エフェクチュエーション
エフェクチュエーションとは、優れた起業家が実践している意思決定プロセスや思考を体系化した理論(概念)です。起業家の特性は、生まれ持った資質や性格、環境など、抽象的に論じられがちですが、エフェクチュエーションを使えば幅広い活用が可能になります。今回はエフェクチュエーションの定義や原則、活用方法を中心にご紹介します。
エフェクチュエーションとは?
エフェクチュエーションとは、優れた起業家に共通する意思決定プロセスや思考(考え方)を発見・体系化した市場創造の実行理論です。インド人経営学者サラス・サラスバシー氏(ノーベル経済学受賞者のハーバート・サイモン教授の最晩年の弟子)が提唱し、アントレプレナーシップの新たな潮流として、注目が高まっています。企業家個人だけでなく、大企業の新規事業開拓にも役に立つ概念です。
【参考】日本マーケティング協会 エフェクチュエーション研究会
エフェクチュエーションへの注目が高まる背景
エフェクチュエーションへの注目が高まっている背景には、以下の理由が考えられます。
起業家メソッドの確立
これまで起業家の意思決定プロセスや思考(考え方)は、起業家の資質や生まれ育った環境、性格、さらには時代背景が大きく影響しており、そもそも体系化・一般化できないと考えられていました。
しかし、サラス・サラスバシー氏の提唱したエフェクチュエーションは、起業家の共通した思考プロセスをはじめて体系化・一般化した理論であり、一般社会人たちでも学習可能なメソッドを確立した点でも大きく評価されています。
目標設定型アプローチの限界
グローバル競争の激化と将来の不確実性が高まるなか、ある程度未来予測が可能な領域に有効で、大企業を中心に採用されている「目標設定型アプローチ」は機能を失いつつあります。一方、起業家の共通思考であり、今あるものから新しいものを想像する「問題解決型アプローチ」は求められるようになっています。
そのため、現場の社員から経営層まですべてを巻き込んだアプローチ方法の見直しが必要となっており、起業家の意思決定プロセスが学べるエフェクチュエーションに注目が集まっています。
STPマーケティングの限界
STPマーケティングとは、マーケティング・プロセスの基本戦略であるセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを中心にしたマーケティング論です。
競争優位性の確立や営業活動の省略化、企業価値の向上が期待できる一方、顧客の細分化、ターゲット層の明確化、自社の立ち位置の確認など、多大な調査時間と費用が必要です。
VUCA時代と呼ばれ変化のスピードが速まっている現代では、STP分析のために調査を行っても、調査後には既に市場環境が変わっている可能性があります。エフェクチュエーションは「小さく試しながら、市場に適合させていく」手法を採用するため、変化の激しい市場環境に効果的であると考えられています。
【関連】マーケティングの基本『STP分析』のポイントや戦略、書籍をご紹介/BizHint
エフェクチュエーションの5つの原則
エフェクチュエーションには、5つの原則(ひとつは世界観)が存在します。この原則を基に経済活動を行うことで大きな変化が期待できます。
手中の鳥の原則(Bird in Hand)
「手中の鳥の原則」とは、新しい方法ではなく、既にある方法を使って、新しい何かをつくる原則です。
この原則は、目標・計画に応じて、手段を選択・集める目標設定型アプローチとは異なり、組織内の人材の能力・技術力、企業としてのノウハウ、人脈といった手元にある手段を用いた問題解決型アプローチを行います。
許容可能な損失の原則(Affordable Loss)
「許容可能な損失の原則」とは、仮に損失が生じても致命傷にならないコストを予め設定する原則を指します。
はじめの段階から巨額の投資を行うのではなく、少額投資から始め、市場の反応を確認し、小さな失敗を重ねながら、次のプロセスへと進めていきます。
従来のように、予め将来期待できる利益を元に戦略を策定するのではなく、どこまでの損失を許容できるかを策定し、行動します。
クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt)
「クレイジーキルトの原則」とは、行動した結果、顧客を含む人との繋がりの中で「できること」から物事を進めていく原則を指します。
この原則では、予測や計画を元に動くのではなく、顧客や競合企業、協力企業をパートナーとして考え、周囲を取り巻く関係者とともにゴールを目指していくものです。
マーケティング分野では、ポテンシャルの高い顧客に絞り、プロトタイプの製品・サービスを提供していくことで、変化の激しい市場環境に対応する方法として活用できます。
※クレイジーキルトとは、それぞれ形の違う布を縫いつけて1枚の布を作り上げた布を指します。クレイジーキルトのように、さまざまな繋がりをつなぎ合わせてゴールを見出していくというイメージを表しています。
レモネードの原則(Lemonade)
「レモネードの原則」とは、欠陥品(質の悪いレモン)は工夫を凝らして、新たな価値を持つ製品につなげる(甘いレモネードを作る)といった原則です。
この原則では、偶然の出来事を活用し、新たな活路を見出すという考えが用いられています。製品・サービスに限らず、事業にネガティブな要因でもポジティブな要因と考えて、プラスに転じる行動を起こすことがイノベーションにつながります。
このように、エフェクチュエーションは現場の社員や経営陣も含め、失敗を成功につなげる行動を重要視しています。
飛行機の中のパイロットの原則(Pilot-in-the-plane)
「飛行機の中のパイロットの原則」とは、常に数値や現状を把握し、状況に応じた臨機応変に行動する原則を指します。
不測の事態に備えて、コントロール可能な領域に集中し、外部環境に臨機応変に行動する適応能力のことでもあります。
この原則は先述した4つの原則を一貫した原則でもあり、4つの原則の重視が自らの未来を変革していけるという世界観を意味しています。
【参考】エフェクチュエーション (【碩学舎/碩学叢書】)/amazon.co.jp
エフェクチュエーションの活用方法
エフェクチュエーションは現場の社員から経営陣まで学習できる起業家メソッドです。そのため、さまざまなビジネスシーンで活用できます。
従来の競争戦略への見直し
エフェクチュエーションの5つの原則は、緻密な予測や目標設定に基づいたアプローチではなく、行動を重視した問題解決型アプローチを重視します。そのため、競合分析を徹底するのではなく、競合企業や否定的な顧客も含めたすべての関与者と交渉して、パートナーシップを築いていきます。
近年の競争戦略では、築き上げたパートナーシップ(仕組みやシステム)を重視する傾向が強いため企業単体で競争優位性を確立することは難しく、新たな事業の立ち上げには「リフレーミング(今までの枠組みや見方から変えること)」を重視した競争戦略が最適です。
しかし、一定以上の成長を遂げた事業は他社との差別化が重視され、従来の競争戦略は今日でも一定の成果が出ているのが現状です。そのため、新規事業立ち上げの競争戦略と、既存事業の競争戦略とは分けて考える必要があります。
現場レベルでの行動規範の提示
エフェクチュエーションは現場レベルでの行動規範としても提示できます。
優れた起業家の意思決定プロセスや思考(考え方)、行動を身近な業務内容に取り組めば、実際に収益を得る現場で新たな発想やアイデアが生まれやすい組織環境の構築が可能です。
中でも「クレイジーキルトの原則」はあらゆるステークホルダー(株主、顧客、経営陣を含む全従業員)に関与し、未来予測が難しい領域に新たなビジネスチャンスを見出せます。
課題解決能力の向上
エフェクチュエーションは、目標設定や未来予測ではなく、課題解決型アプローチを提唱しており、社員の課題解決能力を向上できます。
現在のビジネス環境では、常に数値や現状を把握しつつ、手元にある手段を用いて解決方法を探索する能力が重視されています。
エフェクチュエーションの原則は行動力を基にしており、行動力・実践力が発揮しやすい現場社員にも活用しやすい理論といえます。
まとめ
- エフェクチュエーションとは、優秀な起業家に共通する意思決定プロセスや思考パターンを体系化した理論であり、学習可能なメソッドとして注目されています。
- エフェクチュエーションでは「手中の鳥の原則(Bird in Hand)」「許容可能な損失の原則(Affordable Loss)」「クレイジーキルトの原則(Crazy-Quilt)」「レモネードの原則(Lemonade)」「飛行機の中のパイロットの原則(Pilot-in-the-plane)」の5つの原則を定義しています。
- エフェクチュエーションでは手元にある手段・モノを基に新たなイノベーションを興すことに長けています。
- エフェクチュエーションは、激変する市場変化や予測不能な領域で高い効果を発揮します。
- エフェクチュエーションは、「0→1」を前提とした新規事業の競争戦略や現場レベルでの行動規範の提示、課題解決能力の向上に役立つといったの活用方法があります。
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