ちます。
また、活動内で得たスキルや知識は本業に活かすこともでき、企業側にとっても大きなメリットとなるのです。
サードプレイスとしてのパラレルキャリア
NPO団体への支援活動を含め、本業と平行して別活動を行うことをパラレルキャリアと呼びます。
その範囲は非常に広く、新規事業を開始しようとする人へのアドバイスや他企業内で発足したプロジェクトへの参加、無報酬で専門的スキルを提供するプロボノ活動など多岐に渡ります。
作業現場や他企業、ミーティングルームなど選択するパラレルキャリアによって活動場所は様々ですが、自分らしい時間を過ごし、リフレッシュスペースとして認識することができるのであれば、その場所がその人にとってのサードスペースとなるのです。
まとめ
- サードプレイスとは自分らしく過ごすことのできる第三の居場所であり、自宅や職場から隔離された場所である
- サードプレイスは、本業におけるパフォーマンス力の向上にも高い効果を発揮する
- 時代やニーズの変化に合わせ、サードプレイスという概念も発展し続けている
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