連載:第66回 IT・SaaSとの付き合い方
現場が主役の全社的生成AI活用。1年かけずに成果を生みだす3つの施策


住宅・不動産・介護福祉など多事業を展開するアイニコグループでは、営業・事務職・現場問わず、全社的に生成AIを活用した業務効率化を推進しています。2024年秋から本格化した取り組みは、「挙手制による推進者」「専門家との勉強会」「発表の機会」という3つの施策を軸に、月間4400分の業務削減をはじめ多くの成果に繋がっています。1年間の取り組みでの気付きやその経緯について、代表取締役・田尻忠義さんに伺いました。

(お話を伺った方)
アイニコグループ株式会社
代表取締役 田尻 忠義さん
(奈良・住宅/不動産/介護福祉・従業員数約150名)
※本記事は取材時点(2025年8月)の情報に基づいて制作しております。各種情報は取材時点のものであること、あらかじめご了承ください。
「生成AIを何に使うのか」をイメージできて初めて実用化できる。
――貴社では2024年秋から、営業・事務職・現場問わず全社的に生成AIの活用を推進されています。どのような背景があったのでしょうか?
田尻 忠義さん(以下、田尻): もともと当社はDXに積極的で、自社開発の業務プロセス管理システムやクラウド活用など、同業他社と比べると進んでいたと思います。
そんな中で世の中に生成AIが登場し、2024年にはその波が一気に押し寄せてきました。私としては「会社としてどう活用するか?」を考えていたのですが、生成AIの専門家との出会いをきっかけに 「すべての職種で生成AIを活用しよう」 と決めました。
その方が仰っていたのは「生成AIを導入するだけでは活用できない。それぞれが『生成AIを何に使うのか』をイメージできてはじめて、実用化できる」ということ。
生成AIを業務で活用するにあたって、仕事の現場を知らない人は要件定義もできないし困りごともわからない。 『現場の担当者が、自らの困りごとを、自ら生成AIを使って解決する』という形が最も効率的だし早い、という話に腹落ちしました。
そこで、まずは全社員に生成AIを知ってもらう、使い方をイメージしてもらうために、全社員に向けた外部講師によるAI勉強会を開催しました。2024年8月のことです。勉強会では「生成AIで今後どのようなことができるようになるか」「人間が行う作業がどのように効率化されるか」といった内容をお話しいただきました。
そしてその後、全社的に生成AIの活用を進めていくため、 社内で新たに「AI担当者」を設定して任命することにしました。
挙手制で「AI担当者」を任命。社内活用の推進を担う
――「AI担当者」というのは?
田尻: 様々な部署ごとで、生成AIの活用を推進する役割を担う社員です。
全体勉強会の後にAI担当者の募集をしたのですが、36名の手が挙がり、そのうち21名に担当してもらうことにしました。活動には相応の時間が必要ですので、全体最適を鑑みて調整・任命しました。
――社員150名中36名の挙手というのは、なかなか多い印象です。
田尻: これは企業文化によるところもあるかもしれませんね。普段から社内には「手を挙げる」機会が多々ありますし、主体性や知的好奇心など、採用時から重視していますので。
手を挙げた理由について聞くと、生成AIを使うことで「もっと仕事が楽にできるかも」「もっとコストを抑えられるかも」「もっとお客様への対応を早くしたい」など、個々の主体的な思いが背景にありました。
――「AI担当者」の活動について、具体的に教えてください。
田尻: まず、21名の中から全体を取りまとめる専任担当者を設け、全体の進行役としました。そしてメンバーは週に1回、株式会社THAの生成AI専門家とのオンライン勉強会に参加します。
最初の勉強会、いわゆるキックオフに参加するにあたって「事前にワークシートを記入する」という宿題が課されました。
記入する内容は、意気込み、個人的な目標、将来のビジョン、自分たちの強み・弱み、お客様のニーズ、競合状況、アイデアなどあったのですが、その中に非常に重要なものがありました。
それは「現在抱えている課題、何に時間がかかっているのか、そして3ヶ月後、半年後、1年後のマイルストーン」です。いつまでに、何が解決・達成されている状態が理想かを明確化する設問でした。
まだ勉強会に参加していない、本格的に生成AIを使ったことがない段階でこれを書くわけですが、 ここで重要だったのは「課題をはっきりと認識すること」 でした。
自分が解決したい課題・ゴールを認識しているからこそ、その後の勉強会の際に「あ、これはこう使えるかもしれない…」と、課題解決のイメージが浮かびやすくなります。ゴールを定めずに漠然と話を聞くのとは大違いです。
AI担当者は毎週の勉強会で、自身の生成AI活用について報告・相談・進捗確認を行います。
AI推進プロジェクト(キックオフ)の様子
推進者の設定、専門家との勉強会、発表の機会。全社推進を支える3つの施策
――生成AI活用の社内浸透については?
田尻: 3ヶ月に1回、中間報告会を開催し、部署ごとに発表する機会を設けました。そして2025年1月には全社を挙げた『AI選手権』の開催を発表、5月に結果発表会を行いました。
当社では、全社員が生成AIを活用できる環境を整備し、全社一丸となってAI活用を推進しています。その取り組みの軸は 「推進者の設定」「専門家との勉強会」「発表の機会」の3つ です。ちなみに、利用している生成AIは ChatGPTとGemini、Google AI Studio、Notebook LMなどです。
「発表の機会」を設ける理由は、社内浸透はもちろんですが、「生成AI活用を引っ張っていってくれる社員を、皆でしっかり評価してあげたい」という思いがあります。
また、周囲から「すごい!」と言われればモチベーションも上がりますし、期待も高まります。取り組みに協力してくれる人も出てくると思いますし、周囲を巻き込みやすくなりますので。
――全社を挙げた「AI選手権」。開催されていかがでしたか?
田尻: 生成AIを活用した業務改善の取り組みを、改善効果(業務削減時間など)と合わせて募集しました。1位から3位、そして特別賞(社長賞)には賞金を用意。結果、9件の応募がありました。
初めての取り組みですし、 運営が手探りな中でも先陣を切って応募してくれたことは本当にありがたかったですね。社内の興味・関心も高まりましたし、こうして応募してくれた社員が、さらに生成AIの活用を引っ張っていく存在になってくれると感じました。
なお、優勝は 『GAS(Google Apps Script)を利用した業務の自動化』で、月間4400分の業務削減を達成しました。 応募者はプログラミング技術があるわけではなく、生成AIに相談しながら、Googleフォームとスプレッドシート、Chatworkを連携させて、それまで手作業だったものを自動化しました。
その中のいくつかを紹介すると、経理部門で請求書データ(CSV)を成形し、必要な金額を計算・入力して別システムに登録する作業(月1回6時間を30分に削減)や、介護事業部で発生する手書き書類をスプレッドシートに手入力する作業の自動化(月5時間削減)などです。
これらは手作業がほぼ不要になったことでミス防止にもつながっており、品質・スピード共に向上しています。
応募者が言うには 「もともとそれらの業務を自動化したいという思いはあったものの、それを形にする術がなかった」 とのこと。それが生成AIの力を借り、何度もトライ&エラーを重ねて実現したわけです。本当に素晴らしいですよね。
現場の担当者が自ら生成AIを使うことで、日々の手作業や目視を自動化
――他にはどのような活用事例があったのでしょうか?
田尻: 介護事業部では、 デイサービスの利用者を車で送迎する際のルート作成の自動化 が印象的でした。
デイサービスの利用者様は合計で230名ほどなのですが、すべての方が毎日いらっしゃるわけではありません。ですので、当社としては、日々の利用者に合わせ、6台の送迎車の走行ルートを毎日作成していました。
ルートを考え、Googleマップに登録する作業は毎日30〜40分ほど。夕方からの作業になることも多く、スタッフはそのために残業をすることもありました。
その作業に生成AIを活用することで、作業は3分に短縮。残業はなくなり、月間700分ほどの削減に繋がりました。
また、介護事業部では 請求管理業務の効率化 も進みましたね。デイサービス利用者への毎月の請求金額は、利用日数や内容によって変わります。運用上、様々なイレギュラーなどもあり、担当者は月末になると、目視で請求金額のチェックを行っていました。これも、生成AIで突合する仕組みを作り、大幅に効率化できました。
他方、不動産事業部ではポータルサイトから不動産情報を取得して、自社のホームページにアップロードする作業を自動化。これも以前はスタッフが手作業でスプレッドシートにコピー&ペーストしており、ミスも多かった作業です。生成AIだけでなく、RPAツールやプログラミングも組み合わせて効率化を進めました。
そのほか、生成AIによって効率化された業務とその効果には以下のようなものがありました。
- 不動産の物件情報の確認・入力・集計・問い合わせ対応の自動化・テンプレート化(月間約4400分削減)
- デイサービスの運動相談対応、記録業務(月間150分削減)
- サイトのアクセス数の集計・報告業務(月間200分削減)
- 見積の雛型から発注書を自動生成・保存(月間825分削減 )
- 住宅提案時に使用するパース(立体イメージの絵)を生成AIで作成(月間450分削減)
――全社で生成AIを推進してみて、見えてきた課題はありますか?
田尻: 現状、文章作成で生成AIを使ってそのまま出した場合、やはりすぐにわかりますよね。鵜呑みにして使い続けると「考える力が低下する」という弊害はあるように思います。
ですので、そういったものを見かけた際には「生成AIに聞いて、そのままコピーしてるでしょう。もうちょっと自分で考えて見直してみて」と率直に伝えています。
つい先日も、提出された文章の中に生成AIが書いたと思われるピントのずれたものが出てきました。 入口と出口は、まだまだ人間が関わらないとダメですね。
内発的動機づけが重要。「やってみたいと思える環境」を用意し続ける
――今後について教えてください。
田尻: 2025年10月に第2回のAI選手権を予定しています。とはいえ、将来的にはこうした発表会の場だけでなく、普段から生成AI活用のシェアが進むような環境を作りたいと考えています。
そのためにこの秋から定期的な「AIランチ会」を予定しています。事業部を超えた生成AIに関する情報交換の場とし、お互いに刺激を受けて「私もやりたい」と思ってもらえるような相乗効果を狙っています。
また、学生のインターンでも「AI活用に興味がある人」に参加してもらえるような企画を検討中です。若い感性でどんどん生成AIを活用してもらって、従来のやり方を変えていってもらいたいですね。そういった企画に応募してくれる学生は、きっと好奇心が旺盛だと思いますので。
AI活用に限らず、一番重要なのは「内発的動機付け」 だと思っています。当社であれば、まず全体の勉強会で興味を持ってもらい、その後「やりたい!」という人に手を挙げてもらうことで「AI担当者」を任命し、社内の雰囲気を醸成していきました。 もし「AI担当者」を会社側が指名する形だったら、うまく進まなかったでしょう。
「全社で生成AIの活用を進める!」という大方針は社長である私が決めましたが、そこから先は手を挙げる人に任せます。そして当社では、新しいことにチャレンジする人を周囲は自然と応援しますし、またそれによって「ちょっとやり方教えて」「私もやってみたい」と変化の輪が広がっていきます。これは当社が長年培ってきた文化でもありますね。
ですので、会社がやるべきは 「やってみたいと思える環境」を作り続けること。 生成AIもどんどん進化していますし、また新たな技術が出てくるかもしれません。それら未知のものに対応していく際にも、このスタンスは変わらないと思っています。
(撮影:濱田 智則)
この記事についてコメント({{ getTotalCommentCount() }})
{{selectedUser.name}}
{{selectedUser.company_name}} {{selectedUser.position_name}}
{{selectedUser.comment}}
{{selectedUser.introduction}}
バックナンバー (66)
IT・SaaSとの付き合い方
- 第66回 現場が主役の全社的生成AI活用。1年かけずに成果を生みだす3つの施策
- 第65回 電話・FAXに加え「WEB受発注」を導入。20年続いた体制の効率化と売上向上が同時に起こった理由
- 第64回 「数字の報告」よりも「対策の議論」を。経営会議と店舗運営の効率化を目指す予実管理システム導入
- 第63回 アメーバ経営を目指した会計ソフト選び。AI画像認識の進化で劇的に効率化された業務とは?
- 第62回 業務ごとに分かれたバックオフィスのシステムを統合していく8年間。多店舗事業の判断軸