「学ぶべきは社員ではなく自分だった」と目覚めたリーダー。崩壊寸前の組織を自律型に変えた11年
「社員をどう変えるか、ずっと考えていました。でも本当に変わるべきだったのは、私自身だったんです」。岡山県でウェディングプロデュース事業を手がける株式会社サムシングフォー 代表取締役 岸本裕子さんは2013年、債務超過と全社員退職という崖っぷちの状況で社長に就任しました。強いトップダウンで倒産は免れたものの、組織崩壊の危機に……。その経験から、岸本さんは社員が自ら考えて動けるよう、あることを徹底しました。結果、現場から新規事業や改善提案が自然と生まれる組織に変化し、売上も7倍以上に成長しています。岸本さんが10年以上かけて取り組んだ、組織改革の全貌とは。詳しく伺います。
倒産の危機を脱するも、組織は崩壊寸前。自律型組織に蘇らせたリーダーが徹底したこと
――まず、岸本さんが社長に就任された頃の状況について教えてください。
岸本 裕子さん(以下、岸本): 最初に背景をお話しすると、当社は岡山県倉敷市の地域資源とブライダルを融合させたウェディングプロデュース事業を展開しています。私は、母が創業したこの会社に1998年に入社。プランナーとして多数の婚礼を手がけ、ゲストハウス立ち上げなどに奔走していました。その一方で地域の人流の変化なども影響し、業績は少しずつ悪化。2013年、母が病に倒れたことをきっかけに 社長に就任した頃には、会社は瀕死の状態でした。
ブライダルは先々の挙式予約を積み上げていく「フロー型ビジネス」です。しかし当時は、予約がほぼゼロ。 このまま1〜2ヶ月経てば仕事がなくなり、確実に資金がショートしてしまうという極限状態でした。 当時の社員は、会社が債務超過であるという現実を一切知らされておらず、そこに危機感はありませんでした。
この状況を何とかしようと、私はやるべきことを洗い出し、トップダウンで指示を出して組織を引っ張ろうとしました。しかし、これまで自由にやってきた古参社員との間に大きな軋轢が生まれてしまい……。 起死回生を目指した新会場のオープンを控えたタイミングで、全員が退職してしまったんです。
急いで人材を採用し、何とか10人ほどのチームでスタートを切りました。この過酷な状況で、私は社長業だけでなく、現場のプランナー業務、マネージャーの取りまとめまで、すべてを一人で抱え込みました。 会社を潰さないために細かく指示を出し、力で組織を引っ張っていくしかなかったんです。 結果、1年目で売上を7,000万円から2億4,000万円まで急回復させ、黒字化を達成。倒産の危機は免れました。
ただ、問題はそこから。危機を脱した後も、 現場のあらゆる判断に細かく指示を出し続けましたが、部署間のトラブルは頻発し社員は忙殺されていきました。 教育体制も整わないまま、耐えきれずに辞めていく社員も続出。 当時の私は、その原因が社員側にあると考えていました。
そして2015年、この惨状を何とかしたくて経営者勉強会に通い始めたんです。他社の経営者との出会いや学びを重ねる中で、これまでの前提を根本から覆される事実に直面しました。それは、 「社長自身がどれだけ学ぶかで会社は決まる」ということ。それまで社員のせいにしていた自分の姿勢を、痛烈に反省しました。
そこに気づいてから、私は あることを徹底しました。それにより、社員たちは共通の判断基準を持って動けるようになり、徐々に主体性も育っていきました。 その主体性は通常業務にとどまらず、新たな事業の立ち上げや業務改善などのアイデアが生まれるように。結果、 この10年ほどで売上高は7倍以上に伸びました。今では、私が現場に対して指示する必要は、ほとんどなくなりましたね。
――組織が大きく変化したのですね。岸本さんが徹底されたこと。それは、何だったのでしょうか?