HRビジネスパートナー
「HRビジネスパートナー(HRBP)」とは、経営者や事業責任者に対するビジネス上のパートナーとして、特に人と組織の面からサポートを提供し、事業成長を実現するプロフェッショナルのことを指します。「戦略人事」を実現する上での重要なポジションとされ、近年日本でも注目が高まっています。従来の管理・労務中心の人事とは異なり、ビジネスモデルについての深い理解や、事業サイドの責任者やスタッフに積極的に働きかけて人材開発・組織開発を遂行するためのコミュニケーション能力が求められるため、従来の人事出身者だけではなく、事業サイドから適性のある社員を抜擢し、育成するケースも多いようです。
1.いま注目される「HRビジネスパートナー(HRBP)」とは?
HRビジネスパートナーとは、経営戦略の執行を人事面からサポートし、事業成長を実現する人事、いわゆる戦略人事を成功させるためのカギとして注目されているポジションです。
人事を表す「HR」と「ビジネスパートナー」、あまり共通項のない二つの言葉が組み合わさっているので、この言葉だけでは想像がつきにくい部分もあります。
端的にいえば、HRビジネスパートナー(HRBP)とは「会社の目標とマッチするよう、経営幹部と共に戦略的に働き、人事の目標を設定する人事プロフェッショナル」のことを意味します。
人事のプロフェッショナルとして事業責任者をサポートし、特に人と組織の面からビジネスの成長をともに実現するパートナー。それが「HRBP」なのです。
今回はHRBPが経営と人事に果たす役割や必要性を、次世代の人事のあり方として期待される戦略人事というキーワードとともにご紹介していきます。
2.デイビッド・ウルリッチ氏が提唱した人事の4つ機能の概略
デイビッド・ウルリッチ氏はミシガン大学のビジネススクールである、スティーブン・M・ロス・スクール・オブ・ビジネスの教授で、人事、リーダーシップ、組織論の分野で数多くの著書や研究成果を発表しています。
アメリカでは2年ごとに発表される「最も影響力のある経営思想家50 (Thinkers50」に2013年から2年連続で選ばれました。
彼が1997年に発表した『MBAの人材戦略(原題Human Resource Champions)』は世界中の経営者やビジネスパーソンのバイブルともいえる一冊です。
ウルリッチ氏はこの著書の中で戦略人事への転換の重要性を謳っています。
戦略人事を実践・成功させるためには、人事機能を4つの役割に整理することが必要だと提唱しています。
(1) HRビジネスパートナー (HRBP)
ビジネスの目標を達成するために、文字通り「ビジネスパートナー」として、経営者へアドバイスをします。
目標達成に必要な組織・人材戦略をたてる人事ジェネラリストであることが望ましく、経営者と現場をつなぐ人事コンサルタント的な役割も果たします。
(2) チェンジエージェント
提案・構築した人材戦略を効果的に実行するため、その組織「変革」を仕掛けていく役割です。経営者の代理人として組織のメンバーとの信頼関係を醸成しながら改革を支援します。
(3) 人材管理エキスパート
組織の生産性を上げるため、作り、また管理していきます。日本の人事が最も重要視してきた労務の管理部門です。
(4)社員チャンピオン
社員の意見を経営側へ責任をもって伝え、両者をつなぎます。社員側の代表的な役割です。
4つの役割のうち、HRBPとチェンジエージェントはウルリッチ氏が初めて提唱した役割で、日本企業の人事ではまだまだ担い手が不足しています。
しかし、この二つの役割を果たす事こそ、今後の戦略人事を実行するためには重要です。
3.従来の人事との違いは?
日本企業の従来型の人事では法的な解釈のみを重視し、労務管理に終始してしまっています。経営側や、現場からも独立している人事部署も少なくなくありません。
さらに、能力主義を掲げながらも、評価は従来の年功序列から脱却しきれず、同年代の中で能力の序列をつけ続けている企業が大半です。
そのため、能力が高い若手社員の評価が正当に評価されない、つまり、人事考課自体が形骸化してしまっているのです。
戦略人事では経営戦略と人事マネジメントを連動させることが求められますから、人事の役割も人を管理する従来のオペレーションにとどまりません。
経営的な視点に立ち、リーダーシップ育成も含めた人材開発にも取り組む必要があります。
HRBPは、経営目標を達成するための人事を行い、すべての従業員と経営トップをつなぐ重要な役割を求められます。
4.「攻めの人事」を再考
現代のビジネスでは競争の激化により、従来のビジネスモデルの延長では利益を上げにくくなっており、人事部門がリストラを中心とする人件費削減で企業の利益を守る役割を担うケースも数多くありました。
しかし、企業が成長を続けるためにはイノベーションが求められており、この様な「守りの人事」だけではビジネスとして立ち行かなくなっていきます。
そこで必要になるのが、「攻めの人事=経営目標を達成するための人事」です。
攻めの人事を達成するためには、どのような人材が必要で、どのように育てていくべきかを、長期的な視野で経営に伝えていくことが重要になってきます。
また、そのためには今まで必要とされていた「労務」「法務」の知識のほかに、「心理学」「経済行動学」「行動科学」など幅広い人を知るための知識が必要になるのです。
HRBPには、人や組織の問題を見出し、解決策を実行するために、高いコミュニケーション能力も必要になるのです。
5.HRビジネスパートナー配置の目的と役割
HRビジネスパートナー(HRBP)配置の目的
HRBPは人と組織の観点における戦略アドバイザーとして、経営者を支えるパートナーになります。
そして、人事の豊富な知識を活かし人材開発や組織開発、また、リーダーの育成を行いますので、攻めの人事と言われる戦略人事の布石ともなります。
しかし、HRBPの任命・選任には注意が必要です。
なぜなら、戦略的な見識や経営的な視点のない人材や部署をHRBPにしたのでは、単なる従来の人事部の名称変更に終わってしまう可能性が高いからです。
HRBPには経営者のビジョンを熟知し、社員一人ひとりの個性や特性も知りながら、個人の問題やその部署の持つ問題点を解決していく能力が求められます。
そのため、対象を人事出身者に限定せず、事業サイドのハイパフォーマーを抜擢した上で、OJT形式で必要に応じて人事面の知識を身につけていってもらうというケースも多いようです。
HRビジネスパートナーの役割
経営者を含め、組織を構成する全てのメンバーの命題は経営目標を達成することです。
その中でHRBPが担うべき役割は数多くありますが、主だったところは以下の4つになります。
- 経営者がどのようなビジョンを持って経営にあたっているかを理解すること
- そのビジョンを従業員に理解できるように伝えること
- 従業員や現場の問題点をあぶり出し解決すること
- 疑問が生じた場合には経営者に対しても提言をすること
つまり、HRBPは、経営的観点も視野にいれながら、労務の問題点を見出し経営側につなぎ、収益につなげる経営者のパートナーなのです。
6.HRビジネスパートナーに求められる資質
HRビジネスパートナー(HRBP)にはどのような資質が必要なのでしょう?
攻めの人事のためにHRBPのポジションを決める場合には、従来の人事の資質に加えて、コミュニケーション能力やビジネス感覚が必要になります。
資質1.人事のプロであること
最重要は人事のプロフェッショナルであることです。
ただ、ここで言う「人事のプロフェッショナル」とは、従来の法律や労務制度に熟知しているだけではありません。
コーチングやメンタリング(対話により人材を育成する指導)の手法にも精通し、人のやる気を引き出し、次世代のリーダーの育成にも積極的に関わることができ、自らリーダーシップが取れなければ意味がありません。
資質2.実践的なコミュニケーション能力
従来の閉ざされた人事、守りの人事で日本の人事部が後回しにしてきた、現場とのコミュニケーションを実行するためには、高いコミュニケーションスキルが必要になります。
現場で何が起こっているのか、問題点が何なのかを知るためには、「困ったことは何でも言ってください」という呼びかけだけでは不十分です。
HRBPが進んで従業員に声をかける、困った雰囲気を感じ取れば話を聞く、できるアドバイスはその場で行うなど、地道な働きかけによって、社内に「何を話しても大丈夫」という雰囲気を醸成することも重要になります。
資質3.ビジネス感覚(スピード感覚)
HRBPは経営者の「ビジネスパートナー」です。そのためには、市場で何が起きているのかを経営者の視点でとらえる能力が必要です。
その上で「ひと」をどのように活かすのか(動かすのか)を経営者にアドバイスします。
現在はビジネスの現場は激しく変化をしていますので、ビジネスのスピード感覚も必要になりますし、経営者が狭い視野に陥った時にはそれを指摘できる真のパートナーシップが必要です。
7.HRビジネスパートナーを成功させるポイント
HRビジネスパートナー(HRBP)は人事部門を部分的に改造(改組)したり、人事部長の名称を変更したりするだけでは、うまく結果に結びつきません。
成功させるには「人事」という機能に対する考え方そのものを、まず経営者が見直す必要があります。
HRBPは経営者と従業員をつなぐのも一つの役割ですので、経営者は自分の長期的な経営ビジョンを確固たるものとし、従業員のだれもが理解できるよう明確にしていく必要があります。
しかし、HRBPを成功させるためには、任命をするだけではなく導入方法や運用の仕方に工夫が必要です。
1.人事のプロフェッショナルとして、経営者や事業責任者に異議を唱えることもできる人材を登用する
経営者寄りのHRBPを任命してしまうと、経営者の意思を人事に押し付けるだけになってしまう可能性があります。
HRビジネスパートナーは従業員の労務問題を経営者に伝え改善すること、逆に経営者の意思を的確に従業員に伝えることで企業の利益追求を実践します。
2.積極的に他業務との連携をさせる
日本の従来型の閉ざされた人事、守りの人事では現場で何が起こっているのかがわかりません。
現場や他部署に積極的に連携・介入することで、人間関係やムードを知ることができます。HRBPを社内でフレキシブルに動けるようにすることでより高い効果を期待できます。
3.労務中心であった人事にいきなり導入しない
HRBPは今までの日本の人事にはない新しい役割です。
管理的な役割をメインに行ってきた人事部で導入する場合、従来の業務に新たな役割を与えられたと人事部門は混乱します。
単に従来の人事に対する仕事の上乗せ、とするのではなく、これからの組織に求められる人事の機能を再定義し、必要に応じて人員も補強する必要があるでしょう。
また、経営者はHRBPに任命しようとする人が、現場のビジネスや経営を理解しているかを見極める必要があります。
そして、スキルが不足している場合には業務経験を積むための準備期間、研修期間を取るようにしましょう。
4.部分導入も成功の一歩
HRBPは人事の専門家であると同時に、ビジネス感覚、コミュニケーション能力など、ビジネスモデルを理解したうえで事業責任者に的確なアドバイスができるだけのコンサルタントスキルも必要です。
それらを兼ね備えた人材はごく稀ですので、将来に向けて企業内で育成をしていく必要があります。
その状況の中でHRBPを導入しようとする場合、最優先すべき役割やテーマを絞ると成功しやすくなります。
具体的には経営者が早期に達成すべき目標と重なる人事の問題点を特定し、その解決策を人事部署に求めるといった方法です。
例えば「人材の質を上げるマネジメント」、あるいは「適正人件費の分析」など具体的なテーマを与え、それが解決できれば、新たなテーマ解決に取り組んでもらうことで、徐々にHRビジネスパートナーのスキルも上がることになります。
8.(まとめ)人事は経営の戦略パートナー
社内で「人事」を語るとき、多くの人が「従業員を評価して、モノのように動かす」というネガティブな感想を持ちます。
確かに人事には評価は必要ですが、それは本来「ヒトを活かすため」のものです。
攻めの人事、戦略人事を実行することは、現在のビジネスを取り巻く厳しい環境を生き抜くためには必要な変革です。
経営者が経営ビジョン・経営目標を明確にしたうえでHRビジネスパートナーを導入することが、従業員ひとりひとりのパフォーマンスを向上させ、早期に組織の目標を達成する原動力にもなります。
参考サイト
http://www.sapjp.com/blog/archives/14395
http://thinkers50.com/t50-ranking/2015-2/
http://www.sapjp.com/blog/archives/14491
https://www.recruit-ms.co.jp/research/journal/pdf/j201205/m27_opinion_kusuda.pdf
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