連載:第76回 経営危機からの復活
リーダーの明確なビジョンが組織を変えた。「遅れている」と知りながら抜け出せなかった事業からの脱却
山口県下関市に本社を構える長府工産株式会社は、ライバル商品「エコキュート」の台頭により主力商品の石油給湯機がまったく売れなくなる事態に陥ります。しかし、石油給湯機に固執するあまり事業方針の抜本的な変革を起こせなかった同社の経営状態は年々悪化、2005年には赤字に陥ってしまいます。そこで、白羽の矢が立ったのが2005年に専務取締役を退任していた伊奈紀道さんでした。2007年に代表取締役として現職復帰した伊奈さんの手腕により長府工産はV字回復を成し遂げます。その具体的な取り組みについて伊奈さんにお話を伺いました。
長府工産株式会社
取締役会長 伊奈紀道さん
1974年に長府製作所に入社し、1983年に退社。同年に長府工産株式会社に入社し、1992年に専務取締役に就任、2005年9月に一度退任する。その2年後の2007年4月に再度入社し代表取締役社長に就任した。2024年4月1日をもって代表取締役を退任し、取締役会長に就任。
石油給湯機にこだわり経営不振に…。再建のため、現職復帰
――伊奈会長は2005年9月に退社され、その2年後に再度入社され社長に就任されたそうですね。社長に就任されるまでの経緯について教えていただけますか?
伊奈紀道さん(以下、伊奈): 私が専務を退任する1年ほど前のことです。当時の社長が高齢による引退を検討しており、後継者探しの最中でした。
前社長の意向で、某コンサルタント会社が紹介した方を社長として招聘しようという話になりました。しかし、その方は弊社の社風や雰囲気になじめず、一度入社したものの間もなく会社を去ってしまいました。
そこで、新たに社内外から社長を務めてくださる方を探したのですが、承諾していただける方が誰もいなかったのです。
原因は当時の経営状態にありました。長府工産は風呂場などで使われていた石油給湯機の製造・販売事業で成長した会社です。しかし、2001年頃からコンパクトで静か、さらに給油の手間もいらない電気給湯器「エコキュート」(家庭用ヒートポンプ給湯機)が市場に現れたのです。エコキュートの登場によって長府工産の主力商材だった石油給湯機の売上は低迷を続け、2006年度の決算は前年に続き2億5千万円の赤字となり過去最悪となりました。
しかし、会社の誰もが「石油給湯機は市場の流れから遅れている」という認識をもちながら、祖業の石油給湯機ビジネスから脱することができない。それどころか口に出すのも憚られる状況でした。
社内全体が先の見えない不安に飲み込まれそうになっていました。沈みゆく船だったわけです。
そんな中で、当時の役員から「経営再建のため、社長として現職復帰してくれ」と何度も打診があり、私は会社の役に立てるならと2007年4月に復職し、社長に就任したのです。
――低迷を続けていた間、状況の改善に取り組もうとした方はいなかったのでしょうか?
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