連載:第68回 IT・SaaSとの付き合い方
若手の声で動き出した建設会社のDX。紙文化、申請/承認の非効率をまとめて解決するシステム選び
BizHint 編集部
2025年12月2日(火)掲載
「IT/DXは頭の片隅にあったものの、普段の業務で手一杯で、ずっと後回しになっていた」。静岡県掛川市の建設会社・川島組が、紙文化の卒業や情報の一元化、ワークフローの電子化を進めた際、それ以前を振り返った時の回想です。同社で長らく手をつけられなかったDXの取り組みは「若手の声」をきっかけに動き出し、建設業の現場を知る専門家のサポートで具体化していきます。その経緯を伺いました。
(お話を伺った方)
株式会社川島組
代表取締役社長 長島 志生 さん
経営企画室 佃 和道 さん
建築事業部 建築技術部 浅沼 慎和 さん
(静岡・総合建設業/不動産業・従業員数32名)
※本記事は取材時点(2025年9月)の情報に基づいて制作しております。各種情報は取材時点のものであること、あらかじめご了承ください。
IT/DXは頭の片隅にありながらも、ずっと踏み出せなかった
――貴社はオンラインストレージ・Boxの導入からDXへの一歩を踏み出されました。その背景から教えてください。
長島志生さん(以下、長島): DX、IT活用への課題意識は以前からありました。
例えば、自社サーバー内のデータへのアクセスが社内からしかできず、外出先で不便を感じた時などには「クラウドが必要なんだろうな…」と感じていましたし、特にコロナ禍においては、リモートで作業できる環境が必要だということを強く意識しました。
とはいえそこで 「では、何をすればいいのか?」を考えると、具体的なアクションがわからない状態でした。
一方で、ありがたいことに、その間当社の仕事は順調で、旧来の仕事の進め方で目の前の案件をこなすのが精一杯でもありました。「DXに取り組みたい」という思いが頭の片隅にありながらも、そこにリソースを割くことが難しかったというのもまた、正直なところです。
株式会社川島組 代表取締役社長 長島 志生 さん
佃和道さん(以下、佃): 一応、私は経営企画室という立場でDXへの取り組みを模索していました。しかし社長と同様、 「何から始めればよいかわからない」というのが本音でしたね。
一度、金融機関の紹介で中小企業向けのデジタル化支援プログラムである「みらデジ」の相談会へ参加したことがありました。そこでは「困ったことがあったら気軽に質問してください」という形式だったのですが、恥ずかしながら、私は 「自社が何を困っているか?」ということを言語化できず、どう相談すればよいかもわかりませんでした。
また経営企画室の業務として、IT・DX以外にもやることがたくさんありました。そうした中で、DXについてはいつの間にか、後回しになっていきました。
――そのような状況下、どのようなきっかけでDXが進み出したのでしょうか?
佃: 2022年12月に参加した掛川商工会議所主催の講演を聞いたことがきっかけです。この講演はDXがテーマというわけではなく「若手社員が意見を出し合い、それによって組織が活性化した」という事例についてでした。
当時、当社の別の課題として「若手から意見が上がってこない」というものがありました。ですので、この講演に倣って 「若手の意見を集める仕組み」を社内に作ることにしました。それが「委員会」です。
委員会は組織図上の縦割りとは異なる、社内横断的な位置づけとして40歳以下の社員で構成しました。そしてそこで、会社の改善点を上げてもらうことをお願いしました。
その際、DX委員会のまとめ役に据えたのが浅沼です。浅沼は建設現場の監督としての経験が豊富で、また所長として人を動かす力を備えていました。自然と社内では若手を取りまとめるリーダー的なポジションになっていました。
また、日々の業務の中でPCの利用に長けている様子が伺えたことから、若手からIT活用についての声が上がった際にも、比較的スムーズに進むだろうと期待していました。
この委員会の仕組み・人選が結果的に、当社でDXが進める大きな推進力になりました。委員会から上がってきた若手の声・改善提案に応えるには、まさにDXが必要だったからです。これにより、会社として正式に「DXを進める」という旗が掲げられることになりました。
株式会社川島組 経営企画室 佃 和道 さん
若手の意見を集約する手法と、まとめられた2つの改善提案
――浅沼さんに伺います。若手からの声を集める「委員会」について、どのように運用されたのでしょうか?
浅沼慎和さん(以下、浅沼): 委員会の目的は「若手の意見を汲み上げて、改善提案として会社に提案すること」とだったのですが、最初はそれこそ個人的な不満の声が多く、さらにはどんどん話題が拡散し、会社への改善提案につなげるのは難しい意見が大勢をしめていました。
しかし議論を何回か重ね、それらの不満の共通点や根っこの原因を探っていくと、会社への改善提案に昇華できそうな本質的な改善点がいくつか見えてきました。
そうして議論が深まってきたタイミングで、一度意見の集約・整理を行って、委員会で議論すべき課題として「箇条書き」でまとめました。これにより、委員会で議論する内容・方向性が絞られました。 概ね、社内のシステムやルール、現場の働きやすさに関する課題になっていましたね。
ここから会社への提案に昇華させるにあたっては、不満を解消するための難易度(やりやすさ)、そのための時間・期限、具体性、改善によってもたらされる波及効果などを評価していきました。
結果として、最初の委員会で出した改善提案は、以下の2つに集約できました。
1. 紙からの脱却
2. 申請・承認のワークフローのスピードアップ
そしてこれらを解決するためには、やはりIT・DXが必要と結論しました。 特に、個々の不満の根っこが「紙」に行き着くものは本当に多かったですね。
振り返ると、この2つの課題を言語化できたことは、先ほど佃が話していた「課題を言語化できずに相談できなかった」から一歩進んだ状態とも言えると思います。
株式会社川島組 建築事業部 建築技術部 浅沼 慎和さん
専門家やベンダーの話を聞くも、今一歩踏み出せない
――解決すべき2つの課題が言語化できて、その後はどのように進んだのでしょうか?
浅沼: 残念ながら、ここからまた時間がかかってしまいました…。
まず、委員会の活動はメンバーの仕事の合間を縫って月1回くらいの頻度で集まる形だったため、今思えば頻度が不足していました。メンバーはそもそも本業を抱えていますし、集まった際に進捗やタスクの確認をするものの「次回までにやろう」が数回続くことで、時間だけが過ぎていってしまいました。
佃: そして、2つの課題を解決するためのシステム・パートナー探しも難航しました。主に金融機関の紹介で代理店やマルチベンダーの方々と話をしていたのですが、なかなか決めきれず、今一歩踏み出せない状態が続きました。
――決めきれない、一歩踏み出せない理由は何だったのでしょうか?
佃: 当時の感覚としては「ピンとこない」という表現になってしまいます。ただ、今になって振り返ると、その理由は2つありました。
まず、当社の課題、「紙」と「ワークフロー」を解決するシステム案を、それぞれ別々に説明・提案いただいていたことです。例えば「紙からの脱却には、このシステムを使いましょう」、一方で「ワークフローは、このシステムを使うといいですよ」と。
象徴的なのが、説明に使用される資料でしょうか。基本的に、個々のシステムのパンフレットが使われるのですが、当然、そのシステムの機能しか書かれていません。紙から脱却するために使用するストレージであれば、そのストレージについての説明のみ。ワークフローのシステムであれば、同じくそれについてのみ。
個々のシステムの提案を別々に受けたことで、完成イメージがうまく沸かないと言いますか…、とても複雑な取り組みを進めなければならない印象を抱いていました。
もう一つは、 建設業界や当社ならではの仕事の進め方・現場の課題への理解です。 いろいろなシステムのパンフレットを広げて、その機能説明を受けるのですが、私はその中で「こういう場合はどうなるのですか?」と、当社の個別の事情を質問します。
しかし、その個別の事情がなかなか伝わらない…。その都度、建設業界ならでは商習慣や現場の状況を説明していました。それが何回も繰り返されます。
当然の話ではあるのですが、 社外の方に自社の内実や仕事の進め方を説明して理解いただくのは、なかなか骨の折れる作業です。 そのうち「このような説明や確認を、今後延々と続けなければならないのか?」「その結果、本当に自社の課題や若手の不満を解消できるものができるのか?」と、不安になっていきました。
業界や現場の実状を熟知する専門家との出会い
――とはいえ、プロジェクトは進行しています。どのような転機が?
佃: マルチベンダーの方から、DXコンサルタントのWさんをご紹介いただいたことです。
正直、Wさんとお会いした際には、すぐに「お任せして大丈夫そう」と感じました。というのも、上述した不安点が一切なかったからです。
Wさんは当社と同じような建設会社のDXをサポートされたご経験があり、こちらが細かい説明をしなくても「こういうことですよね?」「こういうことってありませんか?」と、先回りしながらヒアリングと提案を進めてくれました。 業界ならではの慣行や現場の不満、非効率まで広く深くご存知だということが、会話の端々からすぐに感じ取れました。
また「紙からの脱却」と「ワークフロー」という2つの課題についても、別々のシステムに切り分けて考えるアプローチではなく、「使うシステムが増えるほど管理・運用が複雑になるので、一つで済むソリューションを選んだほうがよい」という考え方と、そのための方策をご提案いただきました。これは特に腹落ちした部分ですね。
その上で、『こうすれば現状の課題はまとめて解決できるし、将来的に会社全体としてスムーズな業務体制を構築していく土台にできる』といった、先を見通したお話をしていただけました。すでに建設会社でのDXのご経験があるからこそ、 その先で起こること、必要なことを見据えていらっしゃるのがよくわかりました。
――そこから、WさんとのDXプロジェクトが進んでいくのですね。
佃: はい。Wさんのご提案に乗る形で、ストレージにBoxの採用を進めることにしました。
紙をデータで管理するということは、行き着く所「紙も含めた、社内情報の一元管理を行う」ということと同義です。 その一元管理のためのストレージをBoxとし、ワークフローにはBoxの付帯機能であるBox Relayを使うことにしました。
以前もストレージの提案はいろいろと聞いていたのですが、そこにワークフローまで紐づいたシステムの話は、この時はじめて耳にしたと思います。
Wさんにお会いしたのが2023年5月ですので、委員会での意見集約から5ヶ月ほどが経っていました。

情報の一元管理。現状把握とルール設定、仕組みの準備に1年
―― DXプロジェクトの具体的な動きは?
佃: ゴールを「Boxによる紙を含めた情報の一元管理と、Box Relayによるワークフローの実現」とし、スケジュールはWさんが手がけられた過去の事例を参考に、約2年後を見据えました。
最初の1年は、 いざBoxを導入した際に事故・トラブルが起きないようにするための現状把握にはじまり、紙や情報の取り扱いについての社内ルールや運用方法、それを反映したBoxの設定を進めていきました。
社内で役割を分担しながら、Wさんも含め1ヶ月に1回集まり、進捗やタスク確認を重ねました。
「今現在、どこでどんな紙やデータが使われ、どこに保管されているのか?」「だれがそれを管理しているのか?いないのか?」「共有する際の権限設定は?」「データを格納するフォルダの構成は?」「どのような準備をすれば現場が混乱しないか?」など、確認・調整すべきことがたくさんありました。
そして、約1年後の2024年4月に「社内のストレージをBoxに一元化する」というリリースを行うことができました。
ここからは、全社員に使ってもらうフェーズです。事前にマニュアルを作成し、各部署を集めて説明会を実施しました。しかし、社員それぞれで温度差があり「紙の方が楽だ」という戸惑いも見受けられました。
そうした社員をフォローするため、部門ごとでITに明るそうな社員を担当者として、操作・説明のサポートをしてもらったり、Box内でQ&Aを集めるフォルダを作成するなどして、質疑対応にあたりました。そうした対応を続けていくうちに、社員の「慣れ」とともに全体浸透していきました。
この時に電子化したのは、見積書・請求書・注文書・実行予算書・稟議書・領収書など、一連の社内帳票。
社内での情報の流通、特に回覧のスピードは劇的に早くなりましたし、外部とのデータ共有もスムーズになりましたね。
そして次の大きな動きはそれから1年くらいたった後、2025年6月です。ここでBox Relayをリリース。ワークフロー全体の申請/承認プロセスの電子化に着手しました。
ワークフローの電子化。最重要は「絶対に差し戻しをしない」
――ワークフローの電子化で留意されたポイントなどありますか?
佃: そもそも当社の申請・承認ルートは複雑でした。誰が、何について申請をするかによって経路が様々に分岐しますので、その整理と設定を丁寧に行いました。
また、 ワークフローのリリースにあたって最重要として取り組んだのが「絶対に差し戻しをしない」ということです。 社員が慣れないBox Relayを使って申請をしようとすれば、相応の時間がかかります。30分以上かけてやっと申請したのに「修正、差し戻し」とされたら、心が折れてしまいますよね。
ですので、まずは申請画面の入力フォームを簡素化・選択式にするなど、とにかく誤入力がないように設計しました。
さらには、多少の誤記や不手際は申請者に差し戻すことをせずに、裏で我々や承認者がこっそり修正していました。修正の権限についても、軽微なものについては気付いた人がすぐに修正できるようにゆるめに設定していました。
これらは、 「ワークフローの電子化をきっかけに社員のモチベーションが下がる」ということを防ぐための方策です。
実際、Box Relayの導入直後から、紙での申請時より差し戻しが大幅に減っています。社員としても「差し戻しがなくなった」「承認が早くなった」という体感を得られたと思います。例えば、以前は「承認者不在」で承認まで一週間かかることもあったものが、社内にいなくても確認・承認できるので、最短一日で済みます。
そしてBox Relayのリリースから時間が経った今では、裏でこっそり修正することもほとんどなくなり、通常の運用に落ち着いています。

請求書や納品書、電子契約、施工管理。働き方が少しずつ変わっていく
――その他、今回の一連のDXでの気付きなどはありますか?
長島: 実は最近、社屋・オフィスの引っ越しをしたのですが、紙がなくなったおかげでスペースを有効に使えるようになり、より省スペースのオフィスを選ぶことができました。
当社のような建設業では、図面や契約書類など、大量の紙を長年に渡ってストックするスペースが必要となります。しかしそれらを電子化できたことで、将来的に保管スペースで悩む心配が大きく減りましたね。
――今後についていかがでしょうか?
長島: これまでは社内の効率化がメインでしたが、今後は外部の取引先とのやり取り、例えば請求書や納品書などの受け渡しも電子化していきたいですね。ここでもBoxをメインで使おうと考えています。
またBox Signを使った電子契約も見据えています。これにより、契約時の手間を減らすことはもちろん、工事金額に応じて必要となる収入印紙が不要になるというメリットも期待できます。
今回のDXを進める大きな推進力となった若手の委員会活動についても継続していて、今は半期に一回、改善提案が上げられています。直近では「全社員のスケジュール管理・共有のシステム」や「社内で誰がどこにいるかが目で見てわかるカメラ・モニターの設置」などの提案があり、検討しています。
そして、まさに今取り組んでいるのが、現場での情報共有や写真管理を効率化する施工管理アプリ「ANDPAD」の導入です。これが定着すれば、現場の仕事の仕方は大きく変わると思います。
委員会の発足から3年、Wさんとの出会いから2年。少しずつではありますが、当社の働き方が変わっていっていると実感しますね。
(撮影:市川 瑛士(GRAPHYS))
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